2章-6 《朱い陽射し》での昼餉
「うーん。なんだろうこの《ガネルナッセ》?とかいう料理。鶏肉じゃない?でも魚とは違う。えー…これって何の肉か分かる?」
「………。」
「………。」
躍起になって話しかける磯城であったが目の前の少女は食べるのに無中。
「あ、え、えーと、この水もおいしいよね。どこの湧水かなー?なんてさ。ははははは。」
「……。」
「……。」
よって終始無言。
「……。」
『(うーんこの沈黙はつらい!)』
「……なんで自分はこんなことやってるんだろうか?」
この空回り間に会話を投げ出したくなってくる磯城。
しかし。ここで話を止めるわけには行かない。
その思いを胸に秘めつつ磯城は数分前の会話を思い返していた。
「うん。大丈夫。落ち着いた。」
『アブラ汗びっしょりですよ?大丈夫ですか?』
この世界は自分達を殺しにかかる。この地獄のような結論にいたった磯城は。
「これからどうしよう……。」
これからどうしようかと頭を悩ませていた。
何しろ自分達は狙われている。
このままでは殺されてしまう。
こういう危ない状況の最中におかれた磯城は世界最高峰のAIに頼るのが定石と考えているので、今回もその通りに行動した。
「アガサ……どうすればいい?」
『それはもちろん。情報収集でしょうね。』
「情報収集?」
『何しろ我々はこの《セリス=マゼリア》を知らなすぎます。つまりは情報戦です。孫子も言っていますよ?彼を知り己を知れば百戦危うからずって。』
「はあ……孫子ねえ……。」
孫子と言う人物に聞き覚えのない磯城はあいまいな答えしか返せない。
しかし、言っていることは十分に納得できるものだった。
例えば、今父親がいるタイでの話。
タイでは子供に頭をなでると親が出てきて怒り出すという話がある。
これは頭の上に宿る精霊が逃げてしまうからなのだが。そんなことを知っている日本人は無論それほど多くない。
頭をなでるだけでもタブー。
こういった常識を知らなかったがために周囲から怪しまれ正体がバレてしまう。なんて展開も十分に考えられるので是非とも知っておきたい事柄だ。
しかし、ここで1つの問題がある。
「具体的に……どうすればいいんだ……。」
常識とは。無論誰もが知っている事柄。
それを馬鹿正直に聞いていればそれこそ怪しまれる。
なので、巧みに変化球を使い分けそれとなく聞き出すことこそがベストなのだがそんなものを磯城に期待するのは無謀だ。
そこで、再びアガサに聞いてみる磯城。
『それはもう……当たって砕けろですよ。』
「(砕けてどうすんだ!)」
『そうはおっしゃいますがそれくらいの体当たりでないとどうしようもないと思いますよ?実際そう細かいことは気にしなさそうですし。』
「うむ……。」
『それに彼女達はワンダーとかいう冒険者みたいなもののようですから他の人よりかは詳しいかもしれませんよ?』
「………でもなあ。どういった話から始めていけばいいか……。」
『基本は親密度を上げることですね。言葉を引き出しやすくするにはこれが安全かつ正確でしょう。』
と、いう訳で。積極的に話しかけて親密さを増していく作戦をとった。
アガサとのミーティングを終えた磯城は呼ばれたリベラに案内され、彼女を中心に話をしつつ食事と並行させながらコミュニケーションを進めていく。コミュニケーションを職業としている彼女なら情報交換をしやすいだろうと予測したからだ。
しかし。ここで計算外の事が起こった。
「すいません。私はここで。仕事が残っていますから。注文の方は彼女にお願いします。」
「え、えええ。そんな……。」
「《ガネルナッセ》6皿。」
比較的話しやすいリベラが事務処理が残っているという事で事務所に戻ってしまったことだ。
そのおかげで現在テーブルには磯城と少女の2人だけだった。
「………(もぐもぐ)。」
「………(ううっ)。」
何より人付き合いがあまり好きではない磯城に会話力など期待できるはずもなく。
案の定全くうまくいってなかった。
『(……坊ちゃま。)』
「(なにしろ初めての異世界人だよ。スペインの《ベネレイティア》には交流があるらしいけど文明が滅び去ったとされている《セリス=マゼリア》において!しかも命の危機まである!!)」
「(しょうがないでしょ向こうは食べてばっかりで話に乗ってこないし。)」
『(当たり前です!!話したこともない相手から話しかけられたところで反応を返す人間がいるわけないでしょ!)』
「(あ、なるほど……って気づいてたなら言ってよ!)」
この10分を無駄に使われた磯城はアガサに怒る磯城。
『(っていうかお互い名前も知らないから広がらないんですよ!ほら自己紹介自己紹介。)』
「(おま……っ!!この空気で自己紹介しろって言うのかよ!向こう何も返さなかったら泣ける自信があるんだけど!)」
『(さっきも言ったじゃないですか!当たって砕けろって。大丈夫!失敗しても周囲の人たちが生温かく見守ってくれますから!)』
「(それが嫌なんだっての!!)」
とはいえこのまま話をしないというのも情報を得られないし、何より少々気まずい。
「……よし。」
磯城は覚悟を決めた。
深呼吸を3回。相手を見据えること約10秒。
詰まる言葉を絞り出すために腹筋に力を入れて。
「ね、ねえ。僕は御陵磯城っていうんだけど。あー……君の名前を教えて欲しい。」
出てきた声は小さく弱く。目の前にいた彼女にも聞こえるかどうかの大きさだった。
だから。
目の前の少女は無視して食べ続けるだろうと思っていた。
だから。
「シャノア。」
「え?」
目の前の少女が食事をやめ、金色の双眸をこちらに向けて話してきたことに正直言葉を詰まらせてしまっていた。
「シャノア・シュティフィール。」
「え、ええと……。」
「よろしく。」
「よ、よろしく。」
名前を知ることができた。
ただ。
「あ、ええと……。」
「オーダー。《ガネルナッセ》4皿追加。」
それだけ言うとすぐに食事を再開した。
「(アガサ。うまくいかない。もうこれどうすればいい?)」
『(すいません。私も専門外です。)』
うーん。と頭を悩ませる2人。
しかし彼等は知らない。
「何だあ……?あの男……?」
「見ない顔だな……。」
「おのれ……俺達のシャノアちゃんによくも………。」
シャノア・シュティフィール
そんな彼女に話しかける珍妙な格好をした少年。あろうことか名前を聞き出すことに成功した。
「おのれ……自分達も初めて名前を知ったのに……。」
「許さねえ……。」
そして周囲のテーブルに座る彼女のファンの男性陣から危険なナンパ男として外敵認定を受けていることを!!
「な、何……?すごい寒気がするんがけど……?」
『(風邪ですか?気をつけてくださいよ坊ちゃま。』
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