第9話 男子高校生は、爽やかな青春を憂うイミテーション。

 俺の主観であるが、ラスボスというのは大抵が何かしらの大きな野望を抱いていて、その目標のために日々相応の努力をし、途中様々な困難があってもめげることなくいつも笑っている。正義のヒーローがやってこなければ、きっと自分が描いてきた希望する未来を手に入れられたはずである。ただ残念ながら、『ヒーローの敵』というそれだけの理由で、いつの時代も彼らが勝つことは叶わなかった。どれだけ頑張っても、なぜかギリギリのところで勝てない。

 つまり、散々使われてきた言葉であるが、正義の反対は別の正義なのである。

 今回の事件もやはりそれに当てはまるのだろうか。そんなことを考えながら、俺は生徒会室の前にやってきた。


 今日の放課後は、3年生は進路についての説明会があるとかなんとかで、全員が体育館に移動していた。そのため、今この校舎の中には1、2年生しかいない。

 「……開けるぞ」

 俺の言葉に、千里がコクリと緊張感ある面持ちで頷く。

 俺は引き戸を力強くスライドさせた。『ガララッ!』という木材の擦れるような音とともに、生徒会室から廊下に夕日が差し込む。

 ドアを開けた瞬間、室内からはカタカタと手馴れた様子でキーボードを打ち込む軽快な音が聞こえた。

 夕日の逆光で顔は見えなかったが、スタイリッシュなそのシルエットにはよく見覚えがあった。キーボードの打刻音がピタリと止まる。

「やあ、香山くんじゃないか。急に生徒会室にやってきてどうしたんだい?」

 永井先輩が口を開く。

「先輩が、いつでも来ていいって言ってくれたんで、本当に来ちゃいました」

「ふふ、そういえばそんなことも言ったっけ。うん、いらっしゃい」

 俺たちの突然の訪問にも決して動じることのない穏やかなその声は、一般の生徒がイメージする生徒会執行部としての永井先輩の姿を如実に表しているような感覚を覚えた。爽やかで、穏やかで、それでいて頼りになる。そんな先輩。

 俺自身、直接本人と話すまでは先輩のことをどう思っていたんだろう。もうそんなこと覚えてもいない。名前すら曖昧だったくらいなんだから、おそらく気にしてもいなかったんだろうな。っていうか、そもそもそんなに人に興味を持つタイプじゃない。自分のことで、いつもいっぱいいっぱいなので。

 それはともかくとして、俺はそんな永井先輩に用があってここにやってきたのだ。

「……先輩、一人ですか?」

「ああ、うん。3年生はみんな体育館に行っちゃっていないし、もう一人2年生の生徒会執行部がいるんだけど、彼女も今は別の仕事に出掛けちゃってね。今は僕一人だ」

 生徒会の執行部は全部で6人いる。3年生は生徒会長、副会長、書記長、会計長の計4人。2年生は書記と会計の2人である。つまり3年生のいない今、本来は永井先輩の他に、もう一人会計担当の先輩がいるはずだった。まあいないなら、こっちとしては好都合で良かったけど。

 それにしても、人数のわりにはやっぱり広いよなあと再度感心する。それだけこの生徒会のメンバーには、教師たちからも期待されているという表れなんだろうか。

 室内の状況を見渡して、永井先輩の他に誰もいないことを俺はふんふんと頷きながら確認する。

「じゃあ、ちょうど良かったです。俺、先輩と話がしたかったんです」

「へえ、僕に用があったのか。ふふ、それは良いタイミングだったね」

 椅子に腰かけてPCのキーボードを触っていた永井先輩は、静かに立ち上がって窓のブラインドを調整する。夕日の光は途端に静かになり、教室には昼白色のLEDの灯りが広がった。

 ようやく永井先輩の表情が露わになる。永井先輩は相変わらず清々しいほどに爽やかで、敵なんて1人もいなさそうな笑顔を見せる。

 そんな永井先輩に、俺は問いかける。

「先輩は、PPPって知ってますか?」

 俺のそんな質問に先輩は少しだけ驚いたような表情を見せ、やれやれと首を左右に振る。

「……存在は噂で聞いているよ。まだ事実確認が出来ていないから、正直まだ対処できていないっていうのが事実だけどね。校内で盗撮が蔓延しているだなんて、全く情けない話だよね」

 先輩は困ったようにため息を吐く。

「じゃあ、PPPの採点基準についてもご存知ですか?」

 俺の質問に先輩は小さく頷く。

「まあ、簡単にだけどね。いくつかの要素があって、それに基づいて点数が決まるってくらいかな?それ以上具体的には把握できていないんだ」

「いえ、生徒会の方にそれだけ知っていてもらえると、調査をしている俺たちとしては心強いです」

「君たちが調査をしているのかい?」

 ほおと言わんような口ぶりで、先輩が驚く。

「まあ、自ら進んでやっているというわけではないんですけど……」

 先輩の質問に、俺は苦笑いをして答える。実際のとこ、俺は完全にやらされてるだけですし。

「僕たちに出来ることがあれば協力するよ。何でも言ってくれ」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると俺たちも心強いです」

 爽やかに背中を押してくれる永井先輩。そんな先輩に、俺は再度質問をぶつける。

「あの、もう一つ質問をしてもいいですか?」

「ああ、大丈夫だよ。いくらでも聞いてくれ」

「ありがとうございます。永井先輩……学校にスマホを持ってくることを許可したのは、永井先輩なんですよね?」

「うん、そうだよ。君たちが入学する前のことなのに、よく知ってるね。嬉しいよ」

 永井先輩は、俺の質問に素直に返事をする。全く動揺する様子もなく、先輩はにこやかな笑顔を保っている。

 俺は質問を続ける。

「……どうして、生徒会になろうとする人間が、風紀が乱れるかもしれないマニフェストを唱えたんですか?」

「ふふ、良い質問をするね。実に1年生らしい質問だ。それはね……みんなの持つ才能を開花させるためだよ」

 清潔感溢れる笑顔で、先輩は俺の質問に簡単な回答をする。

「……才能?」

 俺の隣で千里が、不思議そうな表情と尋ねるような声のトーンで聞き返した。

 そんな千里の反応にも、先輩はゆっくりと千里の方を向いて、諭すよう静かに頷きかける。

 先輩が聞き取りやすい速度と優しいトーンで千里の質問に答える。

「僕たち若者には、持って生まれた個性や才能を成長させる権利がある。君たちももちろんそうだ。そして才能というものは、様々な刺激を与えてあげないと力強く育つことができない。そう、様々な情報を知る権利こそが、才能にとって何よりの養分なんだ!」

 そう語り掛ける先輩の表情は力強く、その言葉にも自信と希望が満ち溢れていることが伝わってきた。

 俺はそんな先輩の選挙演説とも言えるような言葉に、うんうんと深く頷く。

「いやー、素晴らしい教育論ですね。本当意識が高くて理想的です。『若者集団の目指すところ』って感じですかね?ただ、見方によっては、偏ったエゴのような気もしますけど。根本が受動的体質な俺には、正直なところちょっと理解しがたいところがあります」

 俺の言葉を聞いた先輩は、軽く頭をかきながら少し苦笑いする。

「まあ、そういう人たちにも理解してもらえるように努力するのが、僕たち生徒会の役目だからね。最初からみんなが同じ方向を向いていられればいいけど、そうはいかないのは当然だよ。だって、それが個性ってものなんだ」

 先輩は俺の目を真っ直ぐに見る。……またこの感覚だ。どんよりした気持ちで、少し目を細めて俺も先輩の顔を眺める。

 っていうか、なんで高槻の時だけ違ったんだろう?……まあ今は別に関係ないしいいか。

 俺は先輩に聞こえるように、わざと大きめのため息を吐く。

「どうしたんだい?疲れているんじゃないか?」

「あー、確かにそうかもしれませんね。そりゃ、あんな奴と一緒にいたら、体力の消耗も激しいですよ……」

 今度は聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームで、俺はもう一度ため息を吐く。今は新しい酸素よりも、汚れた何かを吐き出したかった。

「永井先輩。さっきの演説について、質問をしてもいいですか?」

「ああ、どうぞ。僕に答えられることなら、何でも聞いてくれ」

 先輩は笑顔で応じた。

 だから俺は、表情を変えずに無言で頷く。

「先輩の言う、その『養分』とやらは、本当に才能だけのために存在しているんですか?」

「……君は変わっているね。やけにそこだけに突っかかる。……何が言いたい?」

 永井先輩の眉間に縦のしわが入り、表情が少しだけ険しくなる。

「そんな遠回しじゃなく、正直に言ってくれればいい。僕たちは全て受け止める」

「ん?僕たち?あー先輩、違いますよ。そこは、僕たちじゃなくて、『僕』です」

「……?」

「俺は生徒会としての先輩に聞いてるんじゃなくて、永井先輩という一人の人間に聞いてるんです」

 永井先輩は目をしかめたまま、俺の言葉を無言で聞いている。俺が何を言いたいかさっぱり理解ができないという感じの表情をする。

「あー、そうですね。すいません、なんかちょっと急に面倒になってきたんで、もうぶっちゃけて言っちゃいますけど、さっきの盗撮問題の件、俺たちは永井先輩を疑ってるんです」

「……僕を?」

 俺の突然の告白にも、永井先輩は全く動じる様子も見せることなく冷静に頷く。

「ほう……それでわざわざ、生徒会室まで取り調べにやって来たと?」

 面白いと言わんばかりに、先輩は俺の顔を見て笑う。

「まあそんな感じです。正確に言うと、ちょっと違うかもしれませんけどね」

「ふふふ、面白いね。うん、実に面白い。けど、僕が首謀者だって裏付ける証拠はあるのかな?」

 先輩は自信ありげにニヤリと笑う。いつかやってくるその瞬間のために、先輩はその言葉を事前に用意していたかのように感じられた。

 だから、俺はありのまま正直に答える。

「証拠ですか?残念ながら、これが全くないんですよね。いやー、残念」

 俺はお手上げと言わんばかりの全力のため息をつく。

「証拠もないのに、君たちは僕を疑っているというのかい?ハハハ!!!面白い!君たちは実に面白いね!!」

 先輩は高らかに手を叩いて笑い、しばらく面白がる。

「……君たちは冤罪という言葉について、一度しっかり勉強した方が良い」

 先輩は冷水のような声のトーンで、真顔で俺に告げる。

「ありがとうございます。でも、まだ俺の話は終わってないんですよ」

 自らに疑いの眼差しを向けられ、目の前の俺を睨み付ける先輩。それは生徒会書記としての先輩ではなく、永井孝太郎という一人の人間としての表情だった。

「結局のとこ、俺たちみたいな素人が真面目に調査したところで、証拠なんて見つかるわけがないんですよ。そのシステム自体、匿名性に優れてるんですから、正面からぶつかっても勝機がないのは当然です」

「…………」

「だから俺たちみたいな素人は、体を張るしかないんです。そもそも、犯人だとか証拠なんて必要なかったんです。証拠は自分たちで作っちゃえばいい」

「……証拠を作る?」

 相変わらずじっと睨みつけている先輩に、俺は気が付いていないフリをして話を続ける。

「ま、とりあえずここから先は、プロに一回バトンタッチしますね」

「プロ?……誰のことだい?そこの彼女か?」

 そう言って永井先輩は千里の方を見る。

 千里は突然の永井先輩の視線に驚き、自分ではないと伝えるため、全力の身振り手振りでブンブンと否定した。いや、確かに違うけど、別にそんなに焦らなくてもいいんじゃない?

 そんな千里の様子を見て、何も言わずに先輩はまた俺の方を向き直す。その表情は、これまで見た中で最も不機嫌そうな顔つきだった。

 俺は再度先輩に向かって、出来るだけダルそうに口を開く。

「こっちにも優秀な情報屋……いや、ハッカーがいるんですよ」

「……ハッカー?」

「俺、今回の問題が起きるまで知らなかったんですけど、ハッカーって言うのは、ネットやPCを通してだけじゃないんですね。物理的に情報を手に入れるのも、ハッカーって言うみたいです」

 そう話しながら、俺はこれまであったことを思い出して、うんうんと深く頷く。

 1人で話し続ける俺の様子に、先輩は不思議そうな表情で眉間にしわを寄せる。

「……何を言っているんだ?そんなのどう考えたって、一般的にハッカーとは言わない」

「ですよねー。奇遇っすね、実は俺もそう思うんですよ」

「……さっきから君は何が言いたい?」

 何とも言えない俺の斜に構えた態度に対し、先輩はイライラした様子を見せる。

「あいつがこれまでやってきたこと、俺は拷問だと思うんです。あいつが勝手に言ってるだけなんで」

「……あいつ?」

「そうです。噂のあいつです」 

 俺はニヤリと先輩に笑みを飛ばす。

「……まさか」

 永井先輩は焦った様子で、勢いよく生徒会室の中をキョロキョロと見回す。

「あの問題児のことか……?」

 先輩は俺に視線を向け、正解を求めるように疑問形で確認する。

 俺は再度口角を上げる。

「正解でーす!さすが生徒会執行部ですね、生徒のことをよく知っててくれて俺たちは嬉しいです」

 俺がそう告げると、端の方でニコニコと笑っていた千里が、とことこと先輩の前に近付いてきて、バスガイド風に軽くお辞儀をする。

「では、あちらをご覧下さい♪」

 そう言って千里は、生徒会室の入口を手でガイドする。千里さん、結構ノリノリだね?意外と千里はこういうのが好きなんだろうか。

「……入口?」

 永井先輩は千里にガイドされるまま入口の方を見る。

 その瞬間、突如ドアがガラガラと大きな音を立てて激しく開く。と同時に、俺も見覚えのある男子生徒が、勢いよく頭から飛び込んでくる。


「うぉぉぉおおおおお!!!!!!??????!?!?」


 PC部の白井部長が物理法則を無視して、地面と平行になって飛んできた。その細い身体もあって、飛んでくる弓矢のようでもあった。

 『バチイィン!!!』という音と共に、白井部長はそのままうつ伏せの体勢で床に衝突する。

 この人、いま受け身取れてなかったよな?顔面もろに言った気がするんだけど……なかなか酷い運動神経だ。マジでケガするんじゃない?

「……白井部長、大丈夫です?」

 俺がそーっと確認すると、白井部長は生徒会室の地面に頭を擦り付けながら、無言で頷いた。うん、あんまり大丈夫じゃなさそうだね?

「な、なんだこれは?!」

 突然の来客に、動揺する永井先輩。っていうか、誰だってこんなふうに横っ飛びで人が室内に飛び込んで来たら動揺するけどね。

 そんなPC部部長の後ろで、高槻がカンフー映画のように右足を上げて構えていた。

「ほらっ、さっさと入りなさい」

「いや、もう入ってるから!!高槻さんが俺のこと蹴り飛ばして教室に入れたんじゃん!!」

「知らないわね。ごめんなさい。私、過去は振り返らないの」

 うつ伏せになっていた白井部長が、上半身だけを起こして高槻にツッコミを入れる。

 登場早々に、高槻は極端に自分に都合の良いマイルールを披露する。

「こいつらPC部をハッキングして、こいつらの知ってる情報を全部抜き取ってやったわ」

 高槻はドヤ顔でビシッと先輩に指を指す。

「ま、あれは完全に恐喝とか拷問とかそういう類の情報提供だったけどな」

 俺がボソッとそう告げると、高槻が水を差すなと言わんばかりにこちらを睨み付ける。……分かりましたよ、お好きにやってください。

 高槻は改めて永井先輩に向き直す。

「でも、こいつらをハックしたところで、結局犯人は分からなかったわ。こいつらは首謀者と直接面識を持っていなかった」

 高槻はそう言って、足元で座っていた白井部長を軽く蹴る。突然蹴られてびくりと驚く白井部長の怯える表情に、俺はとてつもない不憫さと世の不条理さをふと感じてしまう。因果応報って言っちゃえばそれまでだけどね。

「でもね、そんなことはどうだっていいの」

 高槻が悪魔のような表情で、ニヤリと微笑む。

「私は犯人なんて、誰だっていいのよ……盗撮がなくなれば、ね」

「だから、ぜーんぶ壊しちゃうことにしましたー♪」

 千里が屈託のない笑みで、ニコニコと発言する。その笑顔と言っている内容のギャップに差がありすぎて、俺の背中に寒気が走る。さっきのガイドといい、実は今回一番楽しんでるのは千里なのかもしれない。佐倉千里、末恐ろしい子である。この先、高槻と同じ道をたどらないことだけを願おう。

 そんな千里の発言に相変わらず不可解な表情を続ける永井先輩。

「……なに?」

 疑問だらけの先輩に、俺は軽くヒントを提示する。


「ここで、我らが千里さんの出番です」

 俺の言葉をきっかけにして、千里の肩に後ろからポンと手を置いた高槻が、悪だくみ感満載の表情を先輩に突き付ける。

「ランクもそれなりでレアリティもエロさも低いちりを、至って普通のシチュエーションで、あの盗撮アプリで撮影したらどうなるでしょう?」

「あやち、それはひどいよぉ……」

 千里のコンプレックスだとかプライドだとかそういう内側の問題を一切気にすることなく、高槻はドヤ顔で提言する。

 永井先輩はそんな高槻の発言を聞き、顔を抑えながらクククと笑いをこらえる。

「……ハハハハハ!やけになったか?……そんなレベルの低い写真、点数も最低になるに決まっているだろう?」

 高笑いをする先輩に対して、高槻は目を細める。 

「そうね。そんなつまんない写真、きっと点数も低くなって、アプリを持ってる人なら誰でも見れちゃうに決まってるわよね?」

「……何が言いたい?」

 永井先輩が高槻の顔を怪訝な表情で眺める。

「先輩、先に質問をしたのは俺たちの方ですよ?」

「君たちは何を企んでいる?」

「そんな誰もが見られる状況下の千里に、このボードを持たせたらどうなるでしょう!?」

「……!!なっ……!」

 千里が背中に隠し持っていた小さめのホワイトボードを取り出して、永井先輩に見えるよう胸の辺りに掲げる。千里のその表情は、いつになく顔を赤くして恥ずかしそうである。

「なんだそのボードは……?」

「一度、先輩自身で読み上げてみますか?」

「……」

 先輩はその文字列を見て、絶句している。

 そんな先輩の表情を見てニヤける高槻。先輩に追い打ちをかけるように、悪魔の申し子高槻がその片鱗を覗かせる。

「そう……いいわ、あんたが口に出せないんなら、私が代わりに読み上げてあげる」

「や、やめろ!!」

「こほん……『私、このシステム製作の原案である生徒会書記永井は、大の貧乳好きのエロ伝道師です。ちっぱいが好きで好きでたまりません。みなさん、私の性的欲望を満たすために、どうかたくさんの盗撮写真を投稿して下さい』」

 読み上げる高槻は、これまで見たことがないほどやけに楽しそうだったので、俺も一緒にこの状況を満喫することにした。

「ほら、千里。ちゃんと笑わないとだめじゃないか?」

「は、恥ずかしいからっ!」

 目をつぶって、顔を真っ赤にする千里に、高槻は平然と声をかける。

「なに恥ずかしがってんの?別に全裸で写真撮られてるわけじゃないんだし、別にいいじゃない」

「こんなボード持って笑ってられる方がおかしいからっ!!」

 俺たちのやり取りを見ていた永井先輩が、この状況を鼻で笑う。

「ふっ……事実無根だな」

 そうやって未だ余裕を見せる先輩に、高槻が呆れたと言わんばかりに深いため息を吐く。

「ねえ、あんたまだ分かんないの?だーかーらー、私達は別に犯人が誰だろうか関係ないって言ってるじゃない」

「……?」

 先輩は不可解な表情で高槻の顔を凝視する。

 そんな先輩を無視して、高槻は嬉々として千里の撮影に注力する。

「さて、じゃあ撮るわよ!!なお、準備はいいっ?」

 俺はOKと言う代わりに親指を突き立てて、PC部から借りた試運転用のスマホを操作する。

「ううっ…………」

 恥ずかしがって涙目でギリギリまで抵抗して嫌がる千里に対し、嬉しそうに無理矢理撮影する高槻。このシチュエーションだけで、世間の男子高校生は1週間くらい生きていけそうなものである。……俺もなんか、ちょっとした新しいジャンルに目覚めちゃいそうな予感がするよ?

 俺は千里へとスマホの照準を向ける。画面上には、小ぶりな胸の上にホワイトボードを掲げた半泣きの千里が映っていた。

「じゃあ、撮影アーンド送信っ!!!!」

 高槻の言葉を合図に、俺はスマホのボタンを押す。盗撮アプリというだけあって、無音のシャッターが千里に向かって下ろされた。

 次の瞬間には、自動アップロード画面に切り替わり、サーバーへの送信が即座に完了する。

「お、ホントに写真が勝手にアップされた」

 液晶に写真の評価画面が表示される。


『 外見ランクB、撮影難度D、シチュエーションE、レアリティE、エロさD。総合評価25点/100点 』


 高槻が俺の横から画面を覗き込む。

「なかなか酷い点数ね……ちり、赤点だけどどうする?もっかい補習しとく?」

「しないよっ!!!」

 コンプレックスを引き摺りだされ、数少ないプライドもズタズタに裂かれた千里は全力で否定する。最初のおとり捜査といい、千里の犠牲率かなり高いよなあ……そういう意味では千里が一番の被害者かもしれない。盗撮って言うより、高槻からの。

「クソッ!!」

 永井先輩が自分のPCに向かって突然走り出す。

 その様子を見ていた高槻の表情が、再度嬉しそうな顔付きに変わる。

「あらー?どうしてこんな大変な時に、パソコンなんて触ってるのかしら?」

「うるさい!だまれ!」

 永井先輩はキーボードとマウスを激しく操作しながら、高槻に荒々しく放つ。

「……どうしてわかった?」

「えー?分かったって、何が?」

 何のことかととぼけるような表情で、高槻がニヤつく。……こいつ、人が嫌がることを本当に心から楽しんでるんだな。これまで見た中で一番良い顔してない?……これまで悪魔だとか色々言ってたけど、もうなんか悪魔に悪い気さえしてきた。

 そんな高槻を横目に、俺は永井先輩を眺めながら口を開く。

「……ランクに性的嗜好が強く出過ぎてるんだよ」

「嗜好?」

「そう。ランキングの上位を見たところ、確かに美少女揃いなんだが、やけに胸の小さい子が多いなと思ってな……ほら、ちょうどそこにいる奴を筆頭に」

 俺は高槻の方に目線をやる。

「……なお、あんたどうやら一緒に殺されたいみたいね?」

 そう言って俺を睨み付ける高槻は、腕を組んで殺人鬼のような目線を俺に送っていた。いや、さっきまであなたもさんざん千里のコンプレックスを引き摺り回してたからね?やってること大体一緒だよ? 

 そんな高槻の脅し文句に俺は一度咳払いをして、永井先輩への話を続ける。

「校内で控えめな胸が好きだと公言してる人間がいないか、調査してみたんだよ。ま、それだけだと、単純に母数を減らすことしかできないから、決定打にはならなかったんだけど」

 うんうんと頷いて、俺はこれまでの経緯を語り掛ける。

「だから俺たちは、別のポイントを探した……そして、やけに生徒会長のランクが低い理由に目を付けたんだ」

「……」

 永井先輩は口を紡ぐ。

「今井会長の豊満な胸の大きさを加味しないとしても、いくらなんでもあれだけ人気のある会長がランクCってのはおかしいなと思ってさ。だから、逆を考えたんだ。会長が外見的に魅力的じゃないからランクが低いんじゃなくて、本当は会長のランクが高いと何か困る理由があるんじゃないかって」

「……それで昨日この生徒会室に話を聞きに来た、と?」

 先輩の問いに、俺は深く頷く。

「そういうことです。そして、俺たちはある仮定を立てた。もしかしたら、会長自身じゃなくて、この生徒会室そのものに問題があるんじゃないか、と。だから、会長が盗撮のターゲットにされると、この部屋に誰かが侵入する可能性が高まる。そうなると、何かまずいことがある……そんな理由で、会長のランクを意図的に下げているんじゃないかって」

 永井先輩は険しい顔で俺を睨みつける。


「いやー、まさか盗撮のデータを集約しているサーバーが、まさか生徒会室にあるなんて普通は思いもしないですからね?だから、俺たちはあんな賭けをしたんです。正直にぶっちゃけちゃうと、さっき先輩がPCを触るまで、俺たちに確定要素はなかったんですよ」

 もし俺たちの推測が間違っていたら、あんな画像をばら撒いた段階で確実に名誉棄損になり得るだろう。だからそういう意味で、これは完全な博打だった。

「そもそも、校則が厳しいことで有名なうちの学校が、急にスマホの使用許可が降りるってのがおかしいのよ」

 高槻が俺をサポートするように、口を開いた。

「そう。しかもあのアプリが利用できるのは、この学校内だけなんだ。しかも、色々聞いてみた結果、自分自身であのアプリを入れたという奴は1人もいなかった。学校内のローカルネットワークだけを使用して、写真を共有できるようにした。校外にバレないように」

「そりゃあ、私が保健室で隠れてプリン食べてたのも、あんたたちにバレるに決まってるわよね……?だって、その元データに毎日触れているんだから」

 高槻がニヤリと微笑み、永井先輩を睨み付ける。

「さて、じゃあそろそろ、ついさっき永井先輩が、急いで自分のパソコンを触った理由を教えてもらいましょうか?」

 俺は永井先輩を追い込むように、ビシッと人差し指を突き付ける。あれ?俺今なんだか刑事みたいじゃない?もしくは裁判官?異議ありっ!って言ってもいい?

 永井先輩がその手でまた顔を抑える。

「……先輩、どうしました?」

 先輩が生徒会室に響き渡る大きな声で高笑いを始める。

「ハハハっ!!!もう消してやったよ!ほら!どこに証拠があるっていうんだ!教えてくれないか?!」

 先輩は俺たちにそう告げ、笑い続ける。

 そんな先輩に俺はがっかりとして、ため息を吐く。

「先輩……甘いですね」

「……?」

「だから、思春期真っ只中の男子高校生の性的興味を甘く見過ぎですよ?」

「……どういうことだ?」

 不思議そうな顔で、先輩は俺を睨み付ける。

「そもそも先輩は、その男子高校生の性的興味を利用して、効率的に盗撮写真を集めようと思ってアプリを撒いたわけでしょ?言い換えれば、自らの手を下してリスクを冒すことなく、女子の写真を集められるシステムだ」

 先輩は口を開くことなく、黙って俺の話を聞いている。

「世の中の男子高校生は死に物狂いでエロを求めているんだ。それはもう、本当に血眼になって。毎日苦労して苦労して、エロを探す……そんな彼らが、一度アップされた画像をそう易々と見逃すと思いますか?」

 もちろん自分もその例外ではないので、言っていて恥ずかしいとは思うが、これは事実である。男子高校生の原点とも言える活力について、俺は語る。

「彼らはエロを放っておかない。それがどういうことか、すぐに分かりますよ」


 廊下から、誰かがドタドタと走ってくる足音が聞こえる。その音はお世辞にも軽やかとは言えない。

「ほら、もう来ました」

「……誰だ?」

 先輩が不思議そうな顔で眺めるその先には、いつの間にかもうすっかり馴染んでいる小太りの男がハアハアと息を切らしていた。

「さっきの佐倉さんの写真、しっかり保存させてもらいましたよ!」

 ドヤ顔で村主がスマホの画面を俺たちに見せつける。その画面には、俺がさっき撮影したホワイトボードを掲げた千里のあの写真がしっかりと写っていた。

 そんな村主の姿を確認した高槻が、千里に向かって親指を突き立てる。

「良かったわね、ちり。これであんたも一躍学校一の有名人よ!」

「全然嬉しくないよ……」

 オロロと涙を浮かべながら小さなため息を吐く千里。千里、今後は男子から裏で「ホワイトボードの子」って呼ばれるんだろうな……盗撮ではないとはいえ、学校中に自分の写真が出回るというのはどんな気持ちなのだろうか。……聞きたいけど、しばらくはそっとしておこう。

「なっ?!ど、どうしてその写真を持っているんだ?!その画像はもうサーバー上から消したはず……」

「だからさっきから何回も言ってるじゃないですか。これが男子高校生の性的好奇心の底力ですよ」

 俺は先輩にニヤリと笑みを投げかける。

「普段から、どれだけエロ収集に情熱を掲げているか、分かってもらえました?」

「まさか……そんな……!!」

「そして、まだまだこんな程度ではすみません。……ほら、来ちゃったみたいですよ?」


 村主が走って来たときとは比較にならないほどの、大量の足音が廊下を伝って響いてくる。それはまるでヌーの群れのように。

「な、何が起きている!?」

「そうですね……簡単に言うと、クーデターじゃないですか?」

「クーデター?!」

「ま、本人たちに直接聞いてみてください。ではどうぞ!」

 俺が入口の方に向かって手を掲げると、ドスドスという地響きと共に、廊下から大量の男子生徒が生徒会室の入口に押し寄せる。ぎゅうぎゅう詰めになった男どもが、俺が先だと言わんばかりに押し合いながら、生徒会室へとなだれ込んでくる。室内の温度が急激に上昇したのを感じる。

「おい永井!これどういうことだよ!」

「俺たちはお前のために写真を撮ってたってことか?!」

「人のことを捨て駒扱いしやがって!」

 口々に叫ぶ男子生徒たち。自分達の好奇心や熱意が1人の手によって操られていたことを知り、その怒りの感情をそれぞれが本人へとぶつける。

「どうしてふとももの魅力に気が付かないんだっ!!」

「俺はもっと胸の大きい子が好きなんだよおおおおおお!」

「会長の外見ランクが低すぎる!!もっと上げろやああ!!!!」

 ……なんか微妙に私怨が混ざってるような気がしないでもないが。

「ちが……!!誤解だ……!」

 永井先輩は一斉に詰め寄ってくる生徒たちを静止して、訂正しようとする。が、その人数もあって、なかなか落ち着いてしゃべらせてもらえない。いつもの冷静で穏やかな姿とはまるで対称的である。

 そんな揉みくちゃになっている先輩の姿を確認して、俺は全員に聞こえるようパンパンと両手を鳴らす。

「はいはーい。みなさーん、こっちに注目してくださーい」

 永井先輩を取り囲んで怒り狂った男たちが、一斉に怪訝な表情で俺の方を見て静かになる。

 全員が俺の方に注目したことを確認して、俺は口を開く。

「みなさんが探しているのは、きっとこれだと思いますよ?」

 そう言って俺はテーブルに向かって指を差す。さっき永井先輩が必死に操作をしていたPCを。

「このPCがすべての元凶です。この中に、みなさんが必死になって撮影した全ての写真が入っています。……もちろん、そこにいる二人の写真も」

 俺は煽るように、男子生徒たちに向かってウィンクをした。

「うぉー!!!!」

 男子生徒たちが、一斉にPCに向かって移動を始める。

「や、やめろっ!みんな落ち着くんだ!!そのPCには触るんじゃない!それは僕の希望なんだっ!!」

 男子生徒の波に飲まれながら、永井先輩は落ち着くように周囲に呼びかける。しかし、当然先輩のそんな言葉が彼らに届くはずもなく、生徒たちはPCに近付いてくる。

「わ、分かったから!!頼む、謝るからもう許してくれ!!!」

 揉みくちゃになった生徒会室の様子を眺めながら、観念した様子の先輩を見て、俺は満足感を覚える。

「さて、もうそろそろいいかな……?」

 そう思って、俺が静止を呼びかけようとしたそのときだった。

 

「キモイ……」

「うん……?」

 囁くような呟き。騒がしい室内の中で、俺の隣から小さな罵声が微かに聞こえた。

 俺は恐る恐る、声の聞こえた方をそーっと見てみる。振り向いたその視線の先には、俯いた高槻が拳を握って、プルプルと体を震わせていた。

「た、高槻……どうした?」

 心配して呼びかけると、高槻がキリッと顔を上げる。

「キモイキモイキモイキモイ気持ち悪いしねええええええええ!!!!!!!!」

「ど!?どうした高槻?!」

「全員ぶっ殺す!!!」

「ちょっ!ちょっと落ち着け!お前がキレてどうすんだよ!!」

 突然ブチギレる高槻。想定外の事態に、俺はこれ以上ないほど動揺する。

「うぉおおおりゃあああああああ!!!!!!!!」

 暴れる高槻の大声が生徒会室に響き渡る。あれだけ騒然としていた男子生徒たちも、突然暴れ出した高槻の様子に気が付き、全員がポカンとして目を丸くしていた。

 高槻が俺の正面に立って、俺を睨み付ける。その背中には鬼神が宿っているのかと錯覚されるほどに、その目は殺意に満ちていた。

「あんたもよ、なおおおおお!!」

「えええええええ!!!!!俺巻き添え?!」

 突如自分に降りかかる火の粉。しかしそんな俺の言葉は、当然高槻に届かない。

 高槻はスルッと背中から片手で日傘を取り出す。一度日傘をクルクルと回して、柄の部分を改めて両手で握り直した。

「……一刀流、居合」

 高槻が静かにそう呟き、少し重心を落とす。そして、グッと腰を落とした瞬間、目にも留まらぬような速度で俺に向かって踏み込んだ。

「れんげきいいぃぃ!!!!!」

「それは居合じゃねえ!!!!」

 その発言がフェイントなのか天然なのか分からない剣先を向け、こちらに突進してくる綾の日傘。俺はこれ以上ない抜群のタイミングでその剣先を咄嗟に避ける。

「……っ!!!!」

 俺は皮1枚でなんとか避けきる。俺を外したその剣先は、激しい衝突音とともに俺の背後に突き刺さった。

 怒り狂った高槻の全身全霊を込めた連撃が、工事現場で聞こえるようなドドドドという激しい音を背後で奏でる。

「な…………」

 あまりの衝撃に、俺は口を開くこともできなかった。キョトンとしたまま、俺はただただパチパチと瞬きを続ける。

「ふん。避けてんじゃないわよ。バーカ」

 高槻は俺に吐き捨てる。

 一仕事終えた高槻はふうと一息ついて、日傘の剣先を地面に置いた。あれ、俺って何か悪いことしたんだっけ?……うん、思い出せないけど、俺が悪かったことにしておこう。そうだ、きっと俺が悪かったんだな!今下手なことを言うと、今日はマジで死にかねない。

 とにかく俺は、背後で起きていたその状況を確認するため、恐る恐る振り返る。

 かろうじてPCと判断できるレベルの、無残にも穴だらけになったサーバーが、死にそうになって煙を吹いていた。

「おいおいマジか……」

 生存確認するかのごとく、俺はPCをそーっと触れてみる。するとその瞬間、「……ヒューン」という不吉な音とともに、PCから生気が消えた。

「物理破壊かよ……」

 俺は心の中で合掌し、天に召されたPCの行く末を祈念する。


「ぎゃあああああ!!!!!!!僕のデータがあああああ!!!!!」

 突如大声を出した永井先輩がPCに駆け寄ってくる。その姿にいつもの爽やかさなんてものは、もはや1ミリも感じられなかった。

 サーバーは沈黙している。そのサーバーが息を吹き返す様子はない。

「……ご愁傷さまでした」

「ううっ……!!」

 PCに抱き付くような形で膝から崩れ落ち、先輩は肩をがっくりと落とす。俺はそんな先輩の肩を借りて立ち上がった。

 俺は目を細め、疑いの眼差しで、何事もなかったような澄まし顔の高槻を見る。

「お前のその日傘、どういう強度してんだよ……プラスチックにそんな硬さあるわけないだろ……?」

「いざというときのために、剣先にダイヤモンドを仕込んであるのよ」

「いや、つい今それで俺のこと刺そうとしたよね!?あやさんマジで殺す気だったんですか?!?!」

 高槻は面倒くさそうな表情をして、小さなため息をつく。

「別にいいじゃない。実際は当たらなかったんだから。でも安心して。次は外さないわ」

「…………」

 背筋がゾッとする。普段から何と戦っていたら、傘の先にダイヤモンドを仕込むなんて発想が生まれるんだろうか。あれか、こいつはスパイか何かなのか。もしくはやっぱりアサシン。

 俺は思いっきり酸素を吸い込んで、深いため息を吐く。

 本当は、永井先輩自らにサーバーの全データを消去させて、もう2度とやらないよう穏便に収めるつもりだったんだが……ま、結果オーライか。ある種の正当防衛である。サーバーを壊してしまったが、これだけ事件が公になってしまったんだ。先輩もさすがにその賠償は求めてこないだろう。

 当の先輩はというと、システムの根幹とも言えるPCを破壊され、相変わらずがっくりと肩を落としている。

 高槻はそんな先輩を見下すようにもう一度睨み付ける。

「あんたはマジで死ね。盗撮なんて、人として最も下劣な行為だわ」

「…………」

 先輩は何も言わないまま、ただただ呆然と穴だらけになったPCを眺め続けている。

 そんな先輩に俺も言葉をかける。

「ま、そういうことです。今回は相手が悪かったと思って諦めてください」

 先輩が俺の顔を見上げ、睨み付ける。

「高校生という、人生でたった3年間しか与えられていない最も美しい女性の姿を撮ることの、何がいけないんだ!」

 叫ぶように先輩は俺にぶつけてくる。

 俺は先輩の言葉に深々と頷く。

「先輩の言いたいことは、染みるほどものすごくよく分かります。……でも、残念ながらこいつの前で賛成はできないんだよ!」

 永井先輩は唇をギリギリと噛みしめて、床を叩きつけた。

「……別の形で会いたかったです」

 俺がそう告げると、再度高槻は先輩の前にやってきて、見下すように仁王立ちする。 

 高槻は床を見つめている先輩の前で、日傘の剣先を勢いよく床に突き付けた。ダイヤモンドと床のぶつかる、ソリッドに突き抜けるような高音が、生徒会室に響き渡る。

 その衝突音と、目の前に落ちてきたダイヤモンドの剣先に、先輩はビクッと体を動かした。その剣先が光を受けて僅かに輝く。

「……次やったら、生きて返さないわよ?」

 そう言って高槻は踵を返し、生徒会室を出ていく。

 そんな執行猶予とも取れる高槻の言葉とともに、俺たちは生徒会室を後にした。

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