シーン18 プレゼン
変な空気やったけど、昨日あんま食べてなかったからわたしもお腹空いてて、いっぱい食べてもた。
「おいしいおソバですねえ」
いや、お世辞じゃなくって本当においしい。安い乾麺茹でたのとは、全然違う感じ。社長さんが、コーラのゲップを吐きながら答えた。
「一応うまいとこの取り寄せたからな。メシくらいはいいもん食わんと、アイデアもよう出ぇへんやろ」
でも、にこりともしない。他の人たちも、ほとんどしゃべらない。ひたすら黙々と食べ続ける。クウキが重くてつらいわー。
すっごい量だったおソバがきれいになくなって、テーブルの上が片付けられた。全員着席の状態で、社長が社員さんをわたしに紹介する。
「俺は棚倉や。あとは北村、佐々木、松山、水野。総勢五人や。さて、ほいじゃ、卒制のテーマと狙いをプレゼンしてもらおうか」
この時やっと。わたしは、電話口で社長が勝負やと言った意味が分かった。社長は、わたしのプレゼンの能力を見るつもりやない。わたしが何を社に提供できるんか、そのネタ出してみぃって言うとんのやろ。それがつまらんかったら、ご苦労さんで終わりや。どんだけうまくできたかなんて意味ない。どんだけ自分を吐き出せるか。うん。がち勝負やな。
◇ ◇ ◇
「ふうん……」
わたしが、まい_すぺーすの説明をし終わった後。社の五人は全員腕組みして目をつぶった。すっごい異様な光景。
「じゃあ、いつもの行こか」
社長がそう言って、水野さんを指差す。
「せやな。おもろい発想やと思うけど、内向きやな」
う。そのもんやもん。
「佐々木は?」
「あかん。辛気くさ」
くそデブ!
「北村」
「そっすね。まだ見せるのが難しいかなあ……」
うぐぐ。
「マツ」
「俺も見せるのがしんどい思うよ。卒制って言ってもな」
とほほ。
「最後は俺だな」
社長がわたしの顔をじっと見る。
「はっきり言うわ。コンペに出す出さん以前や。論外」
ひい。それは、情け容赦なしやった。べっこりへこむ。
「あのな。まだラフの段階言うてん、ここでふらふらしとったらろくなもんにならへんで」
う……ぐ。俯いたわたしをさっくり無視して、社長がなんか写真を出してみんなに配った。あ、これっ! わたしが作った課題のかたつむりだ。
「野崎が、それぇえらく絶賛しとった。俺もそいつはごっつええ出来やと思う。そいつと、卒制のやつとの違いは何か。分かるか?」
あ……。分かる。いや、分かってしまう。思い知らされてしまう。く……。
「さっきのみんなの印象。二つに集約される。一つは内向き。一つは見せるのがしんどい」
「はい」
「この紙のでんでんは外向きで、しかもインパクトあんねや。これでも食らえって感じでな。見る人に挑みよる」
うん。作った時のわたしは、間違いなくそやった。
「でも、卒制のは、膝抱えて部屋の隅っこでちんまりしとんね。中のもんがよう出てきぃひん」
うう。き、きつい。
「コンペ出さんのやったらそれでもかまへんで。しょせん卒制やから。でも、コンペは勝負や。自分えぐり出して、とんがらかして、きっちり見せなあかんやろ? これでもかってな。そんな、目ぇが内向きになっててどないすねん」
く……。そっか。最初の立ち位置からもうヤバかったんやな。
「見せる、言うんもそうや。見せると見られるはちゃうねんで。俺らの商売もそうやし、コンペもそうや。ぎっちり見せたらな、話にならへんやろ」
涙が落ちて来る。木っ端みじんになる自信。
「ふう……」
社長が口をぎっと結んだ。それから、どこまでもきっついことを言い放った。
「俺らはな。隅っこでへらへらマスかくやつは要らへんね。そんなんゼニにならんからな」
悔しい。悔しいっ! きっついこと言われたんが悔しいんじゃない。それに言い返せないぺらっぺらの自分が悔しいっ!
顔がぐちゃぐちゃになったわたしの反応を全然見ないで、社長は淡々と話し続けた。
「さっき、俺らがいつものやつ言うたやろ?」
「……はい」
「今日はあんたにそれやっただけや。俺らは毎回同じことをする。それがうちの企画のスタートや。うちの会議じゃあ、誰かが出したアイデアを絶対にほめへん。くっそみそにけなす」
「どうして……ですか?」
「あんた、クソまみれの汚いケツなめられるか?」
ぶんぶん。思い切り首を振る。
「せやろ? 汚いケツは汚い言うたらなあかん。お世辞やなくて、ほんまにむしゃぶりつきたくなるようなケツになって初めて言える。ええケツしとりまんなあ」
ギャグだと思うんやけど、誰もにこりともしない。
「ケツはもともと汚いもんや。それをきれいやと言わせるなら、シミやら傷やら汚れやら、価値下げるような要素はとことん排除せなあかんねん。だから徹底的にダメだしをする。最初のハードル高くしとかな、中途半端なもんにメッキやら化粧やらして満足してまう。で、クライアントにあほかって引っくり返される。後の打撃がむっちゃでかいんよ」
社長が、ぎょろっとわたしを睨んだ。
「それが俺らの商売や。ものを売るんやない。企画を売るんやからな。中身はほとんどアイデアしかあらへん。そんなあやふやなもん、よっぽど魅力的でないと誰も買うてくれへん」
わたしに一つ分かったことがある。野崎センセは、社長さんがえらい変わりもんや言うたけど。ちゃう。社長さんはごっつ真剣なんや。そして、それを社員にも要求する。誰でも出来るわけやない。普通の会社なら、社に合わせろって言うんやろう。でも、ここには合わせる型がない。いっつも自分をぎりぎり絞り出して行かんとやってけへん。どえらいハードや。
わたしは考える。それは楽しいか? それで自分の場所が……できるか?
その後ずっと黙ってた社長さんが、もう一度口を開いた。
「でんでん。一つ言うとく。うちに来てくれるんなら、いつでも歓迎する。ただな、今の俺らのやり方を変えるつもりはあらへん。給料は基本、成功報酬や。外れたら水飲んで暮らさなあかん。しんどいで」
そう言って、すっと立ち上がった。
「さあ、仕事や」
他の社員さんも、みんな立ち上がって一斉に動き出した。誰も……わたしに声をかけへん。わたしはダイニングテーブルのところに一人。ぽつんと残された。
◇ ◇ ◇
アパートに帰って。ぼんやりテレビを見る。楽しい、か……。ああ、楽しいって、なんやろな。
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