シーン16 嵐の後

 助けてくれる言うたクリの方が、わたしよりずーっとショックおっきかったみたいや。警察で事情聴取受けてる間も、ずーっと泣いとった。わたしは……泣く元気もあらへんかった。はよゆっくり眠りたい。そればっか考えてた。


 オトコの取り調べしてたっていうお巡りさんが、わたしたちのとこに来た。人の良さそうなおっちゃんや。


「あんたら、災難やったなあ」

「はい……」

「あのオトコなあ。札付きや。婦女暴行で懲役食らっとんのに、出てきた途端にまあたやりよった。手口も同じやな」

「手口、ですか?」

「せや。宅配の夜間配送のバイトして、一人暮らしの女に目ぇ付けよるんよ。それから、宅配装って押し入って乱暴しよった後に金目のもの奪って、ハダカの写真撮って脅しよる。警察にちくったら、この写真ばらまいたるで言うてな」


 うう。そんなん、しゃれに……ならんわ。


「未遂で済んだあんたは、ほんまラッキーやったってことやな」

「そのオトコ、どうなるんですか?」

「さあ、そらあ裁判しだいやけど、あんたらの前にもう何人か被害に遭ってるし、出所したばかりでまた再犯。しかも累犯や。強盗傷害、強姦、脅迫。二桁いくやろな」


 当分刑務所の中なんだろう。わたしはほっとする。


「裁判の時に証人で出てくれへんかって話になるかもしれへん。あんただけのことやないから、その時は頼むな」

「……はい」


 すぐにうんとは言えへんかった。ほんまに怖い。あの怖さは、そこにおった人にしか分からんやろ。


「クリ、ごめんな。こんなことに巻き込んじゃって……」


 クリの肩を抱いて謝る。少し落ち着いたんか、クリがぼそぼそと答えた。


「ううん。わたし、ちょっと甘く見てたわ。こんなおっかないやつが出てくるとは思わへんかった。せいぜい痴漢かなあ思ってたから」

「うん……クリ、なんもされへんかった?」

「刃物ちらつかされただけ。それでん、めっちゃ怖かったけどな」

「ふぅ。これでまあたカレシ出来ひんようになるわ。かなん」

「……そやね」


 世の中、あんなクズ男ばっかやない。それは分かってる。分かってるけど、前も今もわたしは外れを引いてる。自分から探しに行ってるわけやないのに、たまたま出会った男がみぃんなど外れや。それは運がないんか、わたしの見る目がないんか、分からへん。分からへんけど、当分カレシ系のことはええわ。おっかなびっくり探りぃ入れながらオトコ探すなんて、むっちゃ疲れるもん。せっかくの夏休みやけど、就活と卒制に集中しよ。


「なあ、でんでん」

「ん?」

「なんで、わたしが脅されてるって分かったん?」


 クリが冷静さを取り戻したんやろ。いつもの顔つきに戻ってる。ほっとする。


「わたし呼ぶのに、りのーって言うたやろ」

「うん」

「クリぃ、いつもはそんな呼び方しぃひんやん」

「あ、そうやった」

「あのオトコに、名前呼べ言われたんやろ?」

「うん。でんでんを油断さすつもりやったんやろな」

「それぇ、裏目だったってことやね。それとクリが笑っとったのもおかしい思たんよ。ヤバい状況で、警察に寄ってから来る言うとったクリが笑うか?」

「ははははは。そやね」

「クリが用心しぃ言うてくれたから、サインに気ぃ付けたってことやね」

「よかった……」


 はあっ。クリが大きな溜息をついた。


「あの時、でんでんがオトコに何かぶっかけたやろ。酸っぱい臭いしとったけど、あれなんね?」

「ああ、あれな。酢や」

「酢ぅ!?」

「そ。刃物持ってる相手に素手じゃあ逆らえへんやろ。それなら目ぇ潰したろう思て」

「うわ。さすがでんでんや。発想が違うわ」

「ふふふ。酢だけやったら効果低いかもしれへん思って、でんでんスペシャルにしたった」

「なんや、それ?」

「酢の中にな。日本一辛い黄金一味を一瓶突っ込んだった。あれはむっちゃ効くでぇ」

「うわ、もったな」

「そっちかい!」


◇ ◇ ◇


 現場検証やらなんやらばたばたあって。わたしが部屋でノビたのはもう夜やった。店長には事情を話して、今日明日はバイト休ませてもらうことにした。正直しんどい。ビニ弁食べて、ぼーっとしてたらスマホが鳴った。


「でんでん!」


 アッコか。


「なんか、大変やったみたいやね」

「かなんわ。強姦強盗やってさ。クリまで巻き込んでもた」

「ヤられたの?」


 こひつー。


「アッコ。今日はそれ系の突っ込みなしで頼むわ。ぼけられへん。キレてまう」

「う。ごめん」

「クリの助けもあったから実害なしやったけど。刃物出たからなー」

「げげーっ!」


 絶句してる。


「悪ぃ、今日はちょっと話すのしんどい。落ち着いたら後でかける」

「うん。分かった……」


 通話を切り上げて、でっかい溜息をつく。ふううっ。さっさと着替えよ。あ、そや。昨日からのばたばたですっかり忘れてた。


「店長、いくらはずんでくれたんやろ?」


 バッグから封筒を出して封を切る。


「えっ!?」


 五万も入っとる。これぇ祝儀ちゃうで。ほんまにボーナスや。ああ、店長。ありがとう。ごっつ嬉しいわ! ちょっと浮上。


「お? 他になんか入ってるな」


 畳まれた便箋一枚と、チケットみたいの。先に便箋を開く。


『りのちゃん、ほんまありがとな。うちに来るなら、マネージャしてもらいたいなあ思ってたんやけど、りのちゃんにも夢があるもんな。がんばってな。


 伊部 はじめ


 目頭が熱くなる。ぎっとぎとのスケベなおっさんやと思ってたけど、やっぱええ人やん。目を擦りながら、チケットみたいのを見る。映画かお芝居の券でも入れてくれたんやろか?


「な!」


 くそうっ! 感動返せえっ、馬鹿やろーっ!


「なんで、ラブホの割引券やの!」


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