「捨て去った想い」3

――



――――





「こら!何寝てんの!?」


「いって!」


「え?」



またもや穴に落ちたような衝撃が脳に走り、頭を抱えながら目を開く。

きょとんした表情でこっちを見るユミさんが居た。



「痛いって、私殴ってないんだけど」


「これのせいで戦ってる夢でも観てたんじゃん?」



おまけにイッタまで居る。辺りを見回すとそこは、イッタの部屋だった。自分を含め3人とも制服姿で、並ぶように横に座っている。そして目の前にはテレビがあり、アメコミが原作の映画が流れていた。



「うお、姉貴、来るぞ!」



イッタはそう言って、ユミさんの肩を叩く。2人は待ち構えるように画面に釘付けになり、あるシーンになると声を揃えて台詞を叫んだ。そして、ハイタッチをして盛り上がっている。



「超かっけー!」


「何回観ても最高!」



きょとんとその様子を眺めていると、ユミさんに体を叩かれた。



「たまには混ってよ!この映画大好きでしょ」


「ハルも本当は混ざりたいんだろ?巻き戻す?」


「いや―― えっと、その、僕寝てた?」



そう言いながら周囲をくまなく見渡す。



コミックが大量に積まれた勉強机、開きっぱなしでほこりを被ったノートパソコン、統一性のないフィギュア達、その全てが、僕の知っているイッタの部屋だった。この部屋はまるで僕の記憶の中のようだ。ユミさんにもあった記憶なのだろうか。



「ったくよぉ、今日はこの映画にしようっつったのハルだろ?すやすや眠ってたぞ」


「本当、びっくりした。ハルがこれ観て眠るなんて。女子高生が主役のラブコメ観たとき以来じゃない?」



イッタは眉間にしわを寄せながら、首を傾げる。



「そんなん観たっけ俺ら」


「そりゃ覚えてないはずよ。2人とも大爆睡でちゃんと観たの私だけだからね」


「だってさー、姉貴のチョイスするもんって超かったりぃ内容が多いじゃん」


「イケてない女子がイケてるグループに入れられちゃうって話だよ?最初は良い子だったのに、どんどん擦れてって面白かったのに。恋愛要素が少なかったから、男子も観られると思ったんだけどな」



そういえば、確かにユミさんの希望でそんな話のラブコメディを観たことがある。冒頭まではちゃんと観ていた。だが、女子同士の蹴落とし合いに彼氏の取り合いが繰り広げられ、途中でうんざりしたのを覚えている。確かに、イッタがあんな女子全開の映画を観たとしたら、即行で眠るだろう。僕でさえ寝ちゃったわけだし。



それにしても、冒頭まで観たという記憶が現実と一致している。

それに、ユミさんがラブコメディが好きだという事も現実と同じだった。



僕はそれに毎回付き合わされて、大抵はちゃんと最後まで観る。お陰でラブコメディの映画に詳しくなって、傍からゲイだと思われそうで嫌だった。



「イッタは毎回ラブコメとなると寝るよね。本当は観たいのに選べないんだよね」



イッタはポテトチップスを沢山掴み取り、口いっぱいに頬張っている。



「だけどあれは最後まで観たじゃん。イギリスの女子高生が学校を仕切って戦うやつ」


「馬鹿ね、あれはただのコメディじゃん。それにイッタは、女装した校長先生役の人が面白かっただけでしょ」


「ぶっは!思い出しちった!」


「ちょっと、ポテトチップス吐き出さないでよ!あー、イッタのせいで映画が終わっちゃう」


「俺のせいじゃねぇよ!ハルのせいじゃん!」



言い争う2人を呆然としながら見つめた。凄く仲が良くて、見ていて微笑ましくなる。現実と変わらずにアホなイッタと、しっかりしたお姉さんタイプのユミさん。この2人の相性はピッタリに思えた。現実で姉弟きょうだいじゃないのが残念なほどだ。



そこでユミさんは突然、ハッとしたようにかばんを手に取る。



「あ、ちょっと待ってて」



そして中からスマホを取り出し弄りだした。その様子を見ていたイッタがため息を吐き、呆れたような表情で僕に目配せしてくる。その意図が全く読めず、頭の中はハテナだらけ。



イッタが何か言えよと言わんばかりに、表情だけで語り掛けてくる。え?と声に出さず返していると、仕方なくといった感じでイッタが口を開いた。



「電話禁止ー。どうせダメダメな大学生の彼氏からだろ?」


「ダメは余計だから。ちょっと待っててば」



その時、何かを思い出したようなハッとした感覚に陥る。



ユミさんに大学生の彼氏。心に何か引っかかりを感じた。思い出せないモヤモヤと、何故かショックを受けている感情が混ざり合う。何も言えずにいると、イッタがユミさんの電話を奪い取った。



「ちょっと、返してよ!」


「部活中は電話禁止ルールだろ?没収」


「じゃあ彼も部活に入れて。前から頼んでるでしょ」


「だから嫌だって言ってんじゃんか!俺あいつ嫌いだもん」


「イッタは好き嫌いが多すぎ!」


「姉貴の彼氏って全員クズばっか!選ぶ方がわりぃーんだって。それにこの部活の定員は3人だから」


「正式な部活じゃないでしょ!部員が他の人を勧誘したっていいじゃない」


「だからあいつは嫌いだって言ってんだろ?」



2人はスマホを巡って取っ組み合いになっている。怪訝な表情を作って2人を見つめ、止めなきゃと思いつつも、あるワードが気になって仕方なかった。



「あのさ、部活って何?」



意を決して問いかけると、2人はピタッと動きを止め、はあ?と言った。



「ハル、おまえ今更何言ってんの。そもそも部活とかおまえが言い出したんじゃん」


「この間から何なの?その記憶喪失の演技」


「いや、その――。」



2人に詰め寄られ、それ以上何も聞けなくなってしまった。

するとユミさんが、子供を宥めるような口調でゆっくり説明しだした。



「私はもともと帰宅部だったけど、2人が入学した時に、3人で同じ部活に入ろうって話したでしょ?だけど3人ともやりたい物がバラバラで意見がまとまらなくて、ハルがこの部活を思い付いたの。放課後に映画を観て感想を言い合うだけの、サークルのような部活をね」


「何ちゃんと説明しちゃってんの」


「だって最近のハル可笑しいもん。記憶障害の第一歩かもしれないじゃない。ちゃんと思い出させてあげないと」


「ハルなりのギャグなんじゃねぇの?」



イッタの手元にあるスマホがチカチカと光っている。

ユミさんは「あ!」と叫び、スマホを素早く奪い取った。



「もしもし?ごめんね、返信出来なくて」


「お、油断した!」



着信だったようで、ユミさんは受け答えしながら部屋を出ていく。



「姉貴ってマジ男見る目ねぇ。だろ?」



そう言って僕の肩をドンッと押した。



「おまえも何とか言ってやれよ!姉貴全然分かってねぇーんだからさ」


「あー、えーっと、彼氏がダメな奴だって?」


「それもそうだけどさぁ――。」



そこで言葉を切り、じーっと見つめられる。



「え、何?」



イッタは首を左右に振りながら鼻で笑い、再びポテトチップスを掴み取った。



「何でもねぇ。ハルは照れ屋な上に頑固で、変なプライドがあって認めねぇの知ってるから、俺はこれ以上首突っ込まないって決めてんの」


「はい?」


「ほらなー、出た出た!それだよそれ。俺にはバレバレなのに、いっつもそうやってしらばっくれやがってさー。ま、別に言いたくなきゃ良いけど」



ハッキリ言って意味不明だった。イッタが何を言いたいのかサッパリ分からない。おまけにこの世界での自分の立ち位置が見えない。



「あーあ、映画も気付いたら終わっちまったなー」



そう言われ画面に目を移すと、エンドロールが流れていた。そこでユミさんが、気まずそうな表情で戻ってくる。



「あの、さ―― これから、カラオケに行かない?」



イッタは眉をひそめ、ポテトチップスをもぐもぐと食べながら答える。



「あいつも来んの?」


「来るっていうか、あっちが今友達と駅前のカラオケボックスに居るみたいで、3人でもいいから来なよって」「断る!」



イッタは間髪入れずに即答する。ユミさんは唇を尖らせ、むすっとした表情を作った。



「イッタのバカ!どうして毎回私が弟にこんなに気遣わないとならないの?」


「はっはっはー、答えは簡単だ。姉貴の彼氏がくずだからー」


「もういい。私だけで行ってくる」


「それも断る!行くならハルも連れていくのが条件!」



そう言いながら肩に手を回された。



「ええ?ならイッタも一緒に来なよ」


「あいつ嫌いだから嫌だ!だけど姉貴1人は絶対ダメ」



ユミさんはふて腐れた表情のまま、じっとイッタを見つめている。



「いいよ。ハル行こう?」



そして、ぷいっと背を向け部屋を出ていった。



ユミさんの彼氏と一緒に遊ぶなんて、向こうも友達が居るとはいえ、絶対僕は邪魔者だし人見知りだからめんどくさい。



「イッタ、ユミさん怒ってんじゃん。いいの?」


「いいんだよ、しょっちゅうああなんだから。それよりあの男から引き離してこいよ!何なら奪ってきてもいいし」



そう言って力強く背中を押される。

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