シーン35 キーワード
最初ごっつ盛り上がってたのが、だんだん地味ぃになってしもた。でも、今までクリとこないしてじっくり話す機会がなかったから、良かったなあ思う。なんて言うか。今までのガクセイの乗りから、少しずつオトナの付き合いに変わってくゆうか。そんな感じ。
アッコやチキと弾けて遊ぶのも楽しいけど、そればっかやあかんのやろ。自由な立場で、軽い乗りでわいわい遊べるのもあと少しなのかもしれへんなあ。
雑魚寝から覚めて、クリがよろよろ帰った後。食器や酒びんを片付けながら、わたしはそんなことを考えてた。でも、飲み過ぎひんでちょうどよかったかもしれへん。この前の棚倉さんとこの宴会の後は、しゃれにならんかったからなー。うぷ。
窓を開けて、空気を入れ替える。ばたつくカーテンを紐で縛って、そのまま風に当たる。ふうー。暑いけど、気持ちええわあ。そうや。間違いなく夏やったんや。せっかくの夏を、もやもやの中に閉じ込められたらつまらんなあ思ったけど。
いつの間にか、わたしの形は変わっていく。就職のことも。卒制のことも。悩んでいたこと自体が、まるで自分を駆り立てる燃料だったみたいに、わたしが……変わっていく。それは、めっちゃおもろいなあと思う。
せやけど。わたしの中に一つだけ、ずっと変わらないもやもやが残ってる。
ブログのリプリーズに反応したしげのさん。おかしなってしまったシンヤ。わたしを乗せて流れる時間が違う隙間。そして、その後の激しいめまい。それは……みんなばらばらのことなんやろか? わたしが知らんだけで、本当はみんなつながってるんちゃうか? 気になる。せやけど、それを確かめる勇気はない。だって、それはわたしの生き方には何の関係もないもん。すっきりせえへんけど……。
わたしはパソコンを立ち上げて、自分のブログを見る。リプリーズの画像が並んだ記事。しげのさんのコメ。何も変わらへん。
「しげのさん。どうしてわたしのブログにぶち当たったんやろなあ」
あっ! 突然。まるでわたしのどたまに雷が落ちたみたいに。それはわたしの中で激しくスパークした。
「そっかあっ! タグやっ!」
わたしは画像ばっか見てたけど。わたしの書いた短い文。そっちが検索で引っかかったんや!
たぶん……。
『時が止まる』
これやないかな?
あの隙間にいると、外とは時間の流れが違う。ズレてしまった時間。それを外から見ると、そう感じるのかもしれへん。わたしは損得ゆうたけど、それはあそこにいた時間が短かったからや。でも、それがもし長かったら……。
シンヤが言ってた奇妙なセリフ。
『ここは俺の場所やない』
これもそうや。隙間の中のものは外から見えへん。つまり、あそこの中は外とは別の世界ってことになる。わたしは出入りが自由にできるから、そういう意識がなかったんやけど。もしあそこの世界がもっと広くて、いろんなものがあるとすれば……。ざわっ。背筋に冷たいものが流れた。
もう……わたしは、あそこに近寄らない方がいいのかもしれへん。ノーパソをぱたんと閉じて、わたしはゆっくり首を振った。
◇ ◇ ◇
日曜はガッコも開けてくれへんし、せやかてクソ暑い部屋ん中でうだうだすんのもちとしんどい。バイトまでどっか涼しいとこ行って、ラフ描こ。
わたしはスケッチブックとペンケースだけ持って、部屋を出た。普通は図書館いうんが定番なんやけど、日曜は休みなんよねー。デパートは結構人が出るから、休憩スペース使おう思ても落ち着かへんし。
こういう時の意外な穴場が郷土博物館や。公共施設は日曜休みのとこが多いけど、博物館や科学館は、こどもの夏休みに合わせて日曜開けてくれてるとこが多い。郷土博物館はこどもには人気あらへんから、いつでも空いててのんびり出来る。静かやし。入館料二百円かかるけど、時間制限あるわけやないから元は充分取れる。
やる気のなさそうな窓口のおっちゃんにお金を払って中に入る。今日はまた、一段とお客さんが少ないなあ。閲覧スペースのところに机と椅子がセットになってるから、そこに座り込んで、すぐにラフを描き始める。
時々沈み込んで来る蝉の鳴き声。来館者がする小さな咳払い。それすら飲み込むように、ひたすら線を走らせていく。もう何冊目のスケッチブックやろう? でもどんなにいっぱい描いたかて、そこから最後に出て来るもんは一つだけや。
形を生み出す苦しみ。わたしの鉛筆の先は必死にもがいている。早くここから出してくれって、暴れてる。分かるで。せやけど、わたしはまだ捕まえきってへん。これがわたしの形やいうもんを捕まえきってへん。焦るな。わたしは、自分自身に何度も繰り返し言い聞かせる。社長が言うたやないか。中途半端なもんに化粧さすなって。
ふう……。二時間くらい、目いっぱい線を引きまくって。わたしはスケッチブックを畳んだ。今日はこんくらいにしとこ。
バイトに行くにはすこーし時間があったから、展示物を見て回る。正直言って、退屈や。
「はわわわわ」
あくびが出る。でも。わたしはあるものを見つけて、あくびをごくんと飲み込んだ。
「これ……」
それは。市の町並みの時代による変化をジオラマにしたやつ。埃を被ってて、あんまきれいなもんやない。でも、専門のあるあたりはちょうど分かりやすい位置にあって十年刻みくらいでその変化が分かる。そして、わたしの目を釘付けにしたのは栄進堂やった。
1980年てとこ。理事長に見してもらった本の写真と同じ、古い大きな店舗。その模型がでんと位置してる。
「でかい」
理事長が言うてたみたいに、老舗のおっきな問屋さんやったことがよく分かる。それだけやない。めっちゃ敷地が広い。まるで大名の武家屋敷や。それが1990年のジオラマだと、全部小っちゃなビルで置き換わってる。そして、一番新しい2010年のジオラマ。そのビルも再開発できれいになくなって、総合商社の大型社屋になった。だから、あの隙間から今見える景色はそれのはずやのに。
「ちゃうな」
わたしが隙間でいつもぼんやり眺めていたどん詰まりの景色。それは……雑居ビルが立ち並ぶ二十年前のもの。わたしが生まれた頃のものやったんや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます