「捨て去った想い」4
渋々
出たらそこはもうカラオケボックスの一室だった。バッと勢い良く後ろを振り返るも、イッタの部屋の扉は既に無い。場面が瞬時に切り替わるのは、現実味がなくて、夢の中に居るという事を思い出す材料となる。忘れかけていたけど、僕はユミさんの夢の中、記憶の中に居るんだ。
「あー、シャイボーイも一緒に来たー!」
大声に驚き再び顔を前に向き直すと、ユミさんの後ろ姿と、その先に男2人がマイク片手にソファーに座っていた。
「相変わらずくっらいなー、シャイくん」
そう言う男は、ウェーブがかった髪がしっかりとセットされており、黒のジャケットにジーンズ姿。小顔で目が大きく、
「ショウ、そういう言い方止めて」
ユミさんがそう答えたので、このイケメンが彼氏なんだと認識した。
「どうも」
ぺこっと軽く頭を下げ、まじまじとその男の顔を見る。あまり確かではないけど、会った事があるような気がした。それに向こうもそんな態度だ。
「座ろ」
ユミさんに腕を引っ張られ、ソファーに腰掛ける。
3人掛けのソファーが2つあった。部屋の奥のソファーにユミさんの彼氏、ユミさん、僕の順で座っている。そして離れたもうひとつのソファーに、彼氏の友達が座っていた。
「ごめん、イッタは具合悪いって」
気を利かせてか、ユミさんが彼氏にそう告げると、目も見ずに流すように言う。
「ああ、おまえの弟は暑苦しいからいい」
ユミさんが何かを言おうとした瞬間、扉が開き女の人が2人入ってきた。
「あー!噂の彼女が居るー。あれ、あの男の子誰?2人ともなんかちょー幼いんだけどー」
「本当だ可愛いー」
きゃぴきゃぴと高いテンションに、化粧が濃くてケバイ外見。僕が最も萎縮してしまうタイプの女性だ。その2人は、ショウという男の友達が座るソファーに腰掛けた。チラッとユミさんに目をやると、真顔でくすりとも笑っていなかった。
「大丈夫?」
小声でそう問い掛けると、キッと鋭い目で顔をこっちに向け、耳打ちをしてきた。
「大丈夫じゃない。あの女の人達、いつもショウと一緒なの。私が居ない時イチャついてる例の人だよ」
「例の人?」
「この間見せたでしょ?ショウのSNSにアップされたほっぺにチューの写真。そうやって怪しい行動ばかり取るから、イッタがショウをいつまで経っても認めないんだよ」
女の人達は最近流行りのアイドルの曲を歌いだす。
頭がガンガンした。踊り出して騒ぎ、おまけに僕に抱き付いて頭を撫でてくる。
香水臭いし、長い髪が顔に当たって痛い。この状況をラッキーだと思えない自分は、可笑しいのだろうか。苦痛以外のなにものでもなかった。
気付けば席も最初とは違いバラバラになっていて、離れた席ででショウって奴がユミさんの肩に手を回し、近い距離で何かを話し込んでいる。ユミさんの表情がふて腐れているので、彼氏が宥めている様子だ。
それを横目に見ていると、もう1人の男が僕の隣に座った。そして、歌う女の人達を指差しながら耳元でこう言った。
「どっちがいい?選ばせてやるよ」
「え、はい?」
「シャイくんどうせ経験ねーんだろー。あいつら男なら誰でもいいってタイプの、女神様たちよ」
「いや、僕はそういう気分では、ないんで」
するとその男は、酒臭い息を吐きながら大笑いし出す。
「なにビビってんの!ああ、そうか、金がねぇって感じ?ラブホ無理なら此処でいいじゃん。俺等出てくし」
僕とは価値観が全く違う人間だ。違いすぎて吐き気がする。
類は友を呼ぶ。この男も、あの女の人達も、きっとユミさんの彼氏だって。
だけど何故ユミさんは、あんな男と?
そう考えながらユミさんに視線を戻した時、何かに怒り出して立ち上がり部屋を出て行ってしまった。反射的に僕も席を立つ。
女の人達は、甲高い声で大笑いしていた。
「彼女、何か超切れてたじゃん!」
「ウケるショウ、何言ったの?」
ショウという男は、小馬鹿にする様にふっと鼻だけで笑う。
「先週おまえらと行った旅行の話しただけ」
女の人達は目を見開いて驚いた表情をした後、互いの顔を見合わせ再び大笑いし出した。一体何があったかは分からないけど、聞いても良いことはない気がする。
そんな事よりもユミさんが心配で、後を追うことにした。ぺこっと軽く頭を下げ、慌てて部屋を出た。
次の瞬間、見知らぬ繁華街に居た。空は暗いのに、辺りはネオンで華やいでいる。
僕は何故か、大道路沿いの道に突っ立っていた。
目の前には蛍光色で“
きょろきょろしていると、道行く人にぶつかってよろけてしまう。その時、20メートルほど先から、僕を見ている人物が居る事に気付いた。目を凝らしてよく見てみると、それはユウダイだった。
黒のパーカーのフードを頭から被り、表情ひとつ変えずにじっとこっちを見ている。
「何でこんな所に――。」
ユミさんの記憶の中に、新たにもう1人、僕の知り合いが出てきた。
だけど何故声を掛けてこないかは謎だ。ユウダイの元に行こうとしたその時――。
「ハル、嘘でしょ!?本当に来たの?」
振り向くと、黒のワンピース姿のユミさんが居た。化粧も少ししていて、肌の露出も多い。大人っぽくて綺麗だと思えたけど、無理して背伸びをしているようにも見えた。ユミさんが泣いていたからからもしれない。
「どう、したの?」
「さっきライン読んだでしょ?あいつ、私の目の前で知らない女とキスしたんだよ?」
「あ、あいつって」
「ショウに決まってるじゃん!」
ユミさんは隠さずにわんわん泣いている。子供のように泣きじゃくる姿を見ながら、不謹慎にも可愛いと思ってしまった。
「ねぇユミさん、何で、あんな男と――。」
「もう、ハルまでイッタみたいに説教するの?仕方ないじゃん、好きなんだもん」
僕の心は、何故かうんざりとした感情を抱く。
この感情を抱くのは初めてじゃない。切なくて悲しいけど、どうしようもない現実。変えたくても変えられない、勇気のない自分。それらにうんざりした感情だ。
そういえばと思い出し、ユウダイが居た方に目をやると、そこにはもう誰も居なくなっていた。あれは何だったのだろう。
「来ないでよ!私見たんだから!」
ユミさんの怒鳴り声に驚き顔を前に向き直すと、建物からへらへら笑ったダメ彼氏、ショウが出てきていた。
「ユーミー、おまえって本当構ってちゃんだよなー」
「誤魔化さないで!あんたなんか嫌い」
「あーそう、あの暑苦しい弟にでもチクる?」
「止めてよ!イッタのことそんな風に呼ばないでって言ってるでしょ!」
彼氏がユミさんの手を引っ張り、ユミさんがそれを拒むを繰り返している。
間に入ろうとしたけど、ダメ彼氏に止められた。
「おまえは部外者だろ、引っ込んでろ」
そう言ってユミさんの手を引き、少し離れた場所に移動してしまう。ダメ彼氏がユミさんの涙を拭う。そして、頭を撫でながら無理やり抱き締めていた。
僕はそれを遠目に見ながら、忘れていた感情を思い出していた。
あいつの言う通りだ。僕は部外者で、それでいて、部外者の道を自ら選んだんだ。
僕はあのダメ彼氏なんかよりも、もっともっとダメな奴だった。あの涙を拭う勇気もない。
だからユミさんは――。
その時、大きな光が空からゆっくり下りてくる。良いタイミングだった。僕はもう、あの2人を見たくなかった。
何故忘れていたんだろう?僕はユミさんに恋をしていて、あの彼氏には勝てなかったって事を。自己嫌悪で心が潰れそうになる。
光に包まれながら、そっと目を閉じた。
辛い事から逃げるかのように。
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