シーン48 きっついダメージ
わたしが放心してる間、マギーは地面に突っ伏して泣き崩れていた。何でそんなに昔に戻りたがるんやろ? どうしてももう一度会いたいじいちゃんばあちゃんでもいてたんか? ええけど、こんなんは勘弁して欲しいわ。
さんざわたしたちの横でがなってたおっちゃんは、わたしたちが何も反応せえへんもんやから、こいつらクレージーやと思ったんやろ。呆れて離れていった。さあ。問題は。この後の副作用や。最後の最後でとんでもなくヤバい状態やったから、反動もでかそうやな。
「マギー。あんたんとこ、こっから結構遠かったよな」
まだショックから立ち直っとらんのやろ。それでも、かすかにうなずいた。
「しゃあない。わたしんとこ行くか。そっちの方が近い」
「な……んの……こと……や」
「あほー。しげのさんとこで話したやないか。あの隙間に入ったら漏れなく強烈なめまいが付いてくるんや。野崎センセを病院送りにするくらい強烈なんやで? 覚悟しぃ」
う。くらくらくらぐらぐらぐらぐら。どわわわわーん! き、来たぁ。こ、これは、はよ帰らんとしゃれにならへん。
「ごちゃごちゃ言わんと、タクシー止めーっ!」
マギーにも、めでたくどでかいのが到来したらしい。口押さえてる。
「こんなんまだ序の口や。もっとごっついの来るでぇ!」
わたしのアパートに付いて部屋になだれ込んだ時には、もう最悪の状態やった。これまでで一番強烈。まるでなんとかの最後っ屁みたいな。トイレにかわりばんこになんて入ってられへん。待ってられへん。狭いトイレで便器を二人で抱えて、頭突き合わせて。
げーっ! げーっ! げーっ! げげーっ!
しげのさんとこで食べたおいしい鉄板焼き。それが虚しく便器に吸い込まれて行った。とほほほほー。
吐けるもんがもうなくなって。あとは強烈なめまいがわたしたちを床に叩き伏せた。部屋の中は蒸し風呂の暑さや。でも、窓を開ける気力すら出てきぃひん。扇風機だけ回して、そのまま固い床の上に大の字に転がった。このまま潰れたい。せやけど……気力を振り絞って店長に電話する。
「あ、てんちょー、りのですー。例のめまいで今日、明日は使い物になりまへんー。救急病院行くんで休みますー。シフトずらしといてくださいー。すんませーん」
店長の返事を聞く前に。わたしは白目をむいて潰れた。も……あかん。
◇ ◇ ◇
目ぇが覚めたのは真夜中やった。お腹は空いてたけど、まだかなりめまいの影響が残ってる。今食べたらまた吐くかもしれへん。ポカリくらいにしとこう。
わたしは部屋の灯りを点けて、冷蔵庫に這っていった。冷蔵庫開けて中のもん出そう思ったけど、立ち上がるのがしんどい。開けた扉にすがるようにして手を伸ばして、ポカリのペットを出した。
コップ、出したない。動きたない。回し飲みでええよな。また四つん這いでリビングに戻る。マギーはまだ潰れてるかと思ったんやけど、あぐらかいて黙って俯いてた。
「マギー、体起こして平気か?」
「まだしんどいけど、床やときつい」
「やわなやっちゃ」
「ほっとけ」
「ほれ。飲めるなら少し飲んどき」
「おまえの分は?」
「あほ。回し飲みや。コップ出すのさえしんどい」
受け取ったペットボトルをじっと見つめてたマギーが、あほなこと言いよった。
「間接キスか」
「おま。どうしてそうゆう情けない想像すんねや! ったくぅ」
その時。わたしは、ふと思った。こいつ、女と付き合った経験ないんちゃうか? 面はいいゆうてん、こいつのあくの強さは普通の女の子には絶対にこなせへん。告ってくる女へめちゃめちゃきついことゆうんも、女性不信ちゅうより人間不信なんちゃうかなあと思う。その違いは、言われた方には分からんしなー。
ぱきっ。ペットボトルの口を切ったマギーが、そいつを一気飲みしよった。
ごっごっごっごっ……。
「おいっ!」
「あ……すまん。ついいつもの癖で」
「ったく、気ぃ利かんやつやな。悪いけど冷蔵庫に水のペットボトル入ってるから、それとって。動くのしんどい」
わたしがまたマグロのようにごろんと横になったのをちらっと見たマギーが。よろよろと立ち上がって冷蔵庫を開けた。
「ふう……涼しい」
「ぼけぇ! 中のもん傷むから、はよ水出して閉めぇ!」
「へいへいへい」
水のペットをわたしの顔の前に置いたマギーが、またあぐらをかく。ほんまに気ぃ利かんやっちゃな。口くらい切ってぇな。わたしがなんとかかんとか体を起こして水を飲むのを、マギーはぼけーっと見とった。
「ふひー」
少しましになったかな。もうこんなんないと思うけど、最後の一発はほんまにしゃれにならん。わたしがぶつくさ言うたら、マギーが嫌味をかました。
「でんでん、おまえエアコンくらい入れろや」
「なにあほなことゆうてんの。この部屋には、最初っからエアコンなんかあらへんわ」
「げ!」
「動けるんなら、窓と玄関ドア開けて風通して。わたしはまだよう動かれへん」
部屋の中にはわたしたちが吐いた余波が残ってて、酸っぱい生臭い臭いが充満して、蒸し暑さの不快感をパワーアップしてた。それが耐えられへんかったんやろ。マギーが窓と玄関ドアを開けて戻ってきた。
お? 今日は風があるみたいやな。カーテンがばたついて、さあっと体が冷えた。臭いが消えて、不快感がだいぶなくなる。
「うー、極楽やぁ」
やあっと体が起こせるようになった。うわ、床が汗でべたべたや。後で掃除せなあかんなー。
「なあ、でんでん」
さっきからずっと俯いて黙っていたマギーが、わたしの顔を見ないでぼそっと聞いた。
「ん?」
「おまえ、実家遠いんか?」
「いや、市内や」
さっと顔を上げたマギーが、ごっつ驚いてる。
「ほんならなんで親んとこ出てんの? 仲悪いんか?」
「いやあ、そんなことないけど。せやなー」
うーん。これもなかなか人には説明しにくいんよね。
「時間を自由に使いたかったんが一番かな」
「時間?」
「せや。わたしは高校の時からバイトしてて、夜のシフトは上がりが九時過ぎや。そっから家に帰ったらもう十時近くになるねん」
「うん」
「親がいい顔しいひんのん。友達と遊びに行くのも夜やろ? 課題でガッコに遅くまでいたり、泊まり込んだりすることもあるねん。そういうの、一々説明すんのがかったるくてね」
「そっか」
「ああ。もうわたしも親掛かりの年やない。自分のことは自分でけりつけたい。そうゆうて下宿させてもらった。せやけど部屋代全部出せいうわがままは言えへんから、こんな今時珍しいエアコンなしのぼろ部屋や。ははははは」
「タフやな」
「それしか取りえあらへんもん」
マギーは……。またじっと俯いて、何かを考え込んでる。ほんまに分かりにくいやつや。
お? だいぶ楽になってきたわ。腹減ったなあ。もうこれ以上ひどくなることはないやろ。カップ麺でも食べるかー。
「マギー、腹減ったやろ。カップ麺ならあるで。食わん?」
ゆっくりこっちを向いたマギーが皮肉を言う。
「おまえ、女なんやったら、飯作ったるとか言わんかい」
あほか。
「今時そんなレトロなことゆうてたら、彼女なんか出来へんで。どあほ」
「そうなんか?」
っとー。こいつも、思いっくそずれとるな。もしかして、中身天然なんとちゃうか? ぐひひ。
「そらそやろ。メシ男くんにはちゃんと需要がある時代やからな。野崎センセもせっせと料理してたやろ」
「あれぇ、料理言うんか?」
「突っ込むない」
「ふうん……」
真夜中に響き渡るカップ麺をすする音。ぞぞぞーっ。ぞぞぞーっ。色気より食い気や。なんや、文句あるかーって感じぃ。
はあ。落ち着いたあ。この分なら、明日のバイトは出れるかもしれへんな。様子見て店長に連絡しよ。わたしが手帳のシフト表を見てぶつぶつ言ったのを、マギーが聞きとがめた。
「なんや、オトコ連れ込む順番表か?」
こいつー! 元気になってきたかと思えばこれや。くっそ腹立つ!
「ぼけぇ! バイトのシフト表の確認や。めまいのせいでだいぶ迷惑かけてっから、これからだいぶ根詰めなあかんねん。オトコとちゃらちゃら遊んでる暇なんかあるかい!」
「済まん……」
っとー。今度はべっこりヘコんどるし。こいつはほんまに読めへん。わけ分からんわ。
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