シーン39 新たな方向

 すっごい緊張して、よく眠れへんかった。いや時間的にはずいぶん長く横になってたんやけど、眠りがうんと浅かったいうか。


「ふう、どうやったかな」


 覚悟して、自分のブログをチェックする。でも、そこにはコメも足跡もなかった。拍子抜けする。


「うーん、どうすっかやなあ」


 しげのさんが、記事になんかかんか反応してくれたら話ぃ切り出しやすかったんやけど、これじゃなあ……。まあ、また後で考えよ。


◇ ◇ ◇


 野崎センセのとこへ行く前に、クリとアッコと三人でマクドで昼を済ます。アッコはまだわたしの顔をよう見られへんみたいで、ずーっと俯いたまんまや。


「なあ、アッコ」

「ん」

「そろそろ気持ちの切り替えせ。そんなぐだってたって何も変わらへんやろ」


 ふう。重症やな。単なる依存ぐせなら、他のオトコに目が移れば元通りやろ。すぐいつものアッコに戻りよると思う。せやけど遊びやない、まじの恋が絡んだらそうは行かへん。依存癖と諦めきれへん想いがぐっちゃぐちゃにもつれあって、動けんのとちゃうかなあ。アッコ自身にどうにか出来ひんものは、わたしらにはもっと手ぇ出んわ。


 まあ慣らすしかないやろ。せやけど、諦めるきっかけが欲しいわなあ。一番いいのは野崎センセが結婚するとかだけど、アッコの場合は未婚既婚関係あらへんから、それだけじゃ決め手にならん。ほんま節操ないからなあ。困ったもんやわ。


 けしょんけしょんに意気消沈してるアッコの肩をぽんぽん叩いて。わたしとクリは席を立った。


「行こか」


◇ ◇ ◇


「せーんせー」


 三人で部屋に入る。お? マギーがおる。相変わらずのぶすくれた顔。男前台無しやで? げはは。


「来よったか。まあ、座れ。個別にチェック入れさしてもらうから」

「へーい」

「まず、遅れてるとこから行こか。浜本。おまえ、卒制なめとるやろ!」


 先生が苛立ちを剥き出しにする。その打撃は鋭かった。コメントもストレートやったけど、口調も怒りむき出しやった。


「専門言うたかて学校や。ここ卒業せな、ここにいた意味はなーんもなくなるんや。今のままなら単位出せへんわ。うちはダブリないから中退や。それでええんか?」


 俯いてるアッコをきっちり睨み付けるセンセ。直接ど突いたクリと同じ、しっかりしぃって言ってるんやろなあ。


「いつまでもガクセイやれるわけやないんやで? もっとマジメに卒制考えろ! それだけや」


 最後はぽんと放り出す。それはわたしらに向けての圧力でもあったんやろ。こいつに余計な手を出すな、って。


「次、栗田」

「はい」

「就職決まったんやて? おめでとう!」


 ぱあっとクリの顔が華やぐ。


「ありがとうございますっ!」

「まあ、おまえのことや。どこに勤めてん、中途半端にせんときっちりやりよるやろ。がんばれ!」

「はいっ!」

「卒制やが、まだプラン出てへんな。苦戦してんのはテーマか?」

「いえ、一人でやりたないんです」

「ほう」

「就職したったら、もうここのみんなとつるんで何かするって出来ひんでしょ?」

「せやな」

「だから、ここにいた時みんなとこんなこと夢中でやったんやって、証しが欲しいんです」

「はっはっは。なるほどな。共同製作にしたい言うことやな」

「はい」

「ん……」


 先生が手を口に当てて考え込む。


「ちょい俺にアイデアがあるんやけど、後回しにしよ。クリ、待っとってくれ」

「あ、はい」

「次は曲木やな」

「うす」


 マギーの機嫌はちょー悪そうだ。


「まあ、俺も同じことぐだぐだ言いたない。自分のスタイルにこだわるのはかまへんけど、誰も見てくれへんもん作ったって意味ないで」


 さっきのアッコへの一撃と全く同じやった。先生の口調はとげとげで、しかも全く容赦なしや。


「あのな。おまえのは側だけしかあらへんねや。バナナの皮、みかんの皮と同じ。剥いてしもたら皮は捨てられる。みんな食べるのは中身だけや。それでいいんか? もう一度、よく考えれ」


 うぐぅ、きっつぅ。マギーも、あれから進展なさそやな。


「最後。でんでん。なんだかんだ言って、おまえが一番順調や。ラフから抜けたか?」

「いいえ、まだっす。でも、そろそろですね。プラン固まり次第模型作りに入ります」

「素材のチョイスは?」

「ぼちぼちです。骨格はカードボード使おう思ってます。スキンは柔らかいテクスチャーのものを使て、その組み合わせで。ただ、ちょっとバランスが悪いんで、それどうしよーかなーって感じ」

「おおー。さすがでんでんや。色は?」

「模型組んだ時に、朽木センセに見てもらおうかなーと」

「せやな。でも、できればまだ図面の時にアイデア聞いてもらった方がええで」

「はい。そうっすね」

「よし」


 センセが、クリの方を向いた。


「あのな、クリ。これはあくまでも俺の提案や」

「はい?」


 きょとんとするクリ。


「共同言うたかて、大勢でわいわいがいいとは限らへんで」

「は……い」

「おまえも、自分のこだわりはきっちりある方や。何人かでやると、その中でおまえの指向だけが浮きよる。クリは実力あるのに、誰からも声かからんかったんはそういうことやろ。クリに食われるーいうて、みんな警戒しよるんよ」


 クリ、しおっしおのぱあ。


「だから一人でやれいうことやないねんで」

「はあ……」


 先生が、わたしとクリとマギーを順番に見ていく。


「曲木が鉄。でんでんが紙。クリ、おまえ石かプラスターでなんかやらへんか?」

「はああ?」


 わけ分からーんて感じのクリ。


「じゃんけんや」


 わははははは。おもろー。わたしが前にクリとアッコとわたしで思ったこと。センセが同じ発想しとったんね。


「共同言うたかて、一緒に作れっていうばかりやない」


 ほ? どゆこと?


「俺は俺、で勝手に作るんやなくて、お互いの持ち味が響きあう独立した作品群っていうのもありやろ」


 あっ!


「さっきおまえら笑ったけど、じゃんけんの場合の力関係とはちごて、勝ち負け以上のものを見せなあかんねん。誰かの作ったもんのパワーが他のもんより弱いと、それはかすんでまう。おまえら三人それぞれのパワーがどれも水準以上で、お互い刺激しあって単独より輝くもの。それ、考えてみ」


 クリが、首をひねりながらうなった。


「ううー。まだちょっとイメージがー」

「せやな。こう言ったらいいかな」


 センセが立ち上がって白板に何か書き出す。わたしたちの名前、素材、そして……。


「曲木は素材の味を引き出すのがうまい。その点は非凡や。鉄使う言うてん、他の子にはできん見せ方しよるやろ。ただし色がない。それとシャープ過ぎて頑固で冷たく見える」


 どんぴ。わたしの印象と同じや。


「でんでんは、紙使いとしては天賦の才があるな。曲線を上手に使う。意外性もある。ただ、色はまだまだや。それと、迷いがすぐ表に出る。素材に重量感がない紙やと、それは致命傷になるで」


 ぐ。きっつー。センセも、棚倉さんのことなんか言われへんと思うわー。


「クリは器用でなんでも上手にこなす。きっちり練り込んでから着手するから破綻も少ない。せやけど暴れも少ない」

「暴れ、ですか?」

「せや。クリ自身はすっごいパワーがあるのに、作品になった途端に大人しなってまうねん。どっかに遠慮が入る」

「うー、そっかー」

「おまえのいっちゃんの武器は、色使いや。造形やからって、それが遠慮して出てきぃひんてのもあるんやろ」


 センセは、白板の上を拳でぼんぼんと叩いた。


「分かったやろ? アドバンスを全部持ってるやつは誰もおらへんねや。それを共同製作にして、ケツ拭き合うのは簡単。けど、それじゃおまえら満足出来ひんやろ?」


 ああっ! そういうことかあ!


「勘違いするなよ。勝ち負けやあらへん。自分の持ち味をどこまでひゃっぱー出し切るか。そして、それが並べられた他の作品をどこまでど突けるか。個でありながら、お互いに響きあうごっつい作品群。それにチャレンジしてみぃひんか?」


 うん! それはおもろい!


「基本は個人制作や。せやけど、プランのタマ出しから三人できちんとど突きあって、一人でやる以上のものにしてき。どや?」

「わたしは、それやりたいなあ」


 真っ先に意志表明する。クリも、大きくうなずいた。


「せやね。エントリーは個人なんですよね」

「形の上ではな。せやけど、コンペに出す出さないに関係なくして、おれらこれ作ったんやっていう燃焼感があった方がええやろ?」

「はい!」


 問題はマギーやろなあ。それでなくても自分のスタイルにこだわってるみたいやから、簡単には乗ってきぃひんのとちゃうかなあ。センセもぶすくれたままのマギーをじっと見ている。


「どや?」


 むすっとしたままの顔でマギーが答えた。


「……。少し。考えさしてください」


 お? すぐノーじゃなかったわけね。


「せやな。俺のはあくまで提案や。考えてみ」


 センセは、一人かやの外のアッコに声をかける。


「浜本。悔しいか? 俺がおまえに何もかまわへんことが悔しいか」


 べそべそ泣きながらアッコがうなずいた。


「せやったら、かまってもらえるもん何かこさえてこい。最初から諦めてるやつに出せる提案なんか何もあらへん。分ったか!」


 黙り込んでしまうアッコ。でも、先生はそれ以上のアプローチはもうせえへんかった。試練……やな。


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