シーン30 爆発

 どうせシラフじゃでけへんやろ思て、つまみとグラスを用意しておく。わたしはいつもはビールだけやけど、今日はウイスキーを開けよう。ずっと前に買うたやつやから飲めるかどうか分からへんけど、どうせやけ酒用や。味なんかどうでもええやろ。


 十一時過ぎに呼び鈴が鳴った。


「アッコかあ?」

「うん……」


 この前のことがあったから、わたしはかなり用心深くなった。相手をしっかり確かめてからやないと、怖くてよう開けられへん。そろっとドアを開けてアッコを招き入れる。


「まあ、入り」

「うん」


 鼻のところにガーゼが絆創膏で止めてある。この前クリに殴られたとこやな。あれから泣いてばっかやったんかしらん、目ぇ腫れて真っ赤や。化粧してへん。髪もぼっさぼさやし、服もど地味や。今までのアッコじゃ絶対に考えられへん。何もする気にならへん言うか、相当ダメージでかかったんやろな。


「よう家ぇ出してもらえたな」

「でんでんとこ行く言うたら、しぶしぶ」

「少し落ち着いたん?」


 まだ、か。ふう……。


「なあ、アッコ。最初に言っとく。今度こんな騒ぎ起こしたら、トモダチの縁切るからな」

「う」

「心臓止まるか、思ったで」


 顔をくしゃくしゃにして、アッコがわたしに抱きついた。わんわんわんわん、声あげて泣くアッコ。ええやん。それでええやん。ちゃんと辛いことは辛い言わな、わたしら分からへん。へらへら笑ってごまかさんで、ちゃんと言わな。な?


 アッコが落ち着くまで、わたしはアッコの背中をずっとぽんぽん叩いてた。こどもあやすみたいに。


◇ ◇ ◇


 アッコが酒はいらん言うたから、二人して麦茶を飲む。


「なあ、アッコ」

「ん?」

「わたしな、ずーっとアッコのことで、気になってることがあんねん」

「何を?」

「アッコがちょっかい出すんは、みぃんな相手がいるオトコばっかや。野崎センセかてそうやろ? 小悪魔とか、ブレーカーとか、節操なしとか、みんなは好き勝手言いよるけど、わたしの目はごまかせへんで」


 ふう……。


「アッコ、あんた、誰かに寄っかかりたいんやろ?」


 返事を待つ。しばらーくしてから、小さな声で返事があった。


「……うん」


 やっぱな。


「彼女いる年上のオトコの方がしっかりしてるように見える。広くて大きく見える。そうなんちゃうか? わたし一人くらいどっかに置いてもらえる。そういう風に見えるんちゃうか?」

「……うん」


 そこやな。あんた、そこがどうしようもなく弱いんや。


「そらあ、あかんわ。言うたらなんやけど。あんたは今ハエや」

「どういう……こと?」


 ちょっと非難の口調が混じる。


「ちょっとええ匂いすると、すーぐそっちに飛んでいきよる。ぶんぶんぶんぶんこうるさくその周りを飛び回って。それを、いいなあって誰が思うねん?」

「う……」

「わたしは、あんたがどれだけ野崎センセに思い入れてるか、それは知らんよ。けどな、好きになってくれなきゃ死んでやるってのはハエと同じやないか。逆ぅ考えてみ? あんたなら、それで好きになるか?」

「……ううん」

「せやろ? 自分がハエになるのは最低や。自分が匂いに釣られて飛んでくんやなくて、自分のとこに呼び寄せなあかんやろ。それもハエやなくて、もっとましなもん呼ばなあかんやろ」


 持ってたコップをちんと弾く。コップですら、こやって鳴るんや。あんただって、ちゃんと鳴るんやて。それぇ、自分からぶん投げてどないすねん。ふう。


「クリにあって、あんたにないもん。それは自信や。それだけは、わたしらはどうにもしてやれへん。自分でこさえなあかんねん」

「どうすれば……いいの」

「自分で考え」

「そんなあ……」

「わたしが言うたら、それはあんたにとって借り物にしかならへんやろ?」


 今、小難しい話してん、何もアタマに入らんやろ。せやから、目の前きちんと見いや。


「とりあえず、卒制まじめに考え。ちゃんとそれぇきっかけにせなあかんやろ。一人でやるにしてん誰かと組むにしてん、アッコがちゃあんと自分持ってへんと何も出来ひん」

「うん……」

「わたしの分は誰かがやってくれよるやろって。そう考えてんなら、アッコ」


 わたしは指を突き付ける。


「あんたは終わりや」


 ばん! 銃を撃つ真似。


「卒制かて就活かてそうやで。人の人生やない。自分の人生なんやで? そこぉふらふらしとったら、自信なんか出てきぃひん」


 黙ってわたしの小言を聞いてたアッコが、ぽつんと漏らした。


「でんでんは……才能あるから」


 かっとなる。一気に頭に血が上った。唇をぎっと噛み締めて、そこが切れる。口ン中ぁ血の味がする。


 野崎センセの部屋でも、おんなじこと言いよったな。あの時は状況が状況やったから、わたしはぶちかましたかった言葉を無理やり飲み込んだ。今度ばっかは、我慢できひん!


「なんやてーっ!?」


 ごん! げんこをどたまに食らわす。


「だあほーっ!」


 情けなくて、涙が溢れる。


「あ、あのなあ、アッコ。才能あるやつがこんなに就活で苦労するか? 卒制で悩むか? ふざけんのもいい加減にせいやっ!!」


 わたしが涙見せたことで、びっくりしたんやろ。アッコが顔を伏せた。


「くそったれっ! おまえ、どこまで腐っとんねや! だあほーっ!」


 拳を握りしめる。ぶるぶる震える拳で目を擦る。


「アッコ。なんであんたは上を見ぃひんの? なんで、いっつも下ばっか見るの? 逃げてたって何も出来へんで? 頭使えやっ! 手ぇ動かせやっ! 自分創らへんかったら、何も出来ひんやろっ! 腐るだけやっ! だあほがあーっ!!」


 立ち上がったわたしは、手にしてたグラスを腹立ち紛れに力一杯床に叩き付けた。

 ぐしゃっ! 怯えたアッコの横で鈍い音がして、粉々になったグラスが部屋中に散らばった。


「帰れっ! 顔も見たないわっ! 帰れーっ!」


◇ ◇ ◇


 わたしは。ベッドに突っ伏して泣き続けた。


 昨日のシンヤといい、アッコといい、なんでわたしの足を引っ張んの? ぐだぐだと、しょうもないへどをわたしの周りに吐き散らかして。わたしかて、もがいてるんよ。見通しの利かへんとこで、手探りでうろうろしてるんよ。自分の場所はどこやろうって。そんなもん最初からあるわけない。創るしかあらへんやろ。そうやって何度も何度も自分に言い聞かして、もがいてるんよ!


 わたしは闇の中で大声で叫んだ。


「わたしを! わたしの場所を勝手に作らんといてーっ!!」


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