序章-2 とある通学の日常




 結局その後も1回。さらにクラスメイト達にも10回以上間違えられ(後者は明らかに故意)、若干うんざりな磯城は下校後、家に帰るために《しらほし》を一周する環状電車の座席に腰かけていた。

 いつもなら本を読んだりゲームをしたりしているのだがそんな気になれない磯城は窓から見える白帆市のランドマーク《木檣楼ウッドマスト》を呆然と眺めていた。


「やあ磯城。どうしたんだい窓の景色を見て?高さ1000mを軽く超えるこの塔の雄大さに感動でもしてたかな?」

「いや全く。ただ嫌な事を忘れたいだけ。」


 だが誰も話しかけて欲しくない気分なのに後ろの方から気取った声がかけられた。

 それを聞いた磯城は顔を顰めながらも律儀に、それでいてとっとと消えろ的なオーラを放った。


「おいおい。僕とお前の仲だろう?つれない奴だなあ。」

「うるさいな芦城。今の俺は傷心中なんだ。俺とお前の仲なら黙って去ってくれると助かるんだけど。」


それでも立ち去ろうともしない気配に忌々しげに振り返ると案の定、クラスは別だが中学時代からの数少ない友人である芦城後月ろじょうしつきだった。


 そんな彼は友人が多く、弁が立ち、人を纏める才能も持ち、他人想いなナイスガイ。

 さらに顔立ちもよく爽やか系男子として女子からの人気は高い。

 友人も少ない、会話が苦手、集団行動が苦手、やや自分本位の磯城からしてみればほぼ対極の人間だ。

 ちなみにそう言う磯城も寡黙なロンリーウルフとして密かな人気があるのはここだけの話で、さらに後月と磯城は一部の女子の妄想の中でカップリングされているという事実は本当にここだけの話だ。


「まあまあ、何があったか知らないが、みんな愛しているんだって君をね。だから弄る。無論この僕もね。」

「ああ。そう。『愛には苦痛に満ちた反応は無い』なんて嘘っぱちだね。ここまでの苦痛とは正直思いもしなかった。」


 つれない態度で返す磯城に対して後月はハーッとため息をつきながら肩をすくませた。


「やれやれ、相変わらず愛というものを分かっていない奴だな君も。」

「分かっていないのは美祢さ。アイツは人そのものを寄せ付けない。」

「はあ、確かに君の妹とまともに話せる人って男だと家族の他は僕と樟さんくらいだもんね。」

「まあ、確かにそうだね。あ、そう言えば。《大内院》さんと言えば、さっき見かけたら色々と意気込んでいたみたいだけど何かあったの?」


 そして磯城は学校から駅の途中にある公園で何やら練習をしているのを見かけた柔道部主将で面識があり頼れる先輩を話題の事を思い出した。

 その時見かけた彼の様子は尋常ではなく――、鼻息を荒げ、叫び声をあげながら鍛錬する様子に、磯城は声をかけるのを躊躇ってしまったくらいだったからだ。

 それに対して後月は意外だといった感じの顔をして答えた。


「知らないのか?、決闘するから調整するんだってさ。」

「け、決闘!?それって一体誰と……?」


 決闘と聞いて、柔道の黒帯でインターハイの優勝経験を持つ先輩が気合を入れるほどの相手がどんなものか磯城には想像がつかなかったので今までの不機嫌を忘れて思わず聞いた。


「まあ大方……『あの人』だと思うけど……。まあそれは置いといてだ。」

「え……。」


 急に態度を変えた友人に戸惑い磯城は詳しくは聞けなかった。

 まあ、さほど興味のない磯城にとってどうでもいい話であったが。

 そして次の言葉でその疑問は完全に頭から消えた。


「先生から聞いたぜ。磯城、お前《開拓科》を選択しないってな。」

「……。」


 開拓者。異世界のへの扉である《間の関》の向こう側の世界の調査・開拓を行う職業を指す。

 無論、誰でもなれるというものではなく、体力テスト・魔法の習得・司法試験並に難しい国家試験をパスすることが求められることから、《間の関》は狭き門とも例えられている。

 そして命の危険がある仕事だが、この《しらほし》では開拓者を希望する学生はかなり多い。

 異世界への扉である《間の関》があるしらほしでは開拓者の身近な存在であったりなるためにしらほしに来たという人も多いのでそういう人たちが集まるのも当然だ。


 そしてそのためには《開拓科》を選択し、専用の訓練や講義が入るのだが、磯城はそれを志望していない。

 いや、磯城はそれを志望しなくなったのだ。


「やっぱり、あのことを気にしているのか。」

「………。いや、そういう訳じゃないが……。」


 人にそう問われると磯城は10秒弱沈黙した後に、目を逸らしながら若干勢いのない声でそう返した。


「……そういう訳なんだな。」

「……。」


 その決めつけに答えることは無い。

 目をそらした地点でもう答えを出していたのだから。


「……本当かよ。それ。」

「…………。」


 後月の追及は続けていく。


「分かってんのかよ。それってただ逃げてるだけだっての。」

「……。」


 磯城は何もいないことで、さらに後月はヒートアップしていく。 


「欠陥が何だ!異常が何だ!踏みとどまれよ!這いつくばれよ!!何があってもそうやって強くなればいいじゃねえか!!」

「………く。」

「それなのになんだ!!先生に言われたから?先輩に言われたから?ふざけんな!美祢ちゃんだってな……」

「うるさい!!」


 静穏な列車に叫び声が響き……、中にいた人間が全員こちらへ向いた。

 それらの視線すべてが完全に2人から外れた後、2人の間の空気が重くなった。

 その沈黙を最初に破ったのは磯城だった。


「……ごめん。」

「ワリイ……。立場が逆なら俺もどうなってるかなんて分かんねえしな……。」

「いや………でも。」


 さらに磯城が謝罪を重ねようとしたところで急速に話題を変えた。


「あー、それよりもだ!異世界の写真展行くだろ?」


「目玉は何と言ってもあの塔!《木檣楼》よりも高いアレ!スカイピアだっけか?」

「《天突く槍スカイ・スピア》ね。10000mを超える巨塔。何で覚えられないかなあ?」

「失礼な……塔の高さがエレベストより高いのは知っていたぞ!!」

「……………」

「ん?何だ?急に黙って?」

「……本当、何で覚えられないのかなあ?」

「………は?」


 この少年山の名前を間違えてしまったことに気付いていないのだろうか?

 あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ返る磯城。

とはいえ内心は、重くなっていた空気がいちおう払拭できたことに安堵していた。


「でも、ごめん……。心配かけて。」

「まあ、気にするな。もしまた《開拓者》になりたいってんなら是非とも相談してくれ、いくらでも手を貸すからな!!」

「ああ。ありがとう。」


 芦城後月。

 友人が多く、人を纏める才能も持ち、他人想いなナイスガイ。

 さらに顔立ちもよく爽やか系男子として女子からの人気は高い。


「お?そうこう言ってるうちにもう着いたみたいだ。」


 それでも男子からは妬まれず憎まれず頼れるリーダーとして人の中心にいる完璧超人。

 しかし。


「それじゃあな。ごりょう君……いたたっ!!」

「いい加減にせい!!!」


 前回の歴史教師とは違いあらゆる固有名詞が中々覚えられないという天性の災さい能のうが故に。

 後月は磯城に一発顔にパンチをぶち込まれた。




 ちなみに、


「ああっ……。喧嘩したおふたりが笑いながら仲直りするこの御様子……。」

「ええ、芦城君が御陵君に微笑みかけるとこなんてもう……。」

「滅多に口を開かない御陵君がお礼をいう所なんて……。」

「「「本当に萌えですね!!!」」」


 その一部始終を見ていた一部の女子達が危ない妄想をさらに加速させていたのは余談である。


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