シーン06 ごついバイト

「りのーっ!」

「はいっ!」

「2卓、オーダーは?」

「スペツー、グラビワン、オレワン!」

「おっけ!」

「よろしくぅ!」


 伝票をボードに挟み込んでカウンターに置き、空いた卓を片付けに行く。午後五時を回ったら、本格的に店が混み始める。今日も大忙しや。皿を山のように腕に乗せて戻って。それを食洗機にぱっぱっと放り込んで、厨房から出来上がったのを受け取って、配膳に行く。


「お客さま、お待たせいたしました。本日のスペシャルセットでございます。プレートが大変お熱くなっておりますので、お気をつけ下さい。グラスビールのお客さまは?」


 ちょいトシいった感じのお姉さまつーか、おばはんがのそっと手ぇ上げた。


 なんだ、オトコの方やないんかい。そんな表情見せたもんなら、どういう突っ込みが入るか分かんないんで、にっこり笑ってビールを前に置く。つーことは、このおっさんの方がオレンジジュースか。はい、スマイルはサービスねん。お代わりはあらへんけど。


 おし。2卓完了。ここの客は尻が重そうやね。わたしはその分楽ができる。やれやれ。


「りのーっ!」


 おっと。


「はーい!」

「5卓、スペ上がっとるでーっ!」

「すんまへーん!」


 ゆっくりしてられへん。ばたばたや。


 これからどんどん戦争モードに突っ込んでくレストラン、ロックローズ。レストランなんて言うてるけど、そんな洒落たもんやない。まあステーキハウスに毛の生えたようなもんやと思う。

 でも、この店はちょっとおもろい。何せ営業時間がめたくそに長いんよ。午前十時に開いて、日付け変わった翌日午前二時に閉まる。チェーンの24時間ファミレスとちゃうんねんで。普通の店やで。めっちゃタフや。わたしは高校の時からここでバイトしてっから、もうベテランてことになってる。


 店長の伊部いべさんは、どっこまでもぎとぎとと脂ぎった中年のおっさん。せやけど、その油がよう残るわなあと思うくらいがっつり動き回る。ごっつエネルギッシュな人なん。そしてアイデアマンでもある。


 この店のめっちゃ長い営業時間には、ちゃんとわけがある。午前十時から午後二時まではランチメインで、昼飯リーマンがターゲット。それ以降夕方までは、子連れママさんたちを狙った軽食メインでワンディッシュスタイルになる。

 午後五時以降九時まで。ちょうど今わたしが動き回ってる時間がディナータイムで、そっから酒が出始める。でも、まだ食べる方がメインで、店は食事客でごった返す。食事客が引ける九時から閉店までは、店はバーになる。ほとんどの客は飲みに来る。

 店のメニューも、客層も、時間帯によってすっぱり変えてくっていう欲張り。でも、それは見事に当たってると思う。どえらい繁盛してるもん。


 それはええねん。問題は、バイトにはごっつきついってことやね。特にお昼のランチタイムと夕方のディナータイムは、体力のない子には絶対にこなせへん。

 基本、ステーキハウスやから鉄板ベースで食器がみんな重い。非力な子なら二人前とか最初から持てへん。バイト代は悪ないと思うんやけど、続く子は少ない。わたしはその点、思った以上に体力あったんやね。もう三年以上続いてる。店長にしてみたら、わたしはもう店の一部なんかもしれへん。わたしにはその気はないねんけど。


 わたしが高校から先、あんまお金でぎすぎすせんと済んでるのも、この店でのバイトが大きい。結構拘束時間が長い言うてん、もう生活の一部になってっからそんな違和感やしんどい感はないねん。ただ……。就職が決まったら、それも終わりやね。わたしの生活スタイルが、がらっと変わるんやろなあと思う。


 バイト前にリプリーズの隙間で変な体験してきたことなんかどっかに吹っ飛ばされたみたいに、仕事が次々どっかあんと落っこってくる。忙しくばたばたと卓の間を走り回っているうちに、いつの間にか交代の時間になった。ふひー、今日も乗り切ったでー。


「店長ー、りの上がりまーす!」

「おう、ご苦労はーん」


 キッチンから、ぬっと店長が出て来た。夕食時が過ぎたから、キッチンも一段落なんやろ。


「ああ、りのちゃん。この前のハナシ」

「ぶぶー」


 この前の話。そう、最後のシフトに入らへんかっていう誘い。二時まではないにしても九時から十一時までの二時間、フロアに出てくれへんかっていう相談やった。そらあ、あかんわー。確かに遊ぶお金は欲しいけど、それを無理くり時間と取っ替える気はあらへん。今は就活もあるから、夜はできるだけ自由な時間を確保しときたいねん。夜更かしはお肌にも悪いし。へへ。


 やりたない理由は、それだけやない。最後のバータイムは客層ががらっと変わる。はっきり言ってガラが悪い客が多い。ヤの字も来るしぃ。みんな酒入ってるんやで? わたしは、バーのホステスちゃうよ。あくまでもフロア係なんやから、酔っぱのおっさんたちになんぞ色っぽいサービスせーって言われても、そんなんよーでけへんわ。店長も、そこいらへんがちょっと常識外れてる。バイトの子が長持ちしいひんのも、そのデリカシーのなさが原因やと思うなー。まあ、わたしは慣れたけどさ。


「てんちょー。前も言ったやないの。わたし、就活あるから忙しいの。今でも相当がんばって来てるんやから、これ以上負担増やさんといて」

「うーん、そっかあ。おっしいなあ」


 くら、おっさん! 何が惜しいや、どあほ。


「りのちゃんの就職決まらんかったら、うちでいつでも引き取るさかい」

「てんちょー、そんな縁起でもないこと言わんといてっ! 廃品回収やないんやから。ほんま、しゃれにならへんわ!」

「はっはっはー」


 笑ってる場合ちゃうねん。くっそー。


 スタッフルームで着替えて店に出たら、黒服さんたちがぞくぞくと配置に付いてた。店長は女の子置きたいんやろうけど、それはやっぱ無理やと思う。キャバクラにすんなら別やけど、昼の店のイメージとの兼ね合いもあるから、それはできひんでしょ。女の子立たすなら、せいぜいバーテンさんまでやろなあ。フロア係は、やっぱオトコの子の方がええ思うわ。


「りのさん、上がりっすか?」

「そ。今日もしんどかったわー」

「お疲れさんす」


 話しかけてきたのは、黒服の中でもいっちゃん新しい子。シンヤいうたかなー。よう覚えてへんけど。


 時間帯と仕事の内容から、最後のシフトのバイトはびみょーな位置付けになるんよね。水商売に片足突っ込んでる感じになるから。単純にお客さんにお酒運んでおしまいーやないんよ。酔っぱのお客さんを上手にあしらうテクがいるねん。それは、未経験の子にはなかなかこなせへん。だから、それなりに経験のある子が多い。

 ここは根っからの水商売って感じじゃないんで、こてこてのところよりは気楽なんやろうと思う。繁盛してるってことは、どこにコネが落ちてるか分からんてこと。黒服さんたちには、たとえバイト扱いやったとしても悪くないんやろね。


 店長は、一見貢ぎそうでも実はシブちんばっかのおばはんより、ガラは悪くても金払いのいいおっさんを店に集めたいから、女の子を置きたいんやろ。でも。そりゃあ、なんぼなんでもムシが良すぎるわ。


「うまくやってるー?」

「そっすねー。おっさんばっかなんで、つまらんす」


 ぎゃはははははっ。


「じゃあ、がんばってねん」

「りのさんも、おつかれっしたー」

「うーい」


 シンヤのばか丁寧なおじぎを背中に感じながら、わたしは店を出る。さあ、はよ帰らんと。録画した韓ドラ見てるヒマぁなくなるぅ。


 あ! しもた。さっきの店長のバカ話に紛れて、賄い飯もらってくんの忘れてもた。とほほ。しゃあない。コンビニ寄って、べんとー買ってこ。


◇ ◇ ◇


「たでーまー」


 と言ったところで、誰も応えてくれへんクソ暑い部屋。窓もカーテンも全開にしてクウキ入れ替えたいんやけど、昨日のこともあるしなあ。カーテンばた付くのは覚悟の上で、窓だけ全開にする。あだだ、風ないわ。死んでもうてる。しゃあない。シャワー浴びて、扇風機回そ。昨日新しいの注文してきたから、この小うるさいのともいよいよお別れやし。しっかり引導渡したろ。


 服脱いでユニットバスに入ったところで、ふっと気付いた。


「くっさぁ」


 ああ、そっかあ。バイトやからこんなもんやと思ってたけど、さすがステーキ屋。肉の脂の臭いが、髪にもカラダにしっかりべったり染みついてるわ。うげえ。いつもの倍くらい時間をかけて髪と体を洗う。


 風呂上がり。着てた服とバスタオルを洗濯機に放り込んでから、弁当をチンする。ぴぴっ、ぴぴっ! 電子レンジを開けたら、さっきと同じ臭い。うんざりする。あーあ、焼き肉弁当なんかにすんじゃなかったー。くっさ。


 弁当を食べながら、録画してあった韓ドラを流し見する。筋なんかどうでもええねん。イケメンさんの顔のどアップ、もっと出してたも。いつもならそれで充分癒されるのに。今日はあかんかった。眠い。体が疲れてるんやないなー。なんやろ?


 わたしは食べ終わった弁当殻を座卓にぽんと放って。そのまま……オチた。


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