シーン31 宴会

 目覚めは最悪やった。グラスの破片が散ってることを忘れてて、寝ぼけてそれを踏んでもうた。


「いてっ!」


 足の裏ににじむ血を、慌ててティッシュで押さえる。


「はああっ」


 もう溜息しか出ぇへん。アッコのふてぶてしいほどのケバさが、ぜぇんぶこけおどしやったってこと。なんとなくそうかもしれへんなーって思ってはいたけど、そのあまりの中身のなさが情けなくて、爆発してもた。


 なんでや? 外見とんがれる元気あるんやったら、それをなんで中身に使わへんの? 開き直るんやったらまだましや。スネて、当て擦って。自分かわいいだけやないか! とことん間違うとる!


 あの後、いつアッコが帰ったか知らへん。もうどうでも良かった。死のうがなにしようが勝手にせい! 知るかあっ! まだ収まらない状態で、ぶりぶり頭から湯気出しながら掃除機をかけた。あーあ、床にでっかい傷付けてもた。かなん。


 卒制も就活もすっごい上げ潮で動き出してたのに、一気にテンションがだだ下がりや。今日はふて寝してようかなー。

 いや、あかん、あかん! こういう時こそ無理にでも気合い注入しぃひんと、巻き添え食って腐ってまう。せや、棚倉さんとこ行こ。横っ面ど突いてもらえば、しゃきっとするやろ。腫れぼったい目を冷やしたタオルで押さえて。わたしは出かける準備をした。


◇ ◇ ◇


 この前ごちそうになったし、お昼時やし、お土産代わりにスーパーのお惣菜をたっぷり買って棚倉さんのところに行った。


「ちぃす」


 ん? なんや騒がしいなあ。修羅場なんやろか? 来たのはまずかったかなあ。ドアの前でとまどってたら、いきなりばたんと扉が開いて、真っ赤な顔した社長がぬっと顔を出した。


「おー、でんでんやないか。ええとこ来た。まあ入れや」


 う……。酒くさっ。昼間っから宴会やて? 社長は、わたしの持っていったお惣菜を引ったくるように取り上げると、それをすぐにテーブルの上に並べた。す、すご。全員、出来上がってるやん。べろんべろん。


「ちょ、社長、どしたんすか?」

「はっはっはあ! めっちゃ嬉しいからな。速攻宴会や!」

「え?」

「攻勢かけてた企画が昨日採用になってな。それも企画買い取りやなくて、外注受注っていう形やから額が大きい。うちの社始まって以来のでかい山ぁ掘り当てたわ」


 うわあっ! すご!


「おめでとうございますぅ!」

「せやろ? 言って言って、もっと言って!」

「きゃあああっ! すっごおい!」

「ぎゃははははははっ!」


 さっそく北村さんがコップを持って来た。わたしの目の前で、なみなみと注がれるビール。


「ほれ、行ったれーっ」


 社長が煽る。ううー、空きっ腹やし効きそやなあ。でも、とても断れる雰囲気やなかった。えーい! いったれーっ! ごっごっごっごっごっ! ふーい。


「おお、ええ飲みっぷりや」


 社長が、わたしの背中をばんばん叩いた。


「あんたがこの前作ってくれたパッケージデザインなあ、あれぇ先方の開発担当者がごっつ気に入ったみたいでな。最後の決め手になったんや」


 うっそーーっ!? 思わず、ハイホって踊る。


「わはは、分かるでーっ! 今回のは、佐々木のフィギュアデザインもごっつ気合い入ってたし、マツのプッシュも絶妙やった。全社挙げてのきっつい取り組みが、最高の花ぁ咲かせたで。めっちゃ嬉しいでぇっ!」


 どうも、社長っていうとしかめっ面のイメージがあったから、こんだけ弾けてるのを見るとすっごいおもろいわ。そっか。きっついだけやだめなんやな。きつくても、それで花実がついたらこない嬉しいんや。せやから、きつくても耐えられる。上を向ける。

 野崎センセが警告してたハードルを上げるってこと。それは、わたしが同じ場所にいたら腐るってことや。別になあんにも特別なことやあらへん。同じことをやってたら、それは古くなる。腐る。せやから自分の出来ることを増やさなあかん。磨かなあかん。それだけのことやったな。


 わたしが作った、たった一個の紙模型。それが商品として世に出るんやな。わたしはぞくぞくするのと同時に、すっごい寂しさにも襲われた。そう。この前社長に言われたこと。


『喜ぶな。バイトは権利を主張できひん』


 うん。わたしは、あのパッケージを作ったって誰にも言えへん。自慢出来ひん。わたしは、嬉しさと悔しさを両方噛み締めながら決意を固めた。


「わたし。ここで仕事しよう」


 しんどいかもしれへん。途中で力尽きるかもしれへん。せやけど、創るっていう麻薬。わたしはどやってもそれに……抵抗できひん。わたしは、べろんべろんの社長の耳元でがなった。


「しゃちょー! わたし、ここでお世話になります! よろしくお願いします!」

「ほ? なんや今さら」


 社長がにやにやしながら言った。


「とっくに社員やと思っとったわ」


◇ ◇ ◇


 わたしは、辛うじて意識があるうちにバイト先に今日は調子悪いから休むって連絡を入れて、千鳥足で部屋に戻った。


 帰り際に社長に言われたこと。


「でんでん。卒制でちゃんとハク付けぇ。別に賞取らんでもかまへん。でんでんの作品見たやつに、おわあごっつすごいもん創るやつがおるねんなあって。そう思わせたらしめたもんや。惰性ややっつけで創るんやないでぇ」


 わたしは、それがすっごい嬉しかった。作品に自分の持ってるエネルギーをどこまでぶち込めるか。善し悪しよりも、そっちの方が大事や。そういうど突き。アッコのことでちょっとヘコんでた気持ちが、またむくむくと上を向く。やる気がぐわあっと沸き上がる。


 社長のことなんか言えへんくらいべろんべろんになったけど、なんとか自力で部屋にたどり着いて。着の身着のままベッドにばったり倒れ込んだ。


 わたしは最高の幸せを噛み締めながら……沈没した。


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