第6話

「オウ、チャン……? かつて、最強だった……?」


「あー、天さん? コール、コール」


 早く勝利に浮かれたい俺が天さんによる試合終了の合図を促す。

 なんだか天さんの集中している対象が試合ではなくなっていたような気がした。

 アレ? てか今のつぶやきって……。


「そうか、お前まさか凄嵯乃王か? 全中優勝した……」


 やっぱりそういう意味か。


「ほう……。知っていましたか。そうです、僕が“キング”です」


 俺は素直に関心した。


 全国優勝、と言ってもその選手を知っている人は少ない。

 結局、俺のことを知っているのは強豪校の人間ばかりだ。

 地区大会で負けていく弱小校の人間は強豪校との関わりも少なく、メディアで取り上げられもしない限り知らないだろう。

 俺は一応テニス雑誌でなんかコメントしたこともあるが、弱小校の人間で購読するようなのは珍しい。


 だから関心した。天さんはこちらの世界の人間なのかもしれない。


「『僕が“キング”です』だってー! 王ちゃんハズーい!」

「ハズーい!」


 天さんの少し後ろで腹の立つ声がした。蛭女とあのチャラい奴だ。

 と言うかなんだ。蛭女たちコートに入ってきてたのか。

 全然気がつかなかった。

 そんなに集中してたのだろうか。

 ああ、蛭女がこんな近くにいるなら、もっとカッコいい試合がしたかった。

 今になって内容が凄く恥ずかしい。


「おい天! コイツ、なかなかおもしろそうじゃん! さ! 勧誘しろよ!」

「ああ……」


 チャラい奴が天さんを小突く。てかいい加減名乗れ。

 あと、これから勧誘しようとしている人間の前で勧誘って言葉を使うな。今後の発言すべてが勧誘の為に思えて胡散臭くなるぞ。


 俺の気持ちはもう決まっているのに。


「おい! 一年の! えーと、オウちゃん!」


 チャラい奴が、今度は俺の方へ向き直る。お前に王ちゃんと呼ばれる筋合いはない。


「幼馴染は預かった! マネージャーとして!」


 な……!

 蛭女は髪をゆらし、短い舌をぺロリと出す。自分を親指で差し、誇らしげに言った。


「わたしは毎日くるぜ!」


 くっ! これじゃあ、毎日蛭女と登下校するにはテニス部に入るしかないじゃないか~。

 俺の監視下を逃れ誰かと仲良くするなど許せん!


 と脳内で真剣に思った。こう思って欲しいんだろ? それが狙いだろ?

 まあ、でも本心だ。

 ただ、ツンデレ男子日本代表たる俺としては、その勧誘にホイホイ乗っかることは出来ない。

 これに乗っかるのは蛭女と一緒にいたい俺の心情がバレてしまうからだ。

 勧誘としては逆効果である。チャラいが故に俺の考えが読めなかったようだ。


「邪……、そんなことしなくていい」


 天さんがチャラい奴の前にでる。

 天さんが……、跪いた。


「アニキっ……!」


 さっきまで放心していた次二郎がその光景に目を覚ます。

 しかし、負けた後はずいぶんとアホ面だったな。


「いいんだ。黒蹄の人間はこうあるべきなのだ」


 ふわりとした重みのある跪きっぷりだった。


「恥を忍んでお願いする。我が部に君の、凄嵯乃王の力は必要だ。

 ぜひとも我が部に入っていただきたい。

 ケガをした、との噂は耳に入っていたが、まさかこんな場末の学校に来て、こんな出会いになるとは思ってもみなかった。

 運命を感じたのだ。改めて言う。俺の為に我が部に入っていただきたい。

 ケガをした、と言っても君のプレイには感じるところがあったのだ」


 天さんの言葉には順序に乱れがあるものの、それが逆に誠意を感じる。

 でも、それは交渉だ。


「そんな~! 土下座なんてしなくていいですよ~!」


 俺は言った。

 天さんは跪いていた。交渉のポーズだ。

 でも俺は言った。

 だから俺は言った。


「土下座なんてやめてください~」


 何度でも。


「そんな! 後輩に土下座をするなんて、とんでもないですよ~」


 何度でも。

 天さんは空気を読んだ。

 天さんは土下座した。

 ここまで見事な土下座は見た事が無い。


「……お願いします」

「アニキっっ!」

「……いいんですか? 責任、重いですよ。

 御存知の通り、ボクは全中優勝経験者です。例え頑張ってインターハイを優勝しても現状維持にすぎません。

 そして、それ以下の可能性は非常に高く、それ以下なら世間の矛先はこの部にも向けられますよ?」


 俺は結構本気のトーンで尋ねる。


「その程度の覚悟、元から持っているさ」


 そう言って、天さんは俺のスニーカーを舐めた。素晴らしい。


「アニキィィッッ!」


 さっきからうるさいぞ、次二郎。お前の愛した黒蹄は、きっとこんなモンなんだよ。

 しかし、俺もイヤな奴だ。ツンデレ男子だ。もう心は動かないのに。結論など決まっているのに。


「その覚悟を信じましょう」


 天さんが顔を上げる。目が合った。


「入部……します。このテニス部に。またテニスしたいです」


 本心だ。次二郎とした試合の最中、だんだんとそんな想いがこみ上げていたのだ。

 使い物にならないと判断されたら、頼み込んででも入部していた。


「フフ……。ありがとう。悪いようにはしない。よろしく」


 天さんが土を払いながら立ち上がった。


「はは……! これで四人か! 団体戦、マジで出れるっぽいな! よろしく頼むぜー! やっぱこうだよな! 部活部活!」


 そのやり取りを見て、チャラい奴が声を上げた。両手を大きく広げて。

 コイツ一人が騒ぐだけで、なんだかコートが祝福ムードになる。偶には嫌いじゃない。


「…………ふん。一応よろしくな。許してねえけど」


 次二郎も俺の入部に大賛成な様子だ。

 蛭女はそんな空気の中で小さく微笑みながら拍手をしている。


「よし! 他にも見学が来るかもしれない! それっぽく練習始めるぞ!」


 天さんが仕切りの手拍子を叩き、ぞろぞろと部員達二人が練習を始める。


「……」


 取りあえず邪魔にならない隅に移動して、さっき置いた鞄を拾う。

 もう帰っていいのかな? と考えていると、


「王ちゃん」


 後ろから声がした。蛭女だ。なんかニヤニヤしている。

 そっと、さらに俺に近づいて、唇が触れそうなほどの耳元で囁いた。


「王ちゃんはね、もっと暴れて良いんだよ」


 まったくこのコは。なんなんだ。なんだってこう、俺のツボを正確に突くのだろうか。

 いや、もちろん耳に纏わりつく空気感は最高だったがそれではない。

 俺を良く知っている。これが幼馴染というやつか。

 その通りだ。あのケガをした日、優勝したあの日から今までずっと、俺は暴れる場所を探していたのかもしれない。

 俺は蛭女にぶつけていたのかもしれない。


 悪いことしたのかな。よく耐えてくれたな。少しだけ心配になる。

 でも、


「男の子なんだもん。仕方ないよ」


 そうそうそう! その通りだ。仕方ない!

 俺は今、この内にひそんでいる、よくわからない喜びの正体を実感した。

 暴れられる。

 これを待っていたのだ。

 最大の武器の右腕が壊れた。

 でも、俺には左腕も両脚も腰も背中も目も魂も残っていた。

 どれも成長している。

 工夫すればいくらでも闘う方法がある。

 まだ、闘える。 また暴れられる。


「でも王ちゃん、自分で気づいてよかったよ。これは言っちゃあダメな問題だったんだよ! さすが王ちゃんだね!」


 そうか。そうなのか。俺、手のひらで踊り狂いまくりじゃないか。


「帰ろう。明日から朝は早くて大変だぞ」


 いつぶりだろう。明日の話をしたのは。

 まだ闘えるまだ闘えるまだ闘える。

 また暴れられる。

 俺は久しぶりに舞いあがる事が出来た。

 もちろん、これを実現するにはどれほどの苦労と覚悟が必要かは知っているつもりだ。

 でも、負けた相手はみんな次二郎みたいなアホ面になるのだろうか。

 それだけで楽しみだ。




第二章 選手の育て方に続く

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