シーン46 昼食
わたしはしげのさんの話を聞いてて、しげのさんの勘違いに気付いた。しげのさんが栄進堂を退職したのは、こっちの時間で計算したら十年前やなくて、八年前や。ほんまやったらそう書かなあかん。そして八年前なら、こっちのリプリーズが開店してる。もししげのさんが正確にそう書いてたら、わたしは矛盾に気付かへんかったかもしれへん。
せやけど、しげのさんにとって向こうの十年は本当にしんどかったんやろ。それがあの書き込みに、勘違いの形でぽろっと出たんやないかと。そう思う。ほんまに不思議な縁やね。
それにしてん……。ああー、すっきりしたあっ! 一か月ぐらい溜まってたウンチがすぽーんと出たくらいの、とんでもない爽快感や!
わたしは、しげのさんの過去を暴きに来たわけやない。ほんとのことが知りたかっただけや。あの隙間に関わったみんなに、そうやったんかって納得してもらいたかっただけや。わたしの経験したとんでもない出来事がヒミツじゃなくなって、おまけにしげのさんとセンセが結ばれたんなら、もう何も言うことあらへん。最高や! 爽快、爽快。やる気満々!
やっとセンセたちのラブシーンが終わったところで、ちと水をさす。
「あのぉ。お昼にしませんかぁ?」
センセが呆れる。
「でんでん、おまえもムードを理解しぃひんやつやなあ」
「そんなんで腹ぁ膨れませんもん」
ぎゃはははははっ! みんなで大笑いしたけど。マギーだけがとんでもない仏頂面
やった。なんや、あいつ? わけ分からん。
「あらあ、どうしましょ。来られるのが穂村さんだけやと思ってたから、他のみなさんの分が……」
センセが、なんやそんなことって感じで立ち上がる。
「シゲ、俺は今日レンタ借りてきたさかい買い出し行って来よう。せやな。キッチン貸してくれたら俺が腕を振るうで」
おお?
「センセ、そんなん出来るんすか?」
一応、お約束なので突っ込む。
「そりゃあな。十年もすりゃあ、なんかかんか出来るようになるで。わっはっはっはっはあ」
おいおい大丈夫かあ? でも、しげのさんはごっつ嬉しそうや。
「じゃあ、みんなちょっと待っててくれる? 買い物に行ってくるね」
センセたちが、まるっきり新婚さんみたいなべったべたムードで家を出て行ったあと。わたしたちはすぽぽーんと虚脱状態になった。クリが全力でこぼす。
「ぶひー。こんな話になるなんて聞いてへんよー」
「なあ? わたしがよう言われへんかったの、分かるやろ?」
「まあだ信じられへんわあ」
アッコが、はあっとでっかい溜息をついた。
「あかんなー」
「ん? なにが?」
「あたしには、あんな根性あらへん」
「なに言っとんね。好きになってくれへんかったら死んでやる言うとったくせにぃ」
「ううー」
まあ。これで気持ちぃ切り替えられるやろ。相手に受け入れてくれ言うんやなくって、相手を受け入れてあげられる場所ぉ先に作らなあかんねん。なあ? そんなん、すぐに出来ひん。センセかて十年かかった言うとるやん。慌てないで。すぐに結果出すって言わないで。ゆっくり自分と付き合うたらええやん。わたしはそう思うで。
ずーっと不機嫌で黙り込んでるマギーは放っといて。わたしは、これからどうするかをクリと話し込んでた。
「クリも、テーマはなんかアイデアあるんやろ?」
「一応なー、考えてたのはあるんやけど、さっきのセンセのラブシーンで木っ端みじんになってもた」
「だはははははー。分かる分かるー」
クリが、すうっと顔を回してカラフルな庭を眺めた。
「せやな……」
「ん?」
「わたしはトモが好きや。トモもわたしのこと好きや言うてくれる」
「うん」
「でもな。わたしら、その先を考えなあかんて。そういうことやな」
「どういうこと?」
「二人で生きるって意味をもうちょいまじめに考えんと、大波を乗りきれへんと思う。さっきアッコが無理や言うたけど、わたしにもまだ無理やわ」
「……うん」
夫婦やカップル言うたかて、みんながみんなお互いの全てを分け合ってるわけやない。せやけどそれを真剣に探っていかへんと、一緒にいてる意味がなくなる。クリはいったん決めたら後には引かへん。だから、それまではじっくり考える。今付き合うてるカレシとのことも、本当に自分の一生を分け合えるんか、そのために自分は何ができるんか、何をせんとあかんのか、じっくり考えるんやろな。
わたしも黙って庭を眺める。もうすぐ卒業や。せやからって自分の何が変わるわけでもないと思う。そんなん、変えようと思わん限り変わるわけないねん。変わるんやない、変えなあかんのやろ。それが二人で出来たらいいな。高め合えたらいいな。センセとしげのさんのラブロマンスを見てて。わたしは素直にそう思う。
「でんでん」
えらいとげとげの声がぶつけられて、はっと我に返った。
「なんや?」
マギーが、何か考え込んでる風な顔付きでわたしに聞いた。
「その隙間、今でもあるんか?」
おおっと。
「マギー、関わるなよー。あれは人生狂わすで」
「余計なお世話だ。あるかないかだけ教えろ」
こいつ、偉っそうに。
「なんや、それが人にもの聞く態度かいな。けたくそわる」
「済まん……」
おおー!? 珍しくストレートに謝罪が来たで。槍が降るな。
「ある。けど、近々なくなると見た」
「なんでや?」
「リプリーズの建物、めっちゃぼろやったから、取っ払ってビルでも建てるんやろ。取り壊し作業の準備が入っとったで。きっと、それと一緒にあのえげつないとこもなくなるやろ」
ぐんと顔を突き出して、マギーが気色ばんだ。
「いつや!?」
「そんなん知らんわ。工事のおっちゃんに聞いてえな」
わたしは嫌な予感がした。せっかくあの隙間のことはすっきりしたんやから、もう関わり合いになりたなかった。けど、どうにもマギーが変や。隙間へのえらいこだわりよう。それとこいつ、しげのさんの勘違いをまともに信じ込んどるんやないかなあ。うーん……。
◇ ◇ ◇
食材満載で、センセとしげのさんが買い出しから戻って来た。センセは、すぐに庭石を組んで即席の炉を作った。その中に
「せんせー、その鉄板どないしたんですかー?」
クリが目を丸くしてる。
「シゲがパレット代わりにつこてるらし。まあ、きれいやし、焼いてから使うから問題ないやろ」
鉄板から白煙が出るまで焼いたセンセは、そこに一度水をぶっかけてそれを冷ました。それからヘラできれいに表面を擦り落として、宣言した。
「よっしゃ、行くでぇ!」
はははははっ。鉄板焼きや。確かにこれなら料理の腕ぇ関係ないわなー。せやけど雰囲気は最高やった。肉も、野菜も、魚も、焼そばも。どれもめっちゃおいしかった。なんと言ってん、体を寄せ合ってずーっと笑ってるセンセとしげのさんが、最高のスパイスやった。
ごっそうさん!
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