序章-4 ある少女の質問 



 数分後。


『ううっ……私は……坊ちゃまとお嬢様の為に……。』

「黙れ。駄メイド。」

『ううっ……でも《駄家政婦》よりは良いですけど……語呂良いですし。』

「……メイドなら何でもいいのか?」


 クラッキングという犯罪を犯した家政婦は若主人によって玄関の床で正座させられていた(立体映像だけど)。

 一応フォローしておくが彼女は世界でも1、2を争うソフトウェアのシェアを誇る【Utopia Systems】の技術の粋の結晶ともいえる作品という事もあって、家政婦としてのスキルもまた世界最高峰の物だ。

 しかし、アガサのやった事は不正アクセス、つまりれっきとした犯罪行為を躊躇なく行いそれを反省する事のないのだから駄メイドと言われても仕方ないのかもしれない。


「に、兄さん。アガサだって悪気はないんだから……。」


 美祢はアガサを庇うために輝く髪を揺らしながら上目づかいにしながら磯城に訴えかける。

 そしてアガサはそんな美祢に感動し、快哉の声を上げる。


『お、御嬢様……!!ならば今の監視体制をこのまま』

「でもアガサ……。それはもうやめてね。」

『ガーン!!』


 立ち直って数秒。今度は沈み込むアガサ。

 立ち直りかけた分ダメージはより深刻のようだ。


「そしてアガサ。悪意がなければ何をやってもいいというわけじゃないぞ。」

『ガガーン!!』


 慰めてダメ出しをする容赦ない2人の言葉に余程堪えたのかがっくりとうなだれる(立体映像だけど)。

 しかしそんなアガサが不憫に思ったのか、


「でもね。アガサが心配になるのは分かるよ。《回帰派》の問題だってあるから……ね。」

「それはまあ……そうなんだが。」


 と、美祢がフォローを入れた。するとアガサの方も、


『お、御嬢様……!!』


 と完全に元気を戻していた。本当に現金なものだ。


《回帰派》。

 昨今ニュースで騒がせている反異世界開拓派の急先鋒。

 世界間をこじ開ける現状を世界崩壊につながる可能性危険視し、《間の関》を閉じ、21世紀中葉にまで回帰させることを目的としたテロ集団。

実際に《間の関》のお膝元であるしらほしで幾度となくテロを起こした過激派の集団として世界中から警戒されている。


『そうです。最近何かと物騒なんですよ!!殺人事件だったり魔法犯罪だったり、さっき言った《回帰派》、それ以外にも過激な集団に狙われているんですよ。」

「………!!」

「アガサもういい。黙れ。」


 美祢が身を強張らせたのを見て磯城は内心焦った。

このまま言えばアガサは《禁句》を言ってしまう。だから磯城はアガサに制止を命じた。

 しかしアガサに磯城の願いは届かなかった。


『また去年のあの時みたいなことになったら――。』

「………っ!!!」

「アガサ!!!」

『うひゃっ!!すいません!!』


 アガサが口走った。《禁句》。

 それは御陵家のアンタッチャブルであり未だこの兄妹を縛って離さないトラウマだった。

 少しでも話題に出れば雰囲気が気まずくなるくらいに。


「………。」

「………(ア~ガ~サ~!!)」

『………(す、すいません……)。』


 案の定、気まずい沈黙が周囲を包む。

 前回は数時間気まずい雰囲気は続いたのでそれくらいはかかるだろうと磯城は覚悟していた。

 しかし今回はその沈黙をあっさりと破られた。


「ね、ねえ兄さん。あの時から……ずっと聞きたかったことがあるんだけど。」

「!!!!!………ん?何だ?」


 普段無口な美祢による予想だにもに無かった開口、しかもあの時の事を自分から言い出したことに驚きながらも答えた。


「もし……私が遠い所に行ったら……。」

「………。」


 しかし、続く言葉に磯城はさらに驚かされた。何も言えなくなるくらいに。


「に、兄さん……?」

「……いなくなるのか?」


 妹に呼ばれショックから立ち直った磯城は少し声を荒げて訊いた。


「も、もしの話だよ。」


 美祢は賢い少女だ。無口で社交性は皆無ではあるが、家族に対してはそれなりに饒舌で気が利くところがある。

しかしすぐに顔に出るため嘘をつくのは下手で、今回も兄である磯城を誤魔化すことはできなかった。

 今回も、その例に漏れることは無い。


「(おいおい……。もしの話でここまでおもいつめた顔をするわけないだろうが!!)」

「もし……の話か?」


 しかし、そんな事を磯城はおくびにも出さない。嘘の巧さなら磯城に軍配が上がる。


「そう……もしもの話。」


 磯城は美祢をじっと見つめると、美祢は何かに耐えられないように目を逸らした。

 それを見て磯城は嘘をつくならもう少し堂々としてほしいと思ったのはここだけの話だ。


「そうか……。」


 しかし、磯城は妹の嘘を追求し糾弾することは無い。別に彼女が正しいと思ったからではない。

 ただ糾弾するよりも自分の言葉を突きつける事でその《もしも》を起こさないようにした方がいいと思ったからだ。


「そうだな……。お前を見つけ出してビンタぶっかまして連れ戻す。」

「う……。」


 若干過激な表現を使われ美祢は身を竦ませる。


「で。戻って父さんと母さんにビンタされて怒られる。」

『あ、あと私もお嬢様に3日間オヤツ抜きを……。』

「アガサ。少し空気を呼んでくれ。」

『うぐ……すいません。』

 

 一方の美祢は若干涙目になりながらブルブルと震えている。

 ちなみに美祢はアガサのオヤツ抜き発言が一番堪えたように見えたが、それは気のせいだと信じたい。


「うう……私って殴られてばっかり……。」

「当り前だ。家族に心配かけるんだからな。」

「……うん。そう……だけど……。」


 それでもはっきりしない妹に対し、兄は1つの質問を口にした。


「なあ美祢。もし俺がいなくなったらどうする?怒らないか?」

「それはもちろん――。」


 美祢は続きを言おうとして……。言葉に詰まった。

 磯城はそんな美祢の代わりに続きを言った。


「怒るよな?美祢?」

「………。」


 10秒くらい沈黙していたが、結局はばつが悪そうな顔をしながらもこくりと頷いた。


「自分がされて嫌な事は人には絶対にやらない。今まで色々な人にさんざん言われてきただろう?」

「………うん。」

「何に悩んでるかは知らないけど、誰かに吐き出すのも良いと思うよ。何だったら自分に頼るのもいい。できる限り力になるから。だから……そんな馬鹿な事を実行しないように。」


「し、ししししないよ?」

「ん?もしもの話なんだろ?」

「え?ああ!うん。もしもの話もしもの話。」


 目を泳がせ、慌てふためき、早口になって否定する。

その分かりやすい反応にアガサは笑いを押し殺すのに必死だった。


「じゃあ話は終わり。早くおやつを食べるか。お茶も渋くなっちゃってるだろうし。」

「うん。ありがとう。じゃあ私着替えてくるから。」

「ああ、じゃあ一緒に食べるから急いで降りて来いよ。」

「うん。」


 眩いばかりの笑顔を見せて美祢は2階に駆けあがっていった。


『お見事です坊ちゃま。』

「まあ、これで当分は大丈夫だと思うけど……。」

『ええ!これで思い止まってくれたはずです。旦那様と奥様が帰ってきたら私から相談してみますね。』

「ああ、頼むよアガサ。」


 どうにかうまく収まったと胸をなでおろす2人。

 しかし。美祢を思いとどまらせるために放った言葉が。

 美祢に最後の一押しをさせた事を磯城とアガサは気付くことは無かった。




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