幕間-3  とある(名)探偵の調査記録

 

 

 


 さて。

 少女が気絶させた少年を抱え立ち去った後。

 あたりに静寂に包まれる。

 鳥の囀りが止み、風の音すらも消え失せた完全なる沈黙。


「…………ふう。いったねえ。」


 その沈黙はそこに潜む1人の人間の溜息によって破られた。

 その者の黒いリクルートスーツという野山と言う場所には全くと言って良いほどそぐわない服装をした女性。

 その正体は依頼を請け、この地に降り立った探偵中山朱雀だった。


「早速目標を発見。と言いたいところなんだけど……。」

『どうしましょう。これはかなりまずいですよ。』


 朱雀のサポート要員であるオペレーターのややおどおどした声が朱雀の《チョーカー》から聞こえてきた。

 朱雀には彼女が言いたいことは痛いほど分かる。


 何しろ。

 関所破りをした標的が政府からの公式発表でいないという事になっている《セリス=マゼリア》の人間と接触してしまった事。絶対秘密である事柄を知られてしまったことだけでも問題なのに。

 彼に接触した人間が更に大きな問題を呼び起こす結果となった。。


「愁ちゃん。いい加減落ち着いてって。気持ちは分かるけどさあ。」

「御陵磯城君……だっけ?」

『はい。御陵磯城15歳。《しらほし》第九区の美笠に両親で住んでいるとの話です。詳しいデータは既にチョーカーの方へ送付しております。』

「ありがと。キャツ以外の事でに何か情報はない?」

『はい。彼の妹御陵美祢も現在行方が分かっていません。彼女もここにきている可能性もあり得るかと。できればここで彼を拘束しておきたいのですが。』


 愁がそう提案をすると朱雀らしくない切れの悪い口調が聞こえてきた。


『ど、どうかしたんですか……?』

「うーんよりによってあの【六部殺し】がかあ……。私じゃあ勝率低いしねえ。」

『え……?』


 心底困った様子の朱雀の様子にオペレーターである女性…八俣(はちまた)愁(うれい)は戦慄する。

 今の仕事の経験が浅い彼女ではあるが、今まで愁は何度も一緒にしているため朱雀の組織の中でも上位に入る実力者だということは誰もが認める事実だ。

 そんな彼女にここまで言わせる敵に戦慄せずにはいられなかった。


『あ、あの……セリス=マゼリア(ここ)は詳しくないんですが……。【六部殺し】ってそんなに有名なんですか。』

「そりゃあもう。しらほしの《守護職》で言えば【宵の春風】や【金碧姫】クラスの怪物と言えば分るかなあ。」

『う、うひゃあ……。』


 【宵の春風】と【金碧姫】。

 その2人の名前は《しらほし》ではかなり有名だ。

 2人共相当の美少女であるが、その実力は単体で100人の小隊と渡り合えるとの事。

 何よりそれほどの実力を高校生くらいの少女が所有していると言うことに驚きを隠せなかった。 


「まあ、実力的にはこっちの方があるけどさあ。」

『ええと……そこまでの自信が……ありますよねえ。』

「相性の問題があるよねえ。アタシは《まれびと》だからこそあの女は私達に対して絶対的なアドバンテージがあるから勝てないのよ。」


 中山朱雀……いや、《まれびと》にとってシャノアは相性最悪の天敵なのだ。


『彼のグリモア……《管理局》の規格ではなく基礎部分から自分用にカスタマイズされてました。』

「成程……つまりキャツは《魔術師》ですねえ。……あの歳で魔術師ですか。末恐ろしいですねえ。」


 一人納得している所に、愁が納得できない表情で話しかけてきた。


「じゃあやっぱりあの人って《まれびと》じゃないんじゃあ……。」

「ううん。間違いなくあの少年は《まれびと》よ。」

『え?でも……魔法を使ってましたよ?』

「ええそうね。《まれびと》は魔法を使えない。これは常識。現に私も使えない。でも。」

『でも……何ですか?』

「常識っていうのはですねえ、あくまでも移ろいゆくもの。不変である原則とはノットイコールなんですよ?」

『は、はあ……。』


 釈然としない電話の相手に自分も考えを説明していく。


「いい?時速40km以上の速度で全力疾走している猪相手に1kmもの距離を逃げ延びることができると思う?」


 朱雀に指摘されたオペレーターの女性は息をのむ声が聞こえてきた事で笑みを浮かべた。


『……む、無理ですね………。』

「でしょう?」

『で、ですが……体力回復の魔法でも使ったんじゃないですか?』

「アタシも最初そう考えたんだけどねえ……あの、《チョーカー》で魔法の使用が制限さていたのよ?」

『あ………。』


 朱雀の日的通り、彼は魔法を使えなかった。チョーカーの機能によって間違いなく魔法は拘束されていた。

 なので、入学直後の体力テストで平均どころか下から数えたほうが断然速い成績だった磯城には間違いなく不可能だっただろう。

 普通ならば。


「そしてもう1つ」

『ま、まだあるんですか?』

「ええ。挫いたはずの足が治っている事よ。」

『あ………。』


 そう。足の捻挫を起こしてしまっていた磯城はこれ以上逃げられなかった。

 だから磯城は

 その捻挫がシャノアに助けられたほんの数分後には完治してしまっていた。 


「本人は気力で治ったと思い込んでいるだろうがそんなに簡単に捻挫が治るわけがない。」


 つまり、あの数分の間で立てない程の痛みを伴う捻挫が治ってしまったのだ。

 医学的に考えて、いや常識で考えてもそんな事があるわけがない。


「身体能力の強化。驚異的な再生能力。《まれびと》の特徴ではあるわね。」

『……………。』

「そして何よりも《オトヅレ》。キャツが音を連れて訪れた以上、《まれびと》である事は間違いなわねえ。」


 《オトヅレ》。異世界への扉を叩くときに発生するに発生する音のようなもの。

 《世界間》を通過し、《まれびと》となったものが訪れた証。

 これ以上何も言うことはない。


『す、すごいです……。朱雀さん探偵みたいですね。』

「まあね……って、アタシは探偵だっての!!こっちは副業なのよ副業なのよ!チミ!」

『す、すいません……。』




『それで……?この後どうするんですか?』

「どうするって、放置一択でしょうチミ?現段階で魔術師に手を出すっていうのは得策じゃないですからねえ。」

『そ、そうですよね……。』


 世界救済を掲げ魔法の研究に没頭する彼らは魔法戦闘のスペシャリストと同義だ。

 そして他者からはなかなか理解されない思想を持っているため魔術師同士の結託は基本的に強い。

 組織からしてみても厄介なことこの上ない。


「それより問題はもう1人……御陵美祢の方ですねえ。どこにいるか分かります?」

『す、すいません。捜索しているんですがまだどこにいるか……。』

「分かりました。キャツの監視の方はやっておくんでチミはそっちの方をお願いします。」

『わ、分かりました。それでは。』

「よろしくねえ。愁ちゃん。」


 そして通話は終わり《チョーカー》の通話ボタンを切った。


「さてさて……やっすいフィクションだったら《まれびと》嫌いのセリス=マゼリアでもトップクラスに嫌っている【六部殺し】。そんなキャツに関わってしまった御陵君の運命やいかに!!みたいな所だねえ。死なないといいわねえ。キャツ。」


 白々しく、どうでも良さ気に心配し。


「《護邦区画》と言う存在はアンタを決して逃がさないわ。まあ精々頑張って私を楽しませなさい御陵磯城。」


 そして面白がるようにつぶやいた。



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