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翌日から、俺は思いついたことを全て実行していくことにした。
絶対に水沢愛莉に近付く方法はあるはずだ。何事もやってみなきゃ分からない。仲良くなって、透を見返してやる!
そして何より、水沢愛莉と付き合って、彼女にする。俺は改めて決意をした。
アプローチ1.『CDのお渡し会』
「うん、これはもう定番だよな」
俺の得意分野とも言えるほど幾度と通い、これまで何度も失敗してきたこの方法である。が、やはり声優に最も近付くことのできるイベントと言えばこれ以上のものはない。
声優に限らず、様々なアイドルもこの方法でファンと接する機会を作ってきた。その小さなファンサービスが実を結んで、大きく羽ばたくことのできたアイドルグループも少なくない。そういう意味でも、お互いにメリットの大きいイベントである。
「しかし、どうしたら上手く次に繋げられるかな……」
俺にとって大きな弱点は、金元梨紗のときもそうであったように、直前になって緊張が大きくなりすぎることだ。声優というものに大きな敬意を払っているからこそ、意識しすぎてしまって、上手く話すことができずにいた。
で、わけの分からないまま告白して撃沈するパターン。この方程式で、すでに10敗目だ。正直、ちょっとトラウマになりつつあることは否めない。
「とりあえず、水沢愛莉のお渡しイベントを検索するか……もうすぐ個人名義のシングルが発売するって言ってたしな」
カタカタとインターネットで検索をかけてみる。
「……あれ?出てこないな……」
検索条件を何度か変えてみても、一向にそれらしいイベントの告知は出てこない。
仕方なく検索で探すのを諦め、某有名アニメショップのサイトへ飛び、しらみつぶしにイベント情報を見ていくことにした。
が、出てくるのは他の声優やアニソン歌手のイベントばかりで、水沢愛莉の名前は一切出てこない。
「……もしかして、お渡しイベント自体やってない?」
確かに、そういう声優がいるのは事実だ。そういう人は、公に出るのが好きではなかったり、顔の出る仕事を敬遠するという、声優らしいと言えば声優らしい理由だったりする。まあ、元々はメディア露出のない仕事だから、全くおかしなことではないんだろうけど。
しかし、水沢愛莉は雑誌やアニメ系の大きなイベントなど、メディアにもちょくちょく出演したりしている。だから、その理由は考えにくい。
もしかしたら、すでに人気がありすぎて、もう収集がつかなくなることを想定して、そういうイベントをやることが出来なくなってしまっているのかもしれない。だとしたら、こればかりは対策のしようがない。だって、ないのだもの。
いずれにせよ無いものに固執して俺が喚いたところで開催されるわけではないので、別のアプローチ方法を探すしかない。だって、ないのだもの。
断念。
断念理由:目的のイベントそのものがない。(トラウマ回避のため、実は少しほっとしている)
アプローチ2.『ライブイベント』
ライブイベントであれば、確実に水沢愛莉を視界に捉えることができる。まず、同じ空間にいるという事実が大事なのだ。そうしないことには、何も始まらないし生まれない。
ということで俺は、先日発売したfineの1stアルバム「ポルトフィーノ」の初回封入特典として付いてきたライブの先行抽選にネットで応募した。
アルバムの購入特典ということもあり、普通に考えれば倍率的には最も取得しやすい……はずだった。
落選。
「あーマジかー……ま、でも仕方ないか。次の先行で当てれば一緒だし」
このセリフがフラグであることは言うまでもない。
一般先行。
よくある大手チケット販売会社のサイトから応募して、後日当落結果を受け取る形式の抽選方法だ。
該当イベントの記入項目をスラスラと記入していき、さくっと応募を完了させる。もう何度この手の抽選に応募したか分からないほどなので、もはや手慣れたものだ。
抽選結果発表日。当落結果はメールで連絡が来るようになっている。発表時刻となった瞬間、手元のスマホがメールを受信した。
落選。
「……なんか、雲行きが怪しくなってきたな……」
ちなみに、当落結果日にSNSは見ない方が良い。そこでは阿鼻叫喚とも言えるような、当選した人と落選した人間の醜い罵り合いが行われているからである。間違いなくそこには、天と地ほどの格差が存在している。抽選を外した落胆だけでなく、当選した友人の喜びツイートを見ることで、もう一段落ち込むことになるから、基本的にはやめておいた方がいい。
一般販売。
「やっぱ電話繋がんないじゃん……」
ライブイベントの一般販売は電話での申し込みであることが多い。つまり、同じタイミングで何万人というライバルが、一斉に同じ電話番号にかけることになる。本当にこれで当たる人がいるのかと思うほど、その電話は繋がることがない。他のどの抽選よりも、自らの運命力を感じることのできる抽選方法だ。
つまり俺には、運命力が足りない。
落選。(運命力不足)
というか、そもそも当選していたとして、ステージと客席では明らかに距離が遠すぎる。だから、結果的に行っていたとしても、おそらく今回の目的を果たすことは出来なかっただろう。もちろんこれは、ライブに行くことができないことを合理化する、ただの言い訳である。
断念。
断念理由:チケット争奪戦の敗北。(3回に渡る抽選漏れ)
アプローチ3.『イベントの警備員』
アニメ関連のイベントのスタッフになれば、声優に近づくことが出来るのではないか。そう考え、俺はイベント関連のアルバイトだけを掲載したスタッフの募集サイトを眺めていた。
「おっ、来週やるフィギュア中心のイベント、スタッフ募集してるじゃん。しかもこれ、ちょうど水沢愛莉が参加するってオフィシャルに書いてあった気がする!」
急いで俺は水沢愛莉の公式ブログをチェックする。やはりそのイベントには、水沢愛莉が参加することが明示されていた。
「やっぱり!よし、すぐ応募しよう!思い立ったが吉日っていうしね」
俺は必要項目欄に一つ一つ書いていく。サイトの上から順番に名前、年齢、住所、職業、その他諸々を打ち込んでいく。全ての記入が終わったところで、画面一番下の注意書きにたどり着いた。
『18歳未満の方は、保護者の方の同意書が必要となります』
へー、そういうものなんだな。これまでバイトなんてやったことないからよく分かんないけど。ま、親にお願いして書いてもらえばいいだけの話だ。気に留めるようなことでもない。
そこで俺はふと気が付く。
「……っていうかうちの高校、バイト禁止じゃない?」
昨年の夏休み、透が言っていたのを思い出す。
透がアルバイトをしようと思い先生に申請に行ったら、そもそもうちの高校はアルバイトを認められていないということだった。一応うちはそれなりの進学校だから、バイトで小銭稼ぎなんてしてないで、学業に専念しろということなんだろう。学校側が言わんとすることは、確かに分からんでもない。
俺の場合はお金が欲しいわけじゃないんだけど、そんなことを言ったって理解してもらえるわけではない。というかむしろ、そんなことに目を向けてないで、もっとしっかり勉強しろって言われそうだ。
「……やめておこう。そんなので停学にでもなったら、それこそ親になんて言われるか分からない。そんなオタク趣味なんて気持ち悪いから今すぐやめろ、くらいのことは言われそうだしな……」
断念。そういうところで意外と律義かつビビリな自分が現れる。社会で生きるって大変だな。
断念理由:横浜北高校校則、バイト禁止により。
アプローチ4.『自分自身が声優になる』
自分が有名声優になって、作品の中で水沢愛莉と共演することができれば、面識を持つことができて仲良くなれるんじゃないか。しかも、お互いに仕事なので、アフレコ等で毎日顔を合わせることがあったとしても、全く不思議ではない。
ほら、今まで出てきたアプローチの中で、一番良いアイディアじゃない?これまでで最も現実味があって、俺は少しワクワクする。
「うーん。とりあえず、養成所に通えばいいのかな?」
俺はインターネットから、いくつかの声優養成所の入学資料を請求した。
すぐに資料は手元に届き、何部か届いた入学説明資料を一枚一枚開いていく。資料にはその養成所から輩出された有名声優の名前がでかでかと表示され、講師となる先生の紹介、授業のカリキュラム等の詳細が記載してあった。
「へー、こうしてみると結構面白そうだな」
これまで声優という職業が自分から遥か遠い存在に思えていたが、全ての声優さんがこういった場所からスタートしたのだと考えると、なんだか少し身近に感じる。当然のことだが、どれだけ売れている声優もみんな最初は素人だった。そんな当たり前の事実に、俺は何か走り出したいような気分になる。
「声優になるなんてこれまで一度も考えたことも無かったけど、結構楽しそうでいいかも!」
そんなワクワクした前向きな気持ちを持って、最後のページを開く。最後のページには養成所に通うための必要な費用の明細が記載されていた。
「……え、養成所に通うだけで、こんなにかかるもんなの?」
高校生から見ると、とてつもない金額がそこには記されていた。高校生がバイトをして稼いだからと言って、そう簡単に支払うことのできる金額ではない。
しかも、養成所を卒業したからと言って、どうやらその後声優事務所に所属できるとは限らないらしい。結局は実力主義といったところか。
その事実を突き付けられ、さっきまで持っていた前向きな気持ちはいつの間にか、完全に消え去っていた。無力感だけが残る。
冷静になった俺は思う。そもそも、俺自身に声優として何かを成し遂げたいと思う気持ちがない。だからおそらく、養成所に通ったとしても、きっと周囲の熱意に押されてしまう。下心だけで乗り越えていくことができるようなそんな甘い世界ではないだろう。それだったら普通に、今のまま純粋なアニメファンでいたいと思ってしまうのだった。
断念。
断念理由:金銭的問題と熱意の問題。
アプローチ5.『マネージャー』
声優事務所のマネージャーとして働くことが出来れば、言ってみれば身内みたいなもんだし、声優といくらでも仲良くなることができるんじゃないか。
俺はそう考え、水沢愛莉の所属する某声優事務所のマネジメント職の採用ページを見る。我ながら安直であると思う。
「えっと、新卒採用と中途採用……これ、何が違うんだ?」
よく分からないので、とりあえず新卒の募集要項をクリックしてみる。
『募集対象者。今年度大学を卒業予定見込みの者』
「……これ、大卒じゃないと無理っぽい?」
新卒採用とは、どうやら大学や専門学校、もしくは高校を卒業する人たちが受けられる採用試験のことらしい。ということは、現在高校2年生である俺には、まずもってその資格がない。
「じゃあ、中途採用なら……!」
『中途採用募集対象者、社会人としての必要なスキルを有しており、かつ何かしらのマネジメント経験が3年以上ある者』
「中途採用って、サラリーマンの転職のこと……なの?」
さらに詳細を読み込んでいくと、そこには新卒採用以上に難しく、厳しそうな単語がいくつも並んでいた。それらの言葉を見ているだけで、なんだか気が滅入りそうになる。社会人って辛いんだろうな……
おそらくこれは、日本での転職活動は大変厳しいことを示唆しているのだろう。新卒採用と中途採用で、これほどまでの差があるとは……まさかこんなところで、社会勉強を行うことになるとは思いもしなかった。確かに今後の良い勉強にはなったけど。
言うまでもなく俺には社会人としての経験はなく、もちろんマネジメント経験なんてあるわけがない。つまり、単純に高校生がサラリーマンとして採用してもらえるわけがないのだ。
断念。
断念理由:年齢と履歴書。
アプローチ6.『ステージのバックミュージシャン』
声優のライブイベントに行くと、必ずと言ってもいいほど、声優がバンドメンバーと和気あいあいと戯れているシーンを目にする。つまり、楽器の演奏者になれば、仲良くできるのではないか。
そう思い、まずは某ネットショッピングサイトでギターを探した。
「これいいんじゃないか?見た目もかっこいいし」
一番安かった初心者向けの赤いギター(ストラトキャスターという種類のものらしい)を見つけ、即座に注文をかけた。
その翌日、すぐにギターは届いた。
「よし、さっそく練習するぞ!まず何からやったらいいんだろ?」
付属品として入っていたギターの練習用ガイドブックを開き、とりあえず一番最初のページに書いてあったコードの練習からスタートする。
「……Cコード?よく分かんないけど、この通りに弦を抑えて弾けばいいんだよね」
指がつりそうになりながらも、なんとか左手でCコードを抑え、弦をピックでジャーンする(ストロークと言うらしい)。不格好な粒の音が自室に響き渡る。
「おおっ!なった!これ、結構楽しいかも!」
わくわくしながら、次のコードを試す。D、Eと順調に進む。
「あれ?この調子なら結構簡単にいけそうじゃない?もしかして、俺って実はギターの才能があったりするのか?」
少しテンションが上がる。そんなことを考えながら、Fコードへ突入した。
「F……バレーコード?」
俺は目を凝らして、コード表を再度見直す。
「これ、人差し指で全部の弦抑えてる?しかも、同時に他の3本の指も抑えるの?……そんなの無理じゃない?」
しかし、Fコードの説明には間違いなくそう記載してある。どうやら印字ミスというわけでもなさそうだ。
すでにそれなりに酷使した左手は握力がかなり落ちており、その指先も弦が当たるだけで痛いくらいになっている。
とりあえず書いてある通り、手首を押し出すようにしてFを弾いてみたものの、ポコポコした滑稽な音が鳴るだけだった。何度か繰り返してみても、一向に和音感は出ない。どちらかというと、何らかのパーカッションのような音に近く、ギターを弾いているとは到底思えない音だった。
「……もう今日は手に力も入んないし、明日でいっか」
ギターを置き、俺はベッドの上に横たわる。
そして、天井を見上げながら、ふと思う。
「……これ、どんだけ時間かかるの?」
終わりが見えないことが判明した。
単純にギターが演奏できるようになるまでかなり時間がかかりそうだし、そもそもそこから先、プロのミュージシャンなんて簡単になれるものでもない。
あんなステージで演奏できるようになるまで、何十年かかるんだろう。そう考えたら、なんだか一気にやる気がなくなった。モチベーションが皆無なんだから、技術が向上するわけがない。
断念。
断念理由:F。
アプローチ7.『ツイッター等のSNSで近付く』
普段から呟きに対して何度もリプライを送っていれば、もしかしたら俺のことを知ってもらえるかもしれない!
そう考え、俺はフォローしている水沢愛莉の公式アカウントを開く。直近の呟きに対して、些細な出来事にもマメにリプライを送ることを決意した。
airimizusawa『今日のお昼ご飯はお母さんの特製オムライスでしたー♪』
akiran346『@airimizusawa とっても美味しそうですね!お母さんの特製オムライス、ぜひ食べてみたいです!』
もちろんこのakiran346は俺のアカウントである。そのアカウント名については、言及しない。
さて、まず1つリプライを返したし、周囲の様子を見てみるか。水沢愛莉に対してのリプライを検索する。
「え?!リプライ117件?」
先ほどのオムライスに対する水沢愛莉のツイートが書かれてからまだ10分程度しか経っていないが、すでにそのツイートには膨大な数のリプライが返ってきていた。そのリプライの中には、単純に水沢愛莉との会話を楽しもうとするものもあれば、明らかに下心が見えるものもある。同じことを考えている奴って、想像以上にたくさんいるんだな……
改めて考えてみれば、水沢愛莉のフォロワーは現時点で5万人以上いる。それだけの人数がいれば、その数のリプライが即座に返ってきても全くおかしな話でない。
しかし、airimizusawaはそれらのリプライに返事をしない。おそらく公平性を保つという意味で、誰とも個々のやり取りをしないと決めているのだろう。少しだけほっとする。ただそれは同時に、もちろん俺に対しても返事をしないということだ。
つまり、ツイッターでのやり取りは、全く進展する見込みがないと判断できる。
断念。
断念理由:公式アカウント『airimizusawa』のツイートが日記としての存在に近いため。
アプローチ8.『イベントの出待ち』
これだったら結構可能性あるんじゃない?水沢愛莉が出演するイベントに参加して、その出口でひたすら待機していれば、絶対に出てくるわけだし。……いける、いけるぞ!
俺は水沢愛莉の公式ブログから再度イベントの出演情報をチェックする。直近だと、「ワラワラ生面談」内のイベントブースに出演することが決まっているらしい。
ワラワラ生面談は、その費用さえ支払えば誰でも参加することの出来るイベントだ。つまり、ライブのときのように抽選漏れで参加できないという事態がなく、確実に俺も参加することが出来るということだ。運命力が徐々に高まってるぞ……
ワラワラ生面談、イベント当日。
当日券を購入して、俺は会場内に突入する。会場全体が物凄く広く、アニメだけでなく現在のネットブームを象徴したような様々なブースが並んでいた。俺は感心しながら、会場を歩き回る。
「とりあえず、イベントブースに行って、待機してるか……」
入場口で手渡されたマップを眺めながら、俺はなんとかイベントブースへとたどり着く。すでに観覧客が何百人と体育座りで待機しており、葬儀かと思うほどに黒い服ばかりが続いていた。オタクイベント特有の統制がとれた隊列は、いつ見ても圧巻である。
その最高尾に案内され、俺は後方からイベントブースを眺めることとなった。
「では、この時間のスペシャルゲスト!声優の日向葵衣さんと水沢愛莉さんでーす!」
男性MCの呼び込みに応じて、日向葵衣と水沢愛莉がステージ横から登場する。
「みんなー!あおいだよー!やっほー!元気にしてたー?」
大きく手を振りながら元気に客席に呼びかける日向葵衣。対照的に水沢愛莉は、葵衣を見守るように静かに歩いてくる。
「こんにちはー、水沢愛莉です」
ワラワラ生面談と書かれたイベントTシャツを着て、姿勢良くゆっくりと入ってきたその女の子は、丁寧にお辞儀をして挨拶をする。その姿を見せた瞬間、会場は一段と盛り上がりを見せる。
「いやー、まさかfineの2人にこの会場に来てもらえるとは、我々運営側としてもこれ以上嬉しいことはないよねー!みんなもそう思うでしょー?」
MCの問いかけに対して、観客が各々の歓声で応える。男性客の割合が多いせいか、地鳴りのような音が響く。
「ほら、これだけの人気!さすがfineって感じするよね!」
「すごーい!こんなにいるんだー!」
日向葵衣が目を丸くして驚く。正直俺もこの人数は想像以上だった。これだけのイベントスペースを埋めてしまうんだから、オタク界でfineがどれだけ注目されているかがよく分かる。
「これだけたくさんの方に集まって頂いて、私達も嬉しいです。どうもありがとうございます!」
改めて水沢愛莉が挨拶をして、観客へ向かって手を振る。華奢なTシャツ姿は、いつもブログにのっている私服写真とは違って新鮮味を感じる。
そんな感じで、俺は20分ほどのトークイベントを満喫する。日向葵衣の天然具合を中心とした、終始笑いに包まれた良いイベントだった。
「いやー、楽しい時間はすぐ終わっちゃいますね。今日はこんなに楽しいイベントに呼んでくださって、本当に感謝するばかりです!みなさんどうもありがとうございました!」
締めの水沢愛莉の声を聞いた瞬間、俺はふと当初の目的を思い出す。……そういえば、今日は出待ちをしに来たんだっけ。普通にイベントに参加しに来たわけじゃない。俺にとっては、この後がメインイベントなんだ。
しかし、同時に俺の頭に疑問がよぎる。……仮にこの後出待ちをして、水沢愛莉と話すことが出来たとして、具体的にその後どうしたらそこで仲良くなることができるんだ?
だって、よく考えたらこれってものすごく気持ち悪いことじゃない?これがイベント会場じゃなくて、彼女の自宅だったら完全にただのストーカーだよ?差し入れを渡すことだけが目的ならまだしも、その後を考えてるわけだから、これは明らかに悪質だよな……
確かにやろうと思えば実行できるけど、俺は泣く泣く断念することにした。この年でまだ捕まりたくはない。俺は1人そんな気持ちで水沢愛莉のトークイベントを見守り、どことなく切ない思いを背負いながら、ワラワラ生面談の会場を去った。
でも、イベント自体は楽しかったなあ……
断念。
断念理由:ストーカー予備軍。
アプローチ9.『偶然出会う』
……ランダムイベント?
ここまで来ると、確率論とかそういうレベルの問題じゃなくなってくるな。それこそ運命力とか?
透の言っていた仮定の0.3%なんて数字が、ものすごく可愛いものに見えてくる。こんなの、パンを咥えたまま街角でぶつかるとか、図書館で同じ本を同じタイミングで手に取るとか、そういう古典的な少女漫画みたいな話になってくる。当然、狙って出来るような話ではない。
早々に断念。っていうか、これは断念とかそういうものじゃない気もするけど。
断念理由:確率論。
こうして、幾多ものアプローチの結果、見事に全てが空振りに終わり、結局どれ一つとっても進展はなかった。
最終的にはイベントの楽しい思い出と、初心者用のギターだけが残った。今ではすでにかっこいいオブジェとして輝いている。
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