シーン50 どついたる!
うー。お腹空いて来たでー。さっきのカップ麺くらいじゃ治まらへん。この前クリと宴会やった時の袋菓子がまだ残ってたよな。それとコーラで朝までつなご。
「マギー、あんた腹減ってへん? わたし、ちと耐えられん。お菓子とコーラ出すからつないで」
「ああ、そら助かる」
マギーもめっちゃ腹減ってたんやろ。二人して、夢中でお菓子をむさぼった。
「ぐひー。やっと落ち着いたー」
「ふう。しんどかった……」
「せやろ? もうあんなのは堪忍や」
「ああ」
わたしがお菓子の空き袋や空き缶を片付けるのをぼーっと見てたマギーが、ぽんと言った。
「でんでん、おまえマメやな」
「え?」
「部屋もきれいにしとるし」
「ははは。たまたまや。この前しげのさんが部屋に来るゆうから、ひっさしぶりに気合い入れて掃除したんよ」
「ああ、そっか」
「たまに誰か来ないと部屋きれいにする気ぃ起きひんていうのも、あれやけどなー」
「ふうん……」
じーっとわたしを見てたマギーが、とんでもないことを聞きよった。
「おまえ、これまで何人ここにオトコ連れ込んだ?」
びしゃっ! そっこーで横っ面を張り倒す。言って分からんやつには、実力行使や。
「あんたなー、口の利き方気をつけぇ。次はぐーで殴るで」
「す、済まん」
「謝るくらいなら最初から言うなあっ! ぼけえっ!」
ほんまに口が悪い。トゲだらけや。少しは考えてからもの言わんかい! 追加でガチ入れる。
「あんた、オンナはみんなオトコにだらしない思っとんの? 最初っからそない決めつけてたら、彼女なんか一生出来ひんよ」
「う……」
「もうちょっと想像力使いなよ。そんな固定概念持たへんでさ」
「うん……」
「さっきも言うたけど、わたしは高校の時からびっしりバイトしてる。みんなが遊べる時間帯は、わたしは仕事や」
手帳のスケジュール欄を開いて、マギーの顔の真ん前に突き出す。ぎっちり見とけ! 色っぽいもんなんか、どっこにもあらへんやろ? 卒制、就活、バイトのシフト。それだけや。
「わたしがフリーに使えんのは、ガッコもバイトもない土日の日中。そこだけがゆっくり使える自分の時間や。オトコ連れ込んでいいことする暇なんか、どっこにもあらへん。あんたが信じるかどうか知らんけど、この部屋に入ったオトコはあんたが最初や。光栄に思え。ぼけぇ!」
「ううー」
「なあにが、ううーじゃ。あほたれ」
ほんまに、けたくそわる!
マギーはまだ何か聞きたそうやった。わたしのさっきのど突きが効いたんかしらん、今度は慎重に言葉を選んで言った。
「おまえ、今付き合ってるやつ、いるの?」
最初っからそう聞けよ。ったく。
「おらへんよ」
「男嫌いか?」
もう一発張り倒してやろうかと思たんやけど、ぐっと我慢する。どうもマギーの言葉の使い方にはヘンな癖があるなあ。悪気はないんやろうけど、ある言葉のセットの中から先に使おうとする傾向がある。どんなセットか。相手を怒らせる、いらいらさせる、うんざりさせる、イヤあな言葉や。
なんでそんなあほなことをすんのか? もしかしたら、自分の周りに壁を立てるためやないやろか? それは、自分を触って欲しくないからってことやない。自分に近付くなら、自分を触るなら、中途半端にせんといて欲しい。それの裏返しやないかと思う。あほー。そんなめんどっこいやつに誰が近付くかいな。
マギーが前に言ったこと。俺は一匹狼になりたいわけやない。みんながそうしてるんや。まさにその通り。せやけど、そう仕向けてるのはマギー自身やないか。しょうもな。
「なあ、マギー。あんた久野さん嫌いなんやろ?」
「当たり前だ!」
「せやったら、なんでその嫌いなやつと同じことすんの?」
「えっ?」
呆然とするマギー。まーったく意識してへんかったか。
「久野さんがマギーやマギーのおかんにどんなひどいことをしたんか、わたしは詳しいことはなんも知らへんよ。でも、マギーはそれに傷付いたんやろ? イヤやったんやろ? あんなやつぶっ殺してやるって思うくらいに」
「……ああ」
「せやったら、あんたの言い散らかしてることでどんだけみんなが傷付いてるかも考え」
マギーがむすっと黙り込む。意識してなかったから、すんなり納得できひんのかもな。
「久野さんのことなんかよう言えへんよ。あんた、最初わたしを色キチガイみたいに言いよったやろ。わたしはフリーやゆうたら、今度は男嫌いかやて? ええ加減にせ!」
「……悪い。ごめん」
「ええか? あんたはすっごい分かりにくい。ほんで、分かりにくくしとんのはあんた自身や。汚い言葉でくっさい煙幕張るな! うっとーしい!」
言葉にトゲがあるさかい、誰も近寄ってくれへん。みぃんな遠巻きにしかマギーを見ぃひん。せやけど本当は、もっと触って欲しいんやろ? 自分を分かって欲しいんやろ? 心の底まで石みたいなオトコやったら、涙なんか流さへん。わたしらと同じで、ちゃあんと中身はあるんよ。でも、それがかっちかちの鎧被ってて外から見えへんね。あかんわあ……。
「なあ、マギー」
「ん?」
「あんた野崎センセに中身ない言われとったやろ。皮だけやて」
「うん……」
「野崎センセは忙しい人や。あんただけやなくて、いろんな子を見ないとあかんねん」
「ああ。それが?」
「あんたの中身まで時間かけて見ぃひんよ?」
「あ……」
「センセが中身ないゆうたんは、あんたの中身がほんまに空っぽって意味やないで。中身がわからんと、空っぽに見えてまうってことやろ。皮を剥け。そうして自分の主張を、心を、ちゃんとみんなに見えるように掲げろ。そうゆうことやと思う」
「……うん」
「それは作品のことだけやない。あんた自身が今そうなんや。せやったら、作品かて同じになるわな」
ふう……。マギーだけやない。わたしら、みぃんなそうなんやて。手ぇ動かして作ったもん、それが自分よりよくなるってことはないで。よくて分身、へたすると自分のガラクタ捨て場や。そんなんは……見たないなあ。それと。
「あのな。わたしらもう卒業や。ガクセイって気楽な稼業ももうしとられへん」
「ああ」
「あんた、その態度のままで社会に出てみ。あっという間に干されるで。ほんまに居場所がなくなる。どうすんねや?」
ふう。言いたいことは全部ゆうたった。あとはこいつがどうするか、や。サービスはここまでやな。アッコだけでん重ったいのに、マギーの面倒までよう見ぃひんわ。ったく。
それでん、わたしはすっきりした。今までなあんとなくマギーに言い切れへんかったこと、全部ぶちかましたからなー。すっごい愉快になった。
「あっはっはあ!」
「何がおかしい?」
「そらあ、おかしいわ。部屋に連れ込んだ最初のオトコとわたしが何した? 二人でトイレで一緒に便器抱いてゲロ吐いて、床でマグロって、カップ麺とお菓子食って、ど突き合いや。色気のいの字もあらへんやん」
ぎゃははははははははっ!!
マギーと二人で、部屋中転げまわって笑った。
「ひぃひぃひぃ、辛抱たまらん」
「後でネタにしよ」
「ほんま、おまえもタフやなあ」
「何度もゆうけど、それしか取り得あらへんもん」
ぱかっと笑ったマギーが、いきなりわたしに抱きついてきた。ちょ、ちょっとぉ!
「済まん。ちょっとこのままいといてくれ」
そう言って。声を上げて泣いた。かっちかちに固まってたもん全部。流すみたいに……。
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