シーン51 始まり

「落ち着いたか?」

「ああ」


 爆泣きしてたマギーが、ゆっくりわたしから離れた。


「済まん……」

「ええって」


 まあ、こんなんが自分変えるきっかけになってくれればね。それでええわ。


「そういや、マギー。あんた卒制どないすんの?」


 口をぎゅっと結んで考え込んでたマギーが、握り締めてた拳をゆっくり緩めた。


「せやな。このまんまならどうにもならん。テーマ変えなあかんやろ」

「ほー。なんかアイデアあるん?」

「あるちゅうか。それしかあらへん」

「へ?」

「俺には絶対出来ひんていうもんにして、それに挑まなあかんのやろ。せやないと、おまえやクリには絶対に勝てへん」


 うん。せやな。熱ぅ見せな始まらんやろな。


「テーマは『愛』や」

「お!」

「クサいか?」

「いや。すごいやん」

「ああ」


 マギーが、ごっつ嬉しそうな顔を見せた。


「せやな。肯定するとこからしてかなあかんのやろ。おまえがいっつもしてるみたいに」

「ははは。そやな。それがいい思うで。その方が楽しいやろ」

「まあな」

「急には変えられんかもしれへんけど、少しずつでん変えてき。卒制はいい機会やと思う」

「そやな……」

「素材は変えるん?」

「いや、基本の発想は変えへん。あれは俺の武器や。見せ方でトライする」

「オブジェやったっけ?」

「せや。けど、モビールにする」

「おおっ! 動かすんか!」

「鉄やと、それ自体の重さや冷たさはどんなに加工したって消えへんからな。せやったら別の切り口見せなあかんやろ」


 そう言って、にっと笑った。マギーは仕事が早い。アイデアさえ固まれば、あっという間に仕上げてくるやろ。わたしもぐずぐずしてられへんな。


「うーし。クリも呼んで、近いうちにラフのど突き合いせなあかんな」

「ああ」


 マギーもセンセの提案に乗った、ゆうことやな。よおし!


 その後も、卒制のことでいろいろと話をした。わたしもそうやったけど、壁を抜けた直後ってのは一番アイデアもやる気も出る。マギーのいつものぶすくれたイメージは、これっぽっちもなかった。気合い入ってる時っていうんは、オトコがめっちゃカッコよく見えるんよね。役得、役得。ぐひひ。


 明け方近くなって、マギーがぽんと膝を叩いて立ち上がった。もう始発が動く時間やった。


「上がりこんで悪かったな。せやけど俺には最高の時間やった。ありがとう」

「なーんもしてへんよ。二人してゲロ吐いてただけやないか」

「ははははは。せやな」

「ああ、帰ったらすぐ風呂入り。くっさいで」

「ったく。他に言いようないんか」

「あんたに言われたないわ」

「あっちゃあ」


 苦笑いしたマギーが、玄関で靴を履いて振り返る。


「ああ、でんでん。俺な、おまえのことすっきや」


 それはものっすごい剛速球の。強烈な一発やった。なんやてーっ!?


「せやけど今の俺じゃ、おまえにこっち見てくれってよう言われへん。俺はぼろぼろやからな」


 マギーが、ぎりっと歯を嚙み鳴らした。


「俺は絶対自分を立て直す。せやから、それまで俺を嫌わんといてくれ」


 まったく、これやから。それはとってもマギーらしい言い方やった。でも。あいつがひねった新しい蛇口。そこから出てきたきらきら光るもんが、しぶきを上げてわたしに流れ込んでくる。わたしは……それは悪ないなと思った。


「ゲロの後がそれかい」

「まあ、そう言うない」

「せやね。わたしはとこっとん前向きなんが好きや。卒制で悩んどった時に、膝抱えて座りこんでる自分が大嫌いやった。それに耐えられへんかった。せやから、わたしをど突いてみ。それがわたしを動かせたなら。わたしもあんたを好きになれると思うで」

「ああ、そうやな」


 マギーが笑顔を消して、両手で自分の頬をばしんと叩いた。


「ほんま、俺はど突かれてばっかやったな。情けな」


 そう言い残して。帰っていった。


 あかん。眠い。最後になんやあったけど。まあ、ええわ。とにかく始まったってゆうことや。それでええねん。


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