シーン08 時間の使い方
「うがあ、眠ぅ」
「どないしたん、でんでん」
「ちと、昨日の夜ぅ変な時間にテレビ見ながら寝落ちしてー、変な時間に目ぇ覚めてさ」
マクドで昼ご飯。うぃずアッコ。
「寝落ちって、珍しやん」
「なあんかめまいしてたから、ちょい調子悪かったんかも」
「めまいぃ? おーい、だいじょぶなん?」
「うん、薬も何も飲まんと、ほっといたら治ったわ」
「相変わらずタフやね」
「それしか取りえあらへんからねえ」
「おばはんかぃ」
「アメあるでぇ」
ぎゃはははっ! まあ、よくなったからええわ。笑えるし。メールをチェックしてたアッコが、携帯をバッグに放り込んで突然聞きよってん。
「夏休み、どっか行かへんの?」
くらあ。わたしが就活と卒制でどつぼってること知っとるやろが、こひつわ。でも、そういうのをさっくり無視すんのがアッコやからなあ。
「そりゃあ、行きたいとこはいっぱいあっけどさ。金はないし、暇もないっとくるわけよん」
「うーん……」
さっさと気付けよ。あほ。
「行くとしたら、どこいらへん?」
まだ言うか。
「んんー? 宮古とかいいなあって」
「沖縄?」
「そう。それも本島やなくてちっちゃい島ね。スキューバとかやりたいねんけど」
「へえ……」
「アッコはどないすんの?」
「海外行こう思ってるよん」
どっからそんな金が。
「財源どうすんの? バイトしとらへんのやろ?」
「ああ、親に卒業旅行や言うたるから」
去年もそう言って、どっか行ってへんかった? 甘ったるい親やなあ。うちのおかんとは大違いや。まあ、人は人。アッコも、わたし以外に仲のいい子があんまおらへんから、同行者探しとんのやろ。見つかりゃいいけどねい。
べちゃべちゃしゃべくり倒してるところに、クリがすーっと寄ってきた。なんやろ?
「うーっす。クリぃ」
「ちゃーす、でんでん。マグリット展行った? 今日までやでえ」
ああーーっ! 思わず飛び上がった。
「しもたあっ! そやっ、来てたんやな。すっかりど忘れしてたあっ! クリ、さんきゅ! あ、アッコ、またなあ」
「へーい」
浮かない顔のアッコ。困ったことに、わたしはアッコともクリとも仲がいいんやけど、クリとアッコが水と油なんよねえ。アッコもクリも個性っつーか、アクが強いしぃ。それが全く噛み合わへんねん。アッコの軽薄、クリの頑固。ぱあとぐぅやもん。わたしはちょきか? ははは。
あかん。そんなこと言うてる場合やない。ええと。午後一の授業受けて、速攻で出ればバイトまでの間に一時間は見られるやろ。ふう……。あんなに楽しみにしてたのに、ぱかっと忘れるなんて。相当キてるなー。
◇ ◇ ◇
どだだだだだだ。ひぃはぁひぃはぁ、ひぃはぁひぃはぁ。このくっそ暑いのに全力で走るんはつらいわー。っくしょー、汗引くまでどっかでひと休みしたいねんけど、そんな時間あらへんしぃ。きっつー。息が切れて、ぶっ倒れそうになって、ふと思い付いた。
「あ、そや」
リプリーズの横の隙間。そこに飛び込んで外を見る。早回しモード。あかん! 一回飛び出て、また入り直す。あかん、また早回しや。もう一度。今度は、景色がスローモーションだ。ふひー。やたー。
そっか。こういう使い方ができるんやね。役に立たへん思ってたけど、バカと何とかは使いようなんやなー。ここで十五分くらい休んでったところで、外では二、三分くらいのロスやろ。少し汗引くまで涼んで、水飲んで、化粧直してこ。ふーう……。
自販機で買ったペットの水を一気に喉の奥へ落っことす。ぐっぐっぐっぐっぐっ。ぷはあ。生き返るわー。
タオルを出して顔の汗を拭く。どうせ汗ですぐ化粧落ちてまうから、ファンデとリップだけちょっと直そ。コンパクト見ながら、せわしなく手を動かす。でも、アタマん中はもうあっちに行ってる。
マグリットの絵は、高校の時に来た騙し絵展でちょっとだけ見たんよね。その時にいっぺんに好きになった。惚れたわーって感じ。あれは騙し絵ちゃうよねえ。ありえへんのやけど、あってもいいかなあってものが見える。見せてくれる。小難しいことは分からへんけど、楽しいなあ、おもろいなあって思わせてくれるんよ。だから、本当はもっとゆっくり落ち着いて見たかった。味わって見たかったのに、わたしのあほー。
ふう……。よし、メイク終わり。汗も引いたし。ちょっと落ち着いた。さて、行こか!
◇ ◇ ◇
「ぐえー、きっつぅ」
「りのちゃん、おつー」
「お先ぃ、てんちょ」
「なんや、調子悪そやな?」
「さっきからめまいがねえ、くるくると」
「奥で休んでくか?」
「いや、帰って寝ますわ。明日ここのバイト休みやしぃ」
残念そうな顔の店長。奥に入ったら何されっか分からへんからなー。介抱やー言うて、どこに手ぇ伸ばして来よるか。油断ならんわ、ったく。それにしてん。治ったと思ったんやけど、このめまい。いややなあ。気分悪ぅ。
◇ ◇ ◇
「たでーまー」
帰り道、ずーっとめまいで気分が悪かった。途中、何回か戻しそうになったのをぐっと堪えて。なんとかかんとか部屋に帰り着いた。きっつー。かなん。
鍵開けようとして、何かドアに挟まってるのに気ぃ付いた。不在票?
「ああっ、しもたーっ!」
この前買って、配達を頼んだ扇風機。配送を今晩に指定してあったんや。やば! 慌てて、不在票の時間を確認する。五分前や。うわ、タッチの差やったんか。じゃあ、まだ近くにいるかもしれへんな。部屋に入る前にスマホで連絡先の番号にかける。なになに、ナカジマさんかや。
「……はい、ミナト運輸です」
若いあんちゃんらしいんが出た。
「扇風機の配送をお願いしてた穂村ですけどぉ。タッチの差やったみたいでぇ。やっぱ配送明日になっちゃいますかあ?」
「いえ、ちょうど今そっちを出たばかりなんで、引き返します。ちょっと待っててください。お届けしますので」
「すいませーん。じゃあ、お願いしまーす」
おお、助かりぃ! 今夜からあのクソうるさい扇風機とお別れできるかと思うと、
気分がもりもりっとアップする。お? めまいも治まってるしぃ。ふう。これで、晩ご飯も食べられる。えがったあ。
部屋に入って、ハンコを持って待ち構える。五分もしないうちに背の高いあんちゃんが、大きめの段ボール箱を抱えて登場した。
「ミナト運輸ですー。荷物持って来ましたあ」
「うーい、ご苦労様ですー」
ほくほく。受け取り票にハンコ押してる時にあんちゃんに聞かれる。
「こんな遅くまでお仕事ですか?」
「ああ、バイトやけどね。9時まであるから」
「事務系ですか?」
「そんな楽なのあらへんわ。ステーキ屋のウエイトレスさあ」
「そっかあ、そらあ大変ですね」
「お互いやん。おたくもこない時間まで。大変やろ」
「ははは。俺も、もう少しで上がりですわ」
「なんだ、あんたもバイトなん?」
「そうっす。夜のは時給いいんでね」
「ご苦労さん、やね」
「もう一踏ん張りですわ。ほんじゃ、失礼しまーす」
「お疲れさまー」
ぱたぱたと賭け足で車に戻って行く足音を聞きながら。わたしは後ろ手にドアを閉める。
「感じのええ人やったなあ」
◇ ◇ ◇
まあ。終わってみれば、それはそれでよしってことなんかなあ。マグリット展にも行けたし、扇風機の受け取りにも間に合ったし。湯上がりの体に、新しい扇風機の静かな風を当てながら。わたしは気分良く賄いのご飯を食べる。
「ふいー。極楽やー」
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