2章-2 三者三様の困惑
30分前。
《ゾード=ラグナ》の中央に位置するとある宿屋。
その2階にある《
あらゆる情報を収集し発信する情報管理を専門とするセリス=マゼリアでも最大級の
そこで事務員として働くリベラ・ノースコート。
三つ編みの朱い髪に丸眼鏡。そしてしっかりと全てのボタンをかけ、きびきびとした動作をする典型的な秘書タイプの女性。
業務に対し常にまじめに応対し、荒くれ者に対しても決して眉一つ動かさずに応対する。
故に彼女は《鉄仮面》と呼ばれている。
「なるほど、そうでしたか。」
そんな彼女は今困惑していた。
「ごくろうさまです《六部殺し》。」
「別に。それほどでもないよリベラ。」
一見そんな風に見えなくとも困惑していた。
「あと、暴走している《カリギュラ》に遭遇したので駆除した。」
「え?カリギュラは別に今は繁殖期じゃないから気性が荒いなんてことは無いはずですけど?」
角と魔法と言う相違点はあるもののその生態はイノシシとほぼ同じ。
動物の気性が荒くなる繁殖期も同じで冬の半ばから約2か月間。
春真っ盛りのこの時期には少々おかしな話だ。
「もしかしたら……《まれびと》が原因かもしれない。」
「……そうですね。私も《オトヅレ》も聞きましたし、十分に考えられます。」
ちなみに、1章冒頭でシャノアが大鼠を駆逐する際にはなった殺気にあてられたのが原因であることだという事はついに誰にも知られることはなかった。
しかし。
カリギュラの異常行動が彼女の困惑の原因なのかと言われればそれは違う。
「あ、あとひとつだけよろしいですか?」
「はい。なんでしょうか?」
「コレの説明をおねがいしたいんですが?」
「コ、コレって……人を者扱いするなー!!」
彼女が指をさした先には困惑の原因――床に転がっているぐるぐる巻きの少年を指さし説明を求めた。
御陵磯城は困惑していた。
何しろ先程までおっかない魔獣であるツノイノシシに命を狙われ。
それを助けてくれたはずの少女には気絶させられ。
眼を開けてみれば見知らぬ部屋で縛られているこの状況。
正直、今から拷問でも始まるのではと身構えていた。縛られてはいたが。
「え、ええっと……この状況は一体……。」
こんな状況で困惑するなと言う方が無理というもの。
「それで……?彼は一体どうしたと言うのですか?」
「《カリギュラ》に殺されそうになっていたところを助けた。」
「え?あの近辺にですか?何故?」
「さあ?見た感じでは《学院》の人間だと思うから《まれびと》でも調べていたんじゃない?。」
「迷惑ですね……。殺してから焼き払っても良かったのでは?」
「やろうとしたけど気まぐれでやめた。」
「……(えー!!どういうことだよ!!自分もしかして死んでたかもしれないってことかよ!!)」
何やら頭の上で物騒な会話を繰り広げられ肝を冷やしていた。
しかし、いつまでも部外者という訳にもいかない。
「……何をしたの?」
「何もしてないよ!!突然襲い掛かって来たんだから!!」
被害者はこちらだと言わんばかりにまくしたてる。
「それじゃあ……あんなところでいったい何をしていたんですか?」
「え?それは……。」
ここで磯城は言葉を詰まらせた。
何しろ自分が言えることは1つ。
「自分は異世界から来てここにほうりだされたんですよーハハハ。」
としか言いようがない。
しかし、問題はそんな戯言を信じて必要があるのだが……正直信じてもらうのは難しい。
自分達でさえ理由が分からないのだから。
「おや?どうしました?」
「え?いや……。(誠意さえ見せれば信じてもらえる……なんて事態を軽く飛び越えてるんだよなあコレって。)」
さてどうしたものかと考えあぐねていると。
「まあ……それは良い。」
「(え?いいのか?)」
「よろしいんですか?」
「うん。正直この人がどうとかなんて興味ない。」
「(え?それはそれでショックなんだけど。)」
「それよりも。」
「うわっ」
突然ぐいっと顏を近寄せ。
「あなたに聞きたいことがある。」
「(うわっ!近い近い!!)」
突然だがシャノアは美少女だ。磯城が見てきた中で一番と言ってもいいくらいに美少女だ
大きな瞳、小さい顔、細い眉。下手なアイドルでさえ逃げ出しかねないくらい美少女だ。
そんな美少女に至近距離でじっと見つめられる。そんな経験は滅多にないだろう。
息をする事さえ憚られてしまう。
しかし至福の時間はここまでだった。
「質問に答えろ。そうしないと殺す。」
そういうやいなや 背中の剣を抜き放ち切っ先を床へ落とした。
鈍い音を立てて木製の床に突き刺した。
「ひいっ!!」
「やめてください。また修理費がかかります。」
「(え?そこの方が問題?)。」
平和な街で育った磯城にとって武器を使った威嚇は非常に恐ろしい。
改めてここは自分がいた場所とは全く違う世界だという事を思い知らされた。
しかも彼女が掲げる剣も普通ではない。
2mと言う人間用とは思えない位の大きさの剣だ。
さらに一瞬しか見ていなかったが剣から眩いばかりの雷光が出るのをバッチリ目撃していたのでますます震え上がった。
これなら首どころか頭から縦に斬られても線の細い磯城の体など真っ二つになってしまうだろう。
「1つ言っておく。」
「は、はい!!何でしょうか!?」
床に刺した剣を強く握りしめながらすごむ彼女に対し、天国から地獄へとまっさかさまに転落した磯城は内心ビクビクしていた。
「1つ、言われた事にすぐに返答して。1つ、関係ない事は喋らないで。1つ、偽証はするな。」
「あ、あの。それじゃあ3つに」
その瞬間彼女の大剣が磯城の首筋ギリギリのところまで突きつけられ、首筋からツーッと一筋の血が流れ落ちるのを見た磯城は顔面が蒼白になった。
「……。」
「関係ない事は?」
「喋りません!!」
「よし。」
磯城としては全くよしじゃないがそんなことを口に出せば最後、冗談抜きで死ぬだろう。
「殺すのだけはやめてくださいね。情報源がつぶれますし、部屋が汚れますし。」
「(えーっ!!!こっちへの配慮は無いのか?!って、あれ?)」
思わず口に出したくなった磯城だが次の瞬間その声は何らかの力で抑え付けられたかのように封じられた。
「(ゲームで定番の状態異常である沈黙はこんな感じなんだろうな。……って違う!!)」
一瞬混乱するがその原因などすぐに思い当った。
と言うかこんなことができるのは|1体(・・)しかいない。
「(ア、アガサ!!なにしたの?)」
『(私が開発した生体干渉プログラム(B・I・P)《エイフォニア》と命名したそれを使って声帯の活動を停止させました。呼吸には影響はないはずですよ?)』
「(なんじゃそりゃあ?お前そんなものまで作れるのかよ!!)」
磯城は知らないが彼女が使用したのは《エイフォニア》と呼ばれる。生体干渉プログラムの1つ。
チョーカーから発生させた電気刺激により声帯を麻痺させ声を封じるプログラムだ。
実際チョーカーは名の通り首に巻いているので首にある声帯に干渉するのは比較的容易だったりする。
が、その運用は人を容易に殺せる殺人プログラムであるために、国家機関以外の所有はおろか一般市民に知られることすら固く禁じられているいわくつきの代物だったりする。
「(で、でも何でそんな事を?)」
磯城がそう尋ねるとアガサが呆れた口調で返してきた。
『(坊ちゃま!!関係ない事は喋らないですよ)』
「(あ、そうだった……。)」
そうすると磯城の体は間違いなく真っ二つになる事は首筋にできた切り傷で証明されている。
『(いいですか?ツッコんじゃいけませんよ?これは前振りなどではなくガチで言ってますからね?絶対に言っちゃいけませんよ?)』
「(わ、分かってるって。僕はそこまで馬鹿じゃないから。)」
そうして聞こえないように思考操作による通信を行う1人と1体。
「もういい?さっきから黙りっぱなしだけど?」
「あ、あ、ああ、いつでもいいぜ。」
声が出ることを確認した磯城はおっかなびっくりと言った感じで声を出す。
「じゃあ訊くけど。」
「(いよいよか……。)」
剣呑とした殺気を隠さずに質問するシャノア。
いったいどんな質問が来るのか身構えた磯城(縛られてはいたが)。
部屋の中はある意味一触即発の緊張感に包まれた尋問の場にふさわしい空気が出来上がっていた。
……そのはずだったのだが。
くぅ~~~。
というどこか間抜けな腹時計のアラームが空気が重い六畳間に響き渡った。
その時間、ちょうど南中の時刻。
「「………。」」
「あ。お昼だ。」
正午を告げたおなかの音を聞きぽつりとつぶやいたシャノア。
『「「………………………………。」」』
緊張に満ちた空気が瓦解した室内を今まで以上に重い沈黙に包まれてしばらくした後。
「いやいや、なん(でこんな時に腹の虫を鳴らすんだよ!!!!)。」
『(だーかーらー!!なーんでツッコんじゃうんですかねー坊ちゃまは!!)』
御陵磯城。魔術師を志す以外は至って平凡な高校生。
しかし。
持ち前のツッコミスキルは命の危機の際でもいかんなく発揮される!!
『せめてケースバイケースを判断してツッコミをしてくれませんかねえ全く!!』
そして。
部屋にいる最後1人であるシャノア・シュティフィールも。
「……お腹すいた。早く話が終わってほしい。」
色々な邪魔が入って話が進まない事に対して困惑していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます