シーン14 奇襲と待ち伏せ
ぎょえーっ! ど、どういうことやねん、これぇ!
気合い入れてバイトに来たけど、これって酷すぎないかあ? 店長が、何か割引クーポンでも出したんかあ? 席空き待ちの客がずらあっと並んどるやん。注文もスペ以外のががんがん出よるし、声が掛かってもすぐに対応できひん。
うひー、ぎづいー。ぎづいよー。ひーん。
◇ ◇ ◇
ふつーなら食事客が引けて飲みの客に変わる九時を過ぎても、行列は変わらへんかった。わたしぃ、これじゃもう上がるって言えへんわ。しゃあない。そのまま二時間延長。十一時にやっと黒服さんたちにバトンタッチや。
「てーんちょー、今日のはいったいなんなんですかあ? めっちゃきっついわあ」
「ああ、済まへんな。今日は開店五周年記念で、全メニュー三割引にしたったんよ」
あ! せやったんかあ。納得。
「五年経ったんですねえ。おめでとうございますぅ!」
「ははは、おおきに。ほんまにあっという間やったなあ」
店長がにっと笑った。
「りのちゃんには、その半分以上手伝ってもろたんやね」
「あ、そういうことになるんですねえ」
「うちの店がここまで続けられたのも、りのちゃんのお陰や。おおきに」
お世辞でも、そう言ってもらえるのは嬉しい。疲れも吹っ飛ぶわ。店長は足下のカバンをごそごそかき回すと、水引のかかった封筒を引っ張り出して、わたしに手渡した。
「今のスタッフには全員渡したんやけど、りのちゃんが最後やな。祝儀や」
わあい! 額がいくらか分からへんけど、その気持ちはごっつ嬉しいわ。そのままわたしを見てた店長が、ふっと小さい溜息をついた。
「もうすぐ卒業なんやな」
うん。そうやね。わたしも、ここのバイトがこんなに続くって思ってへんかった。今はガッコで授業受けるのと同じくらい、自然にわたしのセイカツの一部になってる。それが、変わるんやなあ……。
「あ、店長。ボーナスありがとうございます。また明日ぁ」
「ああ、お疲れはん。遅くなったさかい、気ぃ付けてなぁ」
「ありがとですー」
◇ ◇ ◇
くったくたに疲れてたけど、昼に野崎センセから就職の手がかりもらったしぃ、店長からボーナスは出たしぃ、卒制も動き出したしぃ、気分はごっつ良かった。明日から週末でガッコ休みや。朝寝坊してゆっくりしよ。
あ、しもた。また賄い飯もらってくるの忘れてた。まあ、ええわ。買い出ししたばっかで食べるもんはいっぱいあるから、適当になんか食べよ。
アパートに着いて、部屋の鍵ぃ開けようとして気ぃ付いた。
「なんやねん?」
わたしの部屋のドアの周りに、タバコの吸い殻がいくつか落ちてる。
「う……」
いややな。マナー悪いってだけやないわ。これって、どう見ても待ち伏せやろ。浮かれていた気分が、がくうんと冷える。なんやこれ……。
慌てて周りを見回すけど、人の気配はない。鍵を開けないで。ドアの前で考える。わたしの友達でモク吸う子は何人かいる。でも、わたしは男の子に住んでるとこ教えたことはあらへん。アッコもクリもモク吸わへんし、他の吸う子も急ぎの連絡なら携帯使うやろ。つまりガッコ関係以外でわたしを知っとるオトコ……やな。この前ベランダでわたしを見たったおっさんか? ありうるな……。
いやや。こういうのは勘弁や。どないしよう? とりあえず、部屋に入ってカギかけよ。おっかなびっくり部屋に入る。昨日アッコがばら撒いてった酒の臭いが、まだ部屋中にぷんぷんしてる。窓と玄関の戸ぉ開けて風通したいけど、怖い。しゃあない。今日はクサいの我慢しよ。
シャワー浴びてから、カップ麺を作る。今日はもう遅いし、これでええわ。お腹が空いてたのに、緊張してるから喉に詰まる。
「えぷ」
そのあとすぐに休みたかったけど、怖くて目ぇ冴えてもた。アッコにはまだダメージあるやろから、心配かけたないし。クリ起きてっかなあ。電話かけてみる。
「クリぃ? 遅くにごめーん」
「うーす。でんでんかあ? どないした? こんな夜中に」
ほっとする。
「うん。ちょい、相談したいことがあってさ」
わたしは、さっきのことを話してみた。
「ちょ。めっちゃヤバいんちゃうの? それって」
「うん。どないしたらええ思う?」
「そらあ、ケーサツに行った方がいいって」
「う……」
「びびってる場合ちゃうで、ヤバ過ぎや。明日午前中にそっち行くから、それまで誰も入れんとき。警察まで付き合ったるから」
「分かったー。ありがと。ごめんねー、夜遅くに」
「かまへんて。それより、ほんまに用心しぃや」
電話を切って、考える。ここは三階やから、ベランダ側から上がってくることはまずありえへんやろ。でも、一応用心のために今日は窓閉めとこ。暑いけど、しゃあない。玄関は鍵だけでなくて、チェーンもかけとこ。一人暮らしは気楽でええねんけど、なんかあった時ぃやばいんよね。アッコもクリも自宅やからなあ。こういう時だけは、それがうらやましい。自由の代償やなあ。
世の中がいいもんばっかでできてるんなら、わたしはどこにいてん居場所があるんやろう。けど、こういう時にふと思い知らされる。世の中、甘ないなーって……。
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