1章-2  とある少年の記憶



「……ん?あれ?ここは……?」


 暗転していた意識が戻ってきていたときそこは公園の中だった。

 10m四方のどうにも狭苦しい

 滑り台や鉄棒などの遊具は無く。

 一面に敷かれた芝生と、申し訳程度に植えてある樹。

 公園と言うより木のある空地。

 何かの計画ミスで開いた土地を公園にしたかのように感じられる。

 それを囲うようにして道路を隔てるフェンスはどこか牢獄を思わせた。


「ここって……《くまのねぐら》?」


 その狭さと何もないがゆえに遊び場として人気のない子供達はこの檻のような公園をそう呼んでいた。

 その公園の片隅のベンチで少年――御陵磯城は独り佇んでいた。


「(あれ……さっきまで家にいたはずなんだけど……あれ?ええええええ?)」


 この時磯城は混乱していた

 とはいってもこれまで何度も足を運んでいた場所の懐かしい場所に来ていたからではない。


「(俺……小さくなっている?)」


 身長が縮んでしまっている。身長の長さは約1m、年齢はおおよそ5~6歳と思われる。


「(というより、体の自由が、と言うより感覚もないんだけど……。)」


 別に縮んだ磯城が拘束されているわけではない。さっきからあちこちをきょろきょろしたり足をぶらぶらさせたりしている。しかし、その動きを止める事が出来ないのだ。

 言うなれば、誰かの視線から見たビデオをどこかの暗室で観ている感覚に近い。


「と言うより何か懐かしいような……?」


 そして先程から既視感(デジャヴ)に襲われている。

 その懐かしさの正体が何なのか、思い出す前に答えは出た。


「少年。どいてくれるか?ここは私のお気に入りでね。」


 1人の男が自分のそばで立っていた。

 黒い帽子に黒いコート。首元には青く輝くループタイ。右手には革張りのトランク。

 磯城はこの人物を知っている。


「(ああ……師匠。)」


 デジャヴではない。これは過去の記憶そのものだと理解した。


「嫌だよ。僕はここに座りたいんだ。」


 そんな彼に対し、ぶっきらぼうに幼い磯城は答えた。

 我ながら怖いもの知らずだと今は思う。

 昔はこんな性格じゃなかったはずだと思ったが、多分記憶違いか、両親を妹に取られて鬱屈していたんだろうと適当に予想して思考を終えた。

 その師匠である男は鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしたかを思うと少し苦笑した。


「驚いたな。私にそんな事を言える人間がいるなんているとは思わなかった。訂正しよう。隣に座っていいだろうか?」

「いいよ。別に。座れればいいんだから。」

「では、失礼。少年。……ところで――。」


 そこから先の話はあまり覚えていない。

 ただ両親と生まれたばかりの妹についての家族の話題。

 小学校での友達の作り方。

 今まで食べた中で美味しかった食事処『すえひろ』の豚ピーなるオリジナルメニューの話。

 今流行っている好きなアニメのキャラクター。

 などなど。本当にとりとめのない話だったと思う。

 

「(………。)」


 今になって思えば、大人とするのはおかしな話ばっかりであったがその男性はただただ笑いながら聞いてくれた。今のご時世通報されてもおかしくないだろう。

 普段誰とも話をしないこともあって饒舌になっていたことだけは覚えている。

 そして30分くらい話をした後だろうか。


「ところで……少年は将来何になりたい?」


 コートの男性はそんな話題を持ち出した。

 彼にとってそれは別に特別な質問で放ったのかもしれない。

 何しろ将来の質問なんて誰だってするようなものだろうから。


「う~ん。《魔術師》かな。」

「………ま、《魔術師》?《魔道士》じゃなくてか?」


 しかし、磯城の回答はあまりにも予想外なものだった。

 数秒の沈黙の後、思わず彼はそう聞いてしまった。


「うん。」

「……君はその意味を分かっているのか?」


 肯定の返事を聞き、彼は思わず目を細め聞いてしまった。

 そう。彼の言うとおり、《魔術師》という言葉は《魔道士》であるがその意味は少し違う。

 《魔道士》ならば問題ない。子供がなりたい職業の上位に君臨している職業だ。

 だが、《魔術師》は違う。


「うん。」


 少年は上を指さし誇らしげに言った。


「僕は見たいんだ。煤けた空とかぼやけた太陽じゃない青い空とか輝く太陽とか。《魔術師》ってこの世界を治療してくれるんでしょ?」

「……。」


 この時代に置いて魔法使いは大きく分けて魔道士と魔術師に分けられる。

 魔道士も魔術師もともに魔術を習得した人間。だが内の性質は大きく違う。

 魔道士は開拓・戦闘・防衛と言った人のためにしようするもので。

 それに対し魔術師の目的は荒廃した世界の再生のために魔法をふるうものである。


 魔術師を語るためには少し昔の話をしなければならない。

 2049年7月18日。世界を襲った未曾有の天変地異零異変によって地球環境は完全に変わった。

 世界の荒廃の影響で灰色に煤けた空は太陽の傘となり熱と光が遮られた結果地球は急激に冷やされ、氷河期へと入った。

 21世紀には温暖な気候であった《しらほし》がある小笠原諸島も夏でも10℃を切ってしまうくらいだ。

 世界の寒冷化、それに伴う飢餓によって人間はゆっくりと滅亡へと足を進めていた。


 無論、これは地球にとってはただの風邪。風邪と言うのはいつかは治る。

 ――だが、ただ待つだけでは遅すぎる。氷河期のスパンは最短で4万年から長くて10万年。

 断言できるがそれまでには確実に人類は滅亡する。

 

 されど人の手で癒すのは難しい。

 21世紀初頭に比べれば格段に技術が上がったとはいえ――人と遜色ない位の思考ができるAIが登場するほどのものだったが――それでも氷河期を終わらせるのはまだまだ夢の話。

 ある科学者の試算によれば、解決するのはざっと500年はかかるらしい。

 待つのに比べればぐっと短くなったもののそれでもやはりまだ足りない。


 そんな時。

 世界間と言う見えざる壁に穴を空け希望を見出す新天地で人々は魔法という完成された技術を発掘した。科学とは一線を画す未知なる技術を前にして、ある人間――始まりの魔術師となったその女性は考えた。


「これを使えば、栄華を極めた世界に短い時間で戻せるのではないか?」


 そのような経緯で《魔術師》生まれた。

 荒廃した世界を、かつて栄華を極めた世界に|救済(なお)すために。




「……。」

「何?」

「そうか……君は世界を救いたいのか?この先に何が待っていても?」

「うん。」


 即答。それもその時期の少年にあるまじき覚悟を漂わせて。

 それは子供ゆえの純粋すぎるその思い。

 それを聞いた男は心から純粋な笑みを浮かべ


「いい夢だ。少年。」

「でしょ?」


 どうだと言わんばかりに胸を張る磯城。

 その微笑ましい、けれど堂々とした少年の様子を見た男はこう告げた。。


「では、魔術師として第一歩を歩み始めた君に1つの言葉を贈ろう。」

「言葉――?」


 ふと磯城は言葉に出した。これは男と対面している幼い磯城ではない。

 幼い磯城を内から眺めている今の磯城がポツリと漏らした言葉だった。


「そうだ……あの時師匠は何か言ったんだ。でも何を……?」


 思い出せない。思い出してはいけない記憶なのか?と思った磯城は直ちにそれを否定する。


「いや、これは思い出さなくちゃいけない記憶だ。そんな気がする。」


 別に確証あっての事ではない。

 ただ、そうであるという直感を越えた直感だけだった。


「何?その言葉って。」


 幼い磯城の問いかけに対し師匠はコホン。と咳払いをして続けた。


「それは――。」

「それは?」

「(それは!)」


 実体はあれば師匠に眼前まで乗り出さんとする勢いで問いかける。

 それだけ彼は必死だった。


 しかし、世の中、好事魔多しと人は云う。


『坊ちゃまー!!』

「え?」


 この時の魔は自分の家で働くメイドだったりする。

 すると一時停止をしたかのように世界が凍ってしまっていた。


 ふと、自分の姿が幼児ではなく元に戻っている事に気付く。

 年齢も15歳。

 服装も美笠高校のブレザーに膝までかかった黒のコート。

 幼児化する前の自分そのままだ。


 変化はそれにとどまらない。


 融け行く風景。

 緑で満たされていた公園の色が漂白されていく。

 黒いコートの男性などもういない。


「(ちょっ……ま!!!)」


 磯城は焦る。何しろこれでは尻切れ蜻蛉。

 その先の言葉が、ものすごく、本当に大事な言葉だった……はずだ。


『坊ちゃまー!坊ちゃまー!起きてくださーい。』


 こっちの気も知らずどこか遠くで聞こえるはた迷惑な|お手伝い(アガサ)の声。

 

『坊ちゃまーー!!坊ちゃまーー!!』

「なんて……タイミングの悪い。」


 漂白された夢の地平から聞こえる声も鮮明、と言うか大入道の如く現れて自分に呼びかける巨大なアガサ。

 知り合いが巨大化して見つめてくるなんて正直とんでもないホラーだが、彼女に似合わないファンシーなメイド服は何故だが分からないが恐ろしさよりも憎たらしさが湧き出した。


「アーガーサー!!!」


 なので、磯城がメイドにできる限り呪詛を込めた恨み節を放ったとしてもおかしい話ではないだろう。

 事情を知らないアガサにとっては完全なとばっちりの話であるが。


 そうこうしている間に白い世界に靄がかかり巨大化したアガサも霞が勝ってきた。

 これは夢が覚める前兆なのだと磯城は確信しながら目が覚めていく。


 かくして磯城は、昔を見せた夢の世界を中途半端に辞去した後。

 想定外の現実に向き合った。



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