第9話 デートの約束
月曜日、午後2時半、真知子はスタバへ向かう。仕事帰りなので、いつものブラウスにスカートだが、髪を結い直してバレッタを付けた。化粧も直して制汗剤も念入りに付けた。
小林智はガラス越しに見える席にすでに座っていた。注文したコーヒーを持って智の待つ席に行った。
「こんにちは、遅くなりました。」
「こんにちは。」
スマホのスイッチを切って智が笑顔を向ける。
「今日は、これから仕事?それとも休みですか」
「今日は、休みです。」
「今日も暑いですね。」
「ほんとにね。でも僕、暑いのは結構得意です。」
「そう!私は苦手。」
とりとめのない会話が弾む。こんなガラス越しの席で誰かに見られたらどうしよう、という心配も忘れてしまうほど、智との会話は楽しかった。
「ドカベン、調べてみましたよ、ちょっと聞いたことあるなって。そしたら香川捕手・・?が亡くなったときドカベンっていうワードが。」
智も野球が好きらしい。最も最近は地方でのプロ野球中継が減ったので、スポーツニュースとかワールドカップとかを見るくらいだという。
「高校野球はあまり観ないですね。ちょっと感情移入しすぎちゃうっていうか。スポーツとして観るにはプロ野球のほうがいいですね。」
真知子は結婚前はプロ野球中継をを毎日見ているほど野球観戦が好きだった。高校野球も好きで仕事を始めてからも、夜の「熱闘甲子園」は欠かさず観ていた。
しかし、結婚してからは、夫の充はスポーツ観戦に興味はなかったし、子育てやら何やらで野球中継を見ることも少なくなった。それでも、息子の智が野球を始めてからは、再び高校野球を見るようになった。
「私も、昔はプロ野球観てた。今は高校野球ばっかりだけど。いま、真っ最中だし。」
「あ、もしか、今日も観たかったですか?」
「いえ、いえ、そんなに夢中になってないから、暇な時に観る程度ですよ。今日は会うのを楽しみにしていたんです。」
言った後から、真知子は急に恥ずかしくなって
「もう、立派な社会人ですから。」と付け加えた。
野球の話でひとしきり盛り上がった後 コーヒーのお代わりを頼んだ時、智が「何か食べましょう。」と言った。智はマフィンを選び真知子はクッキーを選んだ。それぞれ代金を払うのかと思ったら、智がおごってくれた。
「やっぱり、男はレディにおごらないと」
真知子はその言葉が嬉しくて、拒否するのも忘れ はにかんでお礼を言った。
「マフィンは、よく食べるんですよ。このほどほどの甘さがよくて」
そのあと、コーヒーの話になった。智も真知子もコーヒー党でまた、話が弾んだ。
話が一区切りした時
「高橋さん・・・。この前、ライン交換して初めて名字知ったんですよね。」
私のラインの登録はフルネームだ。
「高橋さんって、いくつなんですか?」
このストレートな質問に、急に真知子は現実に引き戻される。
恋人とデートしている気分だった。でも、歳を考えれば相手はどう見ても10歳以上は年下だ。いや20歳以上は年下だろう。しかも真知子は結婚もしていて子供もいる。
「30過ぎたら、見た目が年齢ということで」真知子が答える。
「30代っすか?」
「まさか!!高校生の子供がいるんですよ!」
はっきりした年齢は告げなかったが、40代という事はわかってしまった。まさか50代に見えてるってことはないでしょね・・・と思いながら、今度は智の年齢を尋ねる。
「二十歳を過ぎたら見た目が年齢という事で」
はぐらかされてしまった。でも10代ではなかったことに少しホッとする。
「歳の話も出たし、そろそろ私、帰りますね。」
気が付くと2時間も話し込んでしまった。智との楽しい時間を終わらせるのは残念だったが、いくらなんでももう家に帰らないと。今日はどういうつもりで誘ってくれたのかわからないけど、ただの暇つぶしだったかもしれないけど、幸せな気持ちにさせてくれたことに感謝しながら、笑顔で真知子は言った。
「そうですね。もう夕方だ。高橋さんって、主婦ですか?」
智が聞いてくる。
「あ、家の近所のプラネットっていうレストランでアルバイトしてるんです。」
「そうなんですね。この前も同じような格好だったから、仕事帰りかなぁ、と。休みって決まってるんですか?不定期?」
「水曜日が定休日なんです。10時から午後2時までが仕事で、でもお客が少ないときは早くあがったりします。」
休みを聞かれて、真知子は胸が高鳴る。まさか次に会う約束・・・?
そのまさかが起こった。
「じゃあ、明後日の水曜日、デートしませんか?」
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