シーン15 危ないっ!

 暑さと緊張でほとんど寝付けへんかった。ふらふらや。まったくかなんわ。脱いだ下着を乱暴に洗濯機に放り込んで、シャワーを浴びる。ふう……。


 せっかくゆっくり出来る週末。薄着でのんびりしたいけど、オトコに襲われる危険があるならなんとか時間稼がなあかん。窮屈やけど、きっちり着込むことにする。なんでこんなことに気ぃ使わなあかんのやろ。あほらし。


 クリに電話したら、先に警察に行って話をしてからこっち来るって。お巡りさんと一緒に来るんやろか。なんとなく。じりじりする。ふう……心配事があるから、制作の方に頭が回らへん。テレビ見るのも音楽聴くのも、外の気配分からんくなるからよう出来ひん。何もすることがあらへん。退屈やなくて拷問や。わたしは耐えられなくなって、パソコンを立ち上げた。


「うー」


 どないしよ。まだ自分のブログは見たない。でも、それしかすることがあらへんかった。ログインして、自分のブログのコメ欄を見る。最後のしげのさんのコメの後には何もなかった。なぜかほっとする。


 新規投稿にして、短い文章を打ち込んだ。


 『女は損や』


 うん。オトコやったら、こんなことは考えもしぃひんのやろな。力づくで言うこときかしたろって、そんな風に考えるんはたぶんオトコだけやろ。アッコを都合のいいようにつこて捨てたオトコ。わたしになんかしようと待ち伏せしてるオトコ。オトコがみんなそうやとは思わへんけど、わたしは身の毛がよだつ。


 リョウもそやったなあ。あいつも、優しさの仮面をすぐ外しよった。ただでヤれる女、そういう目でしかわたしを見ぃひんかった。あん時は、リョウがガキやからそうなんやと思ってたけど、たぶん……ちゃうな。

 わたしにカレシが出来ひんわけ。わたしはまだオトコを信じられへん。心根がみぃんなどす黒いんちゃうかって、そう思ってまう。


 はははっ。わたしもアッコのことはよう言われへんな。わたしは隠し事はせえへんつもりやけど、昨日アッコに話すまで、これまでのことを誰にもしゃべったことはない。アッコにはさらっと言ったけど、あれは……ほんまにきつかったんや。別れたことなんか大したことやない。わたしが、ただでヤれる女っていう風に見られてたことへのショック。そのダメージが今でも治ってへん。


 わたしは何も文章を足さずに。それをそのまま……アップした。


◇ ◇ ◇


 寝不足やったから、座卓に突っ伏して寝てもうてたらしい。ほんの三十分くらい。顔を上げて、のろのろとブログをリロードする。


 え!? こんな時間にコメが付いとる。しかも、また……しげのさんや。


『どうしたんですか? 心配です』


 おっちゃんに心配されてもなあ。コメの返しようがあらへんわ。わたしはノーパソをそのままぱたんと畳んだ。


「なんか、食べよ」


 冷蔵庫からプリンを出して食べようとしたら、呼び鈴が鳴った。クリが来たかな?


「ミナト運輸ですー。お届けものでーす」


 聞き覚えのある声や。ああ、扇風機届けてくれたあんちゃんや。それにしてん、届け物?

 いつものわたしなら、ぼけーっとドア開けに行ったやろな。でも、わたしはぴんぴんに張り詰めてた。わたしが中にいる気配がなければ、不在票入れて帰るはずや。今は誰が来てん出る気しぃひん。わたしは居留守を使った。


 何度か呼び鈴の音が続いた後で、大きな舌打ちが聞こえた。


「ちっ! 中にいるのは分ってんねやで、出てこんかいっ!」


 ぐっ。感じのいいあんちゃんやと思ってた自分の見る目のなさに、へどが出そうになった。


「けっ!」


 どかっ、どかっ! 何度かドアに蹴りを入れる音が響いてたけど、諦めたのか階

段を降りてく足音がした。ふうっ。緊張が解ける。でも、これじゃあ外に出られへん。クリはまだかなあ。怖い。待ってられへん。でも、どないして警察に言うたらいいんやろ。泥棒来た言うてみよか。


 生まれて初めて110番を押す。出た人に、アパートに泥棒らしい不審者がうろうろしてるから調べてくれって頼んで住所を教える。すぐに警察官向かわせますっていう返事をもらって、ほっとした。クリの言うた通りやね。はよ通報しときゃよかった。それにしてん、クリ遅いなあ。


 ぴんぽーん。呼び鈴の音の後で、のんびりしたクリの声がした。


「りーのー」


 あ、クリが来た。一気に緊張が緩む。急いで出ようと思って、そこで足が止まった。


「なんで、りの、やの?」


 わたしをりのって呼ぶのは、バイト先のなじみのスタッフだけや。ガッコの関係者は、せんせも友だちも、そろって『でんでん』や。クリだって、わたしを『でんでん』以外で呼びよらん。むっちゃ腹立つけど。


 ぞくっ。嫌な予感がする。


「ちょっと待ってー。今トイレから出たとこやからー」


 大声で言い訳を言って、こっそり忍び足でドアスコープを見る。ドアのまん前に立ってるのは、間違いなくクリやった。でも……表情が変や。笑顔は笑顔やけど。引きつってる。それにヤバい状況やから来てくれるって話なのに、笑ってること自体がそもそもおかしい。

 そっか。誰かに、いやさっきのオトコに脅されてるんちゃうか? 変な素振り見せんと普通にしぃ言われて。今は昼間やから、外でなんかあったらすぐに人が来る。オトコの狙いはわたしの部屋に入ることやな。部屋に入って中からカギぃかけてまえば、わたしもクリも出られへん。閉め切ってしまえば、中で少しくらい大きな声出してん、外に聞こえへん。


 どないしよう? 気の強いクリが言うこと聞いとるいうことは、刃物が出てるのかもしれへん。そんなん、わたし太刀打ちできへんよー。

 あ! そうやっ! わたしは閃いた。お巡りさんが来るまでの時間を稼げばええねん。せやから、クリを部屋の中に引っ張り込んで、その後ろから入ろうとするオトコを阻止すればいいんや。わたしみたいな非力なオンナでもできる対抗策があるわ。


 わたしは冷蔵庫を開けて、そいつをこさえた。


◇ ◇ ◇


「待たしてごめーん、クリぃ、今開けるからぁ」


 わたしはそれを片手に持って、玄関の鍵を開けた。がちゃっ。

 ドアチェーンを外して、少しだけドアを開ける。クリがなんか言おうとしてたけど、お構いなしに手を引っ張って部屋ん中に引っ張り込んだ。わたしがドアを閉めようとしたその隙間に、男が足を突っ込んできた。きらっと光るものが見える。やっぱナイフかなんか持ってる。わたしは突っ込まれた足を思い切りけり上げた。


 がつん!


 男が慌てて足を引っ込めたけど、今度は刃物を持った腕を突っ込んできた。ドアチェーンが外れてるから、力任せにドア引っ張られたら開いてまう。でも、その時がチャンスや。わたしはドアを押さえていた力を少し緩めた。


 ドアが一気に開く。にやにや笑ってるオトコの顔が見えた。その顔に向かって、わたしはそれをぶちまけた。


 ばしゃっ!


「うわあっ!」


 オトコが両手で顔を覆った。


「目がぁ! 目がぁ見えへん! このあまぁ!」


 でもその時には、もうわたしはドアを閉めてカギをかけてた。ふう……うまくいったわ。オトコがアパートの廊下でがなってるうちに、お巡りさんが到着したらしい。そいつ、刃物振り回してるしぃ。現行犯で御用。すぐにパトカーが何台か来て、大騒ぎになった。


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