2章-3 ただひとつの質問
「コホン。さて質問を再開します。」
数分後。
空腹を紛らわすために皿に乗った3つのサンドイッチ(《トリニティ・サンド》と言う名前らしい)を頬張るのに忙しいシャノアに代わってリベラが尋問を始めた。
ちなみにトリニティ・サンドとはこの村の居酒屋、《朱い陽射し》の看板メニューである。ボリュームたっぷりのサンドイッチなのだが……。
「………おいおい何だよあの大きさ……。大食いチャレンジなのか……?」
本来サンドイッチはとある伯爵がカードゲームをしながら食べれるようにパンを挟み込んだのが起源と言われているため普通の大きさは片手で食べれるくらいのコンパクトなものだったはずだ。
しかし、彼女のが食べているそれはパン4枚に分厚く具を挟み込んだせいで広辞苑くらいの大きさになっている。これでは食べるのに必死でゲームに興じる余裕などとてもないだろう。
なので尋問を受ける磯城ではあったが彼女が頬張る3つの巨大なサンドイッチに意識が向いてしまっていた。
「あの……気になるのは分かりますがこちらに意識を集中させていただきたいんですが……。」
「あ、すいません……。」
無論、そういう注意され少しばつの悪い表情を浮かべる磯城。
「あなたも……ここでは飲食禁止なんで食べるか聞くかのどちらかにして欲しいのですが……。」
「いや。私はここで聞く。」
「全く……あなたと言う人は……。」
リベラはどこ吹く風のシャノアに呆れながら目を離し磯城に目を向けた。リベラが完全に説得をあきらめたのは誰の目にも明らかだった。
しかし食べ物に意識を向けていたのは食べ物が気になったからだけかと言うと、そうでもなかったりする。
「あんなに食べるなんてすごいなあ」
『(坊ちゃま?現実逃避は良くありませんよ?)』
「(お願い……。できるだけ考えたくないんだ……。)」
呆れたようなアガサの指摘に対し、答えた磯城の顔色は非常に青い。
病人と見間違えるくらいだ。
『まあ……無理もありませんけどね……。』
なにしろ少しだけとはいえ首筋を剣で斬られるなど、先程から自分の命の危険を磯城は感じとっていたので下手な事を答えたりすれば首と胴体が離れることを確信していたからだ(事実それは正しく、そばにいるシャノアはそうするつもりだった)。
「 まあ肩の力を抜いてください。質問は1つしかありませんから。」
「あ。そうなんですか?」
思わず青い顔に赤みが戻り、安堵の表情を浮かべる磯城。
何しろ冗談抜きで命のかかったこのやり取り。
時間をかければかけるだけ精神的に辛いものなので。
必要なノルマが少ないということがとてもありがたく感じていた。
「良かった。」
考えていたよりもはるかにハードルが下がり胸をなでおろしてしまっていた。
『……。』
しかし。アガサの方は緊張を崩さない。
何故なら。
1問しかない答案が簡単であるとは限らない。
「この近辺で《まれびと》を視ませんでしたか?」
「………。」
その瞬間、磯城の思考が止まる。
「……どうしました?」
「マレビト?」
「はい。《まれびと》です。」
きっかり3秒沈黙した後に一言。
「………なにそれ?」
それを聞いて硬直する面々。
「《ま、まれびと》を知らないとは……いったいどこの秘境で生まれたのですか?」
「え、えーと………(うわー。なんかやっちゃったみたい……。)。」
『(あーあ……。)』
必死の反論もむなしく言伝は信じてもらえない。
顔にはやらかしたー!!と言いたげな顔をしているのアリアリと浮かぶ。
しかしシャノアはそんな顔色に気付かずに淡々と告げる。
「まれびととは、《アウトサイダー》、《世界に干渉する異端者》、《偽神》。色々な呼び名阿ありますね。」
「あと冷酷、残忍、畜生、人非人、|〇〇〇〇(ピー)。」
「こき下ろしたい放題だなそれは!!しかも最後の|〇〇〇〇(ピー)は女の子が言って良い台詞じゃないぞ!!」
『(……女の子でなくても言っちゃいけない台詞ですよそれは……。)』
とはいえ。肩書きだけ言われてもそれが一体どういうものなのか理解などできない。
「すいませんもうちょっと分かり易く説明をお願いします。」
そう聞くと十数秒の間思案顔になったリベラはこう答えた。
「ある人物によれば。殺した程度じゃ死なないくらいの耐久力に周囲の風景が歪める人間らしいのですが……。」
「それってもう人間じゃないな……。」
『(………………。)』
リベラの物々しい説明からはそのマレビトとやらが非常に何やらとんでもない存在であることが言葉の端々で感じ取れる。
「………こほん。それでは本題です。」
「え゛………。」
リベラはいきなり右腕をつかんできた。
そしてキス寸前の距離まで顔を近づけ、豊満な唇を動かし言葉を紡ぐ。
「うわっ!!」
思春期男子にとってあまりにも刺激的な行動に全身が硬くなってしまう。
磯城も自身の顔が真っ赤になっていくのを感じていた。
「あなたはその《まれびと》に心当たりはありませんか?どんな人間でも構いません。怪しい人・人影、痕跡でも構いません。何か見たなら教えてください。お願いします。」
誠意を見せた対応に磯城は直観的に
だから磯城はこう答えた。
「す、すいません……気付きませんでした……。」
「………そうですか。」
明らかに落胆したかのような声色に磯城は知らないのだから仕方がない。
「待って。」
そこにサンドイッチを完食したシャノアが(「あれ?もうなくなってる?」と心の中で突っ込んだ)尋問に割り込んできた。
「本当に?《まれびと》を知らない馬鹿を信用できるの?」
「ば、馬鹿とは失礼な!!仕方ないだろ!!お(れは異世界から来たんだから――ってあれ?)」
声が出なくなってしまっていた。
しかし磯城は混乱しない。何しろつい先程この状態を体験したばかりなのだから。
「(……《エイフォニア》。)」
対象の声を封じる悪魔のプログラム。
そして誰がそれを使ったのかも。……分からない方がおかしいのだが。
「(……アガサ。何のつもり?)」
磯城は自分の声を封じた犯人………アガサに呼びかけた。
『……。』
「(アガサ?どうしたの?)」
『(……坊ちゃま。我々が異世界の人間であることは絶対に言わないでください。)』
「(はあ?何で?)」
『(坊ちゃま!!)』
「(ああ……分かったよ。)」
同意した直後、喉に感じた違和感が消える。
これで言葉を出せるようになった。と
「ど、どうしたんですか?突然黙り込んで?」
「仕方ないって……何?」
「あ……いや……実際にそのマレビト?っていうのを見たことないしなあ………。っていうかそんなのに遭ったら死んじゃってるって。」
「まあ、それもそうですね……。」
「弱いし。」
『(ぼ、坊ちゃま。力だけが強ではありませんよ?)』
「………。」
実際その通りなのだが、こうきっぱりと下に見られると思うところがある磯城であった。
「では誰か他の人には会いませんでしたか?」
「いや。あったのはあのツノイノシシ……《カリギュラ》だっけ?それだけだね。」
「………。」
数秒という限りなく永く感じる沈黙の後。
「分かりました。御協力感謝します。」
彼女は表情を見せないまま尋問を終わらせた。
「そうですね……。では情報料としてお昼代くらいは出してあげましょう。」
「え?あ、ありがとう?」
正直、磯城もかれこれ6時間以上は何も食べていない。先程の少女のようにお腹の虫が鳴らないにしても何かを食べておきたかった。
「それでは下の酒場で話をつけてきますので少々お待ちください。……あ。」
「?どうしました?」
「これはすいません。自己紹介が遅れましたね。」
恭しくこちらを振り返ると一礼をしてつげる。
「
「あ、どうも御丁寧に。自分は御陵磯城といいます。」
「へえ、《リアーカ》の方ですか?」
「え?ええ、まあ……。」
突然出てきた新単語ユニオンやらりあーか?やらに混乱するが、怪しまれないために必死に動揺を抑え込んだ。
「ちなみにそこにいるのが……って、あれ?」
「いない……。」
『ああ、坊ちゃまの首を斬った悪女なら質問が終わった瞬間出て行きましたよ?』
「うわ!いつの間に!!」
先程そばでサンドイッチを平らげたはずの少女の姿が消えている事に気が付いた。
「えーと。すいません多分下ですので見てくるついでに昼食の準備もさせます。しばらくの間おくつろぎください。」
そう言ってお辞儀一つをして出て行こうとするリベラ。
その姿や所作は一見気配りのできる有能秘書そのものだろう。
「あ、あと……。」
「はい。何か?」
「あの……このロープ、解いてもらっても構いません?」
縛られている状態でどうくつろげというのかと言いたげな顔で答えた。
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