シーン17 第一印象

 昨日のダメージから回復しきれてへんけど。だからってぼけーっとしとってもどうにもならん。まだラフ描いたりする気力が戻ってきぃひんから、昨日野崎センセに教えてもらったところに連絡取ったろ。話さしてもらえるかやなー。ほとんどのところは、電話だけで門前払いやから。


 ええと、棚倉プランニングかあ。名前はまともやな。今日は日曜やから会社やってへんやろなあ。まあアポ取るだけやし、かけるだけかけてみよ。だめもとや。


 電話かけたら、出ぇへんかと思ったのに速攻で出た。


「はい、棚倉プランニングですぅ。お世話になってますー」


 うわ、焦るわー。


「あ、あの。わたし穂村と申します。段度クリエイト専門学校の造形科三年です。野崎先生からそちらを紹介されまして、貴社のお話を伺いたいんですが、人事担当の方のご都合を教えていただけないでしょうか?」


「ぎゃはははははっ」


 いきなり向こうで馬鹿笑いしてる。なんやねん。むっとする。


「あほ。全部で五人しかおらへんとこに人事担当もクソもあるかいな」


 あ、そらそうだ。


「でんでんやろ? 野崎から聞いとるよ。そやな、ちぃと面通ししよか。履歴書なんかいらへん。そやなあ……」


 ちょっと考え込むような感じがあって。


「卒制のテーマは決めよったんか?」


 あ? へ? お? なんで、そっちに話行くねん。


「あ、はい」

「まだラフ段階やろ」

「はい、そうです。昨日決めたばっかなんで」

「ああ、それでかまへん。これからこっち来てプレゼンせ」


 げげーっ!!


「ああ、プレゼン言うてん、そんな大層なこっちゃない。説明してくれりゃそれでええよ」


 ほっ。


「あの、日曜なんですけど、構わないんですか?」

「かまへんよ。会社は休みやけど、俺は年中無休や」

「ええと、何時頃がご都合よろしいですか?」

「ああ、せやな。昼飯食いながらやろか。こっちで用意するさかい、十二時に社に来て」


 うわあ。ご飯食べさせてくれるとこなんか、初めてや。


「暑苦しいからスーツなんか着てくんなよ。軽装でええ。あ、俺は社長の棚倉や。他にも社員が出入りするかもしれへんけど気にせんといて」

「分かりました。よろしくお願いいたします」

「ああ、一つ言っとく」

「はい?」

「面接やないで。勝負やからな」


 ぶつ。


「うおっ。なんつーか」


 うん。野崎センセの言ったことがよーく分かった。確かに変わりもんやなーって感じがすっごいする。


◇ ◇ ◇


 軽装でいいって言ったから、普段ガッコに行く時の格好で家を出る。そんなに遠くないな。三十分くらいで着くやろ。


 名刺の裏に印刷されてる地図を頼りに、会社を探す。うーん、この辺りってほとんど一般家庭ばっかで、そんな社屋があるゆー感じじゃないんやけどなあ。町番表示を確かめながら、たどり着いたところは……。


「マンションやな。どう見ても」


 一階の表札を見て歩いたら、その一つに『棚倉』ってのがあって。その下に白プラにマジックで『プランニング』と書いたのがぺたっと貼ってあった。どわあ。えっらいチープや。大丈夫なんかなあ……。昨日のこともあるから、不安になる。マンション言うても、ほとんどわたしの住んでるアパートと変わらへんし。しゃあない。なんとかなるやろ。野崎センセの紹介やし。見かけによらず、まともなんやと考えよ。覚悟を決めて、呼び鈴を押した。


「うーい」


 どすどすと大きな足音がして、扉ががこんと開いた。出て来たのは、まあこれがまたすっごいおっさんやった。ほんとに野崎センセと同じトシなんかあ?


 もう頭が薄い。顔中無精ひげだらけ。着てるのはスーツやなくて、ジャージ。ごっつい黒フレームの眼鏡をかけてて、その向こうの目がまたぎょろっとでっかい。


「ああ、ご苦労はん。まあ、入って」


 腰が引ける。でも、ちゃんと会社やってる人なんやから……。


「済みません、お邪魔しますー」


 中は本当に普通の家となんも変わらへん。どこが会社なんだかよく分からへん。違うのは、部屋のあちこちにいろんな色、形の箱が転がってることだけやった。


「そこのダイニングテーブルのとこに座ってて、俺らこれからメシや。それ食ってから本題行こ」


 そういや、キッチンの方がなんだか騒々しい。うわ、なんか想像してたんとだいぶちゃうなー。わたしは、どないしたもんやろって感じで席に着いた。


「上がったでぇ! 運んでくれーっ!」


 キッチンから大きな声がした。バイトの癖で、無意識に立ち上がってそっちに行く。とほほ。職業病やな。いきなりキッチンに入って来たわたしにとまどうことなく、すっごい量のソバの入ったザルがどかんと手渡された。おおっとー。それをリビングに持っていって、テーブルの上に置く。後ろから丸顔小太りのおっちゃんが、食器とつゆを持って付いて来た。


「社長、北村は?」

「そろそろケンタから戻ってくるはずや。佐々木もさっき出て来る言うとった。マツは微妙やな」

「どこ行ってるん?」

「泉佐野や。マルサンの社長に日参かけとる。社長がゴルフに出る前に突っ込む言うとったからな。あそこからだと、戻るのにちと時間かかるやろ」

「せやけど朝一でしょ?」

「ああ。渋滞なけりゃそろそろなんやけどな」


 と。何も事情が分からないわたしの頭越しに、なんか打ち合わせされてる感じや。


 玄関のドアが、突然がこーんと音を立てて開いた。


「ぶひー、しんどー」

「お? 先にマツが来たわ。結構早かったな。おつー。どやったー?」

「まだ脈ありまんな。もっかい突っ込みますわ」

「いけいけやな」

「ははは」


 声のでっかい背広姿ののっぽの男。結構若い。続いて、すぐにもう一人。こっちはもっと若い。わたしと同じくらいちゃうやろか。


「ちーす!」


 手にケンタのでっかいバレルを持ってる。


「キタ、使うて悪かったな」

「いや、かまへんですよ。家に居てんヒマやさかい」


 そして、その後ろからでっぷり太ったお相撲さんみたいな人がのそっと入って来た。


「お、佐々木も来たな。全員揃ったか。おつー。まずメシにしよや。水野ー、コップとコーラ持ってきてくれや」

「あいよー」


 おっさんが、さっと立ってコーラを取りに行った。わたしも手伝う。そして、全員着席。そこで初めて、全員の視線がわたしに落ちた。うがあ。ど緊張。


「ああ、でんでん。これがうちの社の全員や。紹介は後からするさかい、まずあんたの自己紹介を頼むわ」


 ひええっ。しゃあない、開きなおろ。


「え、ええと。初めまして。段度クリエイト専門学校造形科三年の穂村理乃です。野崎先生にこちらを紹介されて、お話を伺いにきました。よろしくお願いいたします」


 挨拶したけど、だあれもリアクションせえへん。うっ。息が詰まる。


「ま。メシ食ってからにしよ」


 社長は、ぽいっとそう言うなり、いきなりソバに箸を伸ばした。


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