2章-7  お食い初め 《ガネルナッセ》



 

 御陵磯城は両親が仕事で家を空けることが多いために御陵家の家事を一手に引き受けることが多い。

その中でも料理が好きな彼は徹底的に研究を重ね(そこは魔術師の研究意欲に影響を受けたと考えられる。)た結果彼の料理のクオリティは一流のレストランですら引けを取らない程周囲から評判が良い。


 そんな磯城にとって《セリス=マゼリア》の料理が一体どんなものかが非常に興味があった。

 そして《セリス=マゼリア》の料理のレシピを修めていき、あわよくば戻ったあかつきには異世界レストランでもしながら魔法を勉強しよう……いや、いっその事料理一本に絞っていくかとさえ考えていたのだが……。


「う~ん……。なんだろうコレは……?」


 早速難問にぶち当たっていた。




 《セリス=マゼリア》初となる食事の献立は《ガネルナッセ》と呼ばれた唐揚げのようなものだった。

 恐らく肉に味をつけた衣をつけ油で揚げているのだろうと料理男子は予測をつける。

 揚げ物もマスターしている磯城にとってそのような推測は造作もない。


「何の肉だろうかこれは?食べたことがない。」


 味の方は醤油の味付けがしてあるので一応日本人(しらほしは日本国内の自治区扱いになっている。)の磯城にとって懐かしい味である。そこに全く問題はない。

 問題となるのは肝心の肉の方だ。どうもこの肉、日本人にとって食べ慣れた肉の触感ではないのだ。


「おいしいんだけど……肉でもなく魚でもない。いったいなんなんだ?」


 牛でも豚でも鶏でもましてや魚でもないこの肉に疑問と……少しばかりの不安が湧き出てきた。


「(アガサ。これ何の肉か分かる?)」


 もしかしたら知っているかもしれない。だから少し気になるから聞いてみた。そんな軽い気持ちだったのに。


『………………。』


 いつもなら聞けばスラスラと答えるアガサからはなぜか沈黙のみだった。

 様子がおかしい事に不安を感じていると。重々しい口調でゆっくりと話しかける。


『(坊ちゃま。こういう諺を知っていますか?)』

「ど、どういう……?」

『(知らぬが仏、言わぬが花。)』


 聞かれるまでもない。どちらも世の中には知らなくていいことがあるという意味だ。

 ただこの局面で聞かされるとどうしようもなく不安になる諺でもある。


「(そ、それってどういう……?)」

『(大丈夫です。毒ではありません……多分。)』

「(ええええええええええええええっ!!!どういうことそれ!!)」

『……。』

「(言えよ!そこまで言ったんだったら言えよ!!)」


 結局アガサは磯城に何の肉を教えることは無かった。

 しかし後日。磯城はその正体を知ってしまい……大きな騒動が起こるのだがそれはまた別の話。




「さて」


 自分の皿に乗った《ガネルナッセ》を大きな不安と共に腹の奥に押し込んだ磯城は改めて命の恩人である彼女を改めて注視する。


 白の髪に似合う黒のコートと足元まであるスリットの入ったスカートという地味な出で立ちではあったが、先程と見る者を戦慄させるほどの殺気は完全に影をひそめ、代わりに見る者を委縮させるほどの厳しさを感じさせた。しかしその細い体は野に咲く一輪の花を彷彿とさせた。

 この顔立ちと華奢な体つきをみて頑丈そうなツノイノシシの首を両断した少女だと言われてもその瞬間に居合わせなければ納得できないだろう。


 しかし驚くのはそこだけではない。それは彼女自身ではなくその脇。そこには《ガネルナッセ》が盛ってあった皿が積んであった。その数大皿で5枚。


「(5枚ってよく食うな……っておいおい。まだ食うのか?」


 驚いているのは周囲も同じで最初熱い視線を送っていた男性陣も今は脇に積まれた空の大皿5枚――

いや、たった今6枚になった皿をまじまじと見つめ驚愕の表情を浮かべていた。


「お代わり。」

「はい……。」


 若干覇気のない店員の声と共に山盛りに積まれた《ガナルネッセ》が運ばれてくる。


「(それよりも……。)」


 そんな彼女は背筋を伸ばし姿勢を正しくして椅子に深く座り、丁寧な仕草で肘を机につかずに箸を正しく使い無駄のない動きでガネルナッセを口に運んでいた。

 要するに文化の違う地球でも既に見られないくらい綺麗な所作でご飯を食べており、それは彼女の美しさをより一層引き立たせていた。


 同じ大食いでも食い散らかすように食べる樟先輩とは大違いだ。と磯城は思ってしまっていた。

 実際彼は汚い食べ方をするために食事はいつも1人で食べているらしい。


「(なんかこれ見てると母さんが『お行儀よくしてご飯を食べなさい』って言った理由が分かった気がする。)」

「(いったい細い体のどこにあれだけの量が入るんだ?)」


 そしてそれを美しい仕草で食べる姿が彼女の人気が高い理由でもある。


「……何?」


 するとじろじろ見るのが気に障ったのだろう。

 いぶかしげな表情のシャノアが話しかけてきた。


「いや……綺麗に食べるなあって……。」

「もちろん。食べ物は残さず食べるのが私もモットーだし。」

「……いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど………。」

「???」




 こうして、《セリス=マゼリア》初の食事の時間は平穏に過ぎて行った。

 自分は一体何を食べたのかを不安に感じながら………。



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