#7
俺────茂野透とミネケンが仲良くなったのは、椎名がやつと『友達』になったと聞かされてからのことだった。
俺と椎名は昔から家が近所で親同士も仲が良く、互いが一番の親友だと呼べるような間柄だった。だから、そんなあいつが友達になったっていうなら、俺にとってもすでに友達だ。それからは毎日のように一緒んなって遊んでいたのを憶えてる。
ミネケンは本当に人見知りが激しくて、大人しい性格も災いしてか結構苛められることが多かった。
もちろん、その度に俺と椎名の二人で止めに入り、結局殴り合いの喧嘩なんてことも珍しくはなかった。見かけ通りやっぱりあいつはやられてばっかいたけど、それでも俺たちが疵付くといつだって本気になってくれたんだ。
そう、あいつはすごく優しい人間だった。そして時にぽんっ、と迷った背中を押してくれる、心強い人間だったんだ。
だから俺は今ものすごく、どうすれば良いのかが分からない────…。
『ちょっとその辺を散歩だよ』。
そういって茂野が施設を後にしてからもう、どれくらいの時間が経過したことか。いくら子供ではないといっても、治安の悪い世の中だ。しかも今の茂野の精神状態を思うと、尚更心配せずにはいられない。
椎名は焦る気持ちからじっとしていることができず、腕時計の針に目を落としてはうろうろと室内をさまよい続けるだけだった。
きっと、『散歩』だなどといっていたが、茂野の向かった先はどこかも分からない嶺月のところだ。これだけ時間が経過しているということは奇跡的に逢うことができたのか。それとも、他に何か特別な理由があったりするのだろうか。
これがただの取り越し苦労に終わってくれれば何の問題もないのだが、茂野が無事に帰ってくるまではやはり、どうしても落ち着ける訳がない。
それは周りの皆もまた同様で、次第に広がり出して行く不安というものにすっかり静まり返ってしまっていた。そんな空気にとうとう耐え切れず、椎名は傍らに用意してあったライフルへと手を伸ばす。
「ちょっと俺、その辺見てくるわ…!」
自分の為にも、皆の為にも、早急にどうにかした方が良さそうだ。そのまま足早に廊下を進んで行き、入口付近から外の景色が見えた時だった。視線の先にはっきりと、茂野が立っているのが分かる。
途端、椎名は勢い良く走り出し、────が、どこか様子の可笑しい茂野に、自然と駆け寄る歩調が遅くなって行く。
みれば深く俯いたままの両の拳には血のような染みがこびり付いており、だけども彼の姿には特に外傷らしい外傷はどこにも見受けられなかった。
それが椎名の胸をほっとさせると同時に、更なる不安を呼び起こす。
一歩ずつ、一歩ずつと歩を詰めて行き、ただ立ち尽くしているだけの茂野の両肩へと手を伸ばす。
「…心配したぞ?、シゲ。その辺の散歩にしちゃあ随分と遅い時間じゃないのさね?」
「…………………」
「まっ、無事ならそれで良いけどな。とりあえず歩き疲れたろ?、施設に戻ってゆっくり休もうや…」
茂野の身に何かしらあったことなど、わざわざ問わずとも分かりきっている。だけども椎名は敢えてそのことには触れず、今はしっかりとした休息を取らしてやりたいと思った。
そのまま軽く茂野の肩を叩き、『な?』と声をかける。が、茂野は依然深く俯いているだけで、何の反応もみせることはなかった。
「………なんでこんなことになっちまってんだろうな」
ふいにぽつり、と零された台詞に、椎名は『?』と耳を傾ける。まるでその一言がきっかけであったかのようにすべての感情が溢れ出し、気が付くと茂野はあまりの慟哭に小さく肩を唇を震わせてしまっていた。
その様子は椎名の目にもしかと見受けられ、押し寄せる不安というものに再び彼の肩へと手を伸ばす。
「おいっ、シゲ?…大丈夫か??」
「……なんで…っ…なんで折角こうして逢えたのに『こんな』ことになっちまってやがんだよ!なんで…っ…なんでだよ、椎名?!なんで俺は、…っ…こんな─────…っ…!!…」
それ以上は上手く言葉になどできそうもなかった。
ただ頭の中が酷くごちゃごちゃで、徐に茂野は血に汚れた両手で顔を覆うと、洩れ出す嗚咽を噛み殺すこともできぬまま大粒の涙を見せてしまっていた。
それは頬を指を伝い落ち、渇いた大地の上にと滲みて行く。椎名は最早何もいえぬまま、暫し立ち尽くしているだけだった。
─────あの時。沸き起こる怒りに任せて殴りかかってしまった『あの時』、嘘でも何でも良いから否定の言葉を紡いで欲しかった。あの男がいったことなど嘘だと、自分は『稜家の狗』でなどないと、たったそれだけの言葉をいってくれさえすれば良かっただけなのに。
だけども嶺月はただ一方的に殴られ続けているだけで、何ひとつ言葉を紡ぐことはなかった。そして、その表情もまた己の内を何ひとつ語ろうとすることはなく、結局彼が何を考えていたかなど茂野にはまるで知る由もなかった。
それでもしかと分かっていた筈なのだ。いくら同じ組織だとはいえ、嶺月がけして『そんな』人間などではないということを。いくら空白の年月が存在していようとも、彼は自分の良く知る彼と何ら変わりはないということを。
そうでなければ施設の皆も今日の自分も、とっくのとうに殺害されている。なのにその礼もいえぬ程、彼女の事件とは無関係だという風にはどうしても割り切ることができなかった。
いっそ彼女を殺した男たち同様に、嶺月のことも心から憎んでしまえれば良かった。
行き場のない思いはただ、茂野の心を酷く蝕んで行くだけだった。
目の前に広がる夜空は何故、今日に限って星ひとつ浮かべてはくれないのだろうか。まるで今の自分の心を表しているかのような、深い、深いクロをただ湛え続けているだけの空を、嶺月は力なく地面に横たわったままぼんやりと見詰めていた。
茂野がこの場を去ってからもう、何時間が経過したかも分からない。それでもまるで起き上がる気力が湧かず、さまざまな痛みだけが全身を支配しているかのようだった。
─────遠くの方で銃を発砲する音が聞こえる。そして、自分のもとへと近付いてくるひとつの足音も。
「─────こんなところで寝てたら、その内死にますよ?」
次いで、聞こえてきたその声は仙堂のものだった。
嶺月は閉じかけていた瞼を至極ゆっくりと持ち上げ、ただ目の前で自分の姿を見下ろしている彼を見止めた。
「……なんだ、またきみか─────…。ホント、僕の行く先々にいつもいるよねぇ…」
「『結構見てていつも心配なんだ』って僕、ちゃんとお話したと思いますけど」
「……ははっ、だから『きみに心配されるようなことは何もない』、って僕もいっただろ…?」
その口調が思ったよりも厳しいものではなかった理由は、多分に心が弱っている証拠なのだろう。仙堂はここにくる途中で見かけた茂野の様子を思い出し、たまらず眉間にと深く皺を寄せてしまう。
─────わざわざ問うてみるまでもない。二人の間に何があったか、などということは。
その証拠が先程目にした茂野の悲痛な面持ちであり、今、目の前に横たわっている嶺月の酷く疵付いた姿だ。きっとまたいつものようにただ一方的に殴られ続けていたに違いない。
でも、その理由がいつものものとはまったく別物であることを仙堂は知っている。
「…仕方ないじゃないですか。それでもやっぱり貴方のことが心配なんですから」
暫しの沈黙を挟み、そう洩らされた言葉がいつになく心に沁みたのは一体何故だったのか。嶺月は知らず口元に小さな笑みを浮かべると、聞かせるつもりのなかった話を静かに語り出していた。
「─────稜家さんは僕にとって『命の恩人』だったんだ」
ふいに零された言葉は、まるで予想もしないものだった。
仙堂はまさか嶺月の方からそのような話をされるとは思わずにかなりの動揺を示したが、幸いそれは顔に出ることはなかった。
更に嶺月は言葉を続ける。
「『あの日』────…世界のほとんどが崩壊してしまった『あの日』、家族を失った僕に手を差し伸べてくれたのが稜家さんだった。あの人がもし見付けてくれなかったら僕なんかとっくのとうに死んでいた。だから、僕はその恩に報いる為にも、あの人が望むことなら何だってしようと心に決めたんだ。それがたとえ間違ったことであってもそれを決めるのは誰でもない、あの人だ。僕にとっての世界はすべてあの人の為にあったから。───本当はすごく優しい人なんだよ?すごく、すごく優しい人なんだよ?時々つらそうな横顔も見せるけど、いつも余計な心配をさせないで済むように笑ってるような人なんだよ?なのにそうだと周りが分かってくれないことが、僕にはたまらなく悔しくて仕方がないんだ………」
人のことはいえないが、きっと稜家もただ不器用な人間なだけなのだ。嶺月はそう稜家のことを語り、暫しまた黙り込んでしまう。
─────しかし、それはただの沈黙ではなかった。仙堂はふいに伝い落ちた嶺月の涙に思わず言葉を失った。本人にはまるでそうしている自覚がないのか、尚もそのままに言葉を紡いで行く。
「僕は稜家さんのことが大好きだ。だから、今まで一度だって自分のしてきたことに後悔なんてなかった。…でも、どうしてなんだろう?ここにきてすごく胸が痛いんだ。痛くて痛くてもう…どうしようもないんだよ─────…っ」
初めから分かりきっていることだった。いつまでも自分のような人間が椎名たちとともにいるべきではないのだと。
だけども嶺月にとって確かな『思い出』と呼べるものはそこにしかなかった。『友達』だと心から思える人間は、そこにしか存在しなかった。だからつい、繋がりを持ってしまった。そのせいで結果自分は大切な友達を、こんな最悪な形で疵付けてしまった。
茂野の受けた心の疵を思えば、こんな殴られた痕などたいした痛みにもならない。しかし、だからといって嶺月の心に何ひとつ疵はない、だなどという訳ではなかった。
いって自身の胸元を強く握る姿は、見ている仙堂の胸にも痛みを走らせる。どちらも大切に思っているからこそ、嶺月の胸はそのように酷い痛みを訴えかけてきてしまうのだろう。
途切れることのない涙は未だ、嶺月の頬を濡らしたままでいる─────…。
「……とりあえず戻りましょう?、嶺月さん……」
それが今仙堂にいえる、精一杯の言葉だった。
しんと静まり返った室内に、不躾なノックの音が鳴り響く。
あまりの煩さにサイドボードに置いてあるデジタル時計にと目を向けてみると、そこまで遅い時間という訳ではなかったが、ようやくありつくことができた睡眠を妨げられた不快感は相当なものだった。
─────こんな最悪の目覚めを齎してくれた相手とは、一体どこの誰なのか。とりあえす嶺月でないことだけは確かだ。彼はけしてこんな真似をしたりはしない。
そう改めて思うことで更に不快度は増して行き、ふいにベッドから起き上がった稜家は、未だドアを叩くのを止めない主のもとへと酷く苛立った歩調をみせていた。そしてそのまま声をかけることもなく、徐にドアを押し開く。
すると、そこに立っていたのは、数日前に名前を憶えたばかりの人物だった。
「……きみは確か…『仙堂くん』、…だったっけ?」
そうだ、確か嶺月のことをあの場で唯一気遣ってくれていた青年だ。そう気が付くと稜家は自然とその表情を弛め、だけども彼が一体何用で訪ねてきたのかはさっぱり分からないままだった。
そんな稜家に対し仙堂は、いつになく真剣な面持ちをみせてこういった。
「夜分遅くにすいません。どうしても今、お聞きしたいことがありまして、伺わせていただきました」
「ん?あぁ、何?」
「すごく唐突なんですけども、稜家さんにとって嶺月さんはどういう存在なんですか…?」
─────本当に唐突だと思った。
そして同時に何故彼がそんなことを問うてくるのか、理由がまるで思い付きもしなかった。
だけどもそのまま適当に流してしまうにはあまりにも張り詰めた状況で、稜家は暫し考え込んだ後、さらり、と言葉を口にした。
「『どういう存在』も何も、きみと同じ組織の人間の一人だよ?」
それが本心なのかどうか確かめる術はなかったが、まさか稜家が自分と嶺月を同列に置いているだなど思いも寄らぬことだった。『自分と同列』、つまりは『その他大勢』の中の一人だ。
そんな風にしか思ってくれていない男の為に嶺月は今まで散々手を汚し、何よりも大事に思っていただろう友人たちを失い、そしてあんなにも深い疵を心に受ける羽目になってしまった、というのか。
思わず込み上げてきてしまう怒りをどうにか抑え込み、仙堂は強く両の拳を握り締めたままでいう。
「────だったら。だったら僕が貴方の為に大勢の人間を殺します。だからもう、嶺月さんは自由にしてあげてください」
「!」
「そんなんじゃあの人が可哀想なだけですから、ご検討の程よろしくお願い致します」
自分が今、稜家相手にどれだけ挑発的なことをいっているのかは、しかと理解はできていた。が、それでも仙堂はどうしてもいわずになどいられはしなかった。
そのまま一度深く頭を下げ、静かに足を進ませる。遠ざかる彼の背に稜家から向けられる言葉は何もなかった。
「……『可哀想な、だけ』…?…」
ふいにそう反芻していた言葉は、まるで想像もしないものだった。いや、そもそも誰が何故、何のせいで『可哀想』だなどといわれているのか。───別に仙堂がそんな風に思うことなど何もない。何も、だからといって検討しなければならないことなど、まったくもって存在する訳がないのだ。
大体、その為に自分は『彼』というものを拾い上げ、彼もまた『その為』になることを心から望んでくれている。それのどこが『可哀想』だなどというのか。
そうしてどれ程の間、閉めることも忘れていたドアの前にただ立ち尽くしていたことだろう。実際にはほんの5分にも満たない時間だった風に思う。
稜家はふと足元へと向けていた視線を上向かせ、気が付くと良家の先を勢い良く歩き出していた。
(……だからどうしてこんな、気にしてるんだ?俺は……)
そうは思っていても実際、心のどこかに拭えない『何か』が存在している。足早に廊下を走り抜け、いくつかの角を曲がり。ようやくたどり着いた多くの部下たちの自室が集まるエリアの中のひとつのドアを稜家は、ノックもなしにただ静かに開けて行く。
電気の消えた12帖程の室内の隅に置かれたベッドの上には、すでに横になっている嶺月の姿があった。
そしてその脇に置かれたサイドテーブルの上には包帯やら何やら治療用具が置いてあり、他には特に何もない、かなり簡素な印象を与える部屋だった。
────思えばこうして自分の方から訪ねてきたのは、初めてかも知れない。とりあえず一通り辺りを見回し、その中にふと、稜家は物珍しいものを見付ける。
(─────あれは折り紙で作った、鶴…?)
部屋の感じからは似つかわしくもない、いや、不器用な嶺月に折れるとは思えないくらい小さな折り鶴だ。
気になって少し近付いてみると、その下には拙い線で描かれた人や動物たちといった絵までもが何枚か置いてあり───…稜家は暫しそれを眺めたままでいた。
これはきっと、子供が描いた絵なのだろう。
そう思い、自然と手を伸ばした時のことだった。壁際にと向かって眠りに就いていた嶺月がふと、寝返りを打つ。
それでもまるで目を覚ます気配はなく、毛布を巻き込むようにして心地良い寝息を立てている彼の方にと稜家は目を向けた。
────と、機能にはもう『あの時』の疵も癒えてなくなっていた筈なのに、また新たな疵ができていることに当然気が付いた。しかもこの前よりも酷く、貼られているテープの面積も大きい。一体何をどうしたらこんな疵を作る羽目になってしまうというのか。
稜家は薄暗闇の中でも分かる、蒼痣のできた目元にとかかっている前髪をそ…っと指で掻き上げる。が、その行為は途端全神経の覚醒を促し、次の瞬間嶺月は枕の下から抜き取った拳銃を素早く相手にと突き付けた。
それはある意味、条件反射のようなものだ。しかと急所である眉間を狙うその銃口に、迂闊な真似をしてしまったと稜家は肩を竦ませる。
「……ごめん、おこしちゃった、…よねぇ?」
申し訳なさそうに聞こえてきた声と、それにより弛めた緊張にようやく目の前の相手が誰であるか理解することができた嶺月は、途端、掲げた銃口を毛布の中にと沈ませる。
「…いえ、僕の方こそすみません────…」
いつものように部屋へと侵入された時点で気付くことができなかったのは、やはり稜家が相手だったからなのだろう。
突然の覚醒と急速な安堵にどっと体が重くなり、思わず嶺月は長い溜息を口にしてしまっていた。
「…ところでどうかしましたか?、急に…。稜家さんの方から訪ねてくるなんて初めてじゃないですか」
「ん?あ、あぁ、別に何もないんだけどさぁ────…顔、どうしたの?結構すごいことになってるけど」
いってちょんちょん、と自分の目元を指してみせる稜家に、嶺月はただ小さく苦笑してしまう。これでも氷で冷やしたりして随分腫れもおさまった方なのだ。
「いや、ちょっとまぁ…色々ありまして。でも、見かけ程たいしたことはないんです。痛みももう然程ありませんし…」
理由が理由なだけに、稜家にはしかと話すことができない。いや、そうでなくとも嶺月はそんな『些細な』ことをわざわざ彼に報告するつもりはなかった。
稜家もまた嶺月がそういう人間であることを十分理解していたが為に、つい先程仙堂にいわれた言葉が脳裏に蘇る。
───あれは、あれはこういったことも全部含めて『そう』だと表現された言葉だったのか。
「……建ちゃんは、俺といて『つらい』って思ったこと…ある?」
暫しの沈黙を挟んだ後唐突に問われたその言葉は、今まで一度たりとも問われたことがない、そんな内容のものだった。
当然嶺月には稜家は何故、今になってそんなことを問うてくるのかが分からない。それでもただ軽い調子で言い出した訳ではないと分かる彼の表情を目に止め、偽りでも何でもない、正直な気持ちを口にする。
「僕は稜家さんとともにいて、そんな風に感じたことは一度もありません。だって、稜家さんは僕にとって何よりも大事な命の恩人ですから。傍にいられることを嬉しく思うことはあっても、『つらい』だなんてそんな、思う訳ないじゃないですか」
「……………………」
「でも、稜家さんが急にそんなことをお聞きになるなんて────…もしかして何か気に障るようなことでもしていましたか?、僕…」
こんな時に気を遣って嘘を吐くような人間ではないことも知っている。そして、人を疑ったり責めたりするよりもまず自分がそうではないのかと思うような人間だということも。
だから、純粋に今の言葉は嶺月の本心だ。彼は、仙堂のいうように『可哀想』な訳ではない。
─────いや、寧ろ『そう』なのか。
『そういう』風に育ててしまったこと自体がすでに、『そう』と呼ぶべきものなのか。
心配そうに自分を見詰めたままでいる嶺月に向かって稜家は、胸の奥底に感じてならない僅かな痛みというものを無理矢理抑え込みながら小さく笑った。
「…うぅん、建ちゃんは何もしてないよ。何も───…何も悪くなんかないよ…?」
もし『そう』だとするならば余程、自分の方だと思った。
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