シーン20 アドバイス
それからしばらく。わたしもセンセも、ずーっと黙ってそこにいた。センセとアッコとのことや。わたしに口出しできることはなんもあらへん。わたしは黙ってるしかあらへんかったし、センセもそれ以上何も言えへんかったんやろ。
「なあ、でんでん」
突然、先生に話しかけられる。心臓止まるかと思った。
「は、はい?」
「今日、棚倉から電話が来た」
あ! そか。あのあと社長がセンセのとこに連絡入れたんやな。社長、わたしのことなんて言ったんやろ。気になる。
「えらいキツいこと言ってしもたから、謝っといてくれ言うてたで」
「いえ……」
ふう。あの時の苦い思いが、鮮明によみがえる。
「そのことでセンセに話しよう思て、部屋に行ったんですけど、いきなりアレで」
「アレってなんやねん!」
センセがむくれてる。
「棚倉さんとこですっごい刺激受けました。わたしの卒制へのダメ出し。どんぴしゃツボで」
「ほう」
「すごい人たちやなあと思いました」
「そっか。さすが、でんでんやな」
「え?」
「あいつんとこには、これまでも何人か学生送りこんどんねや。でも今まで誰一人あいつのど突きを耐えきったやつがおらへん。みぃんなそこで折れてしまいよる」
「うわ……」
し、知らんかったあ……。
「はっはっは。そっか」
センセは、ちょっと顔を上げてぽつりと言った。
「でんでんは、言われたことの中身ぃ汲み取ろうとしてるんやな。そらあ、ごっつうきついことやで。でもそれぇ踏み越えな、でっかいもんは掴めへん」
「はい」
「最近の学生はな、そこが弱いんや。誰かに否定的なこと言われると、否定されたことだけにこだわってしまう。それがなんでなのか、どうすればいいのかっていう、次のステップになかなか進めへん。だからぽっきり折れる」
折れる、か。そやな。確かにわたしも折れそうやった。でも……。
「棚倉はそこを気にしてた。あいつんとこに行くにしてん行かないにしてん、あいつが言ったことをなにくそってバネにしてくれへんと、ボロクソ言った甲斐がない言うてな」
「いや、ほんまに勉強になりましたー。それはいいんですけど……」
「ん?」
「わたしは仕事すんなら楽しくやりたい。それは楽するいうんとはちゃいます。自分を無理やり押さえつけへんでも出来るんかなあって、そういうのが気になるんです」
「ほう」
「棚倉さんとこは型がない。だから無理にはめられることはないと思うんやけど、いつも自分をぎりぎり絞り出し続ける元気が、ほんまにわたしにあるんかなあって。そっちが気になって」
「ははは、さーすがでんでんや」
センセがぱちぱちと拍手をした。
「せやなあ。型がないんやから、型がないなりにやりゃあいいと思うで?」
「どういうことすか?」
「今は、一つの仕事を死ぬまでやるっていう時代じゃないやろ」
「へ?」
「せやから、棚倉んとこで息が切れるまでやって、やっぱしんどいなあ思たら、止めたらいいやん」
「むむー」
「単純作業の事務をぐだぐだやって、つまらーん言いながら過ごすより、息が切れるまで突っ走って経験積んだ方が、俺はいいと思うで。壁にぶち当たるまで走らんと、自分のサイズが分からへんからな」
うん。確かにそうやな。
「まあ、他にも口があるかもしれへん。慌てて決めることはないけどな。あいつもそう言っとったやろ?」
「はい。来たいならいつでも来い言うてました」
「はっはっは。あいつらしなあ。あ、そういや、あいつに何言われたん?」
「えーと。テーマが内向きで辛気くさいって。それと見せ方考えなあかんて」
「ふう……。さすが棚倉やな。どんぴや。コンペがあるならってことやろ?」
「はい! そうです」
「まあ、それは俺がとやかく言えることやない。作品の本質に直結することやから、自力で解決せ」
「もちろんです。がんばります!」
「おう。期待しとるで」
ぐちゃぐちゃになってた自分の気持ちがいくらか整理されて、わたしのもやもやはちょっとだけ晴れてきたかもしれへん。
センセと話してるうちに、外が白んで来た。え? 白んで……きた? げえっ! しもたーっ! ちょ、ちょっと待って。今、何時? センセが、何でこんなに明るいんやろって顔してる。やば! 慌てて隙間を出たわたしに、センセも付いてきた。
「あ、センセ、わたし今日もう一社面接があるんで、授業ふけますんでよろしくぅ。相談に乗ってくれてありがとござましたー」
きょとんとしてるセンセを残して。わたしは走って地下鉄の駅に向かった。腕時計を確認する。午前零時半。隙間にいたんは、一時間半くらいかあ。で、もう地下鉄の始発が動いてるから、午前五時は回ってるいうことやな。
ううう、反動がごっつきつそうや。バイトまでに治まるんかしらん。とほほほほ。
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