最終話 しっぽばいばい

「おっはー、みゆ」

「うーす、あずさ」

「新クラス、どない?」

「ん? まあ、あんなもんちゃうの?」

「相変わらず乾いてんのねー」

「乾いてるってわけじゃないけどさ。だいたい顔ぶれは想像出来たしぃ」

「あはは、補習室の常連たち?」

「そゆこと。まあ、にしやんとかしょーことか、例外はいるけどね」

「せんせはビーバーだしね」

「うん、らっきー。あずさんとこは、誰か知った顔いたん?」

「いやあ、誰もおらーん。みゆクラスのぼけっぱーを開拓しないとなー」

「そりは無理だわ。わたし並みの修行をせんと」

「あんたがどんな修行をしたっちゅーのよ」

「恋の修行」

「ぐぎぎ……」

「じょーだんよ。でも、探すよりも鍛えなきゃ」

「誰を?」

「新人」


 やられたーって顔で、あずさが苦笑いする。結局あずさはとくしんには行かなかったけど、だいしんの文系クラスに進んだ。ふつークラスに来るのは逃げだよっていう、わたしの説得を聞き入れてくれた。それは、寂しいけど……うれしい。あずさとの仲が、これで終わっちゃうわけじゃないもん。あずさはわたしの親友だ。これからも、ずーーっと親友だ。だから、言わなくっちゃならないことをちゃんと言うってのは、大事にしたい。


◇ ◇ ◇


「うーす」

「はよー、みゆー」


 お、しょーこがなんか持ってる。


「しょーこ、それなにー?」

「ケーキバイキングのお店のちらしー」


 ぐわあ! 朝っぱらからなんつーものを見せるだーっ!


「わたしがむぼーにもダイエットに励んでいることを知ってのいやがらせか、くらあ!」

「知ったこっちゃないもーん。就活の一部だしぃ」

「へ?」

「ここの店の制作室見学させてくれるっていうから、行ってこよーと思って」

「ほっほー」


 なるほどねい。実益を兼ねてるわけっすか。しょーこは、洋菓子の職人さんを目指したいらしい。あのちょーしょっぱいチョコクッキーを食べさせられたわたしとしては、止めた方がいいように思うけど……。でもしょーこはそれを決めてから、おもいっくそ太った。そして、ニキビがすっごいにぎやかになった。美少女の美が取れちった。明るいキャラと、食いしん坊なところはそのまんまで。地が出て友だちがわんさか増えたしょーこを見てて、わたしはすっごい良かったなーと思う。


 のしのしのしっ。相変わらずこわーい顔のにしやん登場。


「お、にしやん、はよー」

「みゆー、聞いたぁ?」

「なにを?」

「ビーバーが、婚活してるって」


 どっごーん!


「い、いっきなしトばしますのう」

「んだ」

「まあ、春だし」

「まあね」


 わたしの頭をぺんと叩いて、にしやんが笑った。


「あんたもやん」


 てへ。


◇ ◇ ◇


 意識を取り戻したマサトのところに最初にお見舞いに行ったのは、バレンタインの三日後だった。もうチューブや機械みたいのは外されてて、頭の包帯も取れつつあった。

 わたしの顔を見たマサト。でも、その口からは何も言葉が出なかった。絵に描いたようないじめられ体質。それを、僕はこーなんだとあきらめてきたマサト。そのまんま。中身、なーんも変わってない。誰かの働きかけを、ただぼさーっと待ってるだけ。メールの中でだけホンネが出せるって言うシャイネス。ちーとも変わってない。それを確認したの。


 お姉さんから、もう普通に会話できるよって聞かされてたけど、わたしは一つ心に決めてたことがあった。わたしからは、決して話しかけないってこと。わたしはマサトを見ずに、お姉さんとだけずっと話をした。お姉さんはとまどったみたいだけどね。自分のお見舞いに来たのに、自分に何も関心を示してくんない。話し掛けてくんない。マサトは、イライラしたんでしょ。わたしに向かって投げかけられた最初の一言。それは、文句だった。


「あのさー、みゆ。ここに何しに来たの?」

「ほ。しゃべれるんじゃん。口が壊れてんのかなーと思ったわん」


 黙るマサト。


「あのねー。わたしは、まだマサトから何も聞いてないの。何一つね。わたしはまだマサトのことをなーんも知らない。知らないオトコノコと親しげにお話なんかでけしまへーん。じゃねー」


 ぽかーんとした顔の二人を残して。わたしはさっさと帰った。ついでに。わたしはマサトからのメール着信をキョヒった。マサトは誰かに守られることをアタリマエだと思ってる。優しさっていうおカネを払えば、それで守ってもらえるもんだと思ってる。ちょー受け身。ばかったれ! そんなムシのいい話があるもんかぃ。だから見捨てられて、ボコられたんだよ。欲しかったら取りに行け! ちゃんと、自分の足で取りに行けよ!


 あのね。マサトがわたしにくれたのは、チャンスだけなの。それ以外のものは何一つない。だから、わたしもチャンスで返したげる。それをマサトがものに出来たら。それで、やっとわたしたちは同じところに立てる。好きとか嫌いとかじゃなくして、まず同じ目線で話すること。それが先でしょ? 違う?


◇ ◇ ◇


 マサトから携帯に電話が入ったのは、次の日の放課後。わたしが家に帰ってからだった。それはマサトにとって、すっごい勇気のいることだったと思う。


「あの……ごめん、みゆ」

「なに、謝ってんの?」

「だって、来てくれてありがとうも言えなかったし……」

「ああ、これから行くから、わたしの前で言って。わたしがなんでメールをキョヒってるか分かってんでしょ? 電話だって同じことよん」


 ぷっ。携帯の電源を切る。


「お母さん、これからお見舞いに行ってくるー」

「げひひ。春じゃのう」

「そんなんじゃないわよん」

「はえ?」


 ぽけらってるお母さんを残して、病院に行く。今日はお姉さんはまだ仕事から戻ってないようで、病室にはマサト以外誰もいなかった。


「ちーす」


 わたしの顔を見たマサトが、あきらめたように口を開いた。


「みゆ、来てくれてありがとう」

「へいへい。そいで?」

「あの……ごめんなさい」

「いたずらかや?」


 わたしは、携帯のしっぽをぶらぶらさせて見せる。


「うん……」

「まあ、楽しかったよ。いいじゃん、それで。わたしン中では、それでおしまい。だから、これからごめんなさいは禁句ね。一回言うごとに罰金百円取るから」

「う、そ、それは」

「ばかったれ。何もしてないのに謝ったら、みんながちょーしこくのなんかアタリマエじゃん」

「ご、ごめん。あ……」


 豚ちょきんばこ、カモーン。うひひー。


「あ、あの。今持ち合わせない」

「じゃ、つけにしちゃる。取り立てきついからねい」

「ひー」


 扉の陰でお姉さんが聞いてたんでしょ。げらげら笑いながら入ってきた。


「みゆちゃんのやり方はスパルタねえ。ぼんぼんの真人にはぴったりかもね」

「ううー」

「あ、お姉さん。わたしがいない間は、しっかり監視お願いしますね。豚さん置いてきますからー」

「おっけー」

「ちょ、二人してぇー」

「じゃねー、ばいちゃー」


◇ ◇ ◇


 マサトの回復は早かったけど、二か月近くベッドで寝たきりだったから筋力がすっかり弱ってて、リハビリにだいぶ手こずった。でも、マサトはリハビリや勉強に必死に食らいついた。理由ははっきりしてた。留年したくないから。留年したら、わたしと距離が空いちゃう。歯をくいしばって、マサトはがんばった。


 でも。同じころ、わたしも油汗を流しながら勉強と格闘してた。マサトが進級してわたしがコケたんじゃ、まるっきりシャレになんないよ。わたしがねじり鉢巻して机に向かってる間。わたしは、真正面にあのマサトのメールを印刷して貼った。マサトのふがいなさに対してわたしが怒ったこと。それは自分自身のふがいなさへの怒りでもあった。もうしたくない。あんな思いは、もう二度と、絶対にしたくない!

 眠くなるたび。集中力が切れてダレてくるたび。わたしは目を上げて、それをにらんだ。自分を甘やかすな! わたしは、そうマサトに言ったんだ。言ったわたしがだらけてたら、そりゃあおかしいじゃん!


 そうして臨んだ期末テスト。わたしは、初めて赤点を一つも出さなかった。そんなん進学校なら当たり前じゃん。そうだよね。でも、その当たり前をクリアできたことが、わたしにとっては最っ高のくんしょーだった。


 やれば出来るぞ! わたし!


◇ ◇ ◇


 そして。わたしもマサトも、なんとか二年に進級した。いろんなことが変わる。変わって行く。それを惜しんだり、悔やんだりしてるヒマはにゃい。わたしはふつークラスになったけど、それをどうこう思うことはなくなった。それよか、将来なにすっかの方がはるかに大事だもん。しょーこみたいに、ちぃとリサーチかけっかな。やっぱ体験してみないと分かんないことがあるもんね。まあ、それはビーバーに相談しようっと。


 マサトの方は、結構大変だったみたい。まだケガの回復がじうぶんじゃないしぃ、クラスメートも事件に巻き込まれたマサトにどう接したらいいか分かんない。でもマサトは、自分で言ったことの責任をちゃんと取るつもりだ。黙ってても友達はできない。自分から動かないと、何も状況が変わんない。だから……って。わたしがプレゼントした勇気を不器用に使って。それでも、マサトは歩き出した。わたしがしっぽのいたずらで、歩き出したみたいに。


◇ ◇ ◇


 わいわいがやがやがや。一階がにぎやかだにゃあ。


 お世話になったっていうことで、マサトの家族がそろってうちに挨拶に来た。うちのお父さんも帰って来てて、中村さんも遊びに来てたから、一階は芋洗い状態になってる。で、あんたら上に行ってなさいって、わたしとマサトはわたしの部屋に追い出されたわけ。マサトが興味深そうに部屋を見回してる。


「なんか珍しいもんある?」

「いや、こんなんだったかなーと思って」

「そういや、マサトはしっぽでわたしの部屋を毎日じろじろ見てたんでしょ?」

「う……」

「人の着替えやら、寝ぞーやら」

「うう……」

「えっちぃ」

「ううう……」


 くけけっ。こりゃあ、おもしろいや。でも、わたしから目を離したマサトの視線が、一点にぴたっと止まった。


「こんなん、あったっけ?」


 ちっ! 剥がしとくの忘れてた。マサトがそれに近付いて確かめる。


「僕のメール……」

「まあ、勉強のおかづっす」

「勉強の?」

「うん。これ見るとね、気合い入るの」


 マサトが、自分の書いたメールをじいっと見てる。


「……情けなかったね」

「そりゃあ、わたしもおんなじだよ」


 マサトがわたしの方を振り向く。


「わたしもね、いっぱい言い訳を考えてた。自分がうまくいかない言い訳。だからね、そこにずえったい戻りたくないの。だから、これを貼ってる」

「うん。そっか」


 しばらくメールを見つめてたマサトが、わたしの顔をのぞきこんだ。


「みゆはさ、僕のことどう思ってんの?」


 ほい、きた。どっこい。


「どうも思ってない」


 ずどん。マサトがひっくり返った。


「病室で言ったでしょ? わたしはマサトのことをなーんも知らない。知らないオトコノコを好きになることなんか、ずえったいにない」

「きっつー」

「マサトは、しっぽでわたしのあれやこれやを知ってんのかもしれないけどさ、わたしはなーんも知らないの。マサトがそれを教えてくれない限りね。だから、自分のことをちゃんとその口で、コトバで、態度で教えて。そしたらそれでキメる。わたしが、マサトを好きになるかどうかをね」


 ふうっと溜息をついたマサトが、しょげた。


「なんか、女の子ってめんどくさいんだなー」

「ったりまえやん。マサトは気にしてないのかもしれないけどさ。マサトのこくり方は、わたしにとってはサイアクだもん。とってつけたように最後にちょろっと。なによあれ! しかもメールじゃないと言えないって、どゆこと? だめだめやん!」

「うひー」


 わたしは、がんがんたたみかける。


「あのさ。優しいの売りにするんだったら、もうちょっと相手の気持ち考えようよ。優しいふりはサイテーだよ。サギとおんなじ。それと、守られるんじゃなくって、もう守るがわに回んなきゃ。いつまでも誰かに尻叩かれながら進むって、情けなくない?」

「うー」

「うーじゃなくって。こんなん、オンナノコにアプローチすんなら基本中の基本でしょが」


 マサト、けしょーん。だから、わたしは背中をぱんぱん叩く。


「まあ、がんばってね。素質はあるんだからさ」

「とほほ」


◇ ◇ ◇


 好き嫌いよりも先に。ちゃんとトモダチとして話すること。わたしたちの一歩は、そっから始まった。わたしは、優しいマサトが嫌いじゃない。ちゃんとわたしのど突きを受けて、努力しようとしてる。マサトも、美化してたわたしのすっぴんを見て、気持ちが動いていくでしょ。あの『好き』の気持ちの中身。わたしたちがそれを本心から考えられるようになれば。そっから、本当にライクがラブになるんだと思う。


 今はまだ。どっこまでも未満。でも、それでいいでしょ? まだまだ先は長いんだからさ。


◇ ◇ ◇


 マサトはお姉さんのところを出て、下宿生活に入った。マサトにしては、カッキテキだと思う。んで、マサトが新しい生活になじむまで直接会うチャンスがなかった。携帯で夜マサトと話してて。ふと、しっぽのことに気付いた。そういや、もういたずらはずーっとないんだなーって。中にマサトのいないしっぽは、ただのしっぽ。でも……。


「ねえ、マサト。明日さー、ちょいお寺に付き合ってくんない?」

「デートの誘いかと思ったら、お寺ぁ!? なにしに行くの?」

「供養」

「水子?」

「ぼけーーっ!!」


 マサトも、最近ろくでもない突っ込み入れるようになってきたにゃ。一度、がっつり焼き入れたろ。


「なんの?」

「ちょっと、ね」


 マサトは気ぃついたかな。


「もしかして……あれ?」

「そう」

「そっか、捨てられないもんね」

「なんかね」

「うん。分かった」


 翌日駅で待ち合わせして、二人で肩を並べてそのお寺に行った。護摩木が焚かれてる大きな鉢。お坊さんにしっぽのストラップを見せて、それを供養したいって告げた。


「どなたかの遺品ですか?」


 お坊さんに聞かれる。


「そうですね……」


 あいまいに返事する。うん。これはね、弱かった自分。変わる前のちっぽけな自分。わたしもマサトも、もうここに逃げ込まないように。そして、振り回されないように。覚悟して。


 お坊さんの読経が流れる中。わたしは、それを火の中にぽんと放った。ちりちりっと小さな炎を上げて、あっという間に燃えて消えていくしっぽ。わたしは、小さな声でつぶやいた。


「ばいばい、しっぽのいたずら」


 そして、マサトの手を。



 ぎゅっと握った。


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