第十五話 らぶれたあ
すっきりしない。いや、三日間おつーじがなかったからってわけじゃないんよ。ちゃんと、こーらっく飲んだし。しっぽのいたずらへの対抗策を考えてて、気合いぶぁりぶぁりだったのに、いっきなりトラップ踏み抜いて、そこがびょーいんだったのがさ。へびぃだし。とんでもなくへびぃだし。わたし、耐えられるんだろか。
「おっはー、みゆぅ」
「ちーす、あずさぁ」
「しけた顔しとるのぉ」
「生まれつきじゃ。ぼけぇ!」
「昨日、電話してなんか情報ゲットしたん?」
「それがさあ、即切り食らって」
「っちゃあ!」
「もう、テラ激怒だったん」
「で、あうち?」
「いや、思ってなかった展開になっちった」
あずさは、わたしの顔を見て。急に黙った。わたしは、ごっつーせっぱ詰まってたんだと思う。
「なんか分かりそうな感じ?」
「うん」
「どっちのルートから?」
「両方いっぺんにつながった。最初の幽霊メール、しっぽ落とした人、全部関係者だったの」
「たどり着いたわけ?」
「うん。だと思う。でもね、まだ……」
わたしもあずさも。寒ぅい風に目を細めて、黙った。わたしは。一つ一つ確かめるように。あずさに言った。
「いたずらには、たどり着いて、ないの」
あずさが探りを入れてくる。
「どうすんの?」
「直接確かめる」
「えっ? 会えるの?」
「うん。このしっぽの前の持ち主。遠野さんていうんだけど、その人もこのしっぽのいたずらを経験してるんだって。その話を明日聞いてくる」
「メールの彼は?」
溜息が出る。
「実際にいる人だった。遠野さんの弟さん。わたしたちと同じ高一だけど、入院中なんよ」
勘のいいあずさが気付いたみたいだ。
「もしかして……」
「そう。危ない状態が続いてるんだって。でも、わたしは彼のことはなにも聞いてない。知らない。分からない」
腰が抜けたように、あずさがすとんとしゃがみこんだ。
「まだね。何がどうなってんのか、わたしにはちっとも分かんないの。だから、確かめてくる!」
しゃがんだあずさが、わたしを見上げた。
「ねえ、みゆー」
「ん? なに?」
「みゆさー、強くなったね」
「えっ!?」
「わたしなんかって。どーでもいーじゃんて。逃げなくなった」
うん。確かにそうかもしれない。わたしは、ずっと探してたものに、もう少しで手が届くのかもしれない。だから、今ここであきらめたくない。田丸さんのアドバイスを、もう一度思い出そう。いろんなことが起こる。いろんな出会いがある。そしてそれは……わたしにとってのチャンスだってこと。わたしが、絶対に逃がしちゃいけないチャンスだってこと。なんのチャンス? 決まってる。
『わたしを変えるチャンス』
田丸さんは言った。楽じゃないって。選択と迷い。わたしは、それを乗り越えないとなんないんだろう。
「あずさ」
「うん?」
「ありがとね。わたしみたいなあほーとトモダチしてくれて」
「なに言ってんの」
「いや。ほんとにうれしい。あずさがいるから……わたしは勇気が出せる。だからね」
あずさが立ち上がった。顔が合う。
「あずさも。逃げないで」
ゆっくりと顔を伏せたあずさが、小さな声で答えた。
「……うん」
◇ ◇ ◇
わたしがメールで文句言ったのが効いたんか知らんけど、今日は何もいたずらはなかった。ほんとだったら安心するはずなのに、ずーっともやもやした気分で授業に集中できない。早く。早く明日にならないかな。こんなちゅーとはんぱな気分はヤだ。
◇ ◇ ◇
そして、祝日の金曜日。これからの三日間、女の子たちは週明けのバレンタインに向けていっせいにチョコと心の準備を始めるんだろなあ。でも、わたしはそれどこじゃない。ぴんぴんに気持ちを張り詰めて、市立病院に出かけた。
市立病院の脳神経外科の入院病棟。遠野真人くんは、そこに入院していた。おとついお姉さんがあわてていたように。まだ危ない状態を脱したわけじゃないみたいで、両親が病室に張り付いてるらしい。面会謝絶。直接会えないってことを聞いて。わたしはなぜかほっとした。待ち合わせの時間より少し早く着いたわたしは、面会に使われるコミュニケーションルームの椅子にぼんやり座っていた。
「ええと、石田未由さんよね。初めまして」
そう言って現れたマサトのお姉さんは、背が高くてぱきっとした感じの人だった。看病疲れなのか少しやつれてたけど、とっても明るそうな人。お見舞いの小さな花束を渡したら、うれしそうにそれを持って病室に走っていった。ちょっと待っててね、と言い残して。
戻って来たお姉さんが、わたしの向かいに座る。
「すみません。突然変なことをお願いして」
「いいえー。もとはと言えば、わたしがストラップを落としちゃったのが、そもそもの原因だし」
苦笑いしたお姉さんが、自己紹介をする。
「
わたしは、すぐに切り出した。
「あの、遠野さんは、あのストラップを本当に落としたんですか? 捨てたんじゃなくて?」
わたしは、お姉さんの目を食い入るようにじっと見つめた。その視線に押されるようにして、顔を背けたお姉さんが、苦しげに答えた。
「……正直に言うわね。その通りよ。捨てた。わざと捨てたの。誰かが拾ってくれることを期待して」
やっぱりか。
「戻ってきちゃうんですよね?」
「そう。何度か試したんだけど。あなたが拾ってくれて、初めてうまくいったの。ごめんなさい……」
お姉さんは、顔を伏せて小声で謝った。
「あの、それはいいです。わたしが聞きたいのは、お姉さんが受けたいたずらの中身。それと、真人さんがなんでいたずらをするようになったか、です。それは、くっついてますよね? わたしの勘なんですけど」
お姉さんは。顔を伏せたままで、しばらくじっと何かを考えてた。それから、深い深い溜息と一緒に過去を吐き出しはじめた。
◇ ◇ ◇
わたしたちの親は、転勤のある仕事でしかも共働き。だからわたしたちは転校も多かったし、鍵っ子だったの。わたしはこういう気の強い性格だから、あんまりそれをやだなーと思ったことはなかった。でも真人は違う。小さなころから極端に内気で、臆病で、引っ込み思案でね。友達が出来るまでにすっごい時間がかかる。だから転勤の度に学校が変わると、すぐ一人ぼっちになっちゃうのね。それが寂しいからだと思うけどわたしや母にべったりくっつく癖があって、それがずっと気になってた。
真人は、わたしとは年が離れてるの。七つ違い。真人にとって、わたしはもう一人の母みたいなものだったかもしれない。だけど、わたしはあえてそういう風には接しなかったの。だってそうでしょ? いい年したオトコがさあ。いつまでも、ままぁ、ねえちゃーん、はないわよ。そんな女々しいことじゃ困る。わたしは真人のことは一切考えないで、自分の将来のことだけ考えたの。高校はともかく、大学は父の転勤に合わせて変えるわけにはいかない。いずれ家は出ないとならない。だから大学は親の赴任地とは別のところにして、一人暮らしを始めたの。そのあと就職して、ここに居ついた。
たまたま父が三年前にこの近くに赴任になって、真人もこの街で高校生になった。真人は親のところから学校に通ってたんだけど、去年の夏に時期外れの父の転勤が決まっちゃったの。真人はせっかく入った高校を止めたくない。でも、一人暮らしなんかできるような子じゃない。寂しがりやで臆病ってだけじゃないんだよね。家事は母が全部一手にやってたから、真人は自分じゃなにも出来ないの。だから真人なりに考えて、わたしに同居させてくれないかって頼みにきたの。困ったお坊ちゃマンだ。
わたしはイヤだった。だって、そうでしょ? いくら姉弟だっていっても、年頃の高校生の男の子。周りの目もあるし。わたしにカレシがいたら、絶対にノーだった。でも、就職したばっかでカレシなんか作ってる余裕なかったから、短期間ならいいかなって。渋々おっけーしたの。もう高校生なんだし、学校になじめば下宿も探せるだろうからって、わたしは気楽に考えてた。それにわたしは仕事が忙しくて、アパートにはそんなに長時間いないの。寝に帰るだけね。
わたしは姉。真人の母親じゃない。高校生にもなって、姉が弟の世話もないでしょ? だから、わたしはあの子を突き放してたの。自分のことは、自分でしてって。それが、あの子には寂しかったみたいね。でも、特に何もなければ。あの子なりに生き方を探ったんだと思う。何もなければね……。
◇ ◇ ◇
お姉さんは立ち上がって、自販機の缶コーヒーを買いに行った。がたん、がたん! 部屋に硬い音が二回響いて。暖かい缶コーヒーが一つ、わたしに手渡された。
「石田さん。これからの話は、本当はあなたにしたくない。でも、あなたがしっぽのいたずらを何とかしたいと考えてるなら、それは必要なことなのかもしれない。どうします?」
わたしは即答した。
「聞きます。そのためにここに来たんですから」
「そう……」
お姉さんは、悲しげに微笑んだ。
「じゃあ。話しますね」
◇ ◇ ◇
さっき言ったけど、真人は内気で、臆病で、人見知りする、寂しがりやの、ズレたお坊ちゃま。見た目がなよっとしてるわけじゃないから、そのギャップで余計きしょいんでしょ。小さい頃から、いろんなイジメの標的になってるの。いじめられてきた中で、真人なりにどうすればそこから逃れられるか、考えてきたんだと思う。真人はすっごい優しいの。反撃しないこと。全てを受け入れること。そうすることで、イジメをやり過ごそうとしてきた。それはね、中学まではうまくいってたの。真人の優しさを分かってくれる子たちが、楯になってかばってくれた。止めろよって。真人も、その子たちには精一杯応えた。でもね。高校では、そううまくは行かなかったの。
高校に入ってすぐ。真人は、たちの悪いヤンキーたちに目をつけられた。真人は意思が弱いわけじゃない。ヤンキーの言いなりになってパシリをさせられないようにって、なんとかかんとか逃げ切ってた。でもね。去年の暮れに、とうとう逃げ切れずにつかまっちゃったの。一緒にいた高校の友達は、みんな真人を見捨てて逃げた。一人取り残されて。囲まれて。ぼっこぼこに殴られて。真人が何をしたんだろう? バットや鉄パイプで殴られなきゃならないような、何をしたんだろう?
ひどいケガだった。あちこちの骨が折れて、特に頭のケガが深刻だった。緊急手術で一命は取り留めたけど。意識が……戻ってこなかったの。真人にケガをさせたヤンキーたちは警察に捕まった。そのうち何人かは、親と一緒に謝りに来たわ。親子でへらへら笑いながら、息子がとんだことをしでかしてって。口では言っても、頭を下げもせずに。わたしは……そいつらをぶっ殺してやろうと思ったの。
◇ ◇ ◇
両手の拳を力一杯握りしめたお姉さんが、ぶるぶると体を震わせながら涙をこぼした。
「そしたら……ね。そこから、しっぽのいたずらが始まったの」
◇ ◇ ◇
わたしはね、あの連中にどうやって思い知らせてやろうかって、朝から晩までそればっか考えてた。真人の味わった痛みや辛さを、どうやってあいつらに叩き返してやろうかって。殺し屋を雇おうか、家に火を付けてやろうか、犯人の家族を代わりにめった刺しにしてやろうか。そんなことばっかり。そしたら、突然いたずらが始まったの。
最初はね。鍵だった。出勤する時にドアに鍵かけて、バッグに入れたのに、どこを
どうやっても見つからないの。帰ってから鍵の前で青くなって探し回って。出て来たのは、コートのポケットから。わたしは、鍵をしまう場所なんか変えたことないのに。こんなのが、毎日次々起こるの。客先でボールペンを出そうとしたら、いつの間にか全部シャーペンになってる。オフィスで使ってるパソコンのキーボードの、あるキーだけが打てなくなる。電卓の計算結果が、むちゃくちゃになる。わたし宛の電話が、なぜか部長につながっちゃう。
どれも、その日限りの小さないたずら。でもね、わたしはほんとに困っちゃった。一つ一つのいたずらは小さいけど、こう毎日だと仕事に差しさわる。自分の生活がおかしくなる。真人のことを考えてる余裕がなくなったの。そして、何がこんなことを起こしてるのかが分からなかった。それが分かるきっかけは、真人からのメールだったの。
◇ ◇ ◇
「お姉さんのところにもメールが来たんですか!?」
「ええ。ということは、あなたのところにも行ったのね」
「はい」
「わたしのところに来たメール。それは短いメールだった。姉ちゃん元気? 僕は退屈。それだけ」
わたしのと、あんま変わらない。
「真人は意識がなくてメールなんか打てない。もちろん、繊細な医療機械がいっぱいある病室には、携帯なんか持ち込めない。わたしは、それでぴんと来た。わたしが持ち歩いてるもので真人につながるのは、真人からもらったしっぽのストラップだけ。これが、なんか悪さしてるんじゃないかって。だから、ストラップを外して家に置いてみたんだけど、会社に着いたらちゃんと携帯に下がってる。わたしから離れてくれないの」
お姉さんがふうっと息をついた。
「わたしは真人のメールに、いたずら止めてってメールを返した。でも、返事は来なかった。いたずらは続いた。ストラップを何度も捨てようとしたけど、その度に戻ってきちゃう。気が狂いそうだった。それで、わたしは考えたの。わたしの代わりに誰かこれを引き受けてくれればわたしは楽になれるんじゃないかって。だから……ごめんなさい」
お姉さんは。真っ青な顔をして、わたしに頭を下げた。
「あの……」
「はい?」
「このストラップを捨てた時に、誰かと電話してませんでした?」
「相手はいないわ。弟の使ってた携帯の番号を押して、一方的にどなってただけなの」
ああ、そうだったのか。前に、みんなに手伝ってもらって考えた彼のプロファイル。うん。とってもよく彼を表してたね。
「あなたにも、ひどいいたずらを仕掛けたんでしょ?」
心配そうにお姉さんが聞いてくる。
「そーですねー。さっきお姉さんが言ってたのの、ん百倍、ん千倍のスケールかなー」
「ひっ」
お姉さんが、青ざめて体をこわばらせた。
「でも、わたしの心配はそのことじゃないです。それは、帰ってから考えます」
「え? 心配って、いたずらじゃなくて?」
「はい。いたずらがなくなってしまうこと。それがわたしの心配です」
わたしは、お姉さんにお礼を言った。
「今日は、急に変なお願いをしてすみませんでした。それで」
お姉さんに一つ大事なお願いをする。
「今日は仕方ありませんけど、来週真人さんに会わせてもらえませんか?」
「そ、それは……」
「わたしは、たぶん真人さんに言わなきゃならないことがあります。それを月曜日に。バレンタインデーに言いに来ます」
◇ ◇ ◇
家に帰ってから。わたしは、病院での話をゆっくり振り返った。わたしが知りたかったこと。それは、ほとんどお姉さんが説明してくれた。聞き残したことはないと思う。だけど、お姉さんもわたしもまだ知らないことがある。それが分からないと、しっぽのいたずらはなぞのまんまで終わっちゃう。イヤだ! わたしは、そんなんは絶対にイヤだ!
知らないこと。マサトがなんで、わたしにいたずらすんのか。お姉さんにするなら分かる。でも、なんでわたし、なのか。わたしがそうじゃないかなーと予想してることはある。でもそれが本当にそうかは、マサト本人に聞かないと分かんないんだ。
◇ ◇ ◇
土曜日と日曜日。わたしはずーっと部屋に閉じこもってた。その間、いたずららしいことはなんもなかった。病院でマサトのお姉さんにああ言ったけど。わたしはマサトに何を伝えようとしてるんだろう? 自分で自分の気持ちが分かんない。
好き? 顔も見たことない知らない子にそんなこと言えないし、そんな気持ちはまるっきりない。
がんばれ? うん、確かにがんばって欲しい。このまんまじゃ、お姉さんや親が悲しむよ。でも、それをいたずらされたわたしが言うのは、なーんか変だ。
ふざけるな? うん。気分的にはそれが一番近いな。わたしにろくでもないいたずらをがんがんしかけてさ。あんたは、いったい何がしたかったの? でも、それを死にそうな子に言うのは、あれだよね。
結局。最初に戻っちゃう。マサト。あんたは、なんでわたしにちょっかい出してたの? 教えてよって。もんもんもんもんもんもん。いらだちばっかが、がんがん溜まっていった。
そして日曜の夜。お風呂から上がって自分の部屋に戻ったら、携帯のメール着信のランプが点滅してた。あずさかな? ぱちん。携帯を開く。その送信者の名前を見て……わたしは手がふるえた。
それは、マサトからのメール。ずっと返事が来なかった、マサトからの返事だったから。わたしは、字をおっかけるのももどかしくそのメールを読んだ。
◇ ◇ ◇
件名:ごめんなさい
みゆへ。
君がいやがってるのを知ってたのに、いっぱいいたずらをしちゃって、ごめんなさい。
僕はこんなんなっちゃってから、寂しくて、退屈で。ベッドから早く降りたいなーと思っても、体が動かないし。どうしようかなーって悩んでたんです。そしたら、姉ちゃんが僕の横ですっごいコワいこと言ってるの聞いちゃったの。ぶっ殺してやる、とか。姉ちゃん、僕と違ってやるったらやるから。僕は、ヤバいと思ったの。止めなきゃ。なんとかして止めなきゃ。気が付いたら、ぼくはしっぽにいたの。あの携帯にぶら下がってる、僕が姉ちゃんにプレゼントしたしっぽに。
そして、しっぽにいれば何かいたずらができるってことが分かったの。一日しか効果がないけど、いたずらができる。だったら、姉ちゃんの仕事を邪魔しちゃおう。そしたら姉ちゃんは困って、こわいことを考えなくなるだろうって。それはうまくいきました。でも姉ちゃんは、僕をこわがって遠ざけようとした。ここで捨てられたら、僕はまたひとりぽっちになっちゃう。だから、必死にしがみつきました。君が……拾ってくれるまでは。
僕は、最初のうちはおとなしくしてました。でも、やっぱ気ぃついて欲しい。僕がここにいるって気ぃ付いてほしい。だけど嫌われたり、捨てられたりすんのはもっと嫌だ。だから、ほんのちょっぴりのいたずらから。影でばいばいするところから、始めました。君は、いたずらをこわがらなかった。単に気付かなかっただけかもしれないけど。じゃあ、もうちょっといけるかなーと思って。
そのあとなにしよーかなーって考えてたら、君のともだちが変な男に狙われてるのを見つけて。とっさにしっぽで君にそれを見せて。
僕はね。びっくりしたんです。君が男たちとやりあうなんて、考えてもみなかった。そんなにともだちのことで必死になるなんて、考えてもみなかった。僕がやられた時には、ともだちはみんな僕を見捨てて逃げたのに。君は危ないのを覚悟して立ち向かってる。僕は。僕はそんな君がかっこいいと思いました。あ、でも、君にまでしっぽつける必要なかったですね。ごめんなさい。
僕は君と話がしたくなりました。だから君の携帯に入りました。だけど君あてにメールを残しても、僕を知らない君は気味悪がって消しちゃうだけだろなーって。だから君の打ったメールと、君の学校で聞いたやりとりをおもちゃにして、こんなんかなーって一人遊びしてました。携帯汚して、ごめんなさい。でも、最後に返事くれてうれしかったです。
声取っ替えたのは、うらやましかったからです。君んちもお父さんお母さんが忙しくて、みんなばらばらみたいなのに、お互いのこと分かり合って、ちゃんと楽しく暮らしてる。ちょっと意地悪しちゃえと思って。ごめんなさい。君とにゃんこのは偶然です。びっくりさせちゃってごめんなさい。
それから、手ぇ握っちゃいました。もう我慢できなかったの。君に触れたい。君と話したい。でも、何か理由がないと君は怒るだろうなーって。勝手に手ぇ握ってごめんなさい。でも、先生も、中村さんも、君が元気にしてあげたんだね。すごいなーって思います。
僕は昔に戻りたいなーって思うことがあります。いじめられることもなんにもない、ずーっと昔に。じゃあ、君ならどうするんだろうって。なんぼなんでも、ちょっと昔すぎましたね。田植えさせちゃって、ごめんなさい。君は今でも昔でもおんなじでした。ちゃんとそこからおみやげを持って帰れる。思い出だけでないものを、持って帰れる。うらやましいです。
勉強しようとしてる君に置いてかれる気がして字ぃ消しちゃった時も、君は逆にやる気出しちゃった。勉強じゃましてごめんなさい。
僕はとっても不思議だったの。どうして。どうして君はなんでも受け入れちゃうんだろう? 僕のはちゃめちゃないたずらを怒らないんだろう?
正直に言います。最初に君の携帯のメールみた時に、君はすっごい寂しいんだろうと思いました。一人しかともだちいなくて、だからその子を必死につなぎ止めようとしてるんだなーって思ったの。あ、僕とおんなじだ。そう思ったんです。だから、僕と仲良くしてくれるかなって。でも。ゴミ箱いたずらした時に、君にはあっという間にともだちが出来ちゃった。悔しかった。本当に悔しかったです。君に出来ることが、なんで僕には出来ないんだろ?
僕はむしゃくしゃして、タロットカードにいたずらしました。いい子ぶってる顔なんか、みんな剥がしちゃえって。そしたら君は自分のことより、先生のことを心配して身代わりになった。服脱がせちゃってごめんなさい。僕は見てません。パンツの色も知りません。
僕は、自分のいたずらが君をどんどん光らせていっちゃうのが悲しくなってきました。だって、君が前を向いて元気に歩くほど、僕からは遠ざかって行っちゃう。だから、いたずらに紛れて泣くことにしました。南雲さんに、謝っておいてください。それと、君に風邪引かせちゃってごめんなさい。
土曜日に君にいたずらした理由は、君が思った通りです。僕はいたずらをスルーされるのが怖かった。それだけです。そして、君も姉ちゃんと同じように僕を捨てようとした。でも、君は本心からそうするっていうよりは、何かを確かめる素振りだった。それを、分かっていても。僕はすっごく悲しかったんです。君がそうしたことが、じゃなくて。僕が君の前にいられないってことが。いたずらでしか、君の前にいられないってことが。
一日しか効果がないいたずらじゃなくって、君とずーっと一緒にいたい。僕のわがままは次の日爆発しました。時間分かるもん全部止めちゃった。だけど君は、その間にともだちにこれまでのことを隠さないで全部話した。そして、動けない、何もできない、眠っている僕に近付き始めた。君はたくさんの人のアドバイスを大事にしてる。出会ったチャンスを逃がしてない。ともだちを作って、ともだちに手伝ってもらって。君が元気になって、君が元気にしてる。
僕は失敗しちゃったことが分かりました。僕のいたずらは、全部裏目でした。
君への扉が開くかなと思って、まじめにやってみたけど、うまくいかなかったです。最後の力を振り絞って、姉ちゃんへの電話を邪魔したけど、僕にはもう君にいたずらする意味がなくなっちゃった。だって僕がやってるってこと、ばれちゃったから。
ごめんなさい。
ずっと君のそばにいて。君にいたずらを仕掛けて。もう君に何もできなくなってから、気が付いたんです。僕は失敗したって。僕も君みたいにすれば、きっとこんなことにはならなかったのにって。気付いた時には、もう時間がない。時間が残ってない。僕は悔しいです。自分自身に腹が立ちます。優しいのと、何もしないのは違う。それが分かっても、もう時間がないのが悔しいです。
だから。最後に言わせてください。ごめんなさい。もうしません。いたずらは、もうしません。だから許してください。
それから。僕は君が好きです。元気で優しい、ともだち思いのみゆが大好きです。こんなこと、メールでないと言えません。
ありがとう。
マサトより。
◇ ◇ ◇
それは。わたしが生まれて初めてもらったラブレターだった。でもさ。好きよりごめんなさいが多いラブレターなんかあるかよっ! わたしは悲しかった。せっかくラブレターをもらったのに、どっこまでも悲しかった。
マサトの姿。それはこれまでのわたしの姿。わたしがしっぽを拾わなかったら、わたしはきっとマサトと同じ後悔をしてたんだろう。ふて腐れて、ふつークラスでタルい、ウザいを連発しながら、一人ぽっちでどんより過ごして。
わたしが変わるきっかけ。そのきっかけをくれたのは、間違いなくあのしっぽ。マサトだ。ねえ、マサト。なんでそれに気付かないの? マサトがわたしをずっと見ててくれたこと。それが、わたしに変わるきっかけをくれたの。なんでそれに気付かないの? そんな、取って付けたみたいに好きって言わないでよっ! もう終わりみたいな、馬鹿みたいなメールのしっぽに。好きってくっ付けないでよっ!
そんないたずらはいらないっ。そんなん、ちっともうれしくないーーっ!
わたしは机の上のものを全部床に撒き散らし、本棚の本を全部ぶん投げて、それを踏んづけて大声で泣きながら暴れた。
悲しかった。
悲しかった。
どこまでも悲しかった。
マサトが、自分は終わりだって思ってることが。わたしに好きだって言いながら、ばいばいしようとしてるってことが。そして、それが優しさだって思ってることが。
どっこまでも。
……悲しかった。
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