シーン02 スナップ写真
「ねえ、でんでん。イムぅの講義ん時、どこにフケとったん?」
込み合うマクドのいっちゃん奥に、ぶすくれたわたしとよーろれひーなアッコが向かい合って座ってる。
「あー、製図室で卒制のネタ考えとったん」
「ぐひひ。それぇ口実やろ。寝てたとみた」
「うむ。そうしたかったんやけどなー。邪魔者が入ってきたからねい」
「邪魔者ぉ?」
「そ。マギーのバカタレが」
「へえ。逢い引き? ってか、こっそりエッチ?」
とりあえずゲンコで殴る。きっちり。ごいん!
「いったあい、何すんのよー」
「しょーむない冗談は三日前に言わんかい、ぼけぇ!」
「ええー? いいネタになると思ったんやけどなー」
「なんでんかんでんネタにすんな。ったく!」
「じゃあ、何しに来たん? やっぱ、ヤれそうなオンナ探しに来たんちゃう?」
「おいー、まっ昼間っから話ぃシモに振るのはヤメテ。逆に萎えるで」
「げひひ」
「笑いごっちゃないわ。あいつに抱かれるくらいなら、ルンバか回転モップの慰みもんになった方がまだましや」
「言うなあ……」
「あんな血管の中に冷えピタの冷却ジェルの流れてそうなオトコは、論外やろ」
「クールじゃん。夏向きでええなあ。あたし、メンがよければ冷血でもいいー」
「はいはい。イグアナとでもファックしてちょ。がんばってねい」
アッコがにやっと笑って、唇の周りについたケチャップをべろんとなめ回した。まんま爬虫類やん。えろーい。
アッコから目を離して、ごった返す店を見回す。専門の子らが、うんざりするほどいっぱい来てる。それ見て、思わず愚痴をこぼしてまう。
「それにしてん、リプリーズが潰れたんは痛かったなー」
「せやねー」
リプリーズっていうのは、ガッコのすぐ近くにあった喫茶店だ。アンティークなものが店内に目いっぱい飾られてて、好きな人はどっぷりはまるし、嫌いな人にはめっちゃ気味悪いだけの店。あ、わたしは好きな方ね。店の中が全面セピア色って感じで、独特なムードがたまらなく好きやった。マスターはごくふつーのおっちゃんだったけど、ランチ安かったし、コーヒーとかもまあまあやったし。地味な店やから知ってる人だけって感じだったけど、わたしもアッコもクリもよく行ってた。
ただねー。客の回転悪すぎ。はまり込む感じで居心地いいから、コーヒー一杯でみーんなでろろーんと粘ってまう。いつまで続くやろなあ、アブナいなあ思ってたらやっぱし潰れよった。建物は今でもまだ残ってっけど、店は閉まったまんま。
うちのガッコはビジネス街のど真ん中にあって、しかも学内に売店もカフェテリアもないときてる。この辺りはもともと飲食店少ないとこに持って来て、店がどこも高いとこばっかしやもん、ガクセイにはきっついわ。自然と、百円系充実してるマクドにみんな集中してまう。リプリーズ閉まっちゃってから、お昼がほんま味気ないんよ。ちぇー。
「ねえ、でんでん。あの跡なんになるんやろね」
「さあねえ。学生向けのメシ屋ぁ期待したいけどなー」
「あほー。出来た頃はあたしら卒業やんかー」
「さいでしたねー」
空にしたポテトの袋をくしゃっとひねって。わたしは席を立った。
「アッコ。わたしバイトあるからお先ねー」
「うーす。また明日ー」
「おー」
◇ ◇ ◇
暑いー。ぎんぎらぎんだ。
もうちょっとで夏休みやけど、卒制や就活に追われてるわたしたちには関係あらへんもん。高校の時と違って、遊びで夏を使えるって感じはせーへん。そこが、ちょっともったない気もする。でも使える時間限られててん、この夏は一度きりやしぃ。したいこと、出来ることはいっぱいあるよね。ぼちぼちどうすっか考えよっと。
リプリーズの前を通りかかる。本日閉店のタグがぶら下がってる。本日やなくて、これからずっとやのに。すっぱりと断ち切られてしまった日常。まだ、店で飾られてたアンティークがそのまま窓際に並んでて、それが妙に切ない。止まってしまった時間。動いて、その横を通り過ぎてくわたし。その対比。
わたしはバッグからスマホを出して、店の窓辺の写真を何枚か撮った。今のわたしを彩ってくれた場所と時間。特になーんにも印象的なことは起きひんかったけど。それでもここは、わたしのお気に入りの場所やった。
ぱしゃっ。ぱしゃっ。ぱしゃっ。
うん。後でブログにアップしたろ。そう思って、撮った画像を確認しようとしたんやけど。こらあかん。まぶし過ぎて画面がよう見えへんわ。
店と隣のビルとの間。幅二メートルくらいの狭い隙間がある。わたしはそこに少し入り込んで、日陰を確保した。へえ。こんなちょっとの距離なのに、その隙間は涼しいし、雑踏の騒がしさが伝わってきいひん。ええなあ。わたしはほっと一息ついて、スマホの画像を確認した。うん、うまいこと撮れてるわ。
十数枚撮ったのを一つ一つ確認して。ついでに、しばらくセンチな気分に浸って。それから、スマホをしまって通りに戻った。その間ほんの数分。ほんの数分のことやった。
ああ……それはわたしが気付かへんかったら何の意味もないこと。わたしの夏をしっちゃかめっちゃかにすることが起きるなんて、そん時はこれっぽっちも思ってなかったんよ。
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