2章-4  まれびと談話

「ふう、ようやく手足が動かせる……。」


 雁字搦めに縛られていた体が解放され、ほっとしていた磯城。

 ちなみにリベラは食事の用意に下の居酒屋に行っているところであるため部屋には磯城しか居ない。


「うわ……縄の痕が凄い……。こりゃ当分消えそうにないな……。」


 袖をめくって腕を見た磯城はげんなりとした声でつぶやいた。

 服の上から縛られたために擦り傷はないようだが、相当強く縛られたために縄の模様がくっきりを分かるまでに残っていた。

 しかしそれでもイノシシ・尋問と、立て続けに襲った命の危機をクリアした磯城にはどことなく余裕が戻っていた。

 そんな磯城が今考えているのは当然地球への帰還方法だ。


「(されこれからどうしようか……って言ってももう決まってる。普通の異世界トリップだと帰れないっていうのがお約束だけど、ここは地球とつながっているセリス=マゼリア!!)」

『(……坊ちゃま。)』

「(なら当然地球からの《開拓者》も来ているはず。となれば当然行き先は開拓拠点でもある《天突く槍スカイ=スピア》!!問題はここからどのくらい離れているかなんだけど、あれだけの巨塔なら当然有名な話の1つや2つあるはず!!そこら辺を聞いていけば………。)」

『(坊ちゃま。よろしいですか?)』


 そんなときにアガサの声が脳内に響き渡る。

 せっかくの思考を邪魔された磯城は声を荒げながら答える。


「(ああ、もうなんだよ!!人が考え事をしている時に……って!!そうそう俺も言いたいことがあったんだ!!何で話し中に言葉を止めたんだよ?突然声が出なくなるって思いのほか精神的にきついんだぞ。大体だな……。)」

『ストップです。今はとても重要な話があります。』


 と、ここでアガサが磯城の文句を打ち止める。


「(大事な話?)」

『(《まれびと》についてです。)』


 その言葉を聞いて言葉が止まる。

 《まれびと》。女の子から〇〇〇〇(ピー)と言われるくらい嫌われて……いや、憎まれている忌むべき存在。

 磯城は今一つ分からなかったが、さすがは世界最高の性能を誇るAIはご存じだったらしい。


「(え?アガサ知ってるの?碑文か何かに書いてあったとかか?)」

『(ええ。知っています。意味が同じなら、と言う条件が付きますが。)』

「(意味が同じ?もしかしてこっちの言葉にもあるの?)」

『(え、ええ……まあ。)』


 アガサがなにやら言いよどんでいたが磯城は気付かないフリをしながら先を促した。


『坊ちゃま。アレを聞いて《まれびと》と聞いていったい何を想像しましたか?』

「えー……稀な力を持った特殊な人間?」

『違います。』


 アガサは否定した。そして間髪入れずに正解を出す。


『《まれびと》とは20世紀を代表する民俗学者折口おりくち信夫しのぶが提唱した考え方です。』

「………。」


 沈黙する事5秒。磯城は答えた。


「お、おりくち……って誰?」

『………。』

「な、何?その人その人信長位に有名な人か?」

『そこまでは行かないにしても民俗学を語るうえでは欠かせない人物の1人なんですが…………。じゃあ別名の釈超空は知ってます?』

「しゃくちょうくう?」

『はい。国語の教科書にも載っているんですがね。』


 沈黙する事10秒。磯城は恐る恐る答えた。


「……中国人?」

『……もういいです。忘れてください。ただの豆知識ですし。』

「おい!何かを諦めたような言い方はやめろ!!」


 なんだか思いっきり馬鹿にされた磯城は抗議したがアガサはこれを無視し先を進めた。


『地球の《まれびと》はそんな感じです。分かりました?』

「ぐっ……。要するにその折口さんが《まれびと》を作ったわけか?」

『いえ、《まれびと》と言う言葉の名付け親という事なんですが……まあそれは良いです。今は関係ありませんからね。』

「あ、そう……じゃあどういう意味なんだ?」


『《稀に来る人》を略した言葉で賓客の意味です。』

「賓客?その割には物騒な扱われ方だったけど……。」


 賓客というものはもてなされるものであって決して襲われるものではない。


『まあ、いわゆる余所者ですからね。保守的な村でしたらああいう態度になっても仕方がないかもしれません。』


「はあ?それが何だよ……?」


『彼は《まれびと》を賓客としても意味だけでなく異界からのいわゆる来訪神、すなわち神的存在と定義しています。』

「神的存在……神様ってことか?他所から来たくらいで…………あれ?彼って?オリクチシノブって男なの?」

『そうですね。弥生時代の稲作しかり、戦国時代の鉄砲しかり、《まれびと》は外界の技術や物品の運び手と言う事情があったからかもしれません。そんな彼等を神に見立てて歓待する《異人歓待》と言う言葉もあるくらいですからね。…………ちなみに折口氏は男性ですよ。信じる夫とかいて信夫しのぶですから。』

「でもそれじゃあ。そのまれびとは熱烈な歓迎をうけるんじゃないの?恨まれてる感じじゃなくて…………って、普通信夫のぶおだろそれじゃ……。」

『…………坊ちゃま、いつも名前を間違えられている御陵あなたが言いますか……。ですが、男性なのに女性みたいな名前の人は他にもいますよ?小野妹子とか渋川春海とか。』

「いやいや。時代が違いすぎるから!!……って何か話が脱線している気がするんだけど……。」

『おっと、いけませんね。あ、そう言えば岩倉具視いわくらともみも……。』




 閑話休題。(脱線した話を修正中)

 3分後。




『ええと……坊ちゃま。どこまで話しましたか?』

「《まれびと》がどうして嫌われているのかって話だよ。何で駅前の洋菓子屋の評価の話にまで脱線しちゃったのかな。」


 ああ、そうでした。とアガサは言って話を続ける。


『《セリス=マゼリア》の事情については分かりかねます。しかし、《まれびと》も必ずいいことづくめだとは限りません。』

「そうなのか?アガサの話を聞いた感じいいことづくめのような感じがするけど。」

『ええ。その通りです。しかし、異人まれびとによる侵略……日本史で言えば元寇だったり、14世紀の欧州で猛威を振るった黒死病も異国から入ってきた交易品に付いたノミが原因だと言う説があります。なのでもらえるだけでも貰って出て行っていただくという考えはあります。鬼だって異人が起源だという説がくらいですし。』

「ふーん。」


 《まれびと》とはなくてはならないものだけど、過ぎると毒にもなる劇薬。

 しかしそれでも彼女達が危険視する理由が分からなかった。


「………。」


 そして磯城にはもう1つ気になることがあった。

 結局彼女が何を言いたいのかさっぱり見当がつかなかったのだ。


『坊ちゃま。気が付きませんか?結局、《まれびと》が一体何なのか。』

「え?そりゃあさっきも言っただろ?外の世界から来た………。」


 そこで磯城の言葉は止まる。

 アガサの言いたいことが分かったからだ。


「あれ……?」


 来訪神。異界から訪れた者。


「……俺達じゃねえか……?」

『そうです……。地球と言う異世界からの来訪者……まんま私達ですね。』


 神様かどうかはともかく異界から来た点では一致している。

 悪夢のような結論に到達した。

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