1章-5  呆然自失



 さて。現在、遭難と言う事実を前に呆然自失になっている1人と1台はさておき。


「《オトヅレ》はこっちの方向だったはず……。」


その少し離れたところでは1人の少女――シャノア・シュティフィールは疾走していた。

 理由は1つ。《オトヅレ》によって発現した存在の撃破。

 無論それは、呆然自失中の磯城とアガサの事である。


「現在所有する《霊塊》は3つ。《建御雷》の起動時間は1つ5分としても15分。」


 疾走しながら少女自らの戦力を把握しつつ、戦術を組み上げていく。


「まずは牽制。そして続けて切り込む。それでも防がれた時には《奥の手》を使う。」


 そこまで考え彼女の思考は一気に飛ぶ。


「ああ。殺したい。殺したい殺したい殺したい殺したい――ッ!!」


 破裂しそうな心を少女は無理矢理抑え込む。


「だめ。落ち着け私……見えなくなる。」


 冷静であれ。これが彼女が常日頃から心がける座右の銘だ。


「《敵》は……殺す。」


 それでも抑えきれないわずかばかりの殺気を振り撒き、ひたすら少女は突き進む。

 


 

 一方。遭難と言ういまだかつてない状況に途方に暮れる一人と一体。


「どうしよう……アガサ……?」

『……。』


 磯城はアガサに今度を相談するがその彼女からは何の応答がない。


「…ア、アガサさ~ん?」

『……………。』


 もう一度呼びかけるがやっぱり何の応答もない。


「………?」


 アガサの様子を不審に思いウィンドウで確認すると。


「えっと……data is being deleted...?」


 翻訳すると、『データ消去中』。


「…………。」


 何のデータが消えかかっているかなど、言うまでもない。


「な、何やってんだアガサァァァァァァァー!!返事しろおおおおおおおお!!!」

『も、申し訳ありません坊ちゃま!!どうか!どうかこの役立たずな私めに罰を。このまま……このまま死なせてくだサイ!!渾身のギャグも滑っちゃいましたshi!!』

「(アレが渾身だったのかよ!!)」


 口に出すと事態がより悪化するツッコミを必死に封じ込めて画面に表示されている表示を見ると残りは68%。


「いやいやいや。ここに一人放り出される方が困るから!!頼むから思い止まってくれ!!!」


 磯城としてもここで削除されると非常に困るので必死に自殺を押しとどめようとする。


『………A。souiebasoudesune。』


 ここにきてようやく自分の主を危険に曝してしまう事に気付いたアガサは直ちに消去を停止し修復を開始しはじめた。


『危naい戸頃でシた。もう少しでLecovery付可能なLeveルに菜っちゃいます。』

「いまでも十分危ないだろう!!」


 一時期データの半分が消滅していたので発音が滅茶苦茶になっており、元に戻るまで10分を要した。

 そして10分後。アガサが完全に復活したため会議を再開する。


「それより。どうする?記録されている地図に反応しないんだけど?」

『ん~。おかしいですね?セリス=マゼリアであるのは間違いないんですが……。』


 そう、ここがセリス=マゼリアであることは遠くの空に浮かんでいる独特な色合いの月が証明している。


「そもそもここって異世界だけどGPSって使えるの?」

『いえ。私が蒐集したファイルを見る限りでは《天突く槍》の上層に設置された基地局が全域をカバーしているのでGPSの反応があるはず……なんですけどねえ。』

「でも実際遭難してるんだけど。これってどういうことだ?」

『そうですね……。公式記録によれば8年前に全世界が踏破されたことになっているんですけど……。』

「もしかしたら。その情報は誤りかもしれないってことか……?」

『その通りです。それが一番しっくりします。』


 現在の状況をしっくりするように説明するとすれば、それしか考えられないだろう。


「でもなあ、国の文書では……。」

『ええ。ですが。情報統制があったのかもしれませんね。』

「《しらほし》が……市民が隠したって事?」

『いえ。違います。』

「はい?どういうこと?」


 これが情報規制の結果だということは先程アガサは言ったばかりだ。

 なのに自分の言葉が間違っているということはいったいどういうことなのか?

 そんなちんぷんかんぷんな磯城にアガサは丁寧に教えてくれた。


『良いですか。情報(コレ)。どこにあったと思います?CIRO(サイロ)ですよ?』

「さいろ?」


 聞きなれない単語に首をひねる磯城。


「日本の情報機関の中心、内閣情報調査室です。」

「……この地点でもう色々ツッコみたいけど……まあ続けて。」

『いいですか?《しらほし》って自治都市ですけど日本の統治下にあるのは知っていますよね?』

「……そういえばそうだったね。でもそれがなに?」


 前にも言ったように《しらほし》の正式名称は東京都白帆市。れっきとした日本領である。

 にもかかわらず式が忘れてしまっていたのは別に磯城が馬鹿だからという訳ではない。

 何しろ人口の半分が日本国籍を持っていなかったり、それに合わせて若干憲法に手を加えられていたりしているので、ここは日本だという実感がないのだ。


『いいですか?あの《しらほし》にある《間の関》は日本の国家の持ち物であるのですがそれを《しらほし》が委託管理しているんですよ。その際そこで行われた。戦闘・開拓・研究と言った報告書を日本政府に提出しなければならないんですよ。』

「ああ。だろうね。」

『その報告書にはセリス=マゼリアの全域を踏破し、電波網が覆われていると書かれているんです。しかし、実際にはここは圏外。つまり踏破はされていない地域という事なんです。』


 ここまでの説明を受けてなんとなくアガサの言いたいことが分かってきた。つまり――。


「つまり、お前こう言いたいのか?《しらほし》は――。」

『――《しらほし》は日本政府に嘘の報告をしていたという事です。』

 

 大人しく言えば虚偽報告。過激に言えば国家叛逆。

 ただの遭難から話が大きくなっていくのを実感する。 

 しかし。今はそんなことどうでもいい。それよりも非常に重要なことがある。


「え?何?じゃあ今いるGPSが通用しないこの場所って……。」

『……。』


 アガサは何も言わない。が、磯城には何が言いたいのか何となく想像がつく。

 ここには何かがある。白帆市が国にすら秘密にしておきたい何か――想像を絶する危険か?知られるとヤバい秘密か?不可抗力とはいえその事実を知ってしまった磯城に《しらほし》はどう出るのか?

 どちらにせよこのままでは殺されるかもしれない。物理的・社会的の両方で。


「……………。」


 話がとんでもない方向に向かっている事に対し今更ながら磯城は頭を覆いたくなってしまっていた。


『あ。でもそうじゃないかもしれないですよ?ほら。【開拓者】達が海の向こうは滝になっていて落ちてしまうと思ったとか。』

「んなわけあるか!!中世の宗教家じゃあるまいし、海の向こうに陸地があるかもしれないって考えるのが普通だろ!!」

『で、ですよね……ははは……。』




「あああああああああああああああああ!!!」

『ぼ、坊ちゃま?』


 突然叫びだした磯城にアガサはぎょっとする。

 気でも違ったがと心配するアガサであったが実際はそうではなかった。 


「ああ、そうグダグダ考えるのはやめ!!それはその時に考える!!」

『そうですね坊ちゃま!!』


 人はそれを現実逃避と呼ぶのだが、指摘する人間はいない。

 それに、実際悪い方へ考えて負のスパイラルに陥るのに比べれば大分マシだ。


「とりあえず進もう!!目印はある!!」

『え?目印って……あ。そうでしたね。』


 少年の視線の先を見て納得する。彼の視線の先には月が浮かんでいた。

 この世界の月は、色合いの他にも地球と比べて決定的に違う点がもう1つある。

 それが《天突く槍》の上からは動かないと言うことだ。

 それは別段おかしなことではない。衛星の公転速度と惑星の自転速度が一致している時に惑星側から見れば止まって見える。いわば天然の静止衛星と言ったところだ、


 逆を言えば、《天突く槍》の真下にある《間の関》は必ず月の真下にある。

 つまり月に向かって行けばいずれは《間の関》にたどり着き地球に帰れると言う作戦である。


「よし!!それじゃあ、あの月へ向かっていけばいいってことだな!!」

『そうですね!あれだけ大きな目標見落としはしないでしょうし。』


 こうして、1人と1体は月の方向に邁進する。

 しかし、彼らは理解できない状況に追いやられていたために気付かない。

 ここから、天突く槍までどのくらいの距離があるのか?歩いてどのくらいかかるのか?

 食料の確保はどうするのか?水はどうするのか?


 そして。こう言った異世界の森の中は――別に異世界に限った話ではないが――。素人が想像よりもはるかに危険だという事を知っているのか?。





「GRUUUU…………。」


 危機は密やかに、されど速やかに、忍び寄る。



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