第十四話 まほうのこいん

 わたしをいたずらで振り回す、やんちゃなしっぽ。正体不明のしょーもないしっぽ。でも。やーっとしっぽのしっぽをつかまえた。今までは防戦一方だったけど、今度は攻めに出るわよん。


 そういや、中村さんは大丈夫なんかなあ。昨日はすっごいおびえてて、兄貴が心配してうちに連れてきた。今は客間で寝てる。兄貴が、学校休んで側に付いてるって言ってた。わたしもその方がいいと思う。刃物向けられるってこわさは、その場にいないと分かんないね。今だから言うけど、わたしは少しおしっこちびっちゃった。よくとっさに足掛けなんてできたと思う。おぞぞーっ。


「はよー、いいんちょ」

「おはよー、みゆー。あれー? 今日はあずさは?」

「あ、なんか大村せんせに呼ばれて、職員室入ってったよ?」

「なんじゃろ?」

「知らーん」


 一時間目が始まる前に、むすっとした顔であずさが戻ってきた。


「あずさ、どしたん? なんか違反して、切符切られたかや?」

「そんなヘマはしないわよん」

「ほっほー」

「クラスの希望調査で、とくしん受けないかって言ってきたから、冗談ポイって返事しただけ」


 そうなんだよねえ。あずさは、アタマはめっちゃめちゃいい。だてにおやぢさんが仕込んでないぞーって感じ。


「じゃあ、だいしんの文系?」

「いやあ、ふつークラス」


 どげえん!! 思いっきりぶっこけた。


「うっそーーっ!?」

「うそじゃないよ。そう答えた」


 そりゃあ、大村せんせ、泣きそうになるわなあ。男子の竹本、女子の生野は両エース。二人ともとくしん間違いなしだもん。


「なんでまた……」

「やなのよ。受験に合わせて輪切りにされて、目標に届くだの届かないだの、ぎすぎすぎすぎす!」


 ふん! あずさが鼻を鳴らす。


「わたしは、今でも充分勉強はしてるし、足りないものは学校には求めない。それよか」

「うん」

「ここにいる間は、トモダチと楽しくやりたいの」


 あずさがそう言って、にいっと笑った。


「それにね」

「ほえ?」

「ふつークラスはわたしらの代で最後だって」

「ええー!? どういうこと!?」

「来年から、校則とかカリキュラム含めて大改訂するんだってさ。受験倍率上げたいんでしょ。そしたら、もっと雰囲気乾いてっちゃう。どうせ最後なんだから、今のうちにしっかり楽しんどかないとさ」

「うん」


 あずさはちょっと特殊なんだよね。頭はいいのに、常識がぷっつんしてるとこがある。興味の幅が狭くて、好き嫌いがはっきりしてる。だから、トモダチ作るのに苦労してる。そこんとこが、わたしとおんなじだ。

 ふつークラスに行けば、わたしやにしやんとは確実に一緒になれる。せっかくできたトモダチがクラス替えでなくなっちゃうのを、ほんとにこわがってる気がする。それはマズいんちゃうかな。もっといろんな子と付き合った方がいいんちゃうかな。そうは思うけど、わたしもまだおっかなびっくりだし。あずさにエラそうなことなんか、なんも言えない。


 だから。わたしはがんばって、トモダチを作ろうと思う。あずさがわたしを見て、わたしに逃げ込むのはマズいって、そう気ぃ付いてくれるように。がんばろうと思う。


◇ ◇ ◇


「ありぃ? みゆ、今日はなんかあわててるじゃん」

「うー、そーなの。例のしっぽの手がかりがねー、少しずつつかめてきたの。それで、連絡取りたい人がいるから、昼にそれしないと」


 あずさに短くそう言って、売店にばびゅーん!


「おばちゃん! コロッケパンとコーヒー牛乳!」

「あいよ、260円」

「はいっ!」


 ぴったり払って、そっこーで教室に戻る。いっつもなら、あずさとぺちゃぺちゃしゃべりながら食べるんだけど、今日は時間がないっ! ががががって口に突っ込んで、コーヒー牛乳で流し込む。


 今度は電話だっ! 校内で携帯が使えないから、電話使う時には事務室の前にある電話を使うしかない。いつも誰かかれか使ってて、何人か待ってることもある。空いてるといいんだけど。ほっ。今日は空いてる。テレカがないから、財布から十円玉を出そうとして……。


「げえっ! さっき使っちゃったあ!」


 わたし、ばかだ。パンと牛乳買うのに十円玉使い切っちゃった。百円玉しかない。ひーん、ばかあ。わたしのばかあ! 百円玉じゃお釣りが出ない。でも……。わたしは時計を見る。ただ掛けておしまいっていうんじゃない。話をしないとなんない。事務のおじさんに十円借りても、間に合わないかも。しょーがない。くううっ。涙を飲んで百円玉を投入。とほほー、二日半の苦労が水の泡だー。


 かしゃん。つー。えと。ぺぽぺぺぴぽぺぴぽぺぽ。中村さんに教えてもらった携帯の番号を押す。遠野さんていう女の人。わたしの目の前で、このしっぽを落としていった人。出てくれるかなあ。呼び出し音がしばらく続いて。その女の人は電話に出た。


「はい?」

「あ、あのー、遠野さんですか? わたし、石田未由って言います。前にあなたが携帯に付けてた、しっぽのストラップについて、聞きたいことが……」


 ぶつっ。

 げげーーっ!!! ぶった切りやがった! ひゃ、ひゃ、ひゃくえん返してえっ!


 がっくりして、受話器を置く。ちゃりん。


 え? 硬貨返却口からお金が戻ってきた。どゆこと? 電話はちゃんとかかったよねえ。すぐ切られちゃったけど。おっかしいなあ。お金を確認する。


「これ……百円玉ちゃうやん」


 思い出した。あずさを尾行した時に、百円玉と間違えて拾ったスロットのコインだ。でもわたし、これをお財布に入れた覚えなんかないよ? スカートのポケットにずっと突っ込んだまま。念のためにスカートのポケットを確かめる。あれー? ないじゃん。


 わたしは、手にしたコインをじっくり確かめる。


「あんた、どうやって財布に入ったの?」


 返事なんかするわきゃないよねー。はふ。


 お財布のお金を確かめる。昼ご飯買った後のまま。やっぱ、わたしが百円と間違えて使っちゃったんだ。さっき切られたのは、そのせいかなあ。でもこのコイン、百円玉とは大きさも、厚さも違うけど。こんなん、投入口に入らんよね。むぅ。


 まあ、いいや。もっかい挑戦。今度は間違いなく百円玉を入れて、相手の番号を押す。ぺぽぺぺぴぽぺぴぽぺぽ。呼び出し音がして。出たと思った途端に。


 ぶつっ。


 ううー、即切りかよー。れーこんまいち秒のために百円がぱあ。泣きたくなる。溜息と一緒に受話器を置いたら。ちゃりん。


 あで? また戻ってきたよ。そしてその硬貨はスロットのコインだ。財布の中のお金はそのまんま。


 ううー、ううー、うううー。これもいたずらかあ。ちっくそー! お金が減らないのはうれしいけどさ。わたしがしたいのは、この遠野さんて人に連絡を取って話を聞くこと。わたしは爪を噛む。もうわたしの後ろで二人待ってる。わたしばっかが電話を独占するってわけにはいかんよなー。


「すいません、お待たせしましたー」


 わたしはあきらめて、電話の前を離れた。


◇ ◇ ◇


「みゆー、ばいばーい。また明日ねー」

「あずさ、ばいちゃー」


 バス停であずさと分かれて、しょんぼりうちに帰る。今日は、あのコインのいたずらだけ。ずいぶんかわいらしくなったねい。いや、それはいいんだけどさ。結局遠野さんには連絡できんかったし。あ、そうだ。忘れてた。わたしは、カバンから携帯を出して電源を入れた。んで、メールを確かめようとして、ぶっこけた。


 どてっ!


「ちょ、なによこれーーっ!!」


 同じ電話番号のところから、すっさまじい数の着信履歴。前は男の子からのメールだったけど、今度は直電だ。その番号に、見覚えがあった。


「これ、遠野さんのだ」


 わたしのかけたのはキョヒったくせに、なんなの? キブン悪ぃなあ。でも……。わたしは歩きながら考える。


 気になることがある。わたしは中村さんから遠野さんの携帯の番号を聞いて、ガッコの公衆電話からかけた。それは、ふつー公衆電話からの着信って出る。わたしの携帯もそーだもん。だから、向こうからはわたしにかけ直せない。中村さんはわたしの携帯の番号を知ってるけど、わたしに断りなしで、遠野さんにそれを教えるとは思えない。だいたいさあ。わたしの着信をキョヒった遠野さんが、中村さんにわたしの携帯の番号を聞く? そんなんおかしい。

 それよりなにより。電源切ってある携帯に、なんで着信履歴が残るの? 前に男の子がわたしの携帯にアクセスしたみたいに。今度は、誰かが遠野さんの携帯を操ってる。わたしがあのコインでかけた電話。それを通じて、誰かがわたしと遠野さんの携帯をいじってる。わたしは……直感でそう思った。


 しっぽの狙い。それは、遠野さんにわたしと話させるってことじゃない。それだったら、こんなにかけ続けさせる必要ないもん。わたし以外にはかからない電話。遠野さんは、すっごく困ってるはず。仕事にしてもプライベートにしても、リダイヤルでずっとわたしにかけ続けてたんじゃ、使いたくても使えない。メールの返事すら出来ないかも。しっぽは、遠野さんが携帯使うのをじゃましてるんじゃないかなー? つまりぃ、わたしじゃなくて遠野さんにいたずらしてる。それが気になる。


 そして。もう一つ、気になること。いたずらが、急にしぼんできてる。おとつい時間を止める大技を出したあと。昨日はドアだけ。今日はコインだけ。しみったれ。どうして? わたしがメールで、止めてよって文句言ったから? おかしい。なんかおかしい。わたしは、背中がざわざわしだした。


「ただいまー」


 考え込んだままカギを開けて家に入ったわたしを、兄貴と中村さんが並んで待ってた。


「あ、みゆちゃん、お帰り、待ってたの」

「え?」

「遠野さんに電話した?」

「うん、昼に。でも、即切りされたんですけど」

「あ、それでか。先輩からわたしに電話がかかってきて。みゆちゃんに、謝っといてくれって。なんかすごい慌ててる感じだったけど」


 分からん。ちーともわけが分からん。でも……。


「中村さん、それ、携帯からでした?」

「いや、公衆電話だったみたい。うっかりして携帯持ってくの忘れたのかなあ」


 中村さん、ないすぼけ。携帯のを即切りしてんのに、携帯忘れてるわけないじゃんか。兄貴も笑いをこらえてる。げはは。つーことわ。遠野さんの携帯は、しっぽに乗っ取られたままだにゃ。しっぽも、なんでそんなことしてるんだか。


「あ、そーだ。中村さん、落ち着きました?」

「うん。みゆちゃん、ありがとー」


 兄貴の隣で、わたしのパジャマ着て微笑んでる姿が。ちょっと切ない。でも、ほっとする。これで、兄貴との距離がぐっと近くなったんじゃないかなーって。


「じゃあ、わたし着替えてきます」


 部屋で着替えて。携帯を開こうとしたら、いきなり着メロが鳴り出した。遠野さんだな、きっと。


「はい、石田ですけど」

「あああーっ!! やあっとつながったーーっ!」


 なんか、絶叫してる。


「すみません、あの、もしかして石田未由さんですか?」

「あ、はい」

「あ、やっぱりそうなんだ」


 やっぱり? どゆこと?


「お昼はごめんなさい。お電話いただいたんですけど、弟の容態が急に変わったので、動転してて」


 どっきーーん! 心臓が……止まるかと思った。ようだい? いや、その前に聞かなきゃ。


「あの、弟さんて言うのは、もしかして真人さん、ですか?」

「え? なんでご存じなんですか?」


 そうか。この人は、最初に彼がわたしにメールを投げて来たことを知らないんだ。でもその話をする前に、急いで確かめとかないとならないことがある。


「ええとですね。遠野さんが落としたしっぽのストラップ。遠野さんは、そのいたずらでメイワクしてませんでした?」


 しばらく。向こうで、じっと何かを考え込んでる雰囲気があった。それから。小さな吐息といっしょに。確かな事実がわたしに告げられた。


「そうか。あなたが拾ったのね。どこで落としたかなーと思ってたんだけど。あなたも真人のいたずらに巻き込まれたのね」


 あなたも、か。やっぱりかー。でも遠野さんは『しっぽ』じゃなくって、『真人』って言った。わたしの知らないしっぽのことを知ってる。


「じゃあ、これもそうだってことか……」

「これって、なんですか?」

「わたしが自分の携帯でどこへかけても、みんな決まった番号のところにかかってしまうの。しかもそこにはつながらない。それがあなたの携帯の番号だったのね」


 つながんないのは、とーぜん。わたしはガッコにいる間は、ずっと電源を切ってるから。メールと違って、電話じゃ着信履歴以外のものが残んないもんね。でも、あの山のような着信履歴は、遠野さん自身がかけたもんじゃないと思う。あまりに多過ぎ。しっぽいこーるマサトだとすれば、マサトがやったってこと? じゃあ、なぜマサト自身がわたしにかけてこないの? わけが……分かんない。


 黙り込んでるわたしが、怒ってると思ったんだろか。遠野さんのテンションが、めっちゃ下がった。


「あの……気持ち悪いでしょ? 本当にごめんなさい。止めさせたいだけど、わたしにはどうにもならないの」

「ええと。どうしてですか?」


 遠野さんの答え。わたしは予想してた。そして、それが外れてくれればいいと。本当に。ほんとーーに。そう願ってた。でも……。


『容態が』


 うん。たぶん、マサトは病院にいるんだろう。だから、遠野さんの答えは……。


「真人ね、意識がないの」


◇ ◇ ◇


 わたしは。椅子に座って、ぼんやりとコインをいじってる。今日、マサトは本当に危なかったらしい。お姉さんは両親を呼ぶのに携帯を使おうとして、出ないわたしの携帯にしかかからないことにイライラしてた。だから、わたしの電話はぶっちされたんだ。お医者さんの必死の治療のかいがあって、マサトはぎりぎりで踏みとどまった。まだ危ない状態だってことは変わらないけど、小康状態になったって。遠野さんには、お仕事が休みの金曜日にお見舞いさせてもらうことにした。


 このコイン。コインがつないだ電話。それから話せたこと、話せなかったこと。これは魔法のコインだろうか? ううん、違う。これはマサトのSOS。助けてくれっていう必死のお願い。僕とのつながりを切らないで! 僕は何回でも戻ってくるから、だから! お願い! 切らないで! 離さないで!


 急に弱くなったいたずらの力。そして、このままならいたずらは消えてなくなるのかもしれない。それが意味すること。


「くっ!」


 わたしは、コインをぎゅっと握る。お姉さんの話を聞こう。いたずらに関わるいっぱいのなぞ。田丸さんがアドバイスしてくれたみたいに、それを解くカギを持ってる人は、わたしの前にまだ現れてなかった。でも、中村さんの記憶の扉が開いて。メールの男の子とつながって。わたしはマサトにたどりついた。それが何を意味するのか。わたしにはまだ分かんない。だから、今日はもう寝よう。


 そのコインを握ったまま、わたしは、ふとんにもぐりこんだ。



「お休み、マサト。がんばるんだよ」


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