1章-4  作戦会議

 


 数分後。

混乱する頭をひとまず落ちつかせて、これからどうするかを協議する2人。


「………(ムスッ)。」

『えっと……坊ちゃま?何か怒ってます?私何かしました。』

「何でもない。お前は悪くないんだ本当に。」

『それって私が関係あるって言っているようなものですよ!!』


 磯城が怒っている理由は重要な夢を肝心なところをアガサに潰されたからだが、それはアガサに何の落ち度もないので嘘は言っていない。 


「それより……システム(アガサ)ってチョーカーの電力で賄えるのか?」


 家にいた時にはアガサの本体は炊飯ジャーくらいのコンピューターだったのでデータ的に大丈夫なのかと思っていた。


「そうですね……。この現在の私を構築するシステム自体はそんなにバッテリーを使わないのですが連続で1日で限界です。」


 22世紀になると体温くらいの熱や月光ほどの光でも発電できる電池が開発されているため、22世紀の地球に置いては《バッテリー切れ》と言う言葉は死語となってしまっている

 とはいってもこの時代になっても永久機関というものは開発されていないのでしばしばバッテリー切れは起こってしまう。


「ちなみにホログラフは連続2時間が限界です。」

「ああ、それは別にいい。」

『!!!』


 何やらアガサがショックを受けてしまったようだが、磯城としては別にアガサが実体化することはどうでもいい。節約と精神衛生の為には是非ともやってほしくなかった。


『そうですか……残念です。』

「何が残念なんだ何が。」


 ホログラフィとは言え実体を持つのがいいのかと思った磯城だった。


 普通こうなれば多少は取り乱すものだろうが、当事者の少年御陵磯城はことのほか落ち着いていた。と言っても、この展開は正直予想、いや常識の斜め上を行っているので思考が停止しているという感じだろう。


 しかしそのままじっとしてもいられないのでアガサの現在の状態を確認するところから始めた。


「アガサ。『本体』への更新は可能か?」

『残念ながら『私』は『大元の私』からは完全に切り離されております。なので本体やお嬢様の安否は全く分かりません。』

「……そうか……。」


 美祢も間違いなくセリス=マゼリア(ここ)に来ている。磯城にとって確固たる証拠が何一つない予想だが、恐らく間違いではないと確信していた。彼等は知る由もないが実際その推測は大正解だ(元凶が妹だとは夢にも思っていなかったが)。

 そのためには手早く美祢と合流したい磯城だったが、彼女が通信の届かない所にいる以上こちらから口を出す事は出来ない。

 チョーカーは基地局が無くても半径5km以内なら相互通信ができるという機能が存在する。

 逆を言えば、チョーカーの交信も繋がらない現状、半径5km以内には存在していないという事がはっきりしてしまった。


「とりあえずここがどこか確かめないと……セリス=マゼリアの地図なんて一体どうすればいいのか……。」

『あ、それなら大丈夫ですよ?持ってますし。』

「はい?」


 地球とセリス=マゼリアが『間の関』でつながって100年余り。

100年あれば精度の高い地図などいくらでも作られるだろう。

 しかし、本屋で世界地図が売っていたり、上空の衛星写真が見られるサイトが存在している現代人の感覚ではピンとこないだろうが精密な地図というものは国からしてみれば秘匿すべき情報なのだ。

 実際、江戸時代にも他国に日本地図を持ち出そうとしたシーボルトが国外追放の処罰を受けたシーボルト事件は歴史の教科書に載るくらいに有名な話だ。

 当然一般人への渡航が許されていないセリス=マゼリアの地図などおいそれと見れる物ではない。

 ない、はずなのだが――。


「アガサ!おまっ――!どこでこんな――――――!!」


 そこまで言って磯城はアガサへの追及が止める。

 そんなものは聞くまでもない。こんな答えこの家政婦の趣味さえ知っていれば簡単に導き出せる。

 なので、喚くために使うエネルギーを節約するために話を強引に打ち切った。

 と言うより、アガサの回答を聞きたくなどなかったのだ。

 だがそれでも磯城の思いも汲まず得意げに胸を張りよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに


『以前ネットサーフィンをしている時に情報の海の底からサルベージしてきちゃいました❤』

「………。」


 何でそんな事を?なんてことを聞く余力は残っていない。

残っていたとしても磯城は聞かない。何故なら知っているからだ。

 アガサには珍しい情報を手元におき、眺め、愛でるという、詰まるところ機密情報の蒐集という珍妙な趣味があると言うことを。

 断じて磯城のためなどではない。


『だってー。珍しいんですもーん。人間にもあるでしょ?珍しいとか期間限定とかって単語に弱いじゃないですかー!鑑定する番組にだって同類は山ほどいますしねー。』

「……。」


 アガサは何やら旅先で値打ち物の骨董を買いあさるおじさんみたいなものだと言いたいようだが、周囲が受ける迷惑はその比ではない。その行動を誰よりも知っていて、されど理解できていない磯城は頭を抱えてしまっていた。


「アガサ……頼むからやめてくれ。お前がやっているのは蒐集じゃなくて窃盗だからな……。」


 とはいえ。結果論ではあるがそのはた迷惑な行動には今回は助けられたので今は感謝しなければならないと思った。

 あくまで、"結果論"ではあるがという注釈はつくが。




「はあ……、俺……《しらほし》に帰っても平穏無事でいられるかな……?」


 そんな不安を暗い目をしながら呟きつつ地図データをデータバンクからダウンロードした磯城は左手で首に付いたチョーカーのスイッチを押すと、ピーという起動音を鳴らしてシステムを立ち上げる。


「パスワード****」


 そう磯城が口に出すと、ピンポンという軽快な音と共に首元のランプが赤から緑に変わる。

 ウェアラブル端末であるチョーカーは、身につける位置や大きさの為に電源ボタン以外のスイッチはついていない。

 使用者の考えることがそのまま命令できる『思考操作』を採用しているのでボタンやキーボードの類は一切いらないのだ。発売当時は画期的な技術に世間を注目させたが半世紀以上たった今では驚かれることはない。


「ウィンドウの展開。開始。」


 そう口にしたその瞬間、磯城の正面に60cm四方の窓(ウィンドウ)が展開した。


 ウィンドウとは22世紀のAR(Augmented Reality)技術の1つで、パソコン画面に表示されるウィンドウを大気中に投影させた技術だ。しかも本人以外には決して見えることは無い。

この場合はウィンドウのメニューを開きそこから『現在地』のコマンドを思考操作で入力すればいい。


「(トップメニュー、現在地検索)」


 そして今現在磯城のウィンドウはデスクトップ画面から視線を移動(スクロール)し瞬きを2回(ダブルクリック)する事で地図アプリを展開した。

 ウィンドウ上に表示されていた《Now Loading》の文字が消滅し現在地が表示されようとしている。


「……よし。これで今いる所が…………………え?」

 

 そう安堵していた磯城だが検索結果を見て、思わず表情が固まった。


「何だよ……これ……。」


 そこにはただ『圏外:座標不明』の文字が書かれていた。


『……………』

「………。」


 周囲に沈黙した。


「…………遭難した。」

『そ、そうなんですか……………………』

「………………………………………………………………………」


 この時、棘のように痛い沈黙が降りる。


『………………………………すいません。』




 バッテリー切れと同じく《圏外》や《遭難》と言う言葉も死語になった22世紀において初となる遭難者誕生の瞬間であった。



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