幕間-1 ある少女の独白
磯城が闇に呑まれる数分前――。
2階に上がった美祢はランドセルを机の上に置いてベッドの真下に隠していた横幅が1mくらいの革張りのトランクケースを取り出す。
少女の持ち物としてはおかしいのだが、そのトランクケース自体が誰の目から見ても明らかにおかしなものだった。
1つ目に、留め金が8個もついている事。
「2………6………4。」
2つ目に、留め金の全てに小さいながらも頑丈な3ケタのダイヤルがついた南京錠がかけられている事。
3つ目に、鞄の両端を革のベルトで巻かれている事。
やりすぎと言っていいほどに施錠、いや、封印されている。
「えーっと。7……8………6……。」
そんな厳重な守られて中に入っているものが余程大事なものか……余程危険なものか。
「039。やった。終わり。」
2つの革のベルトと8つの鍵を外し、8つの留め金を右から外していく。
「開けるのは周囲に人がいない所で……」
開けようとして美祢は気付く
鞄の取っ手をつかむその両手は震えている事に。
この蓋を開ければもう戻れない。コワイコワイと本能が叫ぶ。ヤメテヤメテと理性が囁く。
「………うるさい。」
コワイコワイコワイヤメロヤメロコワイヤメロヤメロコワイコワイコワイコワイコワイコワイヤメロコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
「五月蠅い!!!!!!」
頭の中を10人以上の自分が喚くように叫んでも。それでも。
美祢はそれらを全て意思で押し殺し、叫びながら力強く開け放った。
「…………………………開いた。」
長い沈黙の後、大きく肩で息をしながら小さく呟いた。
そしてすぐさま中身を確かめるためにすぐに鞄に駆け寄り中身を確かめた。
「……………これが。」
そこに在ったのは大きいカバンに似合わない全長50cm程の1本の短剣だけだった。
「これが“あの人”の言っていた《佐田》……。意外だね。」
そしてそれは《佐田》という和風な銘は似合わない西洋風の短剣だった。
彼女は知らなかったが、その剣は俗にチンクエディアと呼ばれる幅広かつ山型の刃には装飾用の樋が付けられ、柄や鍔・鞘には綺麗な装飾は施されたものだ。
「……綺麗。」
美祢は恐る恐ると短剣をつかみ手元に寄せて眺めながら言った。
人を傷つける凶器でありながら、美術品の如く美しいそれは美祢にある種の感動を感じさせた。
そして手にした感じはずしりと重い。
「この剣って……本物……かな?」
そして、切れ味を確かめるべく指を恐る恐る刃に近づけた後そっと押すくらいの強さで指を当てた。
しかし、血が出るどころか痛みも何も感じなかった。
左腕をに押し当てるようにして切っても何もなかった。
「あれ………?」
刃をよく見ると刃先は潰してあり丸くなっている。これでは何も切れないだろう。
「そっか……。これって物質を切る剣じゃないから」
そう。これは物を斬る剣ではない。
この剣を譲り受けた人物は言っていた。
故に、鋭利な刃先など必要となる訳がない。
「………よし!」
美祢は少しの間、《佐田》を握ったまま覚悟を決めて柄の部分をしっかりと握る。この時先程まで見せていた《佐田》に対する躊躇は完全に消え失せてしまっていた。
そして彼のは《儀式》を始めた。
「魔力を、手から剣に流すように……。」
少女は授けた人間の教えられた方法を復唱しながら魔力を込める。
魔力の流し方はそう難しくない。魔法を扱う者にとって魔力の流れを操るのは基礎中の基礎。
小学校で大概の者が修得している。
かくして魔力を込めて、1分後ほどで変化はあった。
「ひ、光った……。そんな……。」
《佐田》の刃が白い耀きを帯び、この光景を目の当たりにした美祢が驚愕の顏を浮かべた。
しかし、コレは、美祢に限らず第一線で活躍する魔法学者だったとしても同じ表情をするだろう。
魔法とは「魔力を別のモノに一時的に変化させる技術」と言うのが一般的な定義となっている。
なので今のように魔力が物質に影響を与えるなど今の魔法技術では考えられないからだ。
しかし、彼女はすぐに動揺を打消し《儀式》を続行する。
何しろ、彼女はそれ以上にとんでもない事をやらかそうとしているからだ。
「有効範囲は半径3m……兄さんは……うん。下でアガサをお説教中だね。」
剣への集中を少しだけ外して、耳を澄ませば階下から2人の声が聞こえてくる。『私がそんな…』とか、言い争っているのが分かる。
そうしている間にも耀きはさらに増していき、《佐田》の刀身は伸びていき、やがて光を帯びた一振りの剣へと変わった。
「……。」
耀く剣を見ながら美祢は思った。
これにて《儀式》は完了。
後は思い切り振り下ろすことで彼女の斬りたかったものを切裂くことができる。
そのものとは。
何ひとつ斬れないこの剣が斬る事の出来る唯一の剣。
何ひとつ侵すことのできないソレを斬る事ができる唯一の剣だと。
どこにでもあり、どこにもない。
人では捉えられない見えざる壁。限りなく遠い世界の
「《世界間》。100年前に発見された4次元を生きる存在には見つけられない壁。それを斬って私は《向こう》へ行く。」
世界間の切断。余剰次元以上の存在の干渉。
先ほど言った3mとはこの剣の有効範囲でありその範囲内にいる生物は遮蔽物などお構いなしに世界間に呑まれてしまうため周囲に誰もいないことを確認しろ…と美祢は聞いていた。
「ごめん。やっぱり兄さんを巻き込めない。」
先程、《儀式》の集中を逸らしてまで兄の所在を確かめたのも邪魔をされたくなかったのではあるが何より、兄を儀式の範囲内である3mに近づけない為であった。
しかし、磯城もアガサもこの時リビングにいるために巻き込む心配はいらない。
「私がいなくなっても――大丈夫だよね。……兄さん。」
そんなわけがない事は美祢にも分かっていた。なんだかんだ言って自分を心配し、自分を守ってくれた兄が自分がいなくなって平気でないことは先程のやり取りで十分に考えられることだ。
しかし、だからこそ。兄を巻き込むわけには行かない。
かといってやめるわけには行かない。ここまでくれば坂道を転がる岩のように止まる事はありえない。
そして少女は決意を胸に秘め、小さな掛け声とともに剣を振り下ろした。
その瞬間少女の右手には何かを斬る感触を感じたと同時に、斬った場所あたりからガラスが割れるような音がした瞬間。
空間が裂け、見えない裂け目から膨大な闇が漏れ出した。
考えなくともわかる。これこそが彼方への門であると本能的に分かってしまった。
「……………さよなら。アガサ。兄さん。」
そして、自らが生みだした黒に白い少女は呑まれていった。
しかしここで美祢は2つのミスを犯した。
この剣――《佐田》の効果範囲を平面だけでしか……つまり高低差を考えていなかったことを。
――少々説明が難しいかもしれないので端的に言おう。つまり、真下3m以内の居間に居た自分の兄を結局は巻き込んでしまったのだ。
そしてもう1つは。
性能だけは完璧の電脳侍女がこの状況を黙ってみているはずがなかったという事だ。
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