1章-7  襲撃②



『坊ちゃま。走っていると余計追いかけてきますよ?』

「じゃあどうしろってんだお前はさ!!」


 イノシシを磯城の距離は目視で約100m。長いと言えば長いが短いと言えば短いと言えるそんな微妙な距離。


『しかし幸いしたのはあの巨体ですか……。』


 ここだけの話地球で一般的なイノシシの速度は短距離走者よりも速い50km/h。かけっこなど絶望的だ。

 しかしここのツノイノシシは3mと言う巨体に加え特徴的なツノが重いおかげで時速はせいぜい自転車並みの30~40km/h。

 そう思えば若干心に希望的観測を浮かべることができる。あくまで気休めでしかないが。

 実際両者の距離は詰まる一方である。


『実際あの突進は自動車どころか戦車すらもひっくり返りそうですしね。』

「ちょっとアガサ……そんな事言わないでくれ……。」


 そうなった時を想像して背筋を凍らせる磯城。

 ちなみに磯城の想像の中では上半身と下半身はお別れをしていたりする。


「それより!アーガーサー!!これ、どうにかならないー?」


 チョーカーを叩きながら叫ぶ。


「くそ……。魔法が使えれば……少しは可能性が出てきそうなんだけどな……。」


 そう。磯城はただの高校生ではない。

 磯城は……と言うより《しらほし》の人間の大部分が魔術を嗜む《魔道士》。

 その中でも世界救済のための魔術研究に特化した《魔術師》である。


 魔法を使った攻撃には多少の自信がある。

 実際、磯城は《魔弾》の他にも四大属性の《呪紋》を即席で描ける。

 どれほど難しいかと言えば、普通の魔道士が1つの呪紋を完成させるのに1時間かかる事を考えれば分かってもらえるだろう。


 が、それは魔法が使えればの話。

 唯一勝機があるとすれば磯城の魔法なのだが(実戦皆無の磯城にとって魔法が使えても絶望的なのだが)それも現在チョーカーによって封印中。魔法が使えない彼はそこらの高校生と変わらない。

 むしろ研究職である分他の高校生の体力と筋力はより低かったりする。


 それが使えない今はこうやって逃げるしかない。


『もう少しかかりますね。流石にコレは少し手間です。』

「……うわ即答。まあわかっていたけどさ。」


 とはいえ並みのハッカーでも解除に数十年はかかると言われているくらいのセキュリティーもほんの数分で解いてしまうアガサもまともではないのだが。


 とはいえ、しだいにその距離を縮め頭から生えた角は磯城を貫かんと突き出す豪速の槍。

 だがそれでも勝ち目のない鬼ごっこを1分持たせているのは彼に隠れた力か意地か。

 しかし1分もすればスピードもガクッと落ち息の絶え絶えになってくる。


 無論、彼は何の策もなく逃げ回っているわけではなかった。


「どれだ……どれがいい?」

『坊ちゃま?さっきから何を探しているんですか?』


 磯城はあるモノを探していた。この森の中にどこにでもあり、なおかつ一番大きいものを。


「あ、あ……あれだ……。」


 目の前のソレ……周囲のものよりもひときわ大きい1本の樹を見つけて磯城は作戦の決行を決めた。


「……ア、アガサ……。」

『……何ですか坊ちゃま?』

「10m先の樹の前に立つ。あのツノイノシシのツノをあのイノシシの走力と俺の反射神経を考慮してギリギリで避けられるタイミングで合図をくれ。」

『……あ、成程。分かりました。でも坊ちゃま。並行作業はわりかししんどいんですけど……。』


 アガサはその説明で磯城の作戦を理解したようだ。

 システムのハッキングと演算の並行作業は中々に難しいはずなのだが。 


「できないのアガサ。」

『できます。』


 そこは世界最高のAIであるアガサにとって大したことではないらしい。

 そしてそのプライドの高い部分を突けばあっさりと言うことを聞くアガサに磯城はチョロイと心の中でつぶやいた。


 一方、とてつもない速さで突進してくるツノイノシシ。

 森は木々に覆われて暗く少し離れていても確認しづらい位の明るさだ。

 しかし、ツノイノシシは獲物の位置を明確に把握していた。

 イノシシのその鋭すぎる鼻のおかげだ。

 イノシシの嗅覚は犬並みで非常に敏感だと言われており、臭いで敵を追跡できると言われている。

 その点では地球のイノシシと同じだった。


「GRRRUUUUUUU!!!」


 臭いが強くなったのを確認し顔を上げる、少し先に獲物がいるのが分かった。

 その獲物が全く動く様子がない。そこは見て確認することができた。


「GRRRRRR!!!」


 ならば好都合と言わんばかりの力の限りの疾走を始めた。

約100m程の距離を1秒で詰め額の角で突き刺さんと襲い掛かる。

 しかし、目の前の獲物に動く様子だった

ツノイノシシは勝利を確信した。


『今です!!』


 しかし、その瞬間。アガサの合図と共に磯城は横に飛びのいた。

 磯城とツノイノシシの間はほんの数cm。

 一瞬でも遅れれば腹を突き破っていただろう。磯城の要求通りアガサの出した合図は本当にギリギリのタイミングだった。


 とは言え獲物が横に倒れたのを理解したツノイノシシは別段驚きはしなかった。

 実際に曲がることができないなどと言う猪突猛進なんて言葉があるがそれは大きな間違いだ。

 イノシシは他の動物と同様前進している際、目の前に危険が迫った時や危険物を発見した時は急停止するなどして方向転換することができる。倒れているので逃げづらくなる悪手だ。起き上がる間に旋回し、角で相手を殺すだけの時間はあると本能が告げていた。そしてその本能は決して間違ってはいなかった。

かくして目の前に倒れる哀れな獲物の運命は決まった。


 そう。普通なら。


「GRRR!!!」


 突然だが、嗅覚で周囲の状況を判断するイノシシだが、視力の方はそれほどよくはない。

 それは角が生えているツノイノシシも同じだ。

 なので薄暗い森の中で、さらに磯城を殺すことに夢中になっていたツノイノシシは気が付かなかった。

 磯城の後ろに樹が生えていたという事を。

 気づいたときにはもう目の前にあった。


「GRRRRRRRRRRRRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!」


 そしていくら急停止だできると言っても最大に加速している状態で50cmの間で急停止できるほど性能は高くはなかった。

 かくしてその哀れなツノイノシシはその速度を維持したまま轟音と共に後ろの大木に激突した。







「……ん?今の音は……こっち?」


 その時。シャノアは少し離れたところで何かがぶつかったようなその轟音を聞いた。


「《まれびと》の仕業?いや。」


 足元に広がる2つの足跡に気づく。

 その足跡を見て愕然とする。


「《カリギュラ》と人の足跡……?何でカリギュラが?この時期は繁殖期から少し外れているはずなのに?」


 《カリギュラ》。無論それはあのツノイノシシだ。

 原因が自分の出した殺気だと気づかずに疑問に思う少女。


「今は《まれびと》……いや。もしかしたら《まれびと》が人を襲わせているのかもしれない。……それに”人”は見捨てるなって言われてるし……仕方ない。」


 やれやれと肩を竦めた少女は当初の目的を保留とし暴れる《カリギュラ》の討伐に向かう。

 邂逅まであとほんのわずか。



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