第1章 A FATEFUL ENCOUNTER

 1章-1  とある少女の在り方



 その少女は独りだった。


「…………。」


 白銀の髪に紺碧の瞳に蒼を基調としたその出で立ちは雪原に咲く氷華を如き少女。

その姿は見る物全てを魅了した。


「…………よし。」


 しかし、氷の如く凍てついた表情(かお)と心は何者も寄せ付けることは無い。

 要するに人外なのだ。容姿も。そしてあり方も。


「………………うん。これでいい。」


 彼女は戦いを終えたことを確認し力を抜く。

 今回の相手は【大鼠】と呼ばれる『セリス=マゼリア』では割とポピュラーな生物――害獣である。

 全長80cmと言うやや大きな体つきで俊敏な動きをするが、1体1体の性能は高くなく武器さえ持っていれば素人でも倒すのはそれほど難しくない。


 ただし。今回のように100匹という大勢の集団ならば話は別だ。

 たちまちのうちに蹂躙され肉食の彼らにより骨も残さず喰われ尽くされるだろう。


「大鼠……ちょっと面倒くさかったな。」


 周囲には百を超える怪物|だった(・・・)ものが地面を埋め尽くしていた。


 あるモノは動体を真っ二つにされていた。

 あるモノは首を吹き飛ばされていた。

 あるモノは全身を黒く焼け爛れていた。


 血飛沫と死臭、断末魔の叫びと囁きに彩られた蹂躙と虐殺の中心地。



 そこにその少女は立っていた。

 若干小柄な少女の身の丈程もある稲妻を象った長大な剣を構えて。


「………。」


 ふと、少女は骸の山にへたり込む人影に眼をやる。


「………………ひいっ。」


 そこにいるのは3~4人程度の旅行者の集団だった。


「(自分と同じ《彷徨者(ワンダー)》かな……?)」


 ここが街道から大きく離れている事と、各々の装備を見てそう判断した。


「(多分この仕事に就いて1年もたっていない玖級(ルーキー)……。1匹1匹は大したことなくてもこれだけの大鼠の群れはさすがに荷が重いか。)」


「ひ、ひいいいいいいっ!!!!」


 間違いなく彼女に救われた彼等。

 しかし、その顔には九死に一生を得て浮かべる安堵のそれではなく。

間違いなくその顔にはありありと少女への恐怖を表現していた。


 美しい少女に似合わない位に惨たらしいその殺し方は。見るだけでもトラウマをむざむざと刻み付けられた

 その光景を創りだしたはずの少女は表情を変えることなくただ告げる。


「……殺さない。貴方は私の、《敵》じゃないから。」


「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「うわあああああああっ!!!!」


 しかし彼等は話しかけられたことで恐怖が限界を超えたのだろう。

 礼どころか言葉も交わさず、ただただ一目散に逃げ出した。


「……………。」


 それを見て彼等に対し、怒りも悲しみも胸の内から湧き上がることは無かった。

 いや、そもそも彼等の事など欠片も気にしてはいなかった。


「……帰ろう。」


 どちらにせよ今日は、もう何もない。そう判断した少女はそろそろ研ぎ師に剣を出そうかとかそろそろ別の街に移ろうかと言うことを考えながら帰路に就く。


 ちなみにこの時先程助けた同業者の事など彼女の頭の中から完全に消え去っていた。


 その時だった。

 遠い空から音が響き渡ったのは。


「え?」


 それ聴く者の心を穏やかにする荘厳にして限りなく澄みきった純粋な音色。

 そしてそれは同時刻、《しらほし》のとある家の中で響き渡っていた。


「…………ふふっ。」


 今日初めて、少女の中に感情が生まれた。

 しかしそれは決して美しきモノに対する感動などではなかった。

それは少女の心はどす黒い何かによって埋め就くされていった。

 実際この音は彼女にとって……人々にとって禍々しい災いに他ならなかったからだ。


「まさか――《オトヅレ》?」


 《オトヅレ》。


 それはある存在の来訪を告げる音。

 正確には世界間を物質が通るときに起こる波であり音ではないのだが、そんな事は関係ない。

 重要なのはただひとつ。この世界に災厄が音を連れて訪れた。


「そう……。《まれびと》が……来たんだ。」


 その時。

 一切の感情を表さなかったその顔に微笑みが浮かんだ。

 一切の混じり気なく、ただただ純粋な喜びがそこにあった。

 もしこの場に誰かがいればきっとこういうだろう。


 あの微笑みは無上の美しさだ。しかし、その陰で無上の恐ろしさを垣間見た。と。


「連合(ユニオン)、《レクス・タリオニス》所属―――。シャノア・シュティフィール。」


 少女は《オトヅレ》の方向を見つめ呟く。

 今からでも飛び出したくなる衝動を抑え、冷静にそして冷徹に行動するために。


「唯今をもって、発生した《まれびと》を……排他する。」


 自身の目的を、存在意義を口にして風の如き速度で飛び出した。




 シャノア・シュティフィール。

 復讐鬼である少女は、これまでも《敵》に対して限りない虐殺を続けてきた。

 皮肉な事にヒトでなきモノを憎む自分自身がヒトでなくなりつつあることに気付かないまま。




 そして。その《オトヅレ》の中心。


「こ、ここは……。」

『ああ坊ちゃま!!良かったです!!』


 そこで黒い髪に黒い瞳の少年が目を覚ました。


 漆黒の少年と純白の少女。2人の出逢いの時は、限りなく近い。



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