第13話 ドライブ

以心伝心、とはこういうことを言うのか、と真知子はうれしくなった。

智が運転しようというのを断って真知子が運転する。もし万が一事故になったときは怖いからだ。また、先日のように知り合いに見られても真知子の車を真知子が運転する分にはなんとでもいいわけができる。

「どこに行こうか」真知子は聞いてみる。

「水族館なんてどうですか?」

「水族館!!」

水族館まで、高速に乗って2時間くらい。少し遠すぎる・・・。行ったららずぐ帰ってこないといけない。でも知り合いに会う確率はほぼない。

真知子は少し怪訝な顔をしたかもしれない。

「あ、N市の水族館じゃなくて、市内のT水族館に。小さいけどなかなかいいんですよ。」

T水族館はN市の大きな水族館の立派さに比べると貧弱だが、ペンギンがいたりウミガメがいたり水槽もそれなりにある。休日なら餌付けショーもあるはずだ。市のはずれで、モールからは1時間ほどで行ける距離だ。

真知子も昔、夫と息子の智といったことがある。でもN市の大きな水族館の印象が強くてあまり覚えてない。

「わかった。行きましょう。道もなんとなくわかる。昔行ったことあるし。」

助手席に智を乗せて出発する。

車のエアコンはようやく効いてきた。古いタイプのカーステレオは真知子の持っている昔懐かしいCDから曲が流れる。普段あまり音楽は聞かないのだ。でももし沈黙になったときのために、音楽を流した。

「今日は平日だけど、海、混んでるかな?」

「海水浴場の道を通ると込んでるかもですね。I峠のほう抜けられます?そこなら、海水浴場を通らないで、いけるから。」

「I峠、行ったことないな。道案内してくれる。」

「了解です。このまま向かって下さい。案内しますね。」

真知子は新鮮な気持ちがしていた。デートなのに自分が運転していることが軽い違和感だった。智は話し上手で車内に沈黙が流れることはなかった。初めは後ろめたい気持ちもあり緊張していた真知子だったが、すっかりリラックスしていた。

これはデートじゃなくて、ただ息子を乗せているだけ。そんな気分になった。

「このままずっと一本道なので、そのまま行ってください。カーブが多いから気を付けて。」

I峠に向かっている山道。少なくなってくる民家が途切れると ラブホテル街がある。昔建てられた野暮ったい建物。昼間のラブホテルはみすぼらしく廃屋のように見える。そこを抜けると山道に入る。細くて急カーブが続く。新しい道ができてから、海に向かうのにこの道を通る人は減ったという。地元の人しか通らない。現に真知子もこの道を抜けて海に行ったことはなかった。道の片側に山の林が広がり、片側は草地になっていた。昔田んぼだったらしい。しばらく進むと両側が林になる。ところどころピンクな花が咲いている木がある。

「この木、ねむの木っていうんですよ。」

「そうなんだ、きれい。ちょっと変わった花ね。ふわふわして見える。」

「俺の母親がね。この花好きだったんですよね。ほら、結構枝張ってるでしょ?庭木にする木じゃないけど、この木植えるなら、広い庭のあるうちに住まなきゃだって言っててね。」

智は微笑みながら、でも静かな声で言った。

母親の好きだった花。きっと若い子とのデートだったらお母さんの思い出話なんてしないだろうと真知子は思った。たぶん自分が”母親”だから、こんな話も出るんだろう。さっき自分が息子とドライブしているような錯覚に陥ったことと同じく、智も母親とドライブしている気持になっているのだろう。

ピンクの花が車窓を過ぎる。もしかしてこの道は智が母親とよく通った道なのかもしれない。

青い空、白い雲、木々の緑、可憐なピンクの花、蝉の鳴き声、カーステレオの音楽、車のエンジン音。夏の今の風景のすべてを吸収しながら、真知子は自分が誘われた理由がわかった気がした。

母親だから、誘われたんだ。



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