1章-9 襲撃④
その頃、磯城とツノイノシシ―― と呼ばれているそれとの戦場から10kmほど離れた場所にある
「はあっはあっ……。何だよアレ。あの惨たらしい殺し方はよお!!」
「ああ……。」
そこにいたのは先程シャノアに助けられた《放浪者》達3人と受付嬢。
この世の地獄を見たかのように顔面を蒼白にさせた新人の《放浪者》達が彼女への恩を忘れ只管罵倒する。
「さてさて、助けてもらった相手にそこまで言えるものですかね。」
「アンタは見てないからそんな事が言えんだ!!」
「ああ、あれはできる限り相手を苦しませる殺し方だな。アレは……悪魔だ。」
あまりのルーキーたちの言い草に思わず苦言を呈する受付嬢。
それに対し、彼女の攻撃がどれ程凄惨で容赦がないかを必死になって伝えようとする。
確かに戦闘を見慣れている人間でも戦慄する光景を新人が見せつけられて
むしろ吐かなかっただけでも中々のものだったと言える。
「お言葉ですが……帝国の《戦聖女》の逸話ではあるまいし。華麗な倒し方なんて早々できるわけがありません?そんな事で喚いたところでキリがありませんよ?」
とはいってもその少女には助けてあげたという気持ちは毛頭なくただ《敵》を殺すついでだったが。
「それにしても一体なんだったんだあの女は……。」
「相当の腕の持ち主だってことは分かったけどな……。」
その疑問を口にするとすかさずその受付嬢が答えた。
「シャノア・シュティフィール。」
「「「!!!!!」」」
答えたのはただ一言白き少女の名前だけ。その名前を聞いた途端少女を罵倒していたが固まった。
「名前くらいは聞いたことがありますよね?」
窺うように尋ねると我に返った。
「シャ、シャノアって……《レクス・タリオニス》の?」
「ええ、【六部殺し】や【白き雷】とか呼ばれている第参級の実力者。」
うへえ……。と声を上げる。
「それで?彼女は?」
「ああ……。《オトヅレ》が響いてな……。その確認に行ったんだよ。」
「《オトヅレ》……。成程。そうでしたか。」
それを聞いた受付嬢は確信する。
「ならば《オトヅレ》の主も簡単に片づけてくれるでしょう。」
そして、受付嬢は断言した。
「いた……!!」
人の丈を超えた赤い毛を生やす頑強な体格。
額には鋭く輝く角。
この森、いや一帯の中でも最強と目される
とある伝承に出てくる炎の槍をになぞらえてつけられた怪物の名。
「………あれ?誰かいる。」
討伐しようと身を盛りだしたところで1人の少年が目に入った。
髪の色は黒、来ている服も黒と。黒一色の少年。
明らかに《放浪者》に見えない出で立ちをしていた。
その風貌を見てシャノアは思わず声を出す。
「《まれびと》?いや……。魔法使い……。」
少年を風貌を見て《まれびと》と思ったが炎をの槍を打ち消した魔弾を見てその可能性を否定した。
代わりに別の可能性が浮かび上がってくる。
「《学院》の人間…………?」
《学院》。
それは魔法を含むありとあらゆる学問を研究するために設立された世界唯一の学術機関。
学に興味のないシャノアにとって関わりのない存在だったがそこに所属する人間は少しの差異はあれど大体は黒い服を着るという事くらいは知っていたシャノアは勘違いをしてしまっていた。
それにこの世界の男性に比べても分かるくらいに体の線が細かった事が拍車をかける事となっていた。
「………。」
とはいえ人は人だ。人命の救助を第一とすることを規約で掲げられている《放浪者》である以上人は助けなければならない。
しかし。
「でも……無理か……。」
シャノアは現状を見て即座にこう結論付けた。
何故ならこの時、シャノアと少年まで約600mはゆうに超える。
少年と相対している《カリギュラ》はもう魔法の発動を始めていることは特殊技能である《魔眼》が無くても分かるくらいにまで可視化された魔力の放流を視て判断した。
故に、この地点でもう彼は間に合わない。
たった一つの手段を除けば。
「……《霊魂》。」
特殊な技能を持った人間による膨大な魔力の結晶。
その《霊魂》の力を使えば十分に助けられる。
しかし《霊魂》の生成にはかなり手間と資金がかかってしまう。
1人の生命と1つの《霊魂》。天秤にかければ大きく後者に傾いてしまうくらいに。
「うん……仕方ない。」
鋼鉄並みの硬さを誇る角で少年を貫いた後でじっくり処理すればいい。
一度は助けると決めたものの大した実力もないのにこんな山奥に来た人間が悪い。言ってはなんだがコレは自業自得だ。
そして、彼が生きようと死のうと、彼女にとっては関係のない事だった。
しかし。
「……………え?」
次の瞬間。少女は思いがけず見てしまった。
あの《カリギュラ》が魔法を使う直前。対面する少年は。
死を前に恐怖するわけでもなく、自身の運命を憤るわけでもなく。
何もかもを諦めたような少年の瞳を浮かべてそれを受け入れようとしているのがはっきりと見えてしまった。
「………………………ッッッ!!!」
シャノアがその瞳を見た瞬間。
石のように動かないシャノアの無表情な顔が崩れるくらいに激高してしまった。
「《建御雷》。起動。」
そこからの行動は早い。
背中に背負った1m程の長さの大剣を抜き放つと、シャノアはあらん限りの魔力を励起させて手にした大剣にその膨大な魔力を流し込む。
すると、剣から純白の雷が発生した。
しかし変化は終わらない。
その状態からシャノアは懐に手を入れ、ある物を取り出す。
その物体は拳大の無色透明の立方体でその中には松明のような赤い光が揺らぐように耀いていた。
これが《霊魂》。星の意思と呼ばれる純粋な魔力を結晶化させたもの。
思わず心を奪われる宝石のような耀きをもつその石を。
ガラスのようにあっけなく砕けその中から膨大な魔力の靄が大気中に漏れ出す。
その漏れ出した魔力を食いつくように手にした剣が魔力を吸い込んでいく。
「…………よし。」
パチパチと鳴る小さな音はバチバチと響く雷に変わる剣からシャノアに纏う。
その出で立ちはまさに《白き雷》だった。
後は纏う雷をカリギュラの方へ放射。ただそれだけで事足りる。
先程の炎の槍ならとにかくただ速度を上げただけの今の状態なら、確実に感電死させられた。
今のしかし、その稲妻を放射するような事はしない。
理由は1つ。それは、雷撃の制御が難しく黒い少年を巻き込んでしまう可能性があったからだ。(ただし、少年を死なせたくなかった訳ではない。)
なのでシャノアの行動はただひとつ。
ただ前へ進んだだけだ。
ただし、数百mという長い隔たりを一瞬で縮めるものであったが。
《カリギュラ》を《炎の槍》と喩えるならば今の彼女を見た者は《雷撃の槍》と表現するだろう。
《カリギュラ》から見れば突然目の前に現れたのだから驚きで眼を大きく見開いていただろうがこれらの行動は0コンマ数秒の間で起こった事。
何が起こったのかを理解する前に。
彼女の一振りによって《カリギュラ》の首と胴体が綺麗に切り離された。
「GRUAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
あたりには醜い位の獣の奇声とおびただしい量の血がまき散らされた。
暗い緑の世界に輝くばかりの赤がまき散らされた。
「………大丈夫?」
振り返った少女は硬直してしまっている少年に声をかける。
その少年をよく見ると肌は黄色かったがその他の部分黒い服装に黒い髪に黒い瞳。
どこまでも黒で埋め尽くされた少年。
どこか浮世離れしたその風貌にシャノアは思わず動きを止めた。
しかし、それがいけなかった。
少年にある一言を言わせてしまったのだから。
「て、天使……。」
「………………。」
その言葉にシャノアの体は硬直した。
天使。
少年がいた世界では天使と言う言葉は一般的には褒め言葉に使われる。
しかしセリス=マゼリアでは最低最悪の……それこそ悪魔以上の罵詈雑言だ。
どのくらいかと言えば気性の荒い人に言ったりすれば確実に乱闘が起こるくらいと言えばどれほどのものか分かっていただけるだろう。
何しろこの世界に置いて天使とは最悪の存在なのだから。
「………………。」
他人に何を言われても動じないシャノアだったがこれだけは別だった。
貴重な《霊魂》を使って助けたのに出てきた言葉は思わず殺したい衝動に狩られるほどの罵詈雑言。これで怒らない方がおかしい。
「あー……ありがとう?」
「………っ!!」
この絶対零度の凍てつく視線を知ってか知らずか、少年は少々とぼけた言葉を返してきた(誤解)。
そんな彼女の行動はただ1つ。
「……。」
「ごぶっ!!!」
何も言わずにただ1発。ぶん殴った。しかもみぞおち、つまり人体の急所に。
「……………ガクッ。」
「……あ。」
しまったと思ったがもう遅い。少年の意識は完全に刈り取られた。
「………はあ。」
放置したかったが、せっかく《霊魂》まで使って助けたのに死なせてしまってはもったいない(後味が悪い。などではない。)ので背負って持って帰る事にした。
よっこいしょ。と言う掛け声とともに少年を肩に背負い駈け出す。
少年が華奢な体躯をしていたこともあり少年の運搬はそれほど難しくなくほどなくしてシャノアは自分の現在の
少年にとってプライドが粉砕しかねないこの事実を気絶していたおかげで知ることがなかったのは救いだった。
全能でない少女は未だ知らない。
その少年が少女という在り方に決定的な破滅をもたらす者だったということを。
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