第12話

「大変だよ?

 全ての点を奇襲によって得るなんて。

 楽に勝ちたかったら強くなればいいのに。

 君はそれを放棄したんだ。RPGでレベル上げをせずにボスに挑むようなものだ」

「強くなることは最初っから殆ど諦めてたけどな。ぎこちないテニスで勝つつもりだった。

 そこはもう諦めついてた。俺が変わったのは、目の前のお前をしっかり見てやるってことだけだよ」

「ふん、だったら、まあなんにせよ、ワタクシを楽しませてくれよ!」


 仁君はサーブを打つ!


「これから全部奇襲って言ったけど、取り敢えず今のは結構通用したっぽいから、もう一回これでいこ~」


 と“キング”はぼやいて、コートの真ん中でレシーブする。


 高く、上がる。


「実は、愛仁にとって面倒なこのボレー対決だが、回避する方法が一つある」


 と、黒蹄先輩。


「それは、凄嵯乃がボレーポジションに就く前に、凄嵯乃の放ったレシーブを打ち返すことだ。要はネットに貼り付かれることがやっかいなのだから、その前に叩くというわけだ」


 だが、


「どうだあああ!! 俺の球は遅えだろ!? 遅いし、浅いだろ!? だから、お前がボールに追いつく前に!」


“キング”は立ち止まり、


「ネットに着いちゃったぜえええ!!」


 そのまま、ボレー対決だ。

 再度、あのけたたましいラッシュが繰り広げられる。

 その間、迫力あるな~とか、こうして見ると“キング”の動きは最低限で、仁君の動きは結構大きいのが多いな~とか、やっぱ動き大きい方がカッコイイな~とか思っていると、


「あ!!」


 今回のボレー対決も決着した。“キング”のミスで。

“キング”の顔に悔しさはない。ただちょっと失望しているだけだ。


「あ、アレ? おかしいな。勝てる気がしない。い、今からでも腕立て伏せするか……?」


 乱心の“キング”。

 見かねて仁君がメンドくさそうに、迷いながら、


「あ~、もう! この際だから、ハッキリ言うよ! ……君は、ボレーでもワタクシには勝てない!」

「え……、あ、やっぱり?」

「うん、君は今、ワタクシの為に戦術を思考錯誤してくれているようだから教えるけど、君のボレーはジャンケンのグーだけで戦ってるようなものなんだ」


 頭を掻きながら続ける。


「君の左腕には、ローボレーとハイボレーを打ち出す為のスキルがない。

 どっちも手首と肘の繊細なコントロールが必要だからね。

 ……結局君は、テニス全体においてストロークとサーブという武器を失って、ボレーという武器だけが残った。

 これはジャンケンのグーだけで戦うことを余儀なくされたのと同じだった。

 だからボレーの世界へ来たのだろう。

 でも、そのボレーの世界でも君にはローボレーとハイボレーという武器を持っていなくて、結局普通に弾いたり切ったりするボレーしか使えない。

 ボレーの世界でもジャンケンのグーだけで戦っている状態なのさ」


 なるほど。つまり、


「結局は同じなのだよ。君はどんな規模であっても、ボレー対決であってもワタクシに勝てない。

 さあ、次はどんな奇襲とやらを見せてくれる?」


 どうしようもない現実を突きつける。

 でもそれは“キング”を焚きつける為なのだろう。

 その“キング”は下を向いて前屈みの姿勢で微笑み、


「いいからこいよ」


 サービスラインの位置で、そう言った。


 現在、30―0。


 大丈夫か? また同じことを繰り返すのか? 性懲りもなく。

 と、私が悩もうと悩むまいと、仁君はサーブを打ってきた。

 速い。

 今までよりも強烈だ。

 たぶん、ようやく身体が温まってきたのだろう。


「くっ!!」


 とかそれっぽいこと言いながら“キング”はレシーブを上へ打ち出す。

 そのままいつも通り……、かと思いきや、ここで事態は少し変わる。


「なんかピョコピョコ走ってる――――!!」


 と私が思わず声を上げてしまった通り、“キング”は奇妙は動きを始めたのだ。

 小刻みに素早く跳ねながら、しかし確実に前へと進む、この動き。この意味とは?


「このステップは……、フェイント!?」


 そう驚くのは例のごとく黒蹄先輩。


「フェイント……、ですか」


「ああ、自分の立ち位置をどちらか側に偏るように見せかけ、相手にその逆へ打たせる。

 つまりストロークに角度をつけさせて弾道を誘導するんだ。もちろん、実は偏っているわけではなく、ブレーキをかけていて、その誘導した球を狙い打ち落とす。

 それがフェイント」

「意味は?」

「凄嵯乃は正面で向き合ってのボレーを諦めた。

 だから、愛仁のストロークを斜めに打たせ、さらに上手いこと反射で返すことが出来れば、愛仁からかなり遠い位置にボレーを打つことが出来る」


「いや! それダメですよ。フェイントに関係なく仁君が真っ直ぐ真ん中に打ってきたら結局動き損です!」


「中央に打つなら打つで、それでいい! 凄嵯乃のズレた位置からなら、打球を横から小突くことが出来る。

 コートを横切るようにボレーを打たれては、さすがの愛仁も届かない!」


 一方、コートでは、


「ああ~いいね! 乗ってあげるよ! 右か左か! 君の居ない方に打てばワタクシの勝ちなんだよね!」


 試合中の二人が睨み合っていた。

 右か左か二者択一、という表現をされると、まるでギャンブル感覚でいるのかと思ってしまうが、


「君のフェイントを見破るよ!」


 という、しっかりとした攻略への意思表示をした。

 しかし相変わらず“キング”はよく動く。

 とうとうボールのバウンドが低くなり始めたが、まだ動く。

 さすがの仁君も焦り気味だ。


「4……、5……? うぐ、まだ動くのかい? 6……、限界だ! 打つよ!」


 仁君は渾身の力と想いを込めて、至近距離のストロークを角度を加えて打ち放った!


「君のフェイントは7回! 8回目の左が本命の『軸ズラシ』だ!!」


 仁君は右に、打ち流した! 打ち流した、と言っても威力になんら問題はなく、


「ああ! もうだめだ!」


 私は諦める。


 仁君が打った瞬間、“キング”は右足を右側へ伸ばし着地させていた。これは右側へ向かっているということ。


 つまり仁君から見ての左。


 そう、“キング”の動きは完全に仁君に読まれていたのだ。

 しかし、軸をズラす、という作戦は悪くなかったハズだ。今回は読み合いに負けただけ。次こそ……、


「なにィ!?」


 という仁君の反応に私は視線を“キング”に向ける。

 キングは、着地させた右足でこれまでのフェイントとは桁外れの力で、地面を蹴り上げ、そして、飛んだ!!

 それもラケットの面を自らの正面にただ突き出す……、これはあのボレーだ。


「うおおおおおおおおお!」


 “キング”はボールに当たりに行く! ラケットを介して!

 その瞬間、突き刺すような眩しい感覚に襲われ目を瞑る。

 瞑り、これがモノとモノが衝突した時の衝撃によるものだと気付く。そして開けながら理解する。


“キング”は、やったんだ!


 仁君が仁君から見て右に打った球は“キング”が“キング”から見て左へ打ち返し、仁君のコートの『超右側』で跳ねる!


 仁君は走ろうともしない!

 一度弾んだボールはコートを通過し、柵に軽く跳ねて、やがて止まった。

 得点だ。


 皆が、今度こそは得点したのかと空気に確認して、


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 本当の歓声が湧き起る! 焦らされた分だけ、それを発散させようとしているのか、この試合で二点目なのに一点目よりも大きいぐらいだ。


「ふう、やるね。まさか君がこんなにも動ける人間だとは思わなかったよ。君は決して素早い動きで戦う選手じゃなかった」

「おいおい、俺達は一年生になったんだぜ? 基礎練習の比重も上がるさ」

「逆戻りなんだね」

「おう、後輩だしな。敬語の使い方とか忘れちまったよ」

「君の実力は戻んないのにね」

「いい加減泣くぞ? いいんだよ。俺は奇襲宣言しただろ? その方向性で行くんだよ。

 お前はお前でどんどん成長してけばいいんだ。我武者羅に練習して」


 言われ、仁君は構える。


「全てを奇襲で、ねぇ……」


 トスを上げ、


「そんなのが可能なのは、実力のある者だけなのだよ!!」


 仁君はまたも強烈なサーブを繰り出す!

“キング”はなんとかレシーブを上げて、再び左右にステップを繰り返しながらネットへ向かう。


「奇襲の弱点は通用するかしないかが打つまで本人だけがわからない、ということ! だからどんどん点を無駄にする! ワタクシを何度も欺けると思うな! この読み合い、もう負けはしないぞ!」


 そういう強い言葉を発しながら、落下地点より少し後ろ、バウンド後の上昇が頂点に達

する位置まで走り、


「見切った! 左!」


 しっかり力を溜め、叩きつけるようにして、打った!


「でああああああああ!」


「なっ!」


 私ももうダメだと思った。

 でも、今回もまた、“キング”は仁君の弾を捉え難なくボレーで決めた。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


「マジかよ! アイツ、もう完璧に押さえ込んでるじゃん!」


 さらなる勢いへと誘うギャラリーの盛り上がり。その中心で、


「よしっ」


“キング”は小さく喜ぶ。


 対称的に仁君からは冷静さが見られない。いや、動きは少ないのだけど、それは呆然って言葉が似合うような、落ち着いているっていうより、落ち込んでるっていう人の姿だった。ちょっと信じられない姿だ。


「な、なんだこれは……。一度ならず二度までも、ワタクシは王君の動きが掴めきれなかっとでも言うのか……?」

「と、言うのか……? じゃ、ねーよ! その通りなんだよ! お疲れ!」


 また“キング”が勢いに流され、言わんでも良い事を言っている。

 こういう時の“キング”は舌が回る。あまりよろしくないなあ。

 仁君は転がっているボールを拾い、勢いづく“キング”へまじまじと視線をやる。あの夏を思い出しているのだろうか。ちょうどあの夏もこんな感じだったかもしれない。


 30―30。


 ラストゲームと思われたこの第六ゲームも、中盤を迎えとうとう互角となってしまった。

 その中で、仁君は勢いづく相手に向けてそれを破る為に自分からサーブを打つ、という立場にいる。

 そんな仁君の目は間違いなく挑戦者のものだった。


「すごいよ“キング”」


 声に出してあげる。

 横で黒蹄先輩が、「なんだ? このバカ女」という顔をしているが、その恥を忍んで声に出してあげる。


 仁君のサーブはいつも通り強烈にコートへ突き刺さり、いつも通り何とかレシーブを“キング”は打ち上げた。されにステップを繰り返してネットへと走る。


「また同じ方法か! ……考えろ、ワタクシ。相手は慣れない左腕、身体能力もワタクシの方が上、技術は雲泥の差。これだけの要素があって、そう何度も何度も同じ方法で取られていいわけがない」


 仁君は走りながら、意識を自分の奥深くに持っていくかのようにつぶやく。


「ん? 何度も?」


 そして、それは成功したようで、


「あああああ―――!!」


 ちょっとキモいと思ってしまうぐらいの声を上げた。だがすぐに、何をされるのか、という恐怖の方が私には襲いかかる。


「今までと同じ理屈じゃないか――!!」


 というツッコミの勢いで高く弾んだ“キング”のレシーブを、仁君は叩きつけた。


 それも、自分の真正面方向に真っ直ぐだ。


「どれも同じ理屈! レシーブも! その後のボレーも、このフェイントによる『軸ズラシ』も!

 全て、縦の距離が短いから、横の幅が狭くなる、ただそれだけ!

 この『軸ズラシ』も縦の距離が短いからズラした軸と反対に打たれても、フェイントの裏をかいても、実は余裕で追いつけるのだ!

 どこに打ったかを見た後で、簡単に届くのだ!

 要するに王君のリスクはゼロだった! リスクゼロでワタクシの打球コースを誘導したのだ!

 それもご丁寧にフェイントを混ぜ、まるで読み合いの勝者こそがこのラリーの勝者であるように錯覚させた!

 このフェイントに意味はないのに! 君はワタクシが打つのを見てから動いているだけなのに!」


 そしてネットからかなり近いところで打った仁君は、さらにネットに向かって、いや“キング”に向かって走り出す!


「そして! ここでワタクシがすべき事! それは! 打って、その打った方向に走るだけ!

 悔しいが、左腕の王君と同じ理屈の同じ方法を施行することが、この場における唯一にして最大の攻略法!

 さあ、横の移動を減らしてもらうぞ! そして再びボレーのラッシュにあいまみえようぞ!

 ……!? むむむ!? なんということだ! このワタクシ、一瞬の躊躇をしてしまったぞ!

 だがすぐに理解した!

 なるほど! 先のゲームで直接ワタクシの気絶を狙ったのは、この時の為であったのだな!

 ワタクシ、少しだけボールに対して臆してしまった! 素晴らしい!

 だが残念であったな! 冷静になったワタクシの前では逆効果だ!

 何故ならワタクシにそれを耐えたという実績を与えてしまった!

 あの強力なストロークの顔面直撃を耐えたという実績!

 それがある今、たかがボレーを打とうとしている君に近づくことなど何も怖くない!」


 仁君は“キング”の放つボレーに、腕を伸ばすだけで追いつき捉え振り抜いた。


「さあ、次はどうする?」


 仁君のボールは“キング”に触れさせることすら許さずコートの彼方へ駆け抜けていった。




続く

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