4-3


「初めてのfineのライブはどうだった?」

ライブ終了後、駅まで歩く道のりで、自分自身の興奮が冷めやらぬ中、俺は彩絵に感想を聞く。

「うん、すっごかった!愛莉先輩はもちろんだけど、みんなすっごく可愛くて!なんなのこのかわいい子たちは?って感じだった!」

その言葉とテンションが上がっている彩絵を見て、彩絵も心から楽しかったのだろうと俺も一安心する。

「曲もすっごいかっこ良かったし!なんだっけ……あの『げーんきープレゼントー』って歌詞の曲……」

「うーん、『So fine!』かな?帰ったらあとでアルバム貸してやるよ」

「ほんとに!?ありがと!」

俺の言葉を聞いて、彩絵はウキウキした表情を見せ、足取りも軽くなり、俺の少し前を進んでいった。よほどライブが気に入ったのだろう。

「そう言えばお前、途中で『あいりちゃーん!』って言ってなかったか?」

「あ、うん、あはは……楽しくて、思わず呼んじゃった」

彩絵は恥ずかしそうに笑いながら、頬をかいて照れる。

「いつもと違うステージに立つ先輩はどうだった?」

「うん……最初はかっこ良すぎて別人みたいだったけど、トークの時だったり、ふとした時に見せる表情は、やっぱり私の知ってる愛莉先輩そのものだったよ。だからね、新しい一面が見れたみたいで、もっともっと先輩のことを好きになっちゃいそう」

「そっか。良かったな」

「うん!」

先輩としての愛莉と声優として水沢愛莉。2つのギャップに戸惑っていた彩絵は、ライブを通してどちらの愛莉も受け入れることができたということだろう。これはきっと、愛莉本人も喜んでくれるに違いない。


彩絵は正直に言ってくれた。だから俺も、意を決して言う。

「彩絵、ごめんな」

「……え?何が?」

振り返った彩絵が、立ち止まる。その彩絵を見て、俺も足を止め、彩絵の目を見る。

「いや、こないだ、あの子に謝れなかったって言ったじゃん」

「……あー、そういえばそうだったね。っていうか、今日はその埋め合わせで私達来てるんだもんね」

すっかり忘れていたと言わんばかりの顔で、思い出したかのように彩絵はうんうんと頷く。

「謝罪するために彩絵がわざわざ予定組んでくれて、しかも俺が謝りやすいように2人にしてくれたのに、結局俺は何もできなかった」

彩絵に向かって、俺は頭を下げる。俺と彩絵の間に、沈黙が生まれる。

「……この前も言ったけど、私のことはいいんだよ。そんなので私は先輩と仲悪くなったりしないし。別にお兄ちゃんともケンカしたいわけじゃないし?」

俺のことを見ないように目を背けながら、彩絵は話す。

「で、お兄ちゃんはこれからどうするの?」

「…………どうしよう」

「はあ、やっぱり決めてないんだね……つくづく呆れるよ」

ため息を吐いて、彩絵はやれやれというジェスチャーを見せる。

「……でも、やっぱり謝らなきゃいけないと思う。俺のやったことは許されない」

彩絵は、少しだけ驚いたような表情をする。一度俺から目を逸らし、彩絵は何かを考えるような仕草を見せ、しばらく経ったあと急にニヤついて、俺に向かってバシッと人差し指で指をさす。

「じゃあもう結論は一つしかないでしょ!」

彩絵はスタスタと俺に近づき、正面で軽く握った拳を俺の胸に押し付け、至近距離で俺をバッと見上げた。

「素直に謝れ!」

そう言って、押し付けた拳を突き上げ、俺のあごにコツンとぶつけて止める。

「私にしかできないことがある。けど、お兄ちゃんにしかできないこともある。誰がやっても良いことをやったって、それじゃ意味ないんだよ。だからお兄ちゃんは、お兄ちゃんにしかできないことを考えてやるしかないと思うよ?」

俺のあごに当たった拳を、練りこむように彩絵はぐりぐりとこすりつける。

「だから、それを探すのがお兄ちゃんの仕事」

「……ふぁい」

「うん。分かればよろしい」

彩絵はそう言うと、拳を外して少し間合いを取る。俺は思わずぐりぐりされたあごを触って、その手触りを確認する。少しだけあごにはその感触が残っていた。

「まあ、せっかくだから、可愛くてかわいい妹様がヒントくらいはあげよっかな」

「ヒント……?」

「最初で最後だから、よく聞きなさい」

「……分かった」

「では……」

彩絵はコホンと咳払いをして、一度仕切り直してから話を続ける。

「今度、花火大会があるのは知ってるよね?」

「花火……みなとみらいのことか?」

「うん。毎年、元町でやってる花火大会」

もちろん知っている。去年は透や茉希たちに連れられて行った、横浜で最も大きな花火大会だ。……みんなとはぐれちゃってなかなか散々だったけど。だからこそ、個人的にも色々と思い出は深かったりする。

「愛莉先輩、あの花火が一番好きなんだってさ」

「そうなんだ……」

「きっとこれは、どこにも書いてないはずだよ?花火が好きってことは公言してるかもしれないけど。なんか、みなとみらいの花火には特別思い入れがあるから、あえて言わないようにしてるんだってさ」

「思い入れ?」

「うん。ま、私も詳しくは知らないんだけどねー。とにかく特別みたい」

愛莉といつも一緒にいる彩絵しか知り得ない情報を、彩絵は俺に教えてくれた。それがどういうことなのか、さすがに鈍感な俺も何となくではあったが理解ができた。

「分かった。誘ってみるよ」

「へー?誰を?」

「……わざわざ言わないといけないか?」

「いやー?べつにー?」

彩絵がまたニヤニヤ顔で言う。この表情に俺は、何度救われただろう。

「彩絵もいくか?」

「本当は私も行きたいよ?愛莉先輩と花火なんて、超楽しそうだしね。でも今回は遠慮しとく」

また彩絵が首を横に振る。

「悪いな。その件については、どこかでまた埋め合わせするから」

「……なんか、お兄ちゃんの周りって埋め合わせばっかだね。それこそ、みなとみらいみたい」

「俺は埋め立て地かよ……」

「ま、もともと空っぽって意味では似たようなものじゃない?」

彩絵はいたずらっ子のように嬉しそうに笑う。

「……そんな空っぽの中に、たくさん思い出を作ってきなよ」

「ああ。……彩絵、ありがとな。彩絵の分まで俺、頑張るから」

「だーかーらー。私のことはいいんだって。今は先輩のことだけ考えてればいーの。分かった?」

「はい。そうします」

2人の間に沈黙が流れる。夏独特の僅かに湿ったぬるい風が通り抜け、彩絵の前髪を揺らす。夏の夜は気持ち良い。そして、今日は特に。

「……帰ろっか」

「ああ、そうだな」

彩絵の言葉に頷き、俺達は駅に向かってまた歩み始める。街頭の下、俺と彩絵の影が長く伸びていく。

「学校も今週で終わりかー。なんだかこの3ヶ月すっごく早かった気がする」

「来年はもっと早く感じると思うぞ」

年を重ねるごとに時間の感覚が早くなるというのは、おそらく本当なのだろうと俺は思う。年々夏休みが短く感じるようになった俺が言うのだから間違いない。彩絵がまたウキウキした様子で、横から俺の顔をスッと覗き込む。

「ねえお兄ちゃん!高校生の夏休みってどんな感じ?」

「いや、特に中学時代と変わんないと思うぞ?補習とかあるくらいか?」

「えー、そんなのつまんないー!何かもっとこう違った面白いことないの?」

「そんなこと俺に言われてもな……結局は自分次第なんじゃないか?」

「……なんかお兄ちゃんが言うと、ものすごく説得力があるのは何でだろう……」

彩絵はジト目で、憐れむように俺を見る。

「……お前、その言い方、嫌味しか含まれてないぞ?」

「だって、去年のお兄ちゃん、ほとんど家でアニメ見たりゲームしたりしてたじゃん。だから自分次第っていうのは、自分から動かなきゃ俺みたいにダメになっちゃうぞ、ってことでしょ?」

「……さりげなく俺を反面教師にして、人生を悟ったな」

彩絵は左目でウィンクをして、満面の笑みを見せる。こいつ、俺をいじってるとき本当に楽しそうな顔するよな……彩絵は腰の後ろで両手を重ね、駅までの道を一歩一歩進む。

「……お兄ちゃんも、今年は良い夏休みになるといいね」

「ああ、そうだな」

「いやー、夏休み楽しみだなー」

「俺もあと一週間頑張るか……」


満月に照らされた夏の夜空の下、改めて決意したその思いを俺は今度こそ実行する。まだまだ夏は始まったばかりだ。

こうして、俺たちは一度きりの夏休みを迎える。

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