第5話 その花火は、2.5次元と現実をかけ違えたらしい。
5-1
埋め合わせということで愛莉に招待されたfineのあのライブ後、彩絵から花火の話を聞いた俺は、家に着くなりすぐに愛莉にお礼のメールをした。内容は簡潔に、俺と彩絵の二人ともあの空間が本当に心から楽しかったというようなことを、あまり長くなりすぎないようにまとめた。ライブで疲れている愛莉にとって、極力負担にならないよう俺なりに配慮したつもりだ。
そしてそのメールの最後に、今回の花火の誘いを加えた。加えたと言っても、どちらかと言えば俺にとってはこちらが当然メインではあったけど。
勢いで送ってしまったメールに9割5分の後悔と微かな期待を抱いていた結果、その日のうちに返事が返ってくることはなかった。が、その翌日の朝、愛莉から「よろしくお願いします」と返事が返ってきたのだった。その安堵感が、その日一日の俺のテンションを狂気的なほど高ぶらせたことは言うまでもない。
そして、花火大会当日の夕方。
菊名での乗り換えを済ませ、俺はみなとみらい線で元町に向かった。花火の日は、電車も一段と混み具合を増す。周りはカップルやファミリー、もしくはデートに向かう若者で色鮮やかな浴衣に溢れていた。別にこれといって俺は普段、カップルに対してとりわけ嫌悪感を抱くようなことはほとんどないが、これだけ周囲に多いと、単純に気を使わなくてはいけないから面倒だという意味で嫌になる。
かなり込み合ってきた電車内、目の前にいる浴衣を着用したカップルの会話。
「ゆうくん、花火楽しみだね。なんか人多くなってきちゃった」
「俺から絶対に離れるんじゃないぞ、ゆみこ。今だけじゃなく、これからもずっと……な?」
「やだ、ゆうくんったら……」
「ゆみこ……」
「ゆうくん……」
……そういって2人の世界が突然始まり、ゆみことゆうくんは目をつぶって抱き合いながら、俺の隣で電車に揺られる。もちろん俺はゆみこのこともゆうくんのことも全く知らないけど、寒すぎる。だからこういうのは、つまらないお笑いのコントだと思って見ると、安寧を保つことが出来る。これもセルフコントロール術の一種だ。
そんな鳥肌が立つような会話を四方八方から浴びながらも、俺は何とか精神状態を保ったまま元町・中華街駅に辿り着いた。
集合場所となっている駅構内の改札を出たところで、俺は愛莉を探した。時間的には予定よりも少し早いので、愛莉はまだ来ていないようである。急がせるのも悪いので、あえて愛莉には連絡をすることなく、壁にもたれて周囲の様子を伺うことにした。
浴衣姿の大学生くらいのカップルが、手を繋ぎながら目の前を歩いていく。交互に響く二人の下駄の音が、これから起こるイベントへのワクワクした期待感を表しているようにすら感じる。
「青春だなあ……」
そんな彼らを見て、俺は思わずため息と共に呟いてしまう。しかし、音量をミスった。呟いたというより、嘆いてしまったという方が正しいくらいだろうか。カップルはそんな俺の声に気付き、俺に奇異の眼差しを向け、避けるように慌ててその場を去っていく。
「うわ……なにあの人……キモ……」
「おい、見ちゃだめだ。追ってくるぞ」
露骨なまでに不快感を露わにしたカップルの表情。……聞こえてるぞ。音量を間違えた俺が言えた事じゃないけど。っていうか追わないっつーの、俺は鬼か何かか。自分にとってのイベントはまだこれからなのに、すでに心が折れそうになる。周囲をじっくり見るのはやめよう。スタート前からこれ以上落ち込みたくない。
心の中でそう頷いていると、エスカレーターから一斉に大勢の人が改札へ向かって歩いてきた。どうやら後発の電車がやって来たようだ。エスカレーターを上ってくる人々の中に、俺は慌てて愛莉の姿を探す。
「えっと、愛莉は……ん?あれか……?」
改札に向かって流れてくる人の中に、俺は愛莉の姿を発見する。そう、浴衣姿の水沢愛莉を。
どこかで期待していた自分がいることに嘘はつかない。これだけ浴衣が目の前を飛び交って入れば、どうしたって期待はする。……ただ、なんとなく期待しないように心に蓋はしていたけど。いや、期待したっていいじゃない。男の子だもの。
水色の浴衣を身に着けた水沢愛莉は、制服姿とも私服姿とも違った、何とも表現しがたい和の奥ゆかしさを含んでいた。俺は思わず、日本の文化と歴史に感謝する。
愛莉の方も俺に気付いたようで、小さく手を振りながら、改札を抜けて近づいてくる。愛莉の足元から響く下駄の音が、段々と近くなる。
「暎くん」
「……はい」
唐突に呼びかけられた名前に、俺はきょとんとしたような返事をする。
「ど、どうかな……?」
愛莉は両手を軽く上げて、水色の袖をひらひらさせる。元々の細いシルエットに、スッと伸びた足が涼しげな雰囲気を一段と醸し出す。和服は、鼻がスラッとしている顔の方がよく似合う、というのが俺の持論だ。水沢愛莉の持つスマートな顔立ちに、後ろ髪を上げたうなじのせいか、その姿はいつもより少し大人びて見える。いつものキュートなかわいさから、色気を含んだ美しさへ、水沢愛莉新時代の幕開けだ。
それらを総合すると、つまりこういうことである。
「よく……似合ってると思う」
初めて見る愛莉の浴衣姿に、俺は思わず情けないような感嘆の声を上げた。でも、正直これくらいしか俺の語彙では表すことができない。
「あ、ありがとう……」
愛莉は少し気恥ずかしい様子で、俺から目線を外して足元を見る。お互いになんだか照れくさい。
「……生きてて良かったよ」
「……ん?なんの話?」
「いや、ひとりごとなので、気にしないでください」
「ふーん」
愛莉は不思議そうな顔をする。ごめん。もうこれ以上、俺の心の内側を出させないでくれ。
全て愛莉が浴衣を着てきたのが悪いんだけど、それにしてもさすがに俺も浮かれすぎだ。この状態では、また目的を失敗しかねない。だから、そんな浮かれた心を落ち着かせるため、俺は一度彩絵の顔を思い出す。……彩絵に今のデレデレしてる顔を見られたら、マジで1週間くらい口きいてもらえなくなるかもな……ちゃんとしよう。そんな可愛くて強靱な妹の存在のおかげで必要以上に平静を呼び戻す。
「でも、愛莉が浴衣着てくるって知ってたら、俺だって甚平とか準備してきたのに」
「えー、サプライズだからいいんじゃない?」
愛莉の言わんとすることは一理ある。アニメでも事前情報が全くないからこそ、面白く感じられる作品なんてのはたくさんあるし、その一方で、面白いだろうという先入観や期待を持って見た作品がイマイチだったなんてことも、俺はこれまでいくつも経験してきた。アニメでしか例えられないので、愛莉には言わないが。
「ね、浴衣……着崩れてないかな?」
そう言って、愛莉は上目遣いで俺に背を見せる。全身を見てくれと言わんばかりの愛莉の発言に、俺は思わずドキッとする。歩いてきたせいで体も火照っているのか、声も若干いつもより色っぽいような気がする。ただでさえテンションの上がるその装いで、その視線は非常にまずい。
「……それって、何かの作品のセリフ?」
「もー、そんなわけないじゃん」
愛莉は不満そうに、ジト目で俺の顔を軽く睨む。ただ、そうでも言わないとまた暴走して迷惑かけちゃうから、自制するためにもこうやって言うしかないんだ。自分なりに悪気はある。
「ごめんなさい。……とりあえず、行こっか」
「……うん」
少し顔を赤くした愛莉が頷く。
集合時間は、愛莉の仕事の都合もあり花火開始の時刻に近かったため、屋台等を横目に、俺たちは真っ直ぐ会場となる港の方へ歩いた。この花火を特別だという愛莉が、いつも見ている特等席があるということだったので、俺は愛莉に従うまま付いて行った。
太陽が隠れ、これから徐々に暗さを増していこうかという空の下で、年に一番と言えるほどの人ごみの中、俺たちは歩きながら会話を続ける。
「こないだのチケット……埋め合わせのやつ、ありがとう」
「あ……うん。楽しんでもらえた……かな?」
愛莉は不安そうに俺に尋ねる。
「それはもう楽しかった!……彩絵もすっごい喜んでたよ」
「うん、それは彩絵ちゃん本人も言ってくれたんだ。ふふ、彩絵ちゃんに喜んでもらえて、正直なところちょっと一安心しちゃった」
そっか、そう言えばライブの後も2人は会ってるんだよな。本当は、愛莉と彩絵がどんな会話をしたか聞きたいところではあるけれど、一応そこは2人のプライベートな部分なので、我慢して聞かないことにした。
「……夏休みはどうしてる?」
「うーん、私はほとんどお仕事とレッスンかな。今のところあんまり遊びに行ったりは出来てないかも……暎くんは?」
「俺?……ほぼ家にいる」
「あはは……私とは真逆だね」
「う、うん……そうだね……」
「…………」
「…………」
相変わらずぎこちない会話に、自分の不器用さを呪う。変なところでオタクっぽさがあるよなあとため息を吐く。
そうやって落ち込んでいる俺の隣で、愛莉が突然ピタリと足を止めた。
「あ、ここだよ!」
そう言って愛莉は前方を指差し、カタカタという下駄の音を鳴らしながら石垣の階段に駆け寄る。
「ここが私の特等席っ!」
「へー、そうなんだ……うん?」
目の前の石垣と、その周囲から見える景色を見回す。石垣、港、いくつかの屋台。なんとなく見覚えのあるようなその景色に、俺は少し困惑する。
「……暎くん、どうかした?」
「あ、ごめん。いや、何でもないから大丈夫」
突然のデジャブ感。頭の中がグルグルと駆け巡っているのが分かる。この感覚は何なのだろう?分かりそうで分からないときほど、もどかしいものはない。
そうやって俺が何度も頭を傾げるのを、愛莉はいつも以上にジッと見つめていた。強い視線。真剣な眼差し。
「……そっか。なら良かった」
愛莉は微笑む。
「……ね、座ろっか?」
「へ?……あ、ああそうだね」
俺と愛莉は、石垣で作られた階段に座る。石垣の温度が、太ももの周辺にじんわりと広がる。花火打ち上げの開始時刻が近づくにつれて、周囲も段々と薄暗くなり、愛莉の浴衣の色も少しずつ紺色へと変化していく。
「…………」
「…………」
周囲はたくさんの人で賑わっているのに、この2人の空間だけが無言のまま、時間はゆっくりと流れていく。せめて、会話のきっかけを作らなくては……
「そ、そうだ!……屋台で、何か買ってこようか?」
不自然なほどぎこちない会話の切り出し方に、自分でも情けなくなる。
「ううん、大丈夫。ありがとう」
「あ、うん……分かった」
「…………」
「…………」
会話、終了。空気は、より一層気まずくなる。いっそ逃げ出したいくらいの気分だ。もう誰に怒られてもいいから、この場から立ち去りたい。そんなことしたら、彩絵は一生顔さえ会わせてくれないだろうなあ……
かと言って、花火が始まってしまえば、きっとまともに謝ることなんて出来ない。やっぱりもうここしかない。夜風の温い空気で一度深呼吸をして、俺は覚悟を決める。
「愛莉、ちょっといいかな?」
「……うん、なに?」
隣に座る俺を、愛莉はチラリと一瞥する。
「ごめん。俺、何も考えてなかった。だから、カフェで話した時、あの時は愛莉のことを声優水沢愛莉だとしか思えなくて。それでテンションが上がっちゃって、愛莉に色んなこと聞いちゃって、最後にはあんなことも言っちゃって……」
「…………」
愛莉は頷くことも返事をすることもなく、俯いたまま俺の話を聞く。そんな愛莉を見て、少し戸惑う気持ちはあったけれど、それでも俺は話を続ける。
「ファンだった水沢愛莉が家にやってきて、本当に嬉しかったんだ。頑張ったら人気声優と仲良くなれるんじゃないかって、気持ちが空回りしてた。水沢愛莉も一人の女の子だってことを忘れてたんだ。頭のどこかで、この子は特別なんだって認識してたんだと思う」
「…………」
愛莉は一度だけ顔を上げて、俺の表情を確認した。それが俺の何を探るためのものか分からなかったけど、今は自分の思いを伝えることだけで精一杯だ。
「でも、その後一緒にショッピングに行ったり、彩絵と楽しそうに話をする愛莉の姿を見て、声優としての水沢愛莉も普段の愛莉も、どっちも大切にしなきゃいけない一人の女の子なんだって、やっと実感できたんだ」
何度も何度も失敗して、反省を繰り返すうちに募った後悔の念が、決壊したダムのように流れ出る。それは他の誰のためでもない、愛莉への素直な気持ちだ。
「だから……ごめん。それを謝りたくて」
そう言って俺は、愛莉に頭を下げる。思っていたことを全て吐き出した。カフェで暴走した自分の姿と、その時の愛莉の表情を思い出しながら、謝罪する。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。頭を下げているので、もちろん愛莉がどんな表情で俺を見ているのかは分からない。それがどんな結末になろうと、俺はもうその事実を受け入れるだけだ。この上ない緊張感に包まれたまま、硬直状態で頭を下げていると、俺の肩に柔らかい手がかけられる。
「もういいよ。暎くん、頭を上げて」
その言葉を聞いて、俺はゆっくりと頭を上げ愛莉の方を見る。愛莉は優しい顔で、でもどこか切なそうな表情で俺のことを眺めていた。肩に置いた手をそっと離して、愛莉は俺に語り掛ける。
「……暎くんが謝ろうとしてたの、私知ってたんだ」
「えっ、そうなの……?」
「いや、ふつう気付くよ?だって暎くん、ショッピングモールのときから、明らかにぎこちないんだもん」
「……え?ショッピングモールって、だいぶ前じゃん……」
唖然として、俺は瞬きを繰り返す。
ポカンとする俺を見て、愛莉は堪えるようにクスクスと笑った。
「気付いてたけど、暎くんをちょっと懲らしめてやろうと思って。だからわざと気まずい雰囲気を出してみたんだよ」
「……そうだったの……?」
「うん。ちなみに彩絵ちゃんは、ぜーんぶ知ってましたー♪」
今日一番の笑顔で、愛莉は俺に暴露する。
絶句。言葉にならないという表現を地でいくような、俺にとっては衝撃的な告白。つまり、俺は愛莉と彩絵に、この数週間はめられていたということだ。
演技力の高さとか、一連の手の込みようとか褒めたいところは色々あるけれど、とりあえず一番は、女の子って恐い。
「ふふ、ちょっとは反省した?」
「ちょっとどころか、今のところ生涯で一番だと思います……」
「いやあ、ドッキリ大成功だね。思ったより上手くいって良かったー!」
「はあ……」
でも、本音を言うと、ドッキリで良かったのかもしれない。おそらく、それくらいしないと彩絵は俺が反省しないと思ったのだろう。だったら愛莉の言う通り、このドッキリは大成功だ。それにしても、ずっと心の内を読まれていたというのは、なかなか恥ずかしい。
「ホッとしたかな?」
「だいぶね……体の緊張が一気に抜けちゃうくらいには……」
愛莉は不思議そうに俺の顔をじっと眺める。
「……もしかして暎くん、緊張してたの?」
俺の心境とは完全に反対にいた愛莉の言葉に、思わず俺は苦笑いをする。
「当たり前だよ。今日が謝る最後のチャンスだって思って来てたんだから。これを逃したら、もう愛莉とは戻れないだろうなって、必死だったよ」
「そっか……うん、そういえばそうだったね」
愛莉は下を向き頷いて、どうしてか少し嬉しそうに笑う。
「でもね。私が気づいて欲しいのは、もう一個あるんだ」
愛莉は港を見つめて言う。ぬるい潮風に吹かれ、その浴衣の袖がひらひらとなびいている。
「暎くんは、私が花火が好きなのは知ってる……んだよね?」
「うん。プロフィールにも書いてあるでしょ?」
「ふふ、そうだね。じゃあ、みなとみらいの花火が私にとって特別なのは?」
「ごめん……彩絵から聞いた」
「ううん、それはいいの。謝ることじゃない」
愛莉が横に首を振って俺に返事をした後、こちらに顔を向けた。
「私が知ってもらいたいのは、その理由」
そう言って愛莉はその長く伸びた髪に触れ、耳の上についていた髪留めをすっと外し、俺に手渡す。
「暎くん、これ覚えてる?」
「……髪留め?」
赤い髪留めを手のひらに乗せたまま、俺は髪を整える愛莉に尋ねる。女の子特有のシャンプーの匂いが、僅かに鼻をかすめる。
それはいつも愛莉が付けている髪留めだった。愛莉がアップするブログの写真にもよく登場する。そして、写真を見るたび、俺に何か不思議な感覚を起こさせる原因だった。デジャブとか既視感といったようなものに近い。
手渡された髪留めを触りながら、いつも俺をモヤモヤさせるそのアイテムを眺める。実際に手に持ってみても、やっぱり思い出せない。
「…………なんだっけ」
「はあ。やっぱり暎くんはダメだなあ」
愛莉はやれやれという落胆の表情で、ため息をつく。
「やっぱり、って……でも、これまでのこともあるし、なんかあんまり否定はできないかも」
思わず苦笑いして、口からは卑屈が現れる。彩絵と茉希に叱られて芽生えた反省が、さながらボディブローのようにじわじわと効いているようだ。
「……そっか。じゃあ、そんな暎くんを私が肯定してあげる」
「肯定……?」
「そう。肯定」
そう言って愛莉は微笑み、おもむろに立ち上がって、俺の前で振り返る。さっきまで爽やかな水色だった袖が、闇に溶け込み紺に染まっていた。
言葉の意味が分からず困惑する俺に、愛莉は語りかけるような口調で話を続ける。
「それは、ちょうど1年前。この花火を私にとって特別なものに変えてくれた髪留めだよ」
愛莉の後ろから僅かに漏れる屋台の光が逆光になり、愛莉を一人の女の子としてシルエットを映す。それは、雑誌のグラビア写真でも見ているかのような、幻想的な光景だった。光が闇を包んでいる。
「そして、私を一人の声優として、輝かせてくれるきっかけにもなった」
その透き通るような声は、紛れもなく水沢愛莉のものだった。けれど同時に、愛莉でもあった。
どうしてこんな当たり前のことを思ったのか、既視感があったのか。その答えはすぐに分かった。
「…………え?」
ちょ、ちょっと待って!……嘘でしょ……?
切れ切れになったこれまでの出来事が、完成間近のパズルのように、脳内で一つ一つサクサクと組み合わさっていく。正解に向けて、その思考はスピードを増していく。
「暎くん、思い出した?」
「……もしかして……いや、まさか……」
「そう。その、『まさか』」
パニック寸前、思わず唾を飲み込む。足下から全身へと、鳥肌が立っていくのが分かった。
「この髪留めを渡したのって……」
薄暗い風景と周囲の雑音が混じる中、愛莉は俺の目を真っ直ぐに見つめて頷いた。
「他の誰でもない、暎くんだよ」
今度はデジャブではなかった。見返した手の平の髪留めを頼りに、はっきりとした記憶が脳天に突き刺さるように蘇る。
1年前に起こった、花火が鳴る夏の夜の出来事を。
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