シーン22 完全一致

 杉谷さんが帰った後。部屋のど真ん中にべた座りして、腕組みしたまま全力でうなる。


「ううー!」


 どないしょ。中村さんが示してる求人のイメージは、わたしの狙ってた線に近い。でも杉谷さんが言ったみたいに、クリエータとしての仕事は入らへんやろなあ。ただの事務員や。贅沢言ってる場合ちゃうんやろ。けど、やっぱ……なーんかそそらへんなあ。最初が最初やったしなあ。まあそれでん、面接だけは受けてみよ。乗りかかった船やもん。


 おっと。そろそろ出な、バイトに遅れる。また帰ってから考えよ。


◇ ◇ ◇


 ぐえー。めまい明けのバイトはごっつこたえるわー。くったくたになって帰って来て、ソファーに倒れ込む。せやけど、気分は悪ない。空振りばっかやと思ってた就活。動き出した。ずっしり悩んでた卒制。動き出した。これでほんまに夏を楽しめる気分になってきたわ。何も遊ぶだけが夏やあらへんもん。くったくたになるまで自分のエネルギーぶちまける。そういう夏があってもいいやん。


 よっしゃ! 今日の気分はビール! めまいのことがあって自粛してたけど、景気付けや。ええよな。


 賄い飯にビール。手元にスケッチブックを置いて、時々そいつに線を走らせながらご飯を食べる。げぷ。


 うーん。内向きかあ。まだエネルギーはあるけど、どっちゃ向いてっか分からへんていう感じやもんなあ。わたしはスケッチブックの上に鉛筆を放り投げて、ばたんと床に大の字になった。もう一つ。もう一つ、何かきっかけが欲しいなあ。わたしの顔をがつんと掴んで、無理くり外に向けさせるようなきっかけかモチーフ。


 そういや、杉谷さんはどういうとっから発想もらってるんやろなあ? 昼にもらった名刺。工房の方のカラフルなのを手に取って、じっくり見てみる。


 で。思わず固まった。


「え? ええっ? えええーっ!? どういうことやのっ!? これっ!?」


 最初にもらった事務所の方の名刺は、ごく普通の名刺やったから気い付かへんかった。


「杉谷さんの名前……」


 工房のは、名刺の下の方に名前の英語表記が小さく印刷されてた。それは……。


 『Shigeno Sugiya』


 わたしは慌ててパソコンをテーブルの上に乗せて開く。名刺に書かれているブログのアドレス。それを打ち込む。そして出て来たそっけないページ。まだ何の投稿もない、プロフもプロフ画もないそのページ。それは……わたしにコメをくれた『しげの』さんと完全に一致していた。


 がちょびーん……。ううう。わたしゃ七十近いおっさんつーか、じいちゃんを想像してた。こ、これだからオンラインの世界ってコワいねん。確かにそうやな。退職言うてん定年とは限らへんし。今日の杉谷さんの話し方はとってもオトナやから、あんま女っぽくない言うか。てっきり苗字やと思ってたけど、女性の名前でもおかしくないもんなあ。


 わたしは、もう一度名刺をじっくり見る。


『杉谷志花乃』


 これで『しげの』と読ますんかー。読めへーん。無理やー。うひー。コメくれた人とリアで会っちゃったよ。でも、向こうは気ぃ付いてないやろなあ。わたしのハンドルネームは名前と全然関係あらへんから。


 わたしは。二枚の名刺としげのさんのブログをかわりばんこに見て、頭を抱えた。


「うぎー」


 そうなんよ。コメくれたしげのさんと、杉谷さんは完全一致した。せやけどしげのさんに関する矛盾は何一つすっきりしてへん。十年前にはまだなかったリプリーズ。十年前どころか、もっとずーっと昔になくなってる栄進堂で働いてたってこと。そして……なんで、しげのさんがわたしのブログを見つけたか。

 わたしは、これまでブログにリプリーズの名前を出してへん。これまでの記事も見直したけど、リプリーズの名前は一度も書いてへん。それは何度も確認してる。じゃあ、何がしげのさんをわたしのブログに引き寄せたんやろ。偶然? 本当に偶然やろか?


 それは、どんなに考えても仕方のないことやった。今までは手がかりすらあらへんかったから、架空の世界のことなんやしそれでかまへんて納得できた。気味は悪いけどさ。でも、わたしは本人から答えをもらえるカギをゲットしてもた。そのカギは、わたしが使うても使わへんでもかまへんのやけど。


 ふう……。自分のことにまだなあんにもケリついてへんのに、しげのさんのことに首突っ込んでもしゃあないわ。パソコンをパタンと閉じて、ベッドにダイブする。


 どすん!


「わたしの見せ方、かあ」


◇ ◇ ◇


 そのまま。いつの間にか寝てもうてたらしい。あかん。肉の臭いついたまま寝るのはヤバす。ううー。よろよろと起き上がって時間を確認する。午前一時かあ。さかっとシャワー浴びて、歯ぁ磨いて寝直そ。そう思てベッドから降りたら、スマホの画面になにか浮かんでる。アッコからのメールかなあ。


 あり? アッコやけど、空メやん。ごてごて書き散らかすアッコらしないなあ。この前のことがあるから、書けへんかった? それなら最初から書かへんやろ。変なの。


『どないしたん? 空メなんて』


 それだけ打って、流した。その途端に今度は電話が鳴り出した。あり? 今度はクリか。


「うーす、どないしたあ?」


 クリの声が変や。上ずってて、猛烈に慌ててる。


「でんでん、でんでん、き、き、緊急事態やっ!」

「は?」

「アッコが遺書書いて、家出てん!」


 げげーっ! なんでこう次から次ぃ! んなこと言ってる場合やないっ!


「行き先は?」

「分からへん。アッコのとこに親から電話入ってへんの?」


 あっ!


「確認する。すぐこっちからかけ直すから待っといてっ」

「うん」


 わたしは慌てて着信を確認した。そっかー、マナーにしたままやった。いっぱいかかって来てるけど、寝落ちしてて気ぃつかへんかったんや。クリにかけ直す。


「悪ぃ。かかって来てた。マナーで気ぃ付かへんかったんやわ。書置きには、なんか書いてないん?」

「疲れた、死にたいって書いてあっただけらし」


 なあにが疲れたや、ぼけぇ! 振り回されるこっちの方がよっぽど疲れるわ! あかん。そんなん言ってる場合やない。さっさと探さな、ほんまにヤバい!


「なあ、クリぃ。アッコの親って、わたしらの他にも聞いて回ってるんかなあ?」

「いや、さっきお母さんに泣きつかれたんやけど、でんでんとわたしの連絡先しか知らへんらしい」


 あえ!? あいつ、ほんまに友達おらへんかったんやな。ったく、しょうもな。でも、仲の悪いクリのを知ってるってのは?


「ちょ、なんでアッコがクリのを知っとってん?」

「うちのおかんとアッコのおかんが仲ええんよ」


 あ、そゆことか。


 行き先を考えるなら、あの能天気なアッコが死にたい言う理由考える方が先や。わたしには、野崎センセとのこと以外思いつかへんかった。

 センセはアッコに諦めろ言うたらしい。あの口の軽いアッコが、わたしにすらずーっと隠しとった恋や。それだけ大事にしてたし、思い詰めとったんやろ。センセの拒絶は、アッコには耐えられへんかったんやろなあ。アッコがセンセに向かってできる最後のアプローチ。それが命を懸けることやったんやろ。好きになってくれへんのやったら死んでやる言うて。

 でも野崎センセは隙間の呪いで、めまいくるくるで倒れてる。ガッコには来てへん。空振りや。ってことは……。


 わたしん中で、そのシーンと予想がぴったり合わさった。


「クリ! たぶんガッコや! わたしすぐ行くさかい、クリも急いで来てっ!」

「分かったあっ!」


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