シーン03 なくした三十分
うげえ、ヤバかったー。なんかしらん遅れて、バイトの集合時間ぎりっぎりになってもた。間に合ったからいいけど、店長の機嫌わるなったかもしれへんなあ。とほほ。
それにしてん、おかしいなあ。アッコと昼食べて、その時にちゃんと時間確認したよねえ。リプリーズんとこで写真撮った言うたかて、せいぜい五分かそこいらやろ?余裕のよっちゃんで集合時間に間に合うはずなんやけどなあ。わたしの時計が狂ってたんかなあ。
腕時計を見る。部屋の時計と三十分もズレてる。あたたたた。こいつのせいかあ。わたしは腕時計を外して、時間を合わせ直した。くりくりくりっ……と。おし、これでええわ。やっぱ安もんはあかんのかなあ。百均で買うたやつやからなあ。せやけど一分や二分ならともかく、三十分は怠けすぎやろ。時計も暑さでぼけとったんかしらん。うけけ。
あ、そうや。忘れんうちに。スマホの画像をノーパソに転送しようと思って、首を傾げる。
「あれえ?」
スマホの時間表示も三十分遅れてるやん。
「なんやて?」
おかしい。それはどう考えてもおかしいやろ。腕時計か、携帯だけなら分かる。でも両方いっぺんに、しかも同じ遅れやて? 携帯の画像のタイムスタンプを確認しとこう。
「二時二十分か」
うん。こっちは、マクド出る時にわたしが確認した時間とほとんど違わへん。どういうことやねん? デンデンハコンランシタって、自分ででんでん言うとんのはあれやなあ。はははって、笑ってる場合ちゃうやろ!
待て。ちょっと待て。待たんかああああああい! って誰も先に行ってへんがな。ああ、いかん。暑さで乗り突っ込みにもキレがにゃい。うちわどこやったかなあ。ごそごそ。ああ、それにしてん暑いー。ぱたぱたぱたぱた。
おかんも下宿させてくれるんなら、せめてエアコン付いてる部屋ぁ契約してくれればええのに。ほんまどケチなんやから。けど、スポンサーには逆らえへんのが悲しいなあ。うう。
ぱたぱたぱたぱた。なんぼあおいでも涼しくならへんし、どたまの混乱は収まらへん。
「うがあああああああっ!」
とりあえず叫ぶ。冷蔵庫にまだ缶コーラが入ってたよな。アタマ冷やそ。
ばたん! ぱきっ! んぐっんぐっんぐっんぐっ! ぷはー! げぷしゅっ! ぶへっ!
あんまり勢いよく飲んだもんだから、ゲップと一緒に少し逆流して鼻から吹き出してもたわー。鼻からコーラを垂らすオトメ。
げほっ、げほっ。ティッシュ、ティッシュ。……。とほほ。あかん。だめや。体は冷えたけど、頭がちぃとも冷えへん。どういうこっちゃ?
うう。外の空気で頭ぁ冷やそ。夜になって風ぇ出てきたし、蒸し風呂の部屋ん中よりちょっとはマシやろ。普段は洗濯物干す以外めったに出えへんベランダに、サンダル突っかけてのしのしと出る。うむ。風が当たると汗が引いて気持ちええなあ。
「はっはっはっはっはっは!」
腰に手を当てて、高笑いする。銭湯で、風呂上りにフルーツ牛乳飲む前の気分やな。ふひー。と。向かいのアパートのベランダでタバコ吸ってた蛍族のおっさんが、呆然とこっちを見てて。わたしの視線に気付いて、慌てて部屋の中に逃げ込んだ。なんだあ? シツレイなやつ!
で。わたしも気付く。
「あかん。ブラとパンツだけやった……」
とほほ。
◇ ◇ ◇
クソ暑い部屋の中で、しばらくもんもんと悩んでた。冷麦作って、一気にすすって。その後白熊くんをかじって。ついでにシャワー浴びて、も一つついでに缶ビールを開ける。
「うー、あかんか……」
座卓の上に、腕時計とスマホを並べる。腕時計はさっき時間を合わしちゃったから、部屋の時計と同じや。スマホは時間いじってないから三十分遅れてる。
うん。なんぼ考えたとこで結論は同じやなー。あのリプリーズの隣の隙間。あそこにわたしがいた間の五、六分くらい。それが現実と合ってへん。実際には三十分以上経ってたのに、わたしの時計でも感覚的にもあそこに居たのは数分だけや。つまり、わたしは三十分間何もせんかった。その時間を損したってことになる。
もう一度、自分自身に確認する。わたしがぼーっとして、三十分立ちんぼしてたってことはあらへんよね。うん、ない。だったら時計も三十分進んでるはずやから。
む……。結論。
「アソコは時間がおかしい」
ぐへ。なんだよう。なんぼ暑いからって、いきなり怪談は勘弁だよう。ぶるぶるぶるっ。まあ。これっきりなら別になんの実害もないよね。わたしがバイトに遅れそうになったっていうだけや。単なるドジ話やん。
ふう。どないしょ。気味ぃ悪いから、もう近付かんとこか。うー。とりあえず、今はこれ以上考えんとこ。
さすがに寝る時はうちわじゃ歯が立たへん。おんぼろでうるさいからつけたないけど、扇風機を回す。
ぶぶぶぶぶぶ。風より音がたくさん届くおんぼろ扇風機にいらいらしながら。わたしはもう一つの。そして、もっとでっかい悩みに頭を抱える。
「卒制、どないしよ」
◇ ◇ ◇
もんもんもんもん。
ものすごくでっかい悩みやないけど。取っ捕まえて始末しちゃろう思ても、掴みどころがないっていうか、おならみたいな。不安とはちゃうんよねえ。黙ってたって時間は過ぎてっちゃうしぃ、自分はちゃんとその上に乗っかってるの。ぼけっとしてるわけやない。でも。すっきりせえへん。いつも気分の端っこの方がぼんやりほつれてて、ちっくしょうそいつ気になるぅみたいなさ。
あーあ。さっさと卒制のテーマ決めなあかんよなあ。どうせ時間割いてやるんなら、ええ加減にせんと突っ込みたいんやけど。どうすっかなあ。クリと組むのもいいかなーと思うけど、クリがばく進し出すとわたしがコントロール出来ひんのが辛い。
ベッドの上で転がり回ってうなる。
「うがー!」
あっついだけでもごっつネガになんのにさー。かなんわー。
突然。灯りを落とした部屋の真ん中で、座卓の上に放ってあったスマホがじこじこ言いながら回り出す。ああ、そういやマナーにしてあったんや。のたのたとベッドを降りて、出る。
「うーい、でんでんどぇす」
どうせアッコやろ。
「ああ、でんでんー?」
ちゃうな。誰や?
「チキだよん。これから飲みに行かへん?」
「ほ? どゆメンツ? ってか、女子会?」
「そだよん。あたしの他はぁ、びぃちゃんとぉ、ポメとぉ、りんりんまでゲットぉ」
「わたしが行けば五人かあ。なに? 単なる飲み?」
「んにゃ、カラオケどっかな?」
うむ。悪ないな。
「ええねえ。行く行く」
「すぐ出て来れるん?」
「どこ?」
「ぱんどらー」
「お、にゃるほど。すぐ行くわ。おっとっと。わたしは現地調達には付き合わへんからねい」
「ちぇー、付き合い悪ぅい」
「んなとこで流し網やってん、ロクな男引っかからんやろ」
「ノリよノリー」
「で、外れクジと」
「ぶー」
「じゃねい」
「うん、あとでねー。ばいびー」
おっしゃ。どこに居てん暑いんやから、ちぃと汗流してくっか。わたしはベッドから飛び下りて、もう一度シャワーを浴びに行った。余計な考え事もぜぇんぶ流してまえー。
ざあああああーーーーーっ。
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