シーン24 シミュレーション

 目ぇが覚めたら、もう十時回ってた。昨日はごっつしんどかったなあ。どうせ今日は前期の閉講式あるだけやからこのまま寝てたいけど、休み中の制作室の使用許可もらいに行かなあかんのよねー。まだ作品の登録やコンペへのエントリーも確認してへんし。めんどいけど、ガッコ行かなあかん。野崎センセ、復活したんかしらん。まあ来てへんかったら、クッキーに頼むことにしよ。


 シャワー浴びて、焼き肉の臭いとおさらばして。気分転換に、久しぶりにきっちりメークして。さて、行ってこよっと。


◇ ◇ ◇


「やっぱかあ。ううー」


 ドアが閉まって鍵のかかった野崎センセの部屋の前でうなる。昨日の騒動があったから、警備のおっちゃんが鍵ぃかけたんやろ。センセは、まだめまいから回復してへんのやろなあ。隙間の呪いは、やっぱ猛烈にダメージでかかったってことやね。しゃあない。クッキーの方に当たろう。わたしは、書類を持ってクッキーの部屋に行った。


「失礼しまーす」

「おお、開いとるでぇ」


 クッキーの部屋にはわたしの前にもう先客が何人かいて、わやわや話をしてた。


「お、でんでんか。どないした?」

「休み中の制作室の使用許可申請書出しに来ましたあ。それと、作品登録とコンペへのエントリー確認をさせてもらおう思て」

「そか。野崎はん、沈没しとるもんな」

「はいー」


 クッキーが、パソコンの画面を何やらいじり回してうなずいた。


「どっちももう手続き済んどるで」


 わーお! 野崎センセ、仕事はやーい! ちゃっちゃっとやってくれたんやな。ありがと、センセ。


 クッキーが、まだ画面をじーっと見てる。


「まい_すぺーす、か」

「はい」

「塑像?」

「かなーと思ってますけど、まだ決めてません」

「単独?」

「はい。テーマがテーマやから」

「ははは、そやな」

「まだ中身が固まってへんので、模索中です」

「ふうん。でも、このテーマやと難しそうやな」


 あたた。やっぱなあ。


「それは野崎センセにも、面接に行った会社の人にも言われました」

「会社あ? そんなんプレゼンさせよったんか?」

「はい、くっそみそに言われましたけど、ごっつ勉強になりました」

「なんてとこや?」

「棚倉プランニングってとこです」

「うわあ……」


 クッキーが、ぱっくり大口を開けて絶句してる。


「野崎はんの推薦か?」

「はい。面接だけでん行ってみろって言われて」

「野崎はんもやりよるなあ。もう何人も潰しとんのに」


 うげえ。


 クッキーは、わたしの他に部屋にいた子たちをぐるっと見渡して、にやっと笑った。


「おまえら、でんでんはよう知らんやろ」


 みんな頷く。わたしも、その子らは知らん。CG科かなあ。


「でんでんは造形科やけど、こいつはほんまタフや。しんどいテーマにも平気で食い付きよる。そういう根性は見習わなあかんで」


 ぽかんとした表情で、みんながわたしの顔を見る。わたしもよう分からへんのやけどなー。


「ここの専門の子らは、みんな分かりやすいテーマを選びよんね。おまえらもせやろ?」


 うんうんて感じ。


「ぱっと見て分からんテーマに、どうやって形ぃ与えるか。見えない相手と相撲取らなあかんのやで」


 うん、そうなんよ。自分で決めたからあれやけど、むずい。


「それを面倒やて思ったら、それ以上のものは出来ひん。抽象から具象引っ張るんは、ほんましんどいでぇ」


 ぐ……えー。クッキーがそう言うと、はんぱなくしんどく感じるわぁ。


「でも、そっから出て来たもんは、どこをどうやってもそいつのもんや。真似やまやかしは入らへん」


 そっか! そういう風に考えるんかあ! むっちゃわくわくする。


「さっきでんでんが言うた棚倉言うんは、それの天才や。あいつの造形センスは群を抜いとる。中途半端なやつがあいつんとこ行くと、棚倉流に曲がってしまう。単なる真似こきが出来てまう。誰でもええ言うわけにはいかへんのや」


 む……。


「野崎はんが、それでもでんでんを送り込んだんは、でんでんにがちんこできる素地があると踏んだいうことやろ」


 ううう。あのごっつい社長とがちんこでっかー。とほほ。


 クッキーに確かめられる。


「もう棚倉の作品は見たんか?」

「いえ、そういう人だってゆーことも今初めて知ったんで」

「わははははっ! さすがでんでんや、どっしり構えてとるなあ」


 そういうことちゃいますがなー。


「まあ。一度ショック受けて来い。それで潰れるようなら、でんでんはそこまでや。でも、俺は行ける思うけどな」


 なるほど。そういやこの前行った時は、作品がどーたらとかなかったもんなー。


「あの、センセ。バイトもあるので、これで失礼しますぅ」

「おお、ご苦労はん。がんばってな」

「はいっ!」


 エントランスでベンチに座って考える。さっきクッキーに言われたことが、ごっつ気になった。棚倉さんて言う人は、どんなん作るんやろって。この前行った時に、いつでも来い言うとったよな。アポなしで飛び込んでみよか。


 わたしは決意を固めて、棚倉さんの会社に行って見ることにした。


◇ ◇ ◇


 ぴんぽーん。


「うーい!」


 ばたばたと騒々しい音を立てて、社長がぬうっと出て来た。


「お。なんやでんでんやん。どないした?」

「いや、この前伺った時に、棚倉さんが作られたもん見てへんかったなー思いまして」

「なんや。俺の作ったもん見たってしゃあないやろ。まあ上がれや」


 えらい素っ気ないなー。自慢するとか、見せてやるとか、なあんもなし。


 わたしが中に入ったら、リビングのダイニングテーブルで社員全員揃って何かやってた。おっさんばっかが、みぃんな背中丸めてこちょこちょ細工してるってのは、結構ぶっきぃやわ。


「ちょうど、フィギュアのパッケージ作っとったとこや。あんたもアイデア出し」

「ぐええっ! いっきなり実技っすか」


 そっかあ。それでこの前来た時も、部屋中に紙箱が散らかってたんや。


 わたしはテーブルの上を見る。フィギュアの大きさは決まってる。それを入れて、商品にくっつけないとなんない。窓からフィギュアが見えるように作る。必要なんは何か? フィギュアが傷まないような強度。大き過ぎないこと。中のフィギュアを食わないこと。そして……その箱がちゃんと面白さを主張すること。単なる箱ならどの会社でもできる。箱も込みで、こらええわって印象残せるもんをこさえなあかんてことやね。


 説明も何もなかった。でも変な話やけど、わたしはいきなり作業に没頭した。模型をいっぱい作る。それを目の前に並べてく。いくつか作っては、ぴんとこないものを潰す。黙々とそれを繰り返す。


 二時間くらい経ったやろか。


「そこまで」


 社長の声がして我に返った。


「回収する」


 机の上の紙模型が、さっと一箇所に集められた。そっから先は、この前のわたしのプレゼンと同じ。一つ一つの模型に、容赦無くクレームが降り注いでいく。おもろない。でかい。コスト掛かり過ぎ。外注に出せへんほど複雑、目立ち過ぎ。地味過ぎ。強度不足……。次々にはねられて行く。最後に残った三つ。うち二つは棚倉さんのやった。


 それを見て、わたしは絶句した。これが……プロか。無駄のないフォルム。でも、マッシブな感じがする。中のフィギュアがおまけじゃないみたいに、ちゃんと高級感が出る。ボール紙の箱やで? ウソみたいや。


 でも。最後に残った一つが、わたしのやった。社長は、それをずーっと見てた。


「なるほど。さすが野崎が送り込んで来ただけあるな。ええ腕してる」


 おおっ!? お世辞でも嬉しい。


「どや? 佐々木」

「悔しいが、一番やな」

「マツは?」

「俺も一番やと思う」

「水野」

「ええセンスやな。社長のよりええわ」

「くのっ! 北村」

「すごいですね」

「最後は俺やな。……おまえのが一番ものになる」


 社長は、わたしを見てにっと笑った。


「なあ、でんでん。おまえ、紙扱うのがめっちゃうまい。塑像にこだわらんと、ペーパークラフトで行ったらどうや?」


 あっ! 思わず立ち上がってしまった。


「しょせん模型やと思うから、そのレベルのもんしか出来ひんねや。紙かて素材なんやから、そのポテンシャル使い切れば済むやん」


 うひょー!


「嬉しいっすー!」

「はっはっは。今回は、ちと一本取られたな」

「でもぉ、社長の箱の方がええ出来やと思うんですけどぉ」

「それだけ見たら、な」


 え?


「フィギュア入れてみ」


 同じフィギュアを箱に入れてみる。あ……。


「おまえのが、一番楽しそうに見えるんや。俺のはどうしても我が出る」


 社長は箱をぽんぽんと叩いて、続けた。


「でんでん。箱作る時に、最初に条件整理したやろ?」

「はい」

「それ出来るだけで、充分使える。俺がこの前どやしたことをこなし切った言うことやからな」


 社長は、座ったまま尻ポケットの財布を抜いて、それを開いた。


「バイト代や。この模型。俺が買い取る」


 えええーっ!?


「ひゃっほー!」


 嬉しくって、ぴょんぴょん飛び跳ねた。そしたら……。


「喜ぶな」


 社長が、ぴしっとたしなめた。


「バイトは、自分の作ったものを俺のもんやと言えへん。自分の魂売るのと同じや。それを喜んだらあかんねん。社員なら、それは俺が作ったって胸張って言える。きちんと権利主張できるねん。作ったもんにプライド持たなあかんで」


 うううっ。厳しー。


 社長は、わたしに万札を一枚渡してくれた。


「妥協せんと。血ぃ吐くまでがんばれ」


 その言葉と一緒に。


 ◇ ◇ ◇


 ロックローズでのバイト中。わたしはずっと上の空やった。そっか。自分の手の中から生まれて来るもの。それが羽ばたく瞬間て、あんな感じなんやろなーって。


「りのーっ! ぼさっとするなーっ」

「あ、すんませーん、てんちょー!」


 あかん、あかん。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る