シーン07 めまい

 体じゃなくってぇ、なーんとなく気持ちが疲れてたんかなあ。せっかく録画しておいた韓ドラ、流しっぱなしで寝落ちしちゃってた。


「んがぁ?」


 ラブソファーから体を起こしたら、もう夜中の二時過ぎやった。あーあ、ソファーがじっとり濡れてる。汗とよだれやな。とほほ。


「ぶふぅ」


 汗でべったべたの体。きっしょいわ。夜中やけど、さっとシャワー浴びよう。下の部屋の人、うるさくしてごめんちゃいねー。


 ざああああっ! お湯じゃなくて、水を浴びる。体冷やしたって、どうせすぐに汗かくんやろうけど、ちょっとの間でもいいからすっきりしたい。


「ふう……」


 すっきりしたのはええねんけど。目がぴかっと冴えてもた。扇風機の位置を変えて、ベッドに向ける。ベッドの上に転がって、なーんもない天井を見上げる。


 あ、いかん。くらくらする。な、なんやろ? げっ! めまいや。


 珍し。目を開けてると、車酔いしたみたいになる。慌てて目をつぶって、横向きになった。あーあ、途中で目ぇ覚めちゃうとなかなか寝付けへん。めまいまでしてるしぃ。おかしいなあ。貧血とかはないはずなんやけどなあ。疲れとかのせいなんかなあ。ぶつぶつ言いながら、眠れそうな考え事を探す。あほ。考えたら眠れないやん。わたしのあほ。しゃあない……。どうせ眠れへんのなら、考えたくないことでも考えよ。


◇ ◇ ◇


 あの隙間。時間の流れが、他んとこと違ってる。それって、何か意味あるんかなーって。役に立つんかなーって考えてみる。


 例えばさ。あそこにタイムマシンがあったら。


 過去の失敗をやり直したり、もう会えなくなったじいちゃんばあちゃんに会いにいったり出来るよね。未来に行って競馬の順位見て来て、それに賭けてがっぽり大儲けとかさ。それで過去や未来が変わって矛盾するからどうのこうのって、なんかそんなんあったような気もするけど。どうせありえへん話やから、どうでもいい。

 けどなー。あの隙間じゃあ、わたしが時間をいじれるわけやないんよねー。わたしを乗せて流れてる時間の早さが違うだけ。あんま意味ないよなー。


 あそこの時間がゆっくりの時。わたしがそこで一年とか暮らしてれば、周りと何年かずれる。わたしは世の中よりトシを取らなくて済むってことだよね。でもなー、その間わたしはひっきーしないとなんない。しかも、わたしは浦島太郎になっちゃうってことやね。それまで自分がしてた仕事とか、トモダチとか、みぃんな失くしてまう。そらあ、ばからし。

 わたしを飛び越して過ぎてった時間に何があってん分からへんし、そこに戻って関わり直すことももう出来ひん。そんなん、ちょーつまらんやん。あそこの時間が早い時。もっと意味ないよなー。わたしは早くばばあになるってことやろ? そんなんいやや。


 そやって考えてみると。あそこの場所は変やけど、変だってこと以外の意味はあらへんなあって気付く。なあんとなくがっかりする。わたしが見つけた場所。わたしだけがヒミツを知ってる場所。それは、わたしのための場所みたいに思えた。だから怖いけど、行ってみようって気になった。


 せやけど。よーく考えたら意味ないんやね。あそこも、このクソ暑いアパートの部屋となんも変わらへん。そう。ここも、あそこも。


「わたしの場所やない」


◇ ◇ ◇


 三十分くらいでめまいは治まった。あー、しんどかった。でも、ちぃとも眠くならへん。もういい。ついでや。ブログ更新したろ。ベッドからむっくり起き上がって、ノーパソを開く。


 三ヶ月前から始めたブログ。専門の子らで友達関係リア充してっから、こっちは自己満のこっそりブログなんよね。ええやん。ちょっと、自分だけの秘密の小部屋っぽい感じでさ。


 コメとか付けられたらどないして返していいか分からへんから、コメ欄閉じとこう思たんやけど。どうせ誰にも分からへんやろ。そのままにしてある。ガッコの周辺の景色とか。講義の感想とか。食べたもんとか。誰かに見せるためって言うよりわぁ、自分のメモみたいな感じで月に何回か更新してる。もちろん誰にも言ってへんから足跡もコメもない。ページビューも週に数回くらいやね。ええのん。それで。


 この前撮ってきたリプリーズの写真を並べて、短い文章を付ける。


 『時間が止まる。わたしは止まらへん』

 『ここは変わらへんけど、わたしは変わる……かな?』


 ははは。もやもやが、そのまま出てまうなあ。まあええわ。アップしよ。ぴっ、と。更新画面を確認して。ふわわ。やっと眠たなってきた。朝起きられっかなあ。


◇ ◇ ◇


 じゃりんじゃりんじゃりんじゃりんじゃりん!


「んがあっ! やっかましわーっ、こいつぅ!」


 あのなあ、目覚まし時計に当たったってしゃあないやん。自分に突っ込みを入れるけど、やっぱ眠い。いらいらする。


「ちぇー」


 よろよろ。


「くっそー、今日もかんかん照りやん」


 ぐったり。朝っぱらからこれかよ。萎えるなー。うー、何着てこ。頭ん中がまとまらへん。ま、ええわ。てきとー、てきとー。


「あり?」


 トート抱えて部屋出ようとして、気ぃ付いた。座卓の上が明るい。


「あかん。パソコン付けっぱなしやった」


 ログオフだけでもしとかんと。何の気なしにリロードしてからログオフしようとして、手が止まる。


「うわ。コメ付いとるやん」


 初コメやな。誰やろ? あ、いかん。遅れる。あと、あと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る